軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学院の案内

まずは第二校舎の一階から、ということで階段を降りる。

一階は階段側から職員室、学院長室、事務室、正面入り口、応接室が二つ、物置部屋があり、一番端に保健室があった。

他にも空き部屋や用務員室などもある。

ここは静かに案内してもらった。

職員室や学院長室の前で騒ぐわけにはいかない。

二階は三年生の教室なので案内は必要なく、三階は最後にとなり、そのまま渡り廊下へ向かう。

学院の校舎はアルファベットのHの形をしており、正門の反対、裏手側に図書室とカフェテリアがあるそうだ。

第一校舎から直接行けるのがカフェテリアで、第二校舎から直接行けるのが図書室。図書室とカフェテリアも渡り廊下で繋がっている。

なので、まずは図書室へ向かう。

渡り廊下を抜けて、突き当たりにある扉を開ける。

「ここが図書室だ」

お兄様が小声で説明してくれる。

「ここには文学や娯楽の本もあるし、勉強に役立つ本もある。歴史書も多い。中には学院を卒業した者が書いたものもあって面白いぞ」

「わたくしもよく流行りの小説を借りていますわ」

今日は授業がなく半日だけだからか人気はない。

建物は三階建てで中央が吹き抜けになっており、所々にある窓から柔らかく光が差し込んで、昼間は明かりがなくても問題ない造りになっている。

机と椅子が並んでいるが、ソファーだけのところもあり、ここで読書をしたら居心地が良さそうだ。

「本を借りる時にはあそこの受付で貸出しの手続きをする。借りられる期間は長くても一週間だから返し忘れないようにな」

「はい、分かりました」

受付にいた老齢の司書の女性がこちらに気付いて小さく手を振ってくれたので、わたしもそれに振り返した。

優しく穏やかそうな司書である。

「図書室は朝八時から夕方五時までだが、本の返却だけなら入り口のところにあるボックスへ返却すればいい」

お兄様が入り口の横を指差した。

確かに大きな箱のようなものが設置されている。

廊下に出てみると、取っ手のついた上開きの扉がついており、そこを開ければ、ボックスの中へ本を返せる仕組みになっていた。

「朝早く来て生徒会の仕事をする前や終わった後に返却出来るので重宝しておりますの」

エカチェリーナ様の言葉になるほどと思う。

誰もが時間の間に利用出来るとは限らない。

この辺りは前世の図書室や図書館とそう変わらないようだった。

……今度何か借りようかな。

「あー、それから、本を借りる際にはきちんと中身を確かめてから借りた方がいい」

お兄様が困ったような顔でそう言った。

「はい、そうするつもりですが……?」

……何でそんな注意を?

