軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父子

【久しぶりだな、リュシエンヌ、ルフェーヴル】

通信魔道具の上に半透明のお兄様の姿が映った。

以前と同じくシャツ姿だけれど、少し精悍さというか、お兄様の表情には自信がついた気がする。

「お久しぶりです、お兄様」

「って言っても一月くらいでしょぉ? そんなに『久しぶり』ってほどでもないよぉ」

横にいるルルがそう言い、お兄様が【そうか?】と苦笑した。

「お義姉様とアベリアちゃんはいかがですか?」

アベリアちゃんはお兄様とお義姉様の第二子であり、この国の新たな王女の名前である。

お姉様と同じ金髪にお兄様そっくりの青い目をしているそうで、きっと将来は美人になるだろう。

まだ完全に体調が戻っているわけではないので、転移魔法での移動を控えているため、会いに行けていない。

お兄様もお義姉様も忙しい身で、夜は大抵、お義姉様もアベリアちゃんも眠ってしまっているらしい。

出産を一度経験しただけでも、あの激痛を思い出すとお腹をさすりたくなってしまうのに、お義姉様は二回も出産をしたのだからすごい。

【ああ、エカチェリーナもアベリアも休んでいる】

「アベリアちゃんはすくすく育っていますか?」

【そうだな、抱き上げる度に重くなっていくな。アルベリクよりやや大きく生まれてきたが……そのわりにはアベリアのほうが成長はゆっくりらしい。アルベリクのほうが育つのは早かった気がする】

「そうなんですね」

息子と娘の話をしている時のお兄様は幸せそうだ。

妹のわたしのことも大切にしてくれたから、きっと我が子はもっと愛おしく感じているだろう。

ルルが立ち上がり、離れていく。

【ルドヴィクはどうだ?】

「この間、離乳食を始めました。よく食べて、遊んで、寝て、いつも機嫌が良くていい子です」

【ははは、そうか。アベリアはとてもよく泣くから、乳母のほうが心労で痩せてしまっている。だが、赤ん坊は泣くのも仕事の内だからな】

「ふふ、そうですね」

ルルがベビーベッドを覗き込み、手を伸ばしてルドヴィクを抱き上げた。

そうして、こちらに戻ってくる。

「お兄様、魔道具越しですがルドヴィクを紹介します」

ルルがルドヴィクを抱いたまま、わたしの横に座った。

ルドヴィクを縦に抱えて、お兄様に顔を向けさせる。

お兄様が目を丸くして、ルドヴィクも目を瞬かせている。

「コレがオレとリュシーの子だよぉ」

【我が子を コレ(・・) などと呼ぶな】

即座にお兄様のツッコミが入った。

ルドヴィクが通信魔道具のほうに手を伸ばす。

ルルが抱いているので手は届かないけれど、明るい声を上げながらルドヴィクが笑う。

それにお兄様が目尻を下げ、微笑み、見つめてくる。

【可愛い甥っ子だな】

きっと、直に会っていたらお兄様はルドヴィクの頭を撫でてくれただろう。

それにしても、お兄様の表情は初めてルドヴィクを見た時のお父様とそっくりだった。

* * * * *

通信魔道具の上にリュシエンヌだけが残ったかと思えば、ルフェーヴルが赤子を抱いて戻ってきた。

ハッキリとした色彩が分かるわけではないが、父が言うには色彩はルフェーヴルそっくりらしい。

こちらに顔を向けて目を瞬かせる小さな甥はぱっちりとした目に、赤ん坊にしては目鼻立ちがハッキリしていて顔立ちが整っているのがよく分かる。

「しかし、ルフェーヴルに似すぎていないか?」

色彩もそうだが、顔立ちもルフェーヴルにかなり似ている気がする。

そう告げれば、ルフェーヴルが赤ん坊──……ルドヴィクを抱き直す。

【オレはリュシー似の可愛い女の子が欲しかったんだけどねぇ】

「その場合、娘の結婚を許さない父親になりそうだな」

【そういうアリスティードだって、娘が結婚するってなったらどうなわけぇ?】

「貴族や王族は政略結婚が普通だから、別にどうもしない。そもそも娘に不釣り合いな者との婚約を許すはずがないだろう?」

言えば、ルフェーヴルが【うっわ……】と引き気味に呟く。

その横でリュシエンヌが小さく笑っており、ルフェーヴルの腕の中でルドヴィクが手を叩く。

幸せそうな親子の姿にアリスティードは安堵した。

リュシエンヌの妊娠中は頻繁にエカチェリーナのもとに通い、あれこれと話を聞いていたが、ルフェーヴルが子を愛せるのかがずっと気がかりだった。

だが、それは杞憂だったようだ。

抱きながら、ルドヴィクが涎を垂らすとハンカチで拭ってやっている。

……意外と甲斐甲斐しい……いや、そうでもないか。

リュシエンヌが幼かった頃もルフェーヴルはよく世話をしていた。

赤ん坊の世話は初めてのはずだが、この半年過ぎほどの間に慣れたのだろう。

【まあ、それはともかく〜、やっぱりアリスティードもそう思うよねぇ? コイツ、リュシーの特徴が全くないんだよねぇ。あるとしてもぉ、目に光が入ると少し金っぽく輝くくらい〜?】

