軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

探知メガネ

翌日、スウェン様とノワイエ宮廷魔法士達が近隣の街から帰ってきた。

その表情は明るく、報告を聞かなくてもメガネの魔法式を入手できたのだと分かった。

すぐにわたしとルルも大きな天幕に呼ばれ、ノワイエ宮廷魔法士とわたし、ルル、お父様、スウェン様、数名の調査員で机を囲んだ。

「こちらがメガネの魔法式の写しとなります」

「何枚か同じものをいただいてきたので、それぞれご覧ください」

スウェン様とノワイエ宮廷魔法士がわたし達にも紙を渡し、全員の手元に行き渡る。

ちなみに、わたしとルルは一枚の紙を二人で覗き込んでいた。

メガネの魔法式は綺麗で、思ったよりも複雑ではないようだ。

まずは魔法を展開するための下地の魔法式が一つ。

使用者がメガネをかけると魔力を吸収し、魔法が発動するという単純な仕組みだ。

そこにいくつかの魔法式が組み込まれている。

一つは、メガネに映る視界の範囲指定。

これはすごくありがたいことに、わたしが言っていたのと同じでメガネを始点として円錐形に視界範囲が広がっていくように設定されていた。

視力補正の魔法を考えた最初の人も、同じ考えだったということだ。

一つは視力補正。これはメガネをかけた人の目の動きを認識しているようだ。

瞳孔の動きや使用者が目を細める、など特定の動きに反応して少しずつ補正がかかる。

この魔法式ではさほど強くない度まで補正が効くようだ。

「メガネ屋に訊いてみたところ、こちらは一番度の弱いメガネを作製する際の魔法式だそうです。補正を強くかけたい場合は、一部の魔法式を書き換えるとのことでした」

ちなみに、メガネを着け外しする度に補正が一からかけ直される。

高級なメガネだと小さな魔石を着けて、補正状態を固定しておくこともできるらしいが、今回の『探知メガネ』作りではかけている間だけ見えればいいので固定する必要はない。

……この魔法式、かなり流用できそう。

ただ今のままだと視覚補正が入ってしまうので、まずはそれぞれの魔法式を書き出して分解しなければいけない。

「わたしが分解してもいいですか?」

「はい、お願いいたします」

ノワイエ宮廷魔法士が頷き、わたしはペンを取って、新しい紙にそれを走らせる。

魔法式の中のいくつかの式を切り分けて書き出すだけなので、苦ではない。

お父様とスウェン様が物珍しそうにわたしの手元を見ている。

普通は既存の魔法式を使用することが多く、恐らくお父様も学院に通っていた頃などに分解や魔法式の構築はやっただろうけれど、日常ではまず行わないから。

いくつかの式に分け、わたしは紙をいくつかに折りたたみ、線をつける。

「ルル、線に沿って切って」

「りょ〜かぁい」

ルルが懐から細身のナイフを取り出し、慣れた様子で紙を切っていく。

そうして、式はいくつかの紙片になった。

「要らない式はこれとこれですね」

そこから、紙片をいくつか外す。

紙片には『ピントを合わせるための式』と『目の動きの感知する式』が書かれている。

ピントを合わせる──……度をつける必要はないし、目の動きで度を上げる動きも必要ないだろう。目を細めることで探知魔法を重ねがけしても無駄だ。

「ここに『探知魔法』を組み込む、と?」

「はい。……試してみたいこともありますが、とりあえずは探知魔法だけを追加してみましょう。式の相性によっては効果が半減したり、変わってしまったりしても困りますし」

「そうですね」

……式の組み込みは慎重に……。

ノワイエ宮廷魔法士が「私は必要なかったですね」と呟く。

「いえ、あとで協力していただくことになります」

わたしの言葉にノワイエ宮廷魔法士は不思議そうに首を傾げていた。

ルルと相談しながら探知魔法を組み込み、誤字がないか、繋がりにおかしなところはないかなどを確認する。わたしとルル、そしてノワイエ宮廷魔法士が確認して完成である。時間にして三十分ほどの作業だった。

できあがった魔法式を片手にルルが「これくらいならオレでも付与できるねぇ」と言ったので、スウェン様達がいくつか購入してきたガラスが入っただけのメガネを一つ、ルルがもらった。

