軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団(2)

* * * * *

ルフェーヴルは渡された木剣を握る。

普段あまり扱うことのない長剣で、愛用しているナイフよりも重く、そして脆い。

うっかり身体強化を使ったら折れてしまう。

向かい側にいる若い騎士が木剣を構える。

見たことのある構えは騎士が一番最初に習う型だ。

騎士はルフェーブルより一つか二つ年上だろう。

ルフェーヴルよりも少々体格が良い。

だらりと両腕を垂らして体の力を抜きながら、若い騎士の体を観察する。

……典型的なパワータイプかなぁ。

歳のわりにがっちりとした体格で、きっと筋力を重視して鍛えているのだろう。

上半身だけでなく下半身も鍛えているところはさすが騎士団所属というだけはある。

剣を振るために上半身ばかり鍛えても意味がない。

そういう点は騎士団でも教えられているのだろう。

「構えないのか?」

若い騎士の言葉にルフェーヴルは小首を傾げた。

「いつでもどうぞ〜」

そもそもルフェーヴルは構えない。

構えるという行為は敵に「今から攻撃しますよ」と宣言するようなものだ。

暗殺を生業とするルフェーヴルには不要だった。

何より、いちいち構えなくともいつでも動ける準備は出来ている。

「じゃあ行くぞ!」

若い騎士が言い、構えた剣を斜めにズラす。

その状態で向かって来るのを、まるで見えていないような呑気な佇まいでルフェーヴルは迎えた。

構えた腕が一瞬だけ上へ上がったが、すぐに引かれると剣先が下へ向く。

下から上へ振り上げるように木剣がルフェーヴルを襲う。

ルフェーヴルの体がふら、と後ろへ傾いた。

その鼻先数センチで木剣の先がブンと音を立てた。

剣が空振った若い騎士がすぐに一歩下がる。

ルフェーヴルは倒れかかった体を、下げた足で元に戻した。

……へえ、最初っからフェイントなんて面白いねぇ。

若い騎士がしっかりと剣を握り直す。

今度は真正面から切りかかってくる。

「はぁあああっ!」

それを体の向きを変えることでするりと躱す。

騎士が立て続けに剣を振るうけれど、ルフェーヴルはそれをふらりふらりと風に吹かれる木の葉のように避けていく。

騎士団では体幹を鍛えて芯の通った姿勢で剣を構えるが、ルフェーヴルはその反対で、決まった体勢がない。

ふらふらとした動きは先が読み難い。

だからこそ、そのような動きをする。

「っ、何で反撃してこない!?」

何度剣を振っても当たらないことに痺れを切らしたのか、若い騎士が怒鳴る。

「あ〜、別にバカにしてるわけじゃないよぉ。ほらぁ、剣筋を見るっていうかぁ、様子見みたいな〜?」

ただ握っていただけの剣をルフェーヴルは握り直した。

「でも次は避けないから安心してぇ」

そう言いながらもルフェーヴルは構えない。

若い騎士は僅かに眉を寄せたものの、そちらがそのつもりならばと、剣を振る。

かかん、と木のぶつかる音がした。

続いて、からんと木剣の落ちる音がした。

「……え?」

若い騎士が自分の手元を見る。

握っていたはずの木剣はそこになかった。

「はい、オレの勝ち〜」

ルフェーヴルがにこりと笑う。

若い騎士は左手の握力が右手よりも少しばかり弱かった。だからルフェーヴルは瞬間的に木剣を下から左側に強く弾き、自身の剣先を相手の剣の柄の突き出た部分に引っ掛けて振り上げたのだ。

