軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戴冠式の裏側で

クーデターから半年後。

今日はお屋敷の空気がどことなく明るい。

リニアさんもメルティさんも、オリバーさんも、使用人のみんなは浮き足立っているような感じがする。

それもそのはず、今日はお父様の戴冠式が行われるそうだ。

綺麗になった王城の前庭を開放して国民が入れるようにして、戴冠式を行った後に、人々の前でスピーチを行うらしい。

お兄様も戴冠式に出席するとのことだった。

本来、公務に出るのは十二歳なのだそうだが、八歳になったお兄様は特別に出席出来るようになった。

王族が替わったと見てわかるように。

そしてわたしはお留守番だ。

この戴冠式の日に、旧王族達を思い起こさせるわたしの琥珀の瞳は喜ばれないから。

お兄様は最後までわたしも一緒に出られないかとお父様に掛け合ってくれていたけれど、わたしは出られなくてホッとした。

この国の大半の貴族が出ているということは、それだけ、旧王族に恨みを持つ者と顔を合わせることになる。

それにわたしのせいでお父様やお兄様が悪く言われるのは見たくない。

晴れの日に、旧王家のわたしは要らないのだ。

……何て言ってみるけど、本当は怖い。

貴族や国民に「お前も死ぬべきだ」と言われるのが。

旧王家の血筋だと後ろ指を差されるのが。

存在を否定されるのが怖い。

だからわたしは留守番することにした。

外に出たくないと言った時、お父様は少しだけホッとしたような、悲しそうな、何とも言えない顔をしていた。

それに申し訳なさを感じたけれど、わたしはハッキリ「まだ、外はこわいです」と言った。

お兄様は少し残念そうにしていた。

リュシエンヌとして、旧王家の血を引く王女として、貴族や国民の前に立つのは怖い。

十二歳になったら公務に出ないといけなくなるけれど、それまでには覚悟を決めるから。

その気持ちが伝わったのか、お父様は「焦らなくていいんだぞ」とわたしの頭を撫でてくれた。

「今、たいかんしきはどのくらいすすんでるのかな?」

戴冠式は午前中いっぱいかかるらしい。

その後、お昼頃にスピーチが行われる。

王都は新しい王が正式に即位することで、全体的にお祝い一色といった感じらしい。

敷地の外のことはあまり伝わってこないので分からないが、メルティさんがそう教えてくれた。

「ん〜、どうだろうねぇ。多分、貴族が入場してるところなんじゃな〜い?」

暖炉の側に置かれた大きめの揺り椅子にルルが座り、その上に座って、ルルにもたれながら呟けば、頭上から返事があった。

暖炉でパチパチと小さく火の爆ぜる音がする。

今日は冷えるので暖炉の前にいるけれど、それでも寒くて、ルルにべったりとくっついている。

この半年の間にルルはわたしの侍従兼専属騎士となった。

それで何かが変わるのかと言えば、特にわたしから見て変わったことはない。

でもルルいわく「リュシーの警備に口出せるようになったよぉ」とのことで、専属騎士は護衛騎士でもあるため、わたしの身辺警護にあれこれと口を挟んでいるそうだ。

最初は騎士とあまり仲の良くなかったらしいルルも、お兄様の鍛錬の見学をしに行く度に『運動』と称して騎士と何度も手合わせをしているうちに、いつの間にかその関係はそこそこ良好なものになっていた。

……どうやって仲良くなったんだろう?

疑問に感じることはあったが、仲が良いに越したことはない。

今では警備の騎士達とすれ違う度に気軽に挨拶を交わすくらいには仲良くなったようだ。

ちなみにわたしはいまだに壁がある。

旧王家の血筋が〜といった理由ではなく、単に、騎士達はわたしに近寄り難さを感じているそうだ。

いつもルルがいて、時々お兄様もいるため、いわゆる『ガードが固くて近寄れない』といった感じなのだとか。

そのため、わたしは騎士達の中では『深窓の令嬢』みたいなイメージを持たれている。

でも、鍛錬の時とかに目が合った騎士に手を振るので、そういう機会のあった騎士からは『ちょっと人見知りの可愛いお姫様』と思われてる。

メルティさんが騎士達から聞いたと教えてくれた。

「きぞくの入場ってそんなに時間がかかるの?」

「沢山いるからねぇ。全員が入るまでに二、三時間はかかると思うよぉ。ほらぁ、一組ずつ名前を読み上げて入るやつだよぉ」

ルルの言葉にそういえば習ったっけと思い出す。

正式な行事やパーティーなどでは、貴族は一組ずつ入場することになっている。

爵位の低い方から順番に名前が読み上げられて、一組ずつ入場し、爵位が高い者ほど会場に入る時間が後になる。

だから爵位の順に、会場へ到着する時間も違うため、招待状には必ずそれぞれズラした時間が書かれているらしい。

爵位が下であるほど待つ時間も長くなる。

「おとうさまがおうかんをつけるのも、時間かかる?」

もしかして王冠を戴くにあたって、何かしら決められた儀式というか、そういう特別な手順とか色々あるのだろうか。

「いや〜、多分ちょ〜っと喋って王冠頭に乗っけて、周りが『新しい王サマだ〜』って頭下げて、そんで終わり?」

「そうなんだ……」

そうだとしてもお父様もお兄様も大変そうだ。

入場は爵位の低い順ならば、王族であるお父様やお兄様は恐らく最後になるだろう。

でも正装で二、三時間待つのはつらそうだ。

家を出る時、お兄様は今日のために作られた服を着て出掛けて行った。

派手さはあまりないが品の良い、騎士の制服みたいな格好で、かなり格好良かった。

でもお兄様は「重い」ってぼやいていた。

確かに肩の飾りとかマントとか、装飾が沢山あったし、生地もしっかりとしたもので服だけでもそこそこな重さがありそうだった。

……あれって多分王子の正装だよね?

お兄様を見送ってから思い出したけれど、お兄様の着ていたあの服、多少違いはあるものの、原作のゲームのお兄様が卒業パーティーで着ていたものによく似ていた。

……でもあの服格好良かったなあ。

ルルも侍従の服も素敵だが、専属騎士として、騎士の制服を着てもきっと格好良いと思う。

「リュシー、何考えてるのぉ?」

想像してニヤニヤしていると頬をつつかれた。

「ルルがきしの服きたら、かっこいいなあって思ってたの」

「……話飛んだねぇ」

クスクスとルルが笑い、その振動が伝わってくる。

この半年で気付いたことがある。

ルルはわたしの頭を撫でることが好きだけど、実はそれと同じくらい、わたしの頬を触るのが好きだ。

変にベタベタ触ってくるわけではなく、時々、こうしてつついたり、両手で挟んだりして感触を楽しんでいる。

その気持ちは分からなくもない。

リニアさんとメルティさんのおかげで、わたしの髪はサラサラふわふわだし、肌なんてもっちもちだ。

お兄様もわたしの頬に触れた時は「何だこれは……」と驚愕の表情を浮かべていた。

それぐらい今のわたしはモチ肌なのだ。

お兄様は何度もべたべた触ってきたので鬱陶しくなって嫌がったが、ルルはその辺りを分かっているらしく、たまに触るくらいだ。

……ルルならがっつり触ってもいいけどね。

ルルの両手を掴んで、わたしの両頬に押し当てる。

するとルルの手がそっとわたしの頬に触れる。

控えめに頬を包む手の上に、自分の手を重ねて、むにっと頬に押し当てる。

またルルが笑った。

「なぁに、リュシー、珍しいねぇ」

ルルの手がむにむにとわたしの頬を柔らかく揉む。

「ひまなの。あと、ちょっとねむい」

「寝てもいいよぉ?」

「んー……」

眠いけど、眠っていいのかとも思う。

もしお兄様が戻って来た時にわたしがぐっすり眠っていたら、多分、お兄様は残念に思いながらもわたしを起こさずにいてくれるだろう。

お父様やお兄様に「ありがとう」と言いたい。

きっと色んな人から「おめでとう」は言われる。

でもわたしは二人に感謝の気持ちを伝えたい。

お父様がクーデターのリーダーとして立ち上がってくれたからわたしはあの後宮から出ることが出来た。

お兄様がいたから、わたしはお屋敷の使用人とも、少しずつだけど仲良くなれてきている。

……ああ、そうだ。

「ルル」

名前を呼ぶと返事がある。

「なぁに?」

この緩い口調にももう慣れた。

今でもこの声が聞こえないと不安になる。

「ありがとう」

もにもにとわたしの頬を触っていたルルの手が止まる。

「ん〜? オレ何かしたっけぇ?」

不思議そうな声に頷き返す。

「わたしを見つけてくれたのがルルでよかった。いっしょにいてくれるのがルルでうれしい。ルルがいると幸せなの。だから、ありがとう」

この半年、ずっとルルと一緒にいた。

きっとこれからもずっと一緒なんだろう。

それがちっとも嫌じゃない。

むしろルルと一緒にいられる未来に安堵してるし、心から嬉しいと思うわたしがいる。

「今日からわたしは王女になるけど、これからもルルといっしょにいたい。……いてくれる?」

頬から手を外して後ろを見上げる。

灰色の瞳が目尻を下げて見下ろしてくる。

「もちろん一緒にいるよぉ。そのために王サマから婚約の件をもぎ取って来たんだしぃ? 心配しなくてもずっと一緒だよぉ」

にこ、と笑うルルにわたしも笑い返す。

「そっか」

「そうだよぉ」

今日からわたしは正式に王女様になる。

お屋敷の使用人も、今日からお父様のことは国王陛下、お兄様のことは殿下、わたしのことは姫様と呼び方が変わるらしい。

お兄様は第一王子に、わたしは第一王女に。

そして十二歳になったらお兄様は立太子される。

わたしが十二歳になったら王位継承権を放棄することでお父様と話は決まっている。

王位継承権の放棄に関して、お父様は「その方がリュシエンヌの身の安全にも繋がるだろう」と言っていた。

王位継承権があるということは、誰かがお兄様を廃してわたしを女王に据えようとする可能性が出てくるからだ。

少なくともわたしが継承権を放棄していれば、いくら持ち上げても王になることは出来ない。

……王女様になる。

「リュシー? 大丈夫ぅ? 寒いならもっと暖炉に薪入れる〜?」

ぶるりと震えたわたしをルルが抱き締めてくれる。

「ううん、だいじょうぶ」

王女になったってわたしはわたしだ。

原作のリュシエンヌとは違う。

きっと、大丈夫だ。

それにこうして原作とは違ってルルもいる。

お父様やお兄様との仲も良好だ。

「わたし、ぜったいルルとけっこんする」

そのためにも原作通りになんてさせない。

ルルがよしよしとわたしの頭を撫でる。

「あと十一年、待ってるよぉ」

その言葉にわたしは力強く頷いたのだった。

そしてその日、王国に新しい王が誕生した。

後に賢君として、賢王として、歴史に名前を刻まれることとなる。

旧王家の圧政から解放された国民はその日、新しい王の即位を祝し、王都は夜も明かりに包まれていた。

開放された王城の前庭には新王のスピーチを聞くために大勢の民が集まり、そして、王が消えた後もしばらく歓声が鳴り止まなかったという。