首を傾げたわたしにお兄様が頬を掻く。

「以前、私はこの国の歴史書を何冊か借りたんだが、その中に全く中身の違う本が混じっていたんだ」

「そうなんですね」

「すぐに司書に頼んで廃棄してもらったが、ああいうものはリュシエンヌに良くないからな」

はあ、と溜め息を零すお兄様を見上げる。

「どんな内容だったんですか?」

私の問いにお兄様はただ一言「風紀を乱すものだった」とだけ零し、エカチェリーナ様が堪え切れない様子で小さく吹き出していた。

……あ、そういうものか。

わたしもそれで何となく察せられた。

恐らく男性向けの、まあ、いわゆる官能小説とかエロ本とか言われる類のものだったのだろう。

歴史書と思って借りたお兄様は、本を開いてみたら全く違っていて、さぞ驚いたはずだ。

赤い顔で即座に本を閉じて憤慨するお兄様の姿が目に浮かぶ。

「一応、全ての本は司書の先生方が目を通しているはずです。その本はきっと、誰かがこっそり入れたか中身だけ差し替えたのでしょう」

エカチェリーナ様もやれやれと言いたげだった。

その時のことを思い出したのか、お兄様は苦虫を噛んだような顔で「リュシエンヌも気を付けろ」と呟いた。

あんまり真剣な声音だったので、わたしはちょっとだけ笑ってしまった。

「はい、気を付けます」

お兄様は真面目な顔で深く頷いた。

それからカフェテリアへ向かう。

繋がった渡り廊下を通るだけなので、すぐに着く。

大きな窓が並んでおり、日差しがほどよく差し込んできて明るいカフェテリアは、所々に観葉植物が置かれていてオシャレである。

白い丸テーブルと丸みを帯びた椅子も可愛らしい。

一階が最も広く、天井が高く、二階に続く階段は幅広で緩やかだ。

「ここがカフェテリアだが、試験の時にも来たと言っていたな?」

「はい、上級生の女性の方に案内していただきました。でもクラスにはいなかったので、他のクラスか、もしかしたら下の学年の方かもしれません」

「そうなのか」

学院は制服もなく、特に学年が分かるようにされているわけでもないため、本人から聞くまで学年が分からない。

せめてリボンとか、クラヴァットとか、一目で学年が分かるような工夫があると良いのだけれど。

「バッジをつけていれば分かるんだがな」

「これですか?」

胸元に付けたバッジを見る。

「ああ、学年ごとで色が違う。私達三年生は青、二年生は赤、一年生は黄色だ。三年生が卒業して翌年になると、次は一年生が青になる」

「各学年で色分けがあるんですね」

「ああ、だが試験の時に見てないなら十位以下の生徒だろう」

思い返してみる。

「…………あっ」

思い返してみればバッジをしていたような気がする。

「多分赤いバッジを付けていた、と思います」

「じゃあ今は二年生だな」

お兄様の言葉に上級生の顔を思い出す。

美人で、真面目そうで、優しい人だった。

「また会えたらいいんですが……」

「リュシエンヌがそう言うなんて珍しい」

「優しくて、綺麗で、話しやすい方だったんです」

「そうか。まあ、同じ学院内だし、縁があれば会えるだろう」

お兄様の言葉に頷いた。

「そうですね」

また会ったら改めてお礼を言いたい。

お兄様が「上に行ってみよう」と歩き出す。

幅広の緩やかな階段を上がり、カフェテリアの二階へ上がる。

上からは下の様子がよく見える。

「二階を使えるのは王族やそれに近しい公爵家、後は生徒会くらいだな。……婚約者なら一名だけ連れて来ても問題ない」

思わずルルを見たわたしにお兄様が小さく笑う。

「良かった、ルルも問題ないんですね」

ルルと離れろと言われても困る。

「さすがに婚約してる者同士を一階と二階で分けて食事させるのは酷だろうということだ」

「でも友人はダメなんですか?」

「そうだ、婚約者もあくまで一時的に許されているだけに過ぎない。ああ、ルフェーヴルもここなら人目が少ないからリュシエンヌと共に昼食を摂っても問題ないだろう」

ルルを見上げれば嬉しそうに目を細めていた。

「それなら毎日リュシーと食事が出来るねぇ」

それに頷き返す。

「うん、ルルと一緒に食べられるの嬉しい」

「オレも嬉しいよぉ」

二人でニコニコ笑みを浮かべてしまう。

ルルと昼食を一緒に出来るなんて。

今までティータイムは一緒にしていたけど、食事の時は、ルルは部屋の隅に控えているか、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるかの二択しかなかった。