恐らく、この調査隊の中でもルルが最も魔力量が多いだろう。

一、二回失敗しても魔力量に問題がないルルが付与したほうがいい。

清書した『探知メガネ用魔法式』が描かれた紙の上にメガネを置く。

ルルが詠唱し、メガネの上に手をかざす。

光があふれ、メガネを包み、パッと光が消える。

「はい、完成〜」

こちらもあっという間の作業だった。

ルルがそのメガネをかけ、辺りを見回して「なるほどねぇ」と呟く。

それを外すとお父様に渡した。お父様も受け取ってメガネをかける。

「……なるほど」

なぜかルルに視線を向けながら、お父様が同じ言葉を漏らした。

「どうですか、お父様」

「魔力が可視化して見える。……が、リュシエンヌはかけても意味がないだろう」

「ですよね……」

使用者の魔力で魔法が展開するため、魔力のないわたしがかけても魔法は展開しない。

魔法式を作ったわたしだけが魔法を使えないという、もはやお約束になりつつある、いつものやつだ。

溜め息を吐くとルルがお父様に声をかけてメガネを受け取り、わたしの後ろに立ち、わたしの顔にメガネをかけた。ちょっと大きくてずり落ちそうになる。

でも、ルルがツルの部分に触れたままだ。

「……あ……」

視界が一瞬、膜を通したようにぼやけた後、お父様とスウェン様、ノワイエ宮廷魔法士の体表に色がつく。その色は三人の中ではお父様が一番、色の幅が厚い。

……もしかして、魔力が見えてる!?

ゆっくりとルルに振り向けば、メガネもついてくる。

魔力の色は全員、赤色に見えているけれど、ルルは真っ赤だった。

しかも幅というか──……マーカーで囲って塗ったみたいに体の形に沿っているのに、お父様達よりも色が濃い。なんだか魔力がギュッと濃縮されているみたいだ。

「……これ、一般流通したらまずい……よね?」

ルルは基本的に魔力を体の中に抑えていて、他人からは魔力があまり多くないように偽装できる。ずっと前、王女時代にそういう話を教えてもらった。

だが、このメガネで見たら色や幅で魔力量が分かってしまう。

「そうだねぇ、コレは売ったらまずいと思うよぉ」

ルルがわたしの顔からメガネを外した。

「作製した本数の確認と管理は徹底したほうが良さそうだ。……いや、調査が終わったらメガネは付与を解除して使えないようにするべきだろうな」

ルルがポイとメガネを投げて、ノワイエ宮廷魔法士に渡した。

アワアワしながらもメガネを受け止めたノワイエ宮廷魔法士もそれをかけ、辺りを見て、ルルを見て、目を丸くする。お父様も魔力量がかなり多いのだろうが、多分ルルは桁外れに多い。

「で、リュシー? 試してみたいことってなぁに〜?」

さっきわたしが言ったことをルルは覚えていた。

「この『探知メガネ』にあと二つ、魔法式を組み込むことってできるかな?」

「できなくはないと思うけどぉ、その分、魔力を消費するよぉ? どういう魔法を組み込みたいの〜?」

「えっと、視界の範囲を明るく照らすのと、遺跡の中に入るとかかる精神干渉系魔法に対抗する魔法……? 対抗する魔法もずっと継続してかかってるわけじゃないし、時間制限があると効果が切れた時に危ないよね?」

「精神干渉を受けて正常な判断ができなくなって、混乱すると確かに危険だよねぇ」

ルルの言葉に、調査員の一人が居心地悪そうに肩を縮めた。

遺跡調査初日で、二回罠を発動させてしまった人だ。

別に悪気があってやったわけではないし、精神干渉系の魔法のせいで罠にかかりやすくなってしまっていただけで、今は再発しないための議論の場だ。責めるつもりもない。

「精神干渉系魔法は『かかりやすい人間』と『かかりにくい人間』がいるからぁ、そこは個々に応じてってことにしてもぉ、なんで視界を明るくする魔法が欲しいのぉ?」

「ランタンがあるけど、メガネから光が出て見える範囲を照らしてくれたほうが便利そうだから? ほら、ランタン持つと片手が塞がっちゃうし」

「でも全員のメガネから明かりが正面に当たったら眩しくなぁい?」

「あ、そっか……」

「それも欲しいかどうか個別に訊いてつける……ってなるとぉ、組み込むっていうより、分けておいて必要なものを重ねがけしたほうがいいよぉ」

……なるほど。

全部を一緒に組み込んでも、人によって違う。

それなら個別に魔法式を作って、重ねがけするほうが取捨選択ができる。

ノワイエ宮廷魔法士が別の紙に二つの魔法式を書いてくれた。

一つは辺りを照らす『照明魔法』で、もう一つは精神干渉系魔法に対抗するための『生者の 猛(たけ) り』という魔法。

「『生者の猛り』も精神干渉系魔法でして、こちらは簡単に言えば『勇気を出させる』『気を大きくする』といった効果があります。……精神干渉系魔法は気の弱い者ほどかかりやすいので」