騎士からしたら、スポンと剣が抜けたような感じがしたことだろう。

周りの騎士が騒めいた。

「次にやりたい人どうぞぉ」

ルフェーヴルの言葉に騎士達は顔を見合わせた。

先ほどの動きを見切った者も、見切れなかった者も、目の前にいる侍従が只者ではないと勘付いた。

そこへ声がかかる。

「では私が相手をしよう」

その人物は三十代半ばほどの騎士だった。

落ちている木剣を拾い、土埃を払う。

「お兄さん、強そうだねぇ」

その騎士は細身だった。

最初に相手をした若い騎士よりも線が細い。

だが、ルフェーヴルは嬉しそうに笑う。

……こっちの方が楽しめそうだ。

ルフェーヴルは暗殺を生業にしているが、それが好きというわけではない。

むしろ暗殺ほどつまらない戦いはないとすら思っている。

相手に気付かれずに殺すため、戦う楽しさが全くないのである。

「恐らく君ほどではない」

その言葉にルフェーヴルは「それでもいいよぉ」と言う。

一度でも、二度でも、剣を交えるだけの実力があるなら良い方だ。

わくわくしながらルフェーヴルは、ふらと体を横へ倒す。

「じゃあオレから行くね?」

グッと地を踏み締めると、それまでのふらふらした動きが嘘のようにルフェーヴルの体が前方へ跳躍する。

走るというにはあまりに歩数が少ない。

だが、それでルフェーヴルの体は騎士の目前に迫った。

そしてルフェーヴルが持っていた木剣を無造作に振り下ろした。

騎士がそれを受け止める。

バキィ、とルフェーヴルが叩きつけた木剣が折れた。

地を蹴ってルフェーヴルが距離を開ける。

「あちゃぁ、木剣ってこんな脆かったっけぇ?」

まだ身体強化も使っていない。

二、三回くらいは持つと思っていたが、予想に反してたった一度で木剣はバッキリと折れてしまった。

騎士が苦笑する。

「君、普段は長剣を使わないだろう?」

「分かる〜?」

「ああ、力加減がめちゃくちゃだ」

騎士の持っていた剣も折れかかっていた。

それでも完全に折れなかったのは、ルフェーヴルのしなやかな体が鞭のように振り下ろした木剣の勢いを受け流したからだ。

そうでなければ騎士の木剣も打ち合ったところからなくなっていたことだろう。

「ん〜、まあいいかぁ。丁度いい長さになったしぃ」

半分ほどになった木剣をルフェーヴルは振った。

ナイフよりかはまだまだ長いが、これくらいなら扱いやすい。

「とりあえずぅ、お互い大怪我をしない範囲でってことで〜」

「ああ、だが私は全力でいかせてもらう」

「そうでなければ相手が出来ない」と騎士が言う。

ルフェーヴルは笑みを浮かべたまま頷いた。

「お好きにどうぞ〜」

言い終わらないうちにルフェーヴルが動く。

また地面を蹴って低く跳躍して間合いを詰める。

騎士が剣を構え、立ち向かう。

かぁん、と高い音が響き、二人の木剣がぶつかり合う。

騎士がそのまま剣を振り抜けば、ルフェーヴルは後ろへ飛んでそれを避け、また地を蹴って間合いを詰める。

再度ぶつかりあった木剣から木屑が弾け飛んだ。

* * * * *

ルルが騎士と戦っている。

騎士は殆ど動いていないけれど、ルルは打ち合っては離れ、また近付いては打ち合ってを繰り返している。

打ち合う度に二人の木剣が短くなっていく。

木剣同士がぶつかる度にバキと音がなる。

生き生きとしたルルは楽しそうだ。

反対に騎士は眉を寄せて、ルルから打ち込まれる剣を受け流したり弾いたりしていた。

ルルの戦い方は独特だ。

まず構えない。

それに転ぶんじゃないかと思うくらいの前傾姿勢で相手の間合いに入って、一度だけ剣を交えて、ひょいと距離を空ける。

それを色んな方向から繰り返している。

始めてから十数分、続いている。

「あいつ、性格悪いな」

汗を拭いながらお兄様がやって来た。

椅子に座るとリニアさんがお兄様にも果実水を用意する。

「どういうことですか?」

果実水を飲み干したお兄様がルルを見た。

「ああやってジワジワ相手の体力を削ってるんだ。本気を出せばすぐ終わるのに。……猫がネズミを狩る時に遊んでるみたいだ」

心底嫌そうな顔をするお兄様に、改めてルルの戦い方を見る。

一撃入れては離脱して、また同じことをする。

あんなに動いているのにルルは息を切らせていないようだった。

……もしかしてルルってすごく強いの?