「そうなのか」

【あと、ものすごく食い意地が張ってるんだよぉ】

呆れ顔をしているものの、ルフェーヴルが我が子を抱く手つきは優しい。

「食欲旺盛なのは良いことじゃないか。あっという間に、お前と同じくらいまで大きくなるんじゃないか?」

【ええ〜? まだしばらくは小さいままでいいよぉ。でかいとリュシーが大変だしぃ】

ルドヴィクがルフェーヴルの腕の中で手足をばたつかせる。

無意識なのか、落ち着かせるようにルフェーヴルが体を揺らせば、すぐにルドヴィクは暴れるのをやめた。ウトウトとその目が眠そうに落ちていく。

それに気付いたルフェーヴルがトントンと一定の調子で小さな背中を叩いた。

完全に子育て慣れした父親の動きに、感動してしまった。

【ん、ルドヴィク寝かせてくるよぉ】

【うん、お願い】

立ち上がってルフェーヴルが消える。

「ルフェーヴルは良い父親だな」

【はい、子育ても授乳以外は率先してやってくれるので助かっています】

「そうか。ルドヴィクは見た目は父親似かもしれないが、きっと性格はリュシエンヌに似て良い子に育つだろう。……直に会えるのが楽しみだ」

【わたしもアルベリク君やアベリアちゃんと会う日が楽しみです】

ルフェーヴルが戻ってくる。

【とりあえず、息子紹介でしたぁ】

「ああ、紹介してくれてありがとう。魔道具越しでも顔が見られて良かった。……またそのうち、落ち着いたらエカチェリーナ達も一緒に話せるといいんだが……」

【無理しないでください。お忙しいのは分かっていますから】

「すまないな」

既に貴族達の中から、アルベリクとアベリアの婚約者についての話題が出始めている。

まだ幼いアルベリクと、生まれて一年も経っていないアベリアには早すぎる。

アリスティードは息子と娘の婚約に関する話はずっと断り続けていた。

もし結婚を許すとしても、政治的に問題がないだけではなく、互いの相性や信頼を築けるかという点も考えなくてはいけない。

元より王族の婚約は早くても十二歳以降の話である。

「また話せそうな機会があれば連絡を入れる」

【はい、分かりました】

【仕事もほどほどにしなよねぇ。王サマが倒れたら意味ないんだからぁ】

ルフェーヴルの言葉にアリスティードはまた苦笑した。

「これでも体調には気を付けている」

「それでは、また」と言って通信魔道具を切った。

ふう、と小さく息を吐き、ソファーに深く背中を預ける。

目を閉じれば甥の顔立ちをハッキリと思い出せた。

……いや、やはりルフェーヴルに似すぎだろう。

リュシエンヌとルフェーヴルの子だが、色彩も顔立ちもルフェーヴルに似ていると感じた。

あのまま成長したらルフェーヴルがもう一人増えるのではないか。

ルフェーヴルは不満だろうけれど、リュシエンヌは喜びそうだ。

嬉しそうなリュシエンヌと不満そうなルフェーヴルが容易に想像できてしまい、アリスティードは小さく笑ったのだった。

* * * * *

最近、ルドヴィクは『バイバイ』を覚えたらしい。

自分から離れたところにいる人に向かって手を振るようになった。

最初はメルティさんがルドヴィクをあやすために身振り手振りを交えて声をかけていたのだけれど、どうやら『バイバイ』は簡単で覚えやすかったようだ。

ヴィエラさんやリニアお母様など、誰かが部屋に入ってくると手を振る。

面白いのは全員が何度でも手を振り返してくれることだ。

実は生後半年を過ぎた辺りから、できるだけ外へお散歩に出ている。

わたしの体力を取り戻すためでもあり、ルドヴィクを外に触れさせるためでもあった。

使用人のみんなに紹介した日以降、時々屋敷の中を歩くことはあったが、わたしの体調的に難しいことも多くてルドヴィクはあまり三階から下に行ったことがなかった。

ルドヴィクが初めて外に出た時、目をキラキラさせて空や屋敷、花を見ていた。

きっと、この子にとっては何もかもが初めてで新鮮に感じられるのだろう。

本当はもう少し早く外に出してあげたかったのだけれど、お医者様が心配して、ルルからも止められて、建物の外に出るのは少し遅くなってしまった。

それでも『バイバイ』を覚えてから、ルドヴィクは積極的に使用人達に手を振っている。

使用人達も気付くとすぐに振り返してくれるので、ルドヴィクはいつもご機嫌だ。

これくらいの時期から人見知りをする子もいるそうだが、その心配はなさそうだ。

普段は無表情が多い使用人達も、ルドヴィクに手を振られると微笑んでいて、赤ちゃんの笑顔にはみんな弱いらしい。

「ちょっとぉ、そんなに暴れないでよぉ」

ルルの声にふと意識が戻る。

長身のルルが持つと小さく見えるティースプーンには、白いものが載っている。

テーブル付きの小さな椅子に座ったルドヴィクが手足をばたつかせ、声を上げながら口を開けて、離乳食を欲しがっている。

どうやら、この子は魚と肉、トマト、リンゴが好きらしい。

離乳食のために薄いオートミールや火を通してすりおろしたニンジン、ホウレン草などもあげてはいるが、相変わらず眉を寄せる。魚と肉、トマト、リンゴについては笑顔で食べてくれる。

