軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狭間とその後

* * * * *

「あの二人は帰った〜?」

聞こえてきた声に黄金の女神は振り向いた。

そこには銀髪に淡い灰色の瞳をした、男神が立っていた。

「ええ、今帰したところよ」

「必要な話はできたの?」

「最低限は、ね。本当はあの子に明かす必要はなかったのかもしれないけれど……実際に顔を見ることができて良かったわ」

女神と旧王家の関係については、あちらの石碑に書かれている。

あの世界に最初の人間を生み出した時、リュシエンヌの元いた世界と同じ人間の魂をこちらに招き、黄金の女神の血から肉体を作り、女神の加護と神力を与えた。

ヴェリエ王家はその最初の人間の直系の子孫である。

全ての国の王族は、ヴェリエ王家の分家とも言える。

そして、ヴェリエ王家には琥珀の瞳を持って生まれる者が多い。

琥珀の瞳を持ち、魔力を持たない者は代わりに神力をその身に宿す。

その者が次代の王となり、遺跡に来て、女神の加護を授かり、国を導いていく。

しかし、代を重ねるごとにヴェリエ王家はそれを忘れていった。

琥珀の瞳を持つ者が王となる、という話しか残らず、神力を持つ者もほとんど生まれなくなった。

……リュシエンヌはわたしの『欠片』を埋め込んだから……。

元より琥珀の瞳ではあったが、黄金の女神の『欠片』を与えることでその身に神力を宿し、そのせいで魔力を失った。それについては申し訳なく思うが。

「ふぅん? そういえばあの二人の子供、生まれた?」

「ええ、もう二歳よ。ルフェーヴルにそっくりの可愛い子だったわ。……でもあなた、また子供に別の魂を移したの?」

リュシエンヌとルフェーヴルの子まで転生者だと気付いた時は驚いた。

なぜ、と思ったが、そんなことをできるのは他の神しかいない。

「待った待った、怒らないで。あのままだと子供に魂が宿らなくて流れちゃいそうだったから、仕方なかったんだよ。君とオレの『欠片』を持つ者同士の子の肉体なんて、この世界の普通の魂じゃあ上手く入れないんだから」