「そうなのですね」

……精神干渉系魔法って面白い魔法だなあ。

オリヴィエ=セリエールとの件で学んだことはあるけれど、その時は『記憶や精神を分離する』というものだったから、少し方向性が違う。

ルルが二枚の紙とメガネを受け取り、もう一本、試しに付与する。

それは三つの魔法式全てを重ねがけした、言うなれば『遺跡探索専用メガネ』だ。

ルルが試しにかけたものの、小首を傾げた。

「ん〜、多分コレで完成してると思うけどぉ……」

ルルにしては珍しく、少し自信がなさそうな言い方だ。

ノワイエ宮廷魔法士が受け取り、かけ、頷いた。

「三種類の魔法はきちんとかかっています」

「そぉ? ならいいけどねぇ」

ピカッとメガネが光り、ルルもわたしも少し眩しくて目を細めた。

すぐにノワイエ宮廷魔法士が「失礼しました」とメガネを外す。

「では、あとは調査に同行する全員分のメガネを調達するだけか」

お父様の言葉にルルが「はいはぁい」と返事をする。

「高級品じゃなくてぇ、普通のでイイんでしょぉ?」

「ああ」

「じゃあ、予定通りオレが調達してくるから数日待って〜」

「分かった」

ルルとお父様が話し、そういうわけで残りのメガネはルルが調達することになった。数についてはお父様からルルに伝えられ、お金も渡される。

「手に入れたら声かけるよぉ」と言ったルルに背中を軽く押され、天幕を後にした。

天幕を出る直前、お父様に「リュシエンヌもお疲れ様」と声をかけられたが、返事をする前に天幕を出ることになって、ルルにわたし達の天幕まで手を引かれて歩いていった。

どこか先を急ぐ様子のルルを不思議に思っていると、小さく詠唱する声が聞こえた。

そうして天幕に入るとすぐに抱き寄せられ、そのまま転移魔法で移動した。

移動した先は我が家の居間だった。

ルルが安心した様子でわたしの腰から手を離す。

「ルル、どうしたの?」

と、訊けば、ルルがこちらを見る。

「調査員の何人かがリュシーのことを気にしてたんだよねぇ。リュシーのことは全員知ってるはずだけどぉ、魔法の開発って点でリュシーに関心を持って近づいてくるヤツもいるかもしれないからさぁ」

「別にわたしは相手にしないけど……」

「リュシーが何気なく言った発想を『自分が開発した魔法です〜』って発表するかもしれないしぃ、そこまでいかなくてもリュシーから何か新しいものを得られるかもって考えるヤツがいても不思議はないからねぇ。『探知メガネ』が出来上がったあと、調査員のリュシーを見る目が変わったのは事実だし〜?」

あの場にいると質問責めに合いそうだったので逃げてきたらしい。

ギュッともう一度抱き寄せられる。

「ついでにアサドのところに行こっかぁ」

「やっぱり、メガネの調達先ってそこなんだね」

「まぁね〜。そもそも王都は人が多いしぃ、メガネを欲しがる人間も多い分、いつでも作れるように在庫は結構あると思うんだよねぇ。アサドなら数日中に必要数を集められるだろうしぃ」

居間の扉が開き、ヴィエラさんと目が合った。

ルルはもう詠唱を行い始めており、軽く手を上げ、そしてヴィエラさんが一礼する間にわたし達はまた転移魔法で移動した。

転移先は暗かったけれど、廊下の向こうは少し明るく、人影が見える。

その人影は長いローブにフードを目深に被っている。

「アサドは空いてる〜?」

ルルの言葉にその人物は無言で扉を叩いた。

中からベルの音がして、その人物が一つ頷いた。

ルルが扉を開け、わたしを入れ、自分も中に入った。

「おや……お久しぶりです、伯爵夫人」

闇ギルドのギルド長さんが座ったまま頭を下げたので、わたしもお辞儀を返す。

「遅くなりましたが、ご子息の誕生おめでとうございます。ルフェーヴルから話は聞いておりましたが、そのご様子ですと、もう体調は良いようですね」

「ありがとうございます。魔力回復薬の件では、大変お世話になりました。おかげさまでこのように出歩けるくらいには体調も戻りました」

「また何かご入用でしたら、お声がけください」

ニコリと微笑まれたので、わたしも微笑み返す。

ルルが「あるよ〜」と返事をする。

「魔法を付与する前のただのガラス入りのメガネを大量に欲しいんだよねぇ」

「メガネ、ですか……?」

「うん、ちょ〜っと義父上が必要でさぁ。急ぎで用意できる〜?」

ルルが本数を伝えるとギルド長さんは頷いた。

「その程度でしたら明後日には用意できますよ」

「じゃあ、ヨロシク〜。あ、金は先払いのほうがいーぃ?」

「いえ、品物を渡す時で大丈夫です」

ここで深く訊いてこないところがすごいと言うか、さすがと言うか。

ルルが「明後日の昼頃取りにくるよぉ」と言い、ギルド長さんも「分かりました」と返事をして、それでもう用事は終了した。

特に世間話をすることもなく、ルルが「帰ろっかぁ」とわたしの腰を抱く。

詠唱を行い、そして、あっさりと屋敷に戻る。

「野営地に戻るのはもう少し経ってからにしようよぉ」

というわけで、わたし達が野営地に戻ったのは夕方だった。