軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真実

遺跡に来てから、いつの間にか二ヶ月が過ぎていた。

調査はゴーレムが手伝ってくれていることもあって順調に進んでおり、数日に一度休息日を設け、そういう時はみんなものんびり過ごしたり近くの村や街に出かけたりしている。

わたしとルルは屋敷に帰り、昼間もルドヴィクの様子が見られるようになった。

ルドヴィクは『プップー』がまだお気に入りらしく、片手に短い木剣、もう片手にそれを持って遊んでいることが多い。

握って鳴らすだけでなく、壁や床に当てて音を鳴らすのも好きらしい。

先日はランドローさんに投げてぶつけていた。

だけどランドローさんは全て受け止めてしまう。

絨毯の上でルドヴィクとランドローさんが『プップー』を投げて、受け止めて、転がして、掴んで、また投げてというのを繰り返していた。

握力を上げるための玩具だったが、ルルの予想外の使われ方をしている。

それでもルルは気にした様子はなかった。

「あれはあれでいい訓練になるよぉ」ということだった。

ルドヴィクは毎日庭を駆け回って、疲れたら寝て、また駆け回ってと元気である。

子供だからなのかすごく体力があって、動きも速くて、ランドローさんや騎士達は時々大変そうだ。

よく食べて、寝て、体を動かしているルドヴィクの成長は速い。

あの成長速度で育っていけば、確かに十五、六くらいの頃には最初に出会った時のルルくらいまで背が伸びるかもしれない。見た目も相変わらずルルそっくりだ。

……ちっちゃいルルを見てるみたいでかわいいんだよね。

我が子がすくすく育ってくれるのは嬉しいが、もう少ししたら膝に抱えるのも難しくなるかもしれない。

……子供の成長って早いなあ。

ルドヴィクの話はともかく、遺跡調査は順調に進み、ゴーレムが言うには『モウスグ最深部ニ着キマス』だそうで、お父様達もやる気が出ているようだ。

ちなみに遺跡の素材だけれど、やはり謎らしい。

触った感じは石に近いが、強度は金属に近く、火を近づけても焦げひとつつかない。剣でもツルハシでも魔法でも傷つかない。不思議な何かでできているそうだ。

遺跡の材質を解析するのにそちらの班は躍起になっているようだ。

魔法を調べていた班は、遺跡にいくつもかけられた魔法や罠に使われている魔法を見て驚いていた。現在の魔法とは違うらしく、まったく同じ魔法式を使っても、同様の効果は得られないのだとか。

……特別な力が関係しているのかな?

そちらの班は色々な魔法や罠を一生懸命、書き留めて、解析しようとしていた。

昔の魔法の中には廃れたものも多いと聞くので、こういう場所でなければ触れる機会はないだろう。遥か昔の魔法を知ることで、魔法に関する知識を高めたい人達が頑張っている。

わたし達は今日もゴーレムの案内で地下に潜っていた。

ふと、地下なのにふわりと風が吹く。

──最深部ニ到着シマシタ。

ゴーレムが言い、両開きの巨大な扉の前に立った。

この扉には取っ手がなく、美しい動物達の彫刻が全面に施されている。

ルルもお父様も、みんなが扉を見て首を傾げた。

ゴーレムに促されて扉の前にわたしが立つと、左右にスッと開く。

……え、自動ドア!?

開いた扉の向こうには美しい花畑が広がっていた。

よく晴れた青空には太陽があり、足元には柔らかな地面があって、一面に黄色い花の絨毯が続いている。地下のはずなのに、どこまでも広がっているように見える。

ゴーレムが先に中へ入った。

足を踏み出せば、靴の下でさくりと草を踏み締める感触がした。

同時に、黄色い花畑の中に女神様の像を見つけた。

ふわ、と柔らかな波が触れる。

……まただ。

遺跡に飛ばされる前とそっくりな景色だった。

違うと言えば、あの時は森の中だったけれど、ここはどこまでも広がる草原だ。

草原には黄色い花が咲き乱れ、鮮やかな緑と空の透き通った青によく映える。

だけど、女神様の像の姿は違っていた。

あの時は両腕を広げていたけれど、ここにあるものはこちらに手を差し伸べている。その後ろに壁のように白い石板が立っていて、まるで、それを読んでほしくて手招きしているような、そんな格好だった。

