軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュシエンヌ?(2)

「よく耐えたな」

ルフェーヴルが窓枠に頬杖をついた。

「偽者を殺して済む話なら我慢しなかったよぉ。でも、あそこで殺して貴族達に死体を見せても『罪を押しつけたのでは』って疑いは消えないし〜。これまで『善良な王女』として頑張ってきたリュシーをずっとそばで見てたからさぁ、殺せばオレはスッキリするけど『リュシエンヌ=ラ・ファイエット王女』の無実の証明は出来なくなっちゃうでしょぉ?」

「そうだな。……リュシエンヌは旧王家の血筋だからこそ、誰よりも寛容で慈悲深く、善良であることを求められてきた」

ルフェーヴルも色々と考えているようだ。

「あの偽リュシエンヌを見てどう思った?」

「リュシーに似てるけど似てない」

それにアリスティードは頷き返す。

「ああ、そうだ。……あれは……あの姿は『ルフェーヴルと出会わなかったリュシエンヌ』だった。昔、夢で見た『苛烈な王女リュシエンヌ=ラ・ファイエット』と全く同じ姿、同じ雰囲気をしていた」

アリスティード達に執着し、オリヴィエ=セリエールを害そうとしたリュシエンヌ=ラ・ファイエット王女。

その夢の中の苛烈なリュシエンヌは幸せになれない。

しかし今のリュシエンヌはルフェーヴルと出会い、結婚して幸せを掴んでいる。

夢の中のリュシエンヌと今のリュシエンヌの大きな違いと言えば、ルフェーヴル=ニコルソンの存在だ。

ルフェーヴルという『必ず自分を愛してくれる存在』がいたからこそ、リュシエンヌは夢のようにならなかったのではとアリスティードは思っていた。

窓枠から肘を外したルフェーヴルが、視線を宙へ向ける。

「オレと出会わなかったら、リュシーはああいう感じになってたんだぁ」

どこか感慨深そうな響きのある呟きだった。

馬車の速度が落ちていくのを感じ、アリスティードもルフェーヴルも一瞬黙る。

これだけは伝えようとアリスティードは口を開いた。

「リュシエンヌと出会ったのがお前で良かった」

リュシエンヌとルフェーヴルが出会わなければ、夢の通りになってしまったかもしれない。

アリスティードはエカチェリーナと婚約することもなく、アルベリクが生まれてくることもなく、今の幸せは得られなかっただろう。

そう思うと、全ての起点はリュシエンヌとルフェーヴルの出会いである。

ルフェーヴルがふっと柔らかく笑った。

「オレもリュシーと出会えて良かったって思ってるよぉ」

それは本心から出た言葉なのだろう。

ルフェーヴルの表情はとても優しいものだった。

* * * * *

クリューガー公爵家が用意した別荘に着いた後、ルフェーヴル達は黒騎士達と合流して転移魔法で王都に帰還した。

報告のためにベルナールの下へ行くというので、アリスティードが化粧を落として着替えてから、変装を解いたルフェーヴルはもう一度、今度は国王の政務室にアリスティードと司祭を連れて転移する。

突然現れたルフェーヴル達に、ベルナールは驚かなかった。

「報告を聞こう」

手を止めたベルナールにアリスティードが今日のことを説明し、それが終わるのをルフェーヴルは待った。

……オレの知るリュシーのほうがかわいいなぁ。

偽者のリュシエンヌは華やかで美人だったが、ルフェーヴルはそれを『リュシー』とは思わなかった。

似た顔立ちの他人、くらいの感覚だった。

あまりに雰囲気が違う。

しかし、リュシエンヌのことをよく知らない者達からすると、あちらのリュシエンヌのほうが『旧王家の血を引く王女』らしいと考えるかもしれない。

リュシエンヌが以前話していた、リュシエンヌの中にいたリュシエンヌはあのような者だったとしたら、やはりルフェーヴルが好きなのは今のリュシエンヌである。

もしもあのリュシエンヌであったなら、確かにルフェーヴルは興味を持たなかっただろう。

「──……それから、顔を合わせた偽のリュシエンヌは私が昔見た『夢』の中のリュシエンヌと姿や雰囲気が非常によく似ていました。もし国内の貴族がファイエット王家に不満を抱いて裏で手を引いているとすれば、本物のリュシエンヌにもっと姿や雰囲気を似せるはずです」

「そうだろうな」

「これは私の憶測ですが、今回の件には私やリュシエンヌのように『夢』を見た者が関わっているのではないでしょうか。そして、その者は今のリュシエンