軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報告と帰還

「……私のしたことは無意味だった……」

語り終えた後、女性──……カサンドラはそう呟いたきり、もう何も喋ることはなかった。

自国を守りたいという気持ちは分かる。

けれど、そのために 王女(わたし) を利用してファイエット王国の平穏を乱そうとしたことは許せない。

わたしが積み重ねてきたこれまでの努力は、所詮、いつ崩れるか分からない曖昧で不確かなものだと思い知らされた。

旧王家の血は、まるで呪いだ。

わたしの意思とは無関係に影響する。

……やっぱり、わたしは表に出るべきじゃない。

改めてそれを実感した。

そして何よりも、ルルに首輪を着けさせてしまったことが一番つらかった。

縛られるのが大嫌いなルルがわたしのためならと折れてくれたことが申し訳なくて、離れていた時間が寂しくて、たとえお兄様でもルルを取られたことが悔しくて。

……もう二度とこんな思い、したくない。

わたしは椅子から立ち上がった。

カサンドラは俯いたまま動かない。

「お兄様のところに行こう、ルル。この人は多分これ以上は話してくれないだろうし……わたしも、この人とはもう会いたくない……」

「そうだねぇ、オレもそう思うよぉ」

ルルがカサンドラに向けて『命令』する。

「『主人の権限は王太子アリスティード=ロア・ファイエットに譲渡する。今後は王太子が主人となり、その命令に絶対服従せよ』」

カサンドラは動かなかったが、首の魔法式が淡く光った。

ルルが差し出した手を取り、廊下に出る。

ルルが控えていた騎士達に声をかけた。

「中にいる罪人を牢に戻してください」

「かしこまりました」

騎士が二人、わたし達と入れ替わるように中へ入っていった。

リニアお母様とメルティさんが心配そうな顔をしていたので、わたしは大丈夫だと二人に微笑んだ。

それから、廊下に残っていた別の騎士に声をかけられる。

「陛下と殿下がお待ちです。どうぞ、こちらに」

ルルと共に騎士について行く。

騎士は王城の奥に進み、お父様の政務室に着いた。

政務室を警備していた騎士達は、わたしとルルを見ると黙って政務室の扉を開ける。

中に入るとお父様とお兄様がいた。

リニアお母様とメルティさんは入って来ない。

背後で扉が静かに閉まった。

「お疲れ様、リュシエンヌ、ルフェーヴル」

立ち上がったお兄様が歩み寄ってきて、励ますようにわたしとルルの肩にそっと触れた。

お父様も席を立ち、わたし達のそばに来る。

「しばらく、ルシール=ローズには休暇を取らせることとした。二人とも屋敷に戻ったらゆっくり過ごすといい」

「ありがとうございます、お父様、お兄様」

そうして、ルルを見上げる。

「ルルも、ありがとう」

ルルが小さく笑った。

「どういたしましてぇ」

ルルの大きな手がわたしの手を優しく握る。

お兄様に促されてソファーに移動した。

慣れた様子でお兄様が紅茶を用意してくれて、それを一口飲むとホッとした。

「それで、リュシエンヌ、あの者はどうだった?」

お兄様に問われて、わたしは説明した。

わたしとカサンドラに前世の記憶があることやゲームのことは伏せ、その代わりに、オリヴィエ=セリエールの時と同じようにカサンドラが『夢』で未来を知ったという形で伝えた。