慌てた様子で銀の男神が両手を振った。

「それで別世界の魂を入れたのね」

「おかげで、二人の子供は流れずに済んだでしょ?」

……それはそうかもしれないけれど。

色々と言いたいことはあるが、結局、黄金の女神は小さく息を吐いた。

銀の男神がやることは昔から予想外ばかりだったし、彼なりに黄金の女神を思ってしてくれている。それに怒ったところでもう子供の魂は肉体に根付いてしまった。

「そうね」

銀の男神を手招き、椅子に腰掛ける。

残りの二脚のうち、一脚を消せば、余った椅子に男神も座る。

本当はリュシエンヌ達をもてなしてあげたかったが、ここで生み出されたものは全てに神力が宿っており、多くの神力を体内に取り込むと人間は死んでしまう。

あの二人なら多少は大丈夫だろうが、念のため、何も出さなかった。

「でも、これでやっと君の心配事もなくなったよね?」

銀の男神の言葉に、黄金の女神は頷いた。

「ええ、リュシエンヌ達の『運命』は完全に変わったわ」

「じゃあ、これからはオレにも構ってよ」

テーブルの上に男神が手を伸ばして、そこを叩くので、黄金の女神もその手に自分の手を重ねた。

神同士の間に恋愛感情というものはないが、それでも、こうしていると心が安らぐ。

「あなたが他の神に悪戯をしないなら、考えるわ」

「う……」

「冗談よ。だけど、ほどほどにね?」

悪戯好きで自由気ままな神なので、よく他の神に悪戯をして追いかけ回されている。

それを眺めるのも楽しいが、あとで一緒に謝って仲介役になることも多い。

「分かったよ〜。悪戯はちょっと控える」

少し拗ねたような顔をしながらも、男神は手を握り返してきた。

……やっぱり、ルフェーヴルはこの神の子ね。

隷属魔法を魂に刻みつけ、女神に祝福を使わせた、困ったあの子とよく似ていた。

* * * * *

目を開けると、黄色い花畑の中に立っていた。

そばにはルルがいて、目の前には女神様の像があった。

そっと、その手から自分の手を離す。

「リュシエンヌ、ルフェーヴル!」

お父様が近づいてくる。

「大丈夫だったか? 女神様に拝謁したと聞いたが……」

言いながら、お父様がチラリとゴーレムに視線を向けた。

わたしが像に触れた瞬間、強い風が吹いて、わたしとルルの姿が消えたらしい。

ゴーレムが『女神様ニ拝謁シテオリマス』と言うので驚いたそうだ。

その後、どこからともなく女性の声がした。

天から響くようなその声は女神様のものだと誰もが分かった。

女神様はお父様達に、女神様とヴェリエ王家の関係について説明した。

「旧王家は女神の血を引くと言われていたが、まさか事実だったとはな……」

お父様はそう苦笑した。

女神様の子ではなく、女神様の血から作られた人間だったから、女神様の血を引くということだった。石碑にはヴェリエ王家や他国の王族の成り立ちが書かれていた。

別の場所にも石碑があり、そちらにはこの世界の成り立ちが書かれているらしい。

他の調査員達が石碑に書かれている文字を一生懸命、本に写している。

この世界の文字が前世の世界のものと同じなのは、最初の人間となった魂が同じ世界のものだったから。

そう思うと、この世界とあちらの世界に共通点があるのも頷ける。

……でも、お父様達は大丈夫なのかな。

旧王家が女神様の血を引く王族だったと確実に判明した今、やはり旧王家の血筋を戻すべきだと言い出す人もいるのではないか。

それについて訊けば、お父様が微笑む。

「問題ない。リュシエンヌ達がいない間、女神様からお言葉をいただいた。ファイエット家が新たな王家としてこの国を導くことを許し、アリスティードにも祝福をくださるそうだ」

「お兄様に? ……あ、国王陛下だからですか?」

「恐らく、そうだろう」

女神様がお兄様に祝福をくれるなら、きっと周りも納得するだろう。

……そうすれば、旧王家の血筋なんて誰も気にしない。

女神様も『王になれ』とは言わなかった。

ホッとしているとゴーレムが動き、石碑の裏に回った。

そして、何か大きな箱を持って戻ってきた。

ゴーレムはわたしの前に箱を置き、蓋を開けた。

中には杖とマント、 杯(さかずき) が入っていた。

どれも杖と杯は金色で、マントも赤地に金色の刺繍がされて、フワフワのファーがついている。

……これがこの遺跡のお宝なのかな?

覗き込んで見ていると、なぜかゴーレムが杖を持ち、差し出してくる。

「え? ……えっと、わたしにくれる……ってこと?」

杖とゴーレムを交互に見れば、頷き返される。

──ハイ、遺跡ヲ受ケ継グ、ヴェリエ王家ノ正統ナ継承者ノ方ダケガ使エルモノデス。

「……使える? これってただの宝物じゃないってこと?」

──オ持チニナレバ分カリマス。

疑問に感じながらも杖を持った。

金色の杖は棒部分に植物が巻きついており、先端には琥珀のような大きな丸い石がついている。持った瞬間、石が輝き、その中でキラキラと金色の粉雪のようなものが煌めいた。

「……綺麗……」

思わず杖をまじまじと眺める。

そしてもう一つ、杯も渡された。

ワイングラスほどで、こちらも金色をしており、女神様が彫られていた。

意外にも杖も杯もそれほど重くはないが、両手がそれらで塞がった。

最後にゴーレムがマントを両手で丁寧に摘み上げた。

大きなゴーレムが持つとマントは少し小さく見えた。

そのマントをゴーレムはわたしに羽織らせた。

マントは少し重みがあるものの、しっかりとした生地のわりに軽い。

そう思った瞬間、横から「うわっ?」「っと……」とお父様とルルの声がして、わたしの周りにシャボン玉のような膜が出て、二人を弾き出した。

「えっ!?」

慌てて二人に近づこうとしたけれど、どうやら膜に弾かれてしまうらしい。

防御系の魔法によく似ているように見える。

ゴーレムがわたしの肩からマントを外すと膜は消えた。

「今のはなんだ?」

お父様の問いにゴーレムが答える。

──コチラハ三種ノ神器トイイ、ヴェリエ王家ノ正統な王位継承者ノミガ扱ウコトノデキル、魔道具ノヨウナモノデス。現在ハ、リュシエンヌ様シカ所有デキル方ハオリマセン。

「三種の神器……」

──マント、杖、聖杯。コレラハ王ヲ守護スルタメノモノ。

だから、わたしが持つべきだとゴーレムは言う。

マントには『物理と魔法、全てを拒絶する力』がある。

杖には『魔力を操る力』がある。

聖杯には『傷病を癒す聖水を生み出す力』がある。

「お兄様……現国王陛下に渡してはダメなの?」

──リュシエンヌ様以外ガ持ッテモ、能力ハ使エマセン。三種ノ神器ヲ使用デキルノハ、リュシエンヌ様ノミデス。ソレ以外ノ者ガ触レテモ何モ起コリマセン。

と、いうことらしい。

……お兄様なら、きっと有効活用してくれたのに……。

「ここから持ち出していいの?」

──所有者ガ亡クナルト、コレラハ自動的ニ遺跡ニ戻ッテキマス。

わたしが持っていっても、わたしが死んだらここに戻る。

……使い道なんてないんだけどなあ。

両手が塞がったまま立っていると、ルルが「空間魔法に入れておく〜?」と声をかけてくれた。

しかし、空間魔法に入れようとしても神器は入れられなかった。

何度試しても、空間魔法の前に壁があるような感じで入らない。

「本当に、魔力がない人間が持つ前提なんだねぇ」

と、ルルが呆れた顔をした。

とりあえず、今日は石碑に刻まれた内容を書き写して野営地に戻った。

三種の神器はかさばるので遺跡の入り口までゴーレムに運んでもらい、その後はわたしとルルで天幕まで運んだ。

三種の神器は遺物ではあるものの、わたしにしか扱えない点、遺跡の所有者としてわたしが認められているという点から、ニコルソン伯爵家で保管することとなった。

あとから気付いたが、三種の神器はわたし以外の人にはかなり重く感じるらしい。

その辺りも『正統な所有者だけの特権』なのかもしれない。

最深部まで達したことで、今後の調査はより進むだろう。

* * * * *

夕食後、ルルと二人で天幕に戻る途中でお父様を見かけた。

……あれ、どこに行くんだろう?