「……地下にこんな場所を作れるなんて……」

お父様が驚愕した様子で呟く。

ゴーレムは女神様の像のそばに辿り着くと、跪いた。

女神様の像から、ふわ、ふわ、と柔らかな『波』を感じる。

【──……ヌ……シエンヌ……】

……呼ばれている。

わたしは、驚いているルルの手を握った。

「ルル、行こう。……女神様が呼んでる」

「……分かった」

ルルがわたしの手を握り返す。

そして、わたし達は二人で花畑に入った。

後ろからお父様達が追いかけてくる音と気配を感じながら、女神様の像に向かう。

いつもは少し高い位置にある女神様の像だが、ここにあるのはわたし達と同じ高さに立っていて、目を閉じているものの微笑んだ表情で片手が差し伸べられている。

【……シエンヌ……】

感じる『波』と共に声が聞こえてくる。

わたしはそっと、女神様の手に触れた。

【リュシエンヌ】

ハッキリと声が聞こえた瞬間、ザァッと強く風が吹いて花びらが視界を覆った。

* * * * *

強く吹いた風に一瞬視界が奪われ、目を開ければ、そこは真っ白な空間だった。

壁も、床も、全てが白くて、少し眩しいほどだ。

ルフェーヴルは思わず少し目を細めた。

そして、目の前に女が立っていた。

歳の頃は分からないけれど、多分リュシエンヌと同じくらいだろうか。

鮮やかな黄金色の髪に、リュシエンヌとそっくりな琥珀の瞳をした女だ。

どことなく顔立ちもリュシエンヌに似ている気がする。

【いらっしゃい、リュシエンヌ。……ルフェーヴルも】

その言葉にリュシエンヌが顔を上げ、ルフェーヴルを確認する。

ルフェーヴルはリュシエンヌに微笑みかけた。

安堵した様子のリュシエンヌも微笑み、そして、女に顔を向ける。

「……もしかして、女神様……ですか?」

リュシエンヌの問いかけに女も微笑んだ。

【ええ、その通りよ、わたしの可愛い子】

リュシエンヌが繋がった手を引かれ、ルフェーヴルも引っ張られて足が動き出す。

いつの間にか、白い空間には丸テーブルと三脚の椅子が置かれていた。

それらも真っ白で、やはり目が痛い。

思わず眉根を寄せると女──……女神が【あなた達には、ここは少し眩しすぎるようね】と言い、指を鳴らした。

途端に真っ白だった世界がほのかに暗くなる。

頭上は美しい星々と月が輝く夜空に変わり、眩しさが和らいだ。

女神が椅子に腰掛け、どうぞ、と手で残りの椅子を示される。

リュシエンヌを先に座らせ、ルフェーヴルも横の椅子に腰掛けた。

「あの、ここは一体……?」

【ここは時空の狭間。人間が言う、 神界(しんかい) に近いわ。でも、ここは狭間の中でもわたしの力で隔絶された場所。わたしが招かない限り、誰も入れない】

「つまり、わたし達は女神様に招いていただいたということですね」

【その通り。……本来、あの遺跡はヴェリエ王家の正統な王位継承者が、王位を受け継ぐ際に訪れるべき場所だったの。像に触れた次代の王に、わたしが加護を与え、国を守り、導く力を授けることになっていた】

女神は困ったように微笑む。

【けれども、ヴェリエ王家は道を踏み外してしまった。もう戻れないほど大きく……今のあの国にはもうヴェリエ王家は不要なのでしょう】

「女神様と旧王家の関係は、どういうものなのですか?」

【それについては戻った時に石碑を読めば分かるわ。……それよりも、もっと大切なことをあなた達に話さなければいけないし、リュシエンヌ、あなたもわたしに訊きたいことがあるのでは?】

逆に訊き返され、リュシエンヌが頷いた。

「わたしは別の世界で死んで、リュシエンヌとしてその記憶を取り戻しました。でも、この世界はわたしが生きていた世界で遊んだゲームそっくりでした。……どうして、ゲームとこの世界はそっくりなのですか? わたしはどうして、この世界にいるのでしょうか?」

【それらについての説明は大事ね。そもそも、この世界がそっくりなのではなく、あなたの元いた世界のゲームがこの世界を模倣して作られたものだったのよ】

ルフェーヴル達が生きている世界は女神の『管轄』らしい。

そして、女神はこの世界のある特定の期間を何度も繰り返していたという。

何十、何百と繰り返すうちに一つの魂がすり減りすぎてしまった。

その魂は『絶対記憶』というスキルを持っていたことで、同じ期間を延々と繰り返していることに気付き、狂いかけ、別の世界に魂を移すことになった。

魂が移った世界は、リュシエンヌがリュシエンヌになる前の世界だった。

スキルを失ったものの、魂には既にこの世界の記憶が刻まれすぎており、そちらの世界でその記憶を基に作られたのが、リュシエンヌの言う乙女ゲームであった。

つまり、ゲームはこの世界の繰り返された記憶から生み出されたもの。

ゲームのヒロインがオリヴィエ=セリエールだったのは、オリヴィエ=セリエールの動きによってこの国が大きく変わっていたためだろう、と女神は言った。

「どうして何度も……?」

【あなたが幸せになれなかったからよ】

「……わたし?」

女神が優しく、悲しげに、愛おしそうにリュシエンヌを見た。

【リュシエンヌ、あなたにはわたしの『欠片』が宿っているの。『欠片』を持つあなたはわたしにとっては子のような、分身のような、特別な存在よ。……でも、何度時間を繰り返してもあなたは悲劇的な最後を迎える】