一緒に食事が出来るのは、お忍びくらいのもので、使用人のルルはわたしの前で基本的に食事はしない。

それが少し寂しかったから素直に嬉しい。

こほん、とお兄様が小さく咳払いをする。

「さあ、次は訓練場に行くぞ」

歩き出すお兄様にエカチェリーナ様が、そして私達がついて行く。

階段を降り、カフェテリアの大きな窓のところにある扉の一つから外に出る。

建物から少し歩いて、木々に囲まれた場所に訓練場はあった。

広く拓けたその場所には、奥に壁があり、壁の手前には的らしきものがいくつか立っている。

「魔法の練習や実技の授業はここで行われるんだ。あの的には自動修復の魔法がかかっているから、練習で壊してもすぐに直るんだ」

「つまり何度でも壊していいということですね」

「はは、その通り。私もよく壊してる」

わたしの言葉にお兄様が笑った。

「でも自動修復という魔法は便利そうですね」

「だが今のところ使えるのは学院長くらいらしい。とても高度な魔法で、魔力も非常に使うから、滅多にかけられないそうだ」

それは残念だな、と思う。

もし気軽に使えるなら建物や本など色々な物にその魔法をかければ、もっと長持ちして、維持費用なども節約出来そうなのに。

わたしの考えを読んだのかお兄様が言う。

「自動修復の魔法が誰でも使えたら、経済が停滞してしまうだろうから、使えない方がいいんだ」

「それもそうですね」

物持ちが良くなれば使う側や所有者にとってはいいが、生産者からしたら、次の物を買ってもらえないので経済は回り難くなってしまうだろう。

……それなら使えない方がいい。

もし自動修復の魔法が誰でも使えるようになったら、誰も食べ物以外を買わなくなるかもしれない。

そうなったら、食べ物以外の物を作ったり売ったりしている人は生活が立ち行かなくなってしまう。

便利な魔法なら誰もが幸せになるわけではない。

「それと訓練場の周囲には防御魔法がかけてあるから、多少派手な魔法を使っても問題ない」

お兄様が片手を的へ向けて素早く詠唱を口にする。

……ハッキリとは聞き取れないが音の感じからして火の魔法であることは理解出来た。

お兄様の手の先から一抱えほどもある火の玉が飛び出し、的へ向かって勢いよく飛んでいき、ゴォッと音を立てて的に当たる。

火球が当たった的が派手に燃え上がった。

しかし的の向こうにある壁は無傷である。

的も少し燃えていたが、ある程度燃えると魔法式が浮かび上がり、自動修復が開始して炎が消えた。

「自動修復、面白いですね」

まるで逆再生の映像を見ているようだ。

「そうか? 私は少し苦手だ」

「わたくしもあの魔法は少し気持ち悪くて苦手ですわ」

逆再生の映像を知らない人からしたら、確かに変な感じがするだろう。

的はあっという間に元通りの綺麗さになった。

わたしは思わず歩いていって、的をいろんな角度から矯めつ眇めつしてみた。

……うん、綺麗に直ってる。

下を見れば魔法式が地面に深く刻み込まれていた。

屈んで、その魔法式を指でなぞる。

……うーん、やっぱりそうだ。

自動修復は現在の状態を基点として、変化が起きた際に、その変化を巻き戻して元の状態に戻す魔法だ。

つまり起きた事象を逆再生している。

直すというより、なかったことにしているのだ。

これはなかなか面白い魔法である。

本来魔法は変化をもたらすものだ。

今の状態から変化させることが魔法のイメージである。

治癒魔法も実は健康な状態から怪我を負った状態、そしてまた健康な状態に変化させている。

だから治癒魔法を使っても欠損した部位や傷付いた部位は治せても、流れ出て失った血は戻らないし、病も治せないものがある。

治癒魔法は傷を治すことに特化しているが万能の魔法ではない。

でも、もしこの自動修復魔法が生き物にも使えたら……。

…………いや、それはダメだ。

もし一人の人間にこの魔法をかけたとする。

その人間は基点となった状態から変化する度に、魔法が発動し、基点へ戻される。

それはつまり、老いることも、怪我や病で死ぬこともない不老不死となる。

でもそれは人間と呼べるのだろうか。

本人はともかく、周囲はその人間を自分と同じ人間と認識するだろうか。

そして魔法のかかった人間は何年も、何百年も、魔力がある限り生き続ける。

果たしてそれは幸福なことなのだろうか。

家族や友人、知人が次々に亡くなっていくのを一人で見送り続けなければならない。

そんなの、ただの地獄ではないか。

「……だから物だけにかけるんだ」

魔法式は学院長のみが扱えるように複雑な構成で組み上げられていた。

学院長は滅多に使えないのではなく、きっと、滅多に使わないようにしているのだ。

この魔法は素晴らしいけれど悪用出来てしまうから。

例えば騎士や馬に使用すれば、決して死なない、老いることのない無敵の騎士団が出来上がるだろう。

王族に使用すれば、永遠に同じ王族や王が国を支配するだろう。

自分に使えば永遠の命を手に出来る。

……永遠なんて、手に入れてしまったら、その瞬間にそれは無価値なものになる。

永遠は叶わないからこそ価値がある。

「リュシー?」

後ろにいたルルに声をかけられる。

わたしは立ち上がると笑って振り返った。

「これすごい魔法だね。わたしじゃあ多分、扱いきれないよ」

「そ〜ぉ? リュシーならも〜っとすごいの作れそうだけどねぇ」

「怖いから作れないよ」

ルルの手を引いてお兄様たちの元へ戻る。

あの魔法式から、学院長の倫理観が窺えた。

あの魔法式を組み上げた学院長をすごいと思うと同時に尊敬する。

入学式で見た物静かな老人を思い出す。

「学院ってすごいね、ルル」

わたしの言葉にルルが小首を傾げた。

その仕草は昔と変わらなかった。