護衛の騎士もつけずに、お父様が川のある森のほうに入っていく。

なんとなく気になってしまい、ルルを見上げれば頷き返された。

手を繋ぎ、二人で後を追う。

夜の森だけど、月明かりで思ったよりも明るかった。

サラサラと微かに聞こえる川の音に向かっていけば、川のそばでお父様が佇んでいた。こちらに背を向けているので表情は分からないが、その背中はどこか寂しげに見える。

「お父様」

声をかければ、お父様が振り返った。

「リュシエンヌ。……ああ、ルフェーヴルもいたか」

「当然でしょぉ? リュシーがいるところにオレあり、だからねぇ」

「確かにな」

微笑むお父様の表情はいつも通りだけど、遺跡を出てからずっと上の空な感じがした。

お父様にしては珍しいが、遺跡のことで色々と考えているのだろうと思った。

お父様に近づき、なんとなく横に並んで川を眺める。

川辺にお父様、わたし、ルルで並んだ。

「……お父様、その、何かあったのですか? 遺跡を出てからずっと、曇った表情をしていらっしゃるので……」

そう言えば、お父様が苦笑する。

「……私は大罪人なのだと、改めて理解した」

「大罪人……?」

「女神様の血を引くヴェリエ王家から王位を簒奪し、彼らを処刑し、正統な王位継承権を持つリュシエンヌからその未来を奪った。……私のしたことは間違っていたのだろうか」

自身の手を見下ろすお父様に釣られて視線を落とせば、その手は微かに震えていた。

……お父様にとっては恐ろしいことだよね……。

この世界の人々は女神様を信仰している。

そして、その女神様の血を引く王族を殺し、王位を簒奪した。

その罪の重さにお父様は震えているのだ。

わたしはお父様の手に自分の手を重ねた。

「わたしは、お父様が間違っていたとは思いません。……この世には絶対的に正しいことも、間違っていることもなくて、確かにヴェリエ王家は女神様の血を引く聖なる一族だったのかもしれません。……でも、国を傾けました」

旧王家は『国や人々を導く』ことを忘れてしまった。

地位や金、権力に溺れ、怠惰になり、王族の義務と責任を手放した。

……わたしは王妃とその子達しかほとんど覚えていない。

だけど、誰もが旧王家を憎んでいたことは知っている。

「もし本当にお父様が間違っていたのなら、クーデターは失敗に終わったはずです」

ハッとお父様が顔を上げる。

わたしはお父様を見上げて微笑んだ。

「お父様、わたしはお父様に助けていただきました。きっと他にも、この国にはお父様のおかげで助かった人々が数え切れないほどいて、ファイエット王家が続くことを願っていると思います」

「リュシエンヌ……」

「それに、女神様が許してくださったではありませんか」

そのまま、お父様にギュッと抱き着く。

「それでも、どうしても苦しい時は、その苦しさをみんなに分けてしまえばいいんです。……お父様の近くには、お父様を大切だと、支えたいと思っている人が沢山います。そういう人達に甘えちゃえばいいんです」

ルルが横で「そぉそぉ」と言う。

「クーデターに参加したヤツ全員が『共犯』なんだしぃ、義父上だけが全部背負う必要はなくなぁい? 今思えば、手引きする人間がいてみんなが旧王家を憎んでるって言っても、あんなに簡単にクーデターが成功するなんて 上手くいきすぎてた(・・・・・・・・・) よぉ」

「……そうだな」

「もうその時点で、旧王家は女神サマに見限られていたんじゃないのぉ? どっちにしてもぉ、ファイエット王家を女神サマが認めたんならそれでいいじゃん」

ルルのどうでも良さそうな声に、お父様がフッと表情を緩めた。

「まったくその通りだ」

「それより遺跡の最深部まで行ったしぃ、そろそろオレ達も帰っていーぃ?」

「悪いがもうしばらく付き合ってくれ」

ルルが不満そうに唇を突き出す。

「ええ〜? オレ、帰る度にアサドから催促の手紙がきてるんだけどぉ? コレのせいで仕事受けられなくて稼ぎも減るしぃ」

「今まで散々好き勝手に休んでおいて今更だろう。こちらにいた間、お前はリュシエンヌと過ごせる時間を満喫していたんじゃないか?」

「ソレはソレ、コレはコレ〜ってヤツだよぉ」

「リュシエンヌ……いや、ルシール=ローズと護衛騎士には給金が出る。城に戻った際に渡すから、金にはさほど困らないはずだ」

それにルルが目を輝かせた。

「さっすが義父上〜、分かってるぅ」

「現金な奴め」

笑うお父様の手が、わたしの頭を撫でる。

もうその手は震えていなかった。