女神はリュシエンヌの悲劇を回避したかったらしい。

「それなら、なんでオリヴィエ=セリエールを生かしたのぉ? 女神の力で排除しちゃえば良かったじゃん」

【神は基本的に『管轄』している世界の魂に深く干渉できないの】

女神が言うには、見かねた別の神がオリヴィエ=セリエールとリュシエンヌの中に前の世界の魂を入れた。これまで繰り返された『運命』を捻じ曲げるために。

その結果、リュシエンヌとルフェーヴルは出会った。

【あなたの魂をこちらの世界に移す際に、先ほど話した『絶対記憶』スキルを有していた魂があなたがいた世界に移された。ただ時間の流れはそれぞれ異なるから、あなたがいた世界に移した魂のほうが、あなたがこちらに来るよりも前の時間軸に生まれたのよ。そして記憶を夢として捉え、ゲームが生み出された】

「そのゲームをわたしが遊んだ……」

【ええ、もしかしたら別の神はゲームを知っているあなただから選んだのかもしれないわ。……本当の理由は分からないけれど】

リュシエンヌがルフェーヴルと出会い、世界の流れが変わった。

だから女神は世界の時間を戻すことはせずに見守った。

リュシエンヌの加護は、ルフェーヴルと出会った後に与えたものだという。

リュシエンヌとオリヴィエ=セリエール。二人の人間の『運命』が歪んだことで、その影響が波紋のように周囲に広がり、様々な要素が重なって現在に辿り着いた。

「じゃあ、ゲームのリュシエンヌの結末は全て本当にあったことだったんですね……」

【そう、あなたはどれだけ時間を繰り返しても『悲劇を迎える』はずだった】

「じゃあ、友情エンドは 通常(ノーマル) ではなく、 真実(トゥルー) とされていたのはどういうことなのでしょうか? ずっと、それも疑問だったのですが」

【オリヴィエ=セリエールが誰とも恋愛をしない時間軸。それが最も世界に影響が少なく、あのゲームの作者にとっても穏やかな時間を過ごせたからだと思うわ。本来、オリヴィエ=セリエールの立場を考えれば、誰とも恋愛関係になるはずがなかったもの】

……オリヴィエ=セリエールとアリスティード達が恋愛関係になることのほうがおかしかったってことぉ?

確かに、男爵令嬢が高位の貴族と恋愛関係を築いて添い遂げるというのは、爵位や常識的に考えても可能性が低い。

「……でもさぁ、ちょっとおかしくなぁい? 女神サマは世界に関われないのに、オリヴィエ=セリエールの中の人格は引き剥がしてたよねぇ?」

ルフェーヴルの問いに女神が苦笑する。

【オリヴィエ=セリエールとその中にいた魂は、まったく融合していなかったからできたのよ。別の魂はこの世界の存在ではなかったのも、関わることができた理由ね】

「それならもっと早くに分離してくれたら楽だったのにさぁ」

【ギリギリまで分けたくなかったのよ。……元のオリヴィエ=セリエールに戻った際に、またリュシエンヌの『運命』に干渉するかもしれない。絶対にオリヴィエ=セリエールという人間が表舞台から消えるよう、様子を窺っていたの】

……オレ達は女神の掌の上だった〜ってわけかぁ。

ルフェーヴルがテーブルに頬杖をつけば、女神が【ごめんなさいね】と眉を下げる。

リュシエンヌは難しい顔をしたまま、考え込んでいる。

ルフェーヴルにとっては女神のことも、オリヴィエ=セリエールのことも、この世界のことすらどうでもよかった。リュシエンヌの元いた世界のことも、わりとどうでもいい。

大切なことは『ルフェーヴルの愛するリュシエンヌがそばにいること』だけだ。

そっと抱き寄せれば、リュシエンヌが顔を上げる。

「オレは、ここにいるリュシーが好きだよぉ」

そう言えば、リュシエンヌは目を丸くし、嬉しそうにふにゃりと顔を緩めた。

「……ありがとう、ルル」

リュシエンヌがルフェーヴルの手を握ってきたので、握り返す。

先ほどよりも穏やかな表情で、リュシエンヌが女神に顔を戻した。

「女神様も リュシエンヌ(わたし) の幸せを願ってくださり、ありがとうございます」

【いいえ、結局わたしは何もできなかったわ。別の神の手助けもあったけれど、あなた自身が『運命』を変えたのよ。悲劇を迎えるはずだった人生に立ち向かったからこそ、今があるの】

女神が微笑み、リュシエンヌも微笑む。

どこか似ているのは、リュシエンヌに女神の『欠片』とやらがあるからだろう。

【さあ、そろそろ戻ったほうがいいわ】

立ち上がった女神が、リュシエンヌに手を差し出す。

リュシエンヌも立ち上がり、そっとその手に触れた。

【あなた達の幸せを願っているわ】

女神の言葉にリュシエンヌが明るく笑った。

「わたしはもう幸せです!」

【そう……そうね】

ルフェーヴルは、あ、と思い出して女神に声をかけた。

「隷属魔法の件、どうも〜」

それに女神が困ったような、呆れたような顔をする。

【さすがに、次は助けてあげられないわ】

「はぁい」

少し咎めるような声にルフェーヴルは肩を竦めて返事をした。

リュシエンヌが小さく笑い、ルフェーヴルと手を繋ぎ直す。

ぶわ、とまた強い風が吹き、視界が黄色に染まる。

次に目を開ければ、元の花畑にルフェーヴル達は立っていた。

* * * * *