これらは美味しく感じているようだ。

……確かに、離乳食って味気ないからなあ。

一応、毎回味見はするけれど、ほぼ味付けがないので食材本来の味がする。

少しずつ色々な食材を食べさせてみているけれど、体質に合わないものは今のところはない。

ただ、こんなに小さいのにもう好みがあるようで、美味しいと感じた時は笑顔になり、美味しくなかった時は眉を寄せる。とても分かりやすい子だった。

「はいはぁい、魚がお口に入るよぉ」

ルルが言いながら、小さな口にティースプーンを差し込んだ。

ルドヴィクがしっかりと口を閉じて、ルルがスプーンを引き抜く。

離乳食を与えるのはルルが率先してやってくれている。

最初に癇癪を起こしたみたいに泣かれてから、わたしはちょっとだけ離乳食を与えるのが苦手になってしまった。あの時はそれくらい本当に驚いたし、慌てた。

けれど、ルルはルドヴィクが多少ぐずってもお構いなしだ。

もちろん、ルドヴィクの体調や様子をしっかり確認してのことだが、好き嫌いの場合、ルルは遠慮なくルドヴィクの口に離乳食を入れる。

ルルいわく「好き嫌い程度じゃ人間は死なないからねぇ」だそうで、ルドヴィクに食べさせるし、ルドヴィクも負けん気が強いのか口に入れられると眉を寄せながらも食べる。

一度も口から食べ物を出したことがないのが、この子のすごいところだ。

それとも本当に食べ物に対する執着が強いのか。

好きな食べ物が口に入ってきたからか、モグモグしながらルドヴィクが興奮した様子で手足をばたつかせた。その表情は明らかに嬉しそうで、噛まなくても簡単に飲み込めるほど柔らかな離乳食をよく味わっているのが口の動きで分かる。

そろそろ卵や乳製品も与えてみることになっている。

……大丈夫かな。

前世の記憶で食物アレルギーというのが一般的に知られていたので、ルドヴィクもそういったアレルギーがあるのではと心配になってしまう。

とりあえず、小麦とリンゴは問題なかった。他の一般的な野菜も大丈夫だ。

離乳食は日に二回に増えたけれど、まだ授乳もしっかり行っていた。

離乳食を始めてから、おしめを替える時の臭いが変わって『人間は食べるもので 下(しも) の臭いが変わるんだ』と、なんだかそんなことに感動してしまったこともある。

「はぁい、次は肉だよぉ。肉食べたい人〜」

「あぅ!」

「よくお返事できましたぁ」

ルルがスプーンを差し出すとルドヴィクが目を輝かせる。

「あーん」

ルルが口を開けて見せれば、ルドヴィクも口を開け、今度は肉を食べる。

肉が口に入るとモグモグしながら、両手を叩いて喜んでいる。

そんな様子にルルが「そんなに美味しい〜?」と笑っていて、幸せな風景だった。

ルドヴィクが離乳食を食べ終えるとこちらに手を伸ばしてくるので、抱き上げた。

「全部食べて偉かったね、ルド」

よしよしと頭を撫でて、ソファーに移動する。

食器を持ってランドローさんが下がり、わたしは胸元を寛げた。

ルドヴィクは離乳食を食べた後にお乳を欲しがる。

離乳食の量が足りないのかと思うものの、沢山与えれば良いものでもないそうなので、少しずつ食べる量や種類を増やしながら様子を見ていくという。まだしばらくかかりそうだ。

「離乳食あれだけ食べといて、よく入るねぇ」

ルルがおかしそうに笑いながら、お乳を吸うルドヴィクを眺める。

その優しい表情が好きで、少し体を動かしてルルにキスをした。

キョトンとしたルルだったけど、すぐに微笑んでキスを返してくれる。

「いつもありがとう、ルル」

仕事で疲れているはずなのに、離乳食を与えたりルドヴィクを入浴させたり、ルルが子育てに積極的に参加してくれるおかげでわたしは安心して体調を戻すことに専念できている。

幸い、妊娠で緩んでしまったお腹も元に戻りつつある。

毎日ルルが化粧水や軟膏などを塗ってくれたおかげで、肌が裂けることもなかった。

「どういたしましてぇ」

妊娠中から出産後もルルが積極的に子育てをしてくれて、精神的にも落ち着いていられる。

……ルルはルドヴィクのこと、嫌がってない。

そのことがとても──……言葉では言い表せないくらい嬉しかった。