その『夢』では、わたしは苛烈な性格だったこと。

やがてヴェデバルド王国が衰退し、国として存続出来なくなること。

その時、ファイエット王国がヴェデバルド王国を吸収すること。

カサンドラはヴェデバルド王国を守るため、ファイエット王国の弱点である旧王家の血筋を持つ王女──……わたしを狙ったこと。

カサンドラは『夢』の王女しか知らなかったから外見や振る舞いが異なっていたこと。

話し終えるとお兄様とお父様は納得した様子だった。

「やはりそうだったか」

「だから偽者は『夢』のリュシエンヌとそっくりだったんだな。本物のリュシエンヌを知らなかったから」

「そのおかげでリュシエンヌの疑いは晴れたがな」

もしもカサンドラがもっと情報を集めていたら、わたしの容姿や性格が違うことは調べられたかもしれない。

わたしそっくりの偽者が誘拐事件を引き起こし、わたしは疑いを晴らすことが出来なかっただろう。

他国に王女の情報があまり漏れないようにお父様が配慮してくれていたから、きっとカサンドラはわたしのことをよく知らなかったのだ。

「あ、そぉそぉ、あの女の主人はアリスティードに変えておいたからぁ、後はヨロシク〜」

ルルの言葉にお父様とお兄様が振り向く。

「ああ、分かった」とお兄様が返事をした。

それから、お父様が苦笑する。

「そうだな。……リュシエンヌ、後は私達に任せて屋敷に戻りなさい。 王城(ここ) では気が休まらないだろう」

それに頷いた。

「はい……ごめんなさい……」

「謝ることはない。リュシエンヌは被害者だ」

「そうだぞ、リュシエンヌ」

お父様とお兄様の言葉にわたしは笑みを浮かべた。

立ち上がったルルに手を取られる。

「リュシーも疲れてるみたいだしぃ、オレ達は帰るとするよぉ」

「ああ、そのほうがいい。……あの者についてはどうする?」

お父様の問いにルルが返す。

「腹立たしいけど、今回は手を引くよぉ。今はリュシーのそばにいたいしぃ」

「では、落ち着いたら連絡しよう」

お父様とお兄様が頷いたので、わたしも頷き返す。

「はい……それでは、失礼します」

お父様とお兄様に挨拶をして、ルルと共に政務室を出た。

廊下で待っていてくれたリニアお母様とメルティさんと合流する。

一度戻ってわたしが牢で使った荷物をまとめてくれたようで、二人はカバンを持って待っていた。このまま帰っても問題なさそうである。

お父様の侍従が人目のない部屋に案内してくれたので、そこから転移魔法で屋敷へ帰った。

久しぶりというほどではないはずなのに、屋敷の庭から建物を見ると懐かしい気持ちになり、安心感に包まれる。

安堵の息を吐いていると屋敷から人影が二つ出て来た。

それはクウェンサーさんとヴィエラさんだった。

二人が近づいて来る。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」

「お帰りなさいませ。お茶の用意が出来ておりますので、中でお寛ぎください」

今回の件について気になっているだろうに、そんな様子を全く見せず、クウェンサーさんとヴィエラさんが微笑む。

その気遣いに今は甘えることにした。

「留守の間、ありがとうございました」

「何か問題はなかったぁ?」

クウェンサーさんが頷く。

「はい、何事もございません」

「そぉ、ならいいよぉ」

ルルと共に屋敷へ向かうとみんながついて来る。

途中、リニアお母様とメルティさんが荷解きのために離れたが、クウェンサーさんとヴィエラさんがいて、わたし達は居間に移動した。

ソファーに座るとヴィエラさんが紅茶を出してくれた。

それを受け取り、一口飲む。

……やっぱり我が家が一番だよね。

ルルも隣でソファーに座り、ゆったりと寛いでいた。

「疲れたねぇ」

珍しくルルがそう言い、わたしに抱き着いた。

わたしもティーカップとソーサーをテーブルに置き、ルルを抱き締め返した。

「うん、疲れたね」

「リュシーと離れている間、 寒かった(・・・・) しさぁ」

ルルの『寒い』とは『寂しい』ということだと、お父様が話してくれたから知っている。

「わたしもルルがいなくて 寒かった(・・・・) よ」

お互いの温もりを確かめるように抱き締め合う。

しばらくそうして過ごすと、気持ちが落ち着いた。

リニアお母様とメルティさんが戻って来たところでわたし達は体を離し、ルルが口を開く。

「今回の件について説明しておくよぉ」

そして、事の顛末をルルはみんなに語った。

* * * * *

「──……って感じで、オレとリュシーの疑いも晴れて帰って来たってわけぇ」

ルルが話し終えると、みんながホッとした顔をする。

メルティさんが近づいて来て、ソファーのそばに膝をつくと、わたしの手を握った。

「リュシエンヌ様の無実が証明されて本当に良かったです……!」

「メルティさんもリニアお母様も、そばにいてくれてありがとう。二人がずっと隣の部屋に控えてくれたから、わたしも安心して過ごせたの」

「リュシエンヌ様の侍女ですから、当然です!」

嬉しそうに笑うメルティさんの言葉に、リニアお母様も頷いている。