原作では暗殺者という設定だったが、それがどこまでのものなのかは知らない。

「ルルってつよいんですか?」

「多分うちの騎士達よりもな」

お兄様は即答して、面白くなさそうに眉を寄せた。

「だからリュシエンヌの傍にいることを父上も許したんだと思う」

視線を戻せば騎士と距離を空けたルルと目が合った。

見てるよ、と手を振るとルルもひらひらと手を振り返してくる。

……余裕そうだなあ。

その隙を見て騎士が切りかかる。

それをルルは後ろへ倒れるように避けた。

不思議な避け方だ。

そのままふらりと倒れてしまうんじゃないかと思うような動きなのに、ルルはきちんと体勢を立て直してしまう。

追撃もふらりふらりと細身の体が揺れて避ける。

まるで風にたなびく布のようだ。

最後の一撃をガツンと木剣で受け止める。

弾くように騎士を押し退け、下がった騎士へ持っていた木剣を投げつける。

それと同時にルルが駆け出した。

騎士が飛んできた木剣を弾き、向かってくるルルへ構えたが、ルルは直前まで来て唐突に上へ飛び上がった。

騎士がルルを追って顔を上げたが怯んだように顔を顰めるのが見えた。

それでも騎士はルルに向かって剣を突き出した。

空中にいるルルは避けられない。

ハッと息を呑む。

騎士の木剣はルルの脇腹ギリギリを通り過ぎた。

ルルが空中で器用に身を捩ったのだ。

そうして着地しながら片手を振り下ろす。

ピタリ、と騎士の目の前で止まったルルの手には、先ほど投げたはずの短い木剣が握られていた。

互いにしばし固まっていた騎士とルルだったけれど、騎士が体を引くと、ルルも木剣を下ろした。

思わず拍手を送ると騎士がこちらに向いて礼を執る。

お兄様がその騎士を手招いた。

ルルは相変わらずふらふらと体を揺らしながらこちらへ戻ってくる。

「ルル、すごい! さいごどうやったの?」

傍に来たルルに問うと、首を傾げられる。

「何がぁ?」

「なげたけんがルルの手にもどってたの」

「ああ、あれぇ? 投げた後、風魔法で上に吹き飛ばしておいたんだよぉ」

「じゃあ上にとびあがったのはけんをとるため?」

「そう、あと目眩しって理由もあったよぉ」

……そっか、騎士のいた位置からだと飛び上がったルルは太陽を背にしていて眩しいのか。

だから騎士はルルを見上げた時に顔を顰めたのだ。

お兄様が横で溜め息を漏らす。

「リュシエンヌの気に入る者がいたら護衛騎士にしようと思ってたんだが、これでは無理そうだな」

近くまで来て控えていた騎士が苦笑する。

「恐れながら、そちらの侍従殿ほどの者がいるのでしたら我々はむしろ足手まといになるでしょう。それに先ほどの戦いを見た後では『我こそは』と名乗り出る者も少ないかと」

「そうだろうな……」

騎士の言葉にお兄様がジロリとルルを見る。

ルルはその視線を平然と受け流していた。

「おにいさま、わたしもごえいきしはいないとダメですか?」

「ダメということはないが、いた方が安心だろう?」

逆に聞き返されて首を傾げてしまった。

「わたし、外にあんまり出ないからよく分かりません。それにルルがいっしょにいてくれるので」

お兄様が納得した風に「ああ」と呟く。

「そういえば、そういう目的も込みで父上はルフェーヴルを雇ったんだったな」

「そうだよぉ。侍従っていうのはただの建前でぇ、オレはリュシーの護衛が本当の仕事だからねぇ」

「なら、いっそリュシエンヌの護衛騎士もお前が兼任してしまえ」

お兄様の言葉にルルが手を叩いた。

「それいいねぇ!」

わたしはそれに目を瞬かせた。

「ルル、じじゅうでごえいきし?」

「そう〜、侍従で護衛騎士だよぉ」

暗殺者なのに、王女の侍従で護衛騎士。

ルルの職業がどんどん増えていく。

お兄様は若干呆れたような顔をしながらも「父上には僕から伝えておく」と言った。

……まあ、ルルがいいならいいや。

侍従だろうと護衛騎士だろうと、傍にいてくれるなら、職業なんて何だって構わない。

……でも護衛騎士かあ。

「じゃあルルはわたしのきしだね」

見上げれば灰色の瞳が細められる。

「うん、オレはリュシーだけの騎士だよぉ」

「……わたしだけのきし」

何て素敵で魅惑的な響きなのだろう。

嬉しくてつい、ほわぁっとしていると、お兄様がテーブルに頬杖をついてわたし達を見る。

特にルルへ責めるような視線を向けた。

「可愛い僕の妹に変なことを教えるな」

「ええ〜、別に王女様の護衛が専属騎士なんて珍しくもないでしょ〜?」

「やめろ、リュシエンヌが期待のこもった目でこっちを見てるじゃないか」

……専属騎士。わたしだけの騎士。

お兄様を見ると「う……」と少し気圧されたように身を引いた。

……ルルを護衛に、専属騎士にして欲しい。

そうすればきっとこれからもルルと一緒にいられるという予感があった。

ジーッとお兄様を見つめる。

お兄様は視線を逸らしたままだ。

「おにいさま……」

ぽん、とわたしの頭にルルの手が乗る。

「ほらぁ、諦めてオレをリュシーの専属騎士にしちゃいなよぉ」

わたしとルルに見つめられ、お兄様はまた溜め息をこぼした。

「……分かった、父上に進言はしてみる。だがどうするかは父上が判断されることだ」

「おにいさま、ありがとうございます!」

「そうこなくちゃねぇ」

感情のままにお兄様に笑顔を向ける。

するとお兄様は「仕方ないな」と苦笑した。

見上げればルルがパチリとウインクした。

* * * * *