不意にルルが「あ」と何かに気付いた様子で小さく声を上げた。

それから、ルルが立ち上がる。

「城に忘れ物してきちゃったぁ。ちょ〜っと離れてもいーぃ? すぐ戻ってくるからぁ」

「忘れ物?」

「連絡役に連れてった使用人、忘れちゃったぁ」

悪びれた様子もなく言うルルに苦笑してしまう。

「すぐに迎えに行ってあげて」

「うん、そうする〜」

わたしの額にキスをしてから、ルルが転移魔法を使用する。

ルルが消えた場所を見ているとリニアお母様に声をかけられた。

「リュシエンヌ様、よろしければ入浴されませんか? お疲れでしょう?」

牢の中にも簡易の浴室はあったものの、ゆっくり入る余裕はなかったので、久しぶりにのんびりお湯に浸かりたい気分だった。

「うん、そうしようかな」

立ち上がり、浴室に向かえば、リニアお母様とメルティさんがついて来てくれる。

「今日はしっかりマッサージをしましょう!」

「ええ、髪と肌の手入れも必要ですね」

やる気満々で袖を捲る二人にわたしは笑った。

ちなみに、久しぶりのマッサージは結構痛かった。

* * * * *

ルフェーヴルが転移魔法で移動した先は、アリスティードの執務室だった。

屋敷から連れてきていた使用人はアリスティードの影と共に行動していることが多かったので、ここに来ればいるだろう。

執務机にいたアリスティードが顔を上げた。

「ああ、来たか。使用人を忘れるな」

アリスティードが呆れた顔をする。

「ごめんごめぇん、帰れるのが嬉しくてついさぁ」

控えていた使用人が近づいて来る。

何も言わないが、批難の眼差しを向けてくる。

ルフェーヴルはその使用人の肩を軽く叩き、そこに肘を乗せて寄りかれば、使用人に少し嫌そうな顔をされた。

「ところでぇ、今回の件は公表するのぉ?」

ルフェーヴルの問いにアリスティードが首を横に振る。

「いや、公にはしない。出来る限りリュシエンヌの名は出さないほうがいいだろう。それで思い出して詮索されるのも厄介だ」

「まぁ、それもそうだねぇ」

王女(リュシエンヌ) はもう表舞台に立たない。

それは最初から決まっていたことで、降嫁した今、わざわざ王女の名を出す必要もないだろう。

誘拐犯達も処刑となり、あとは売られた子供達への対応などがあるだろうが、それらはルフェーヴルが関わることでもなかった。

「ヴェデバルド王国の王族、全員殺してきてあげようかぁ?」

関わることではないが、あの国について思うところはある。

しかし、アリスティードが小さく息を吐いた。

「却下だ。腹が立つのは分かるが、王族がいなくなればヴェデバルド王国内でどの家が新たな王家となるかで争いが起こるだろう。犠牲になるのは兵士として駆り出される民達だ。それに、これ以上我が国に避難民が流れるのは避けたい」

「そんなに避難民って多いのぉ?」

「国境沿いにいくつか小さな集落が出来るくらいにはいる。……国境添いの街や村は、ただでさえ先の戦争でヴェデバルド王国にあまり良い感情を持っていない。もしも避難民の集落で病が広がったり、周辺の街や村と諍いが起こったりした時、すぐさま避難民は排除されるだろう。国としても大勢の避難民の受け入れは難しい」

戦争をした国に逃げて来るというのだから、相当ヴェデバルド王国内は荒れているのだろう。

もしくは、国境添いで暮らしていた避難民は他国に行けるほどの余裕がないのか。

どちらにしてもヴェデバルド王国はゆっくりと、けれども確実に衰退への道を辿っているようだ。

「お前の気持ちは分からないでないが、やめてくれ」

「はいはぁい」

仕事としてなら請け負うが、自らの意思でわざわざヴェデバルド王国に行く気にはならない。

まだ疑いの眼差しを向けてくるアリスティードに、ルフェーヴルは言葉を続けた。

「心配しなくても手は出さないよぉ。放っておいても自滅するなら、そっちのほうが苦しむだろうしねぇ」

国が衰退していくのを理解しながら、どうにもならず、それでも王族としての立場を手放せない。

じわじわと自分の首が締まっていくのを感じながら待つしかないのだ。

殺してしまえばもう苦しむことはないが、生かしておくほうがつらいこともある。

「それじゃあ、オレ達は帰るとするよぉ」

「今度は忘れてやるなよ」

「断言は出来ないかなぁ」

アリスティードの言葉にルフェーヴルは、あは、と軽く笑い、使用人の肩から肘を下ろす。

使用人は終始、少し嫌そうな顔だった。

詠唱を行い、転移魔法を発動させる。

「また今度連絡するよぉ」

ひら、とアリスティードに手を振り、使用人と共に転移魔法で屋敷の庭先に移動する。

使用人は一礼し、離れて行く。

ルフェーヴルもリュシエンヌのところに戻るため、もう一度詠唱をして転移魔法で居間に飛ぶ。

リュシエンヌの姿は見えなかった。

「リュシーは〜?」

控えていた兄弟弟子に問えば返事がある。

「入浴しておられます」

「じゃあ待つかなぁ」

ソファーに座り、肘掛けに頬杖をつく。

首に触れ、そこに首輪がないことを確認する。

……アレはあんまり面白くないねぇ。

もう二度と、リュシエンヌ以外を主人にした首輪は着けたくないとルフェーヴルは息を吐いた。

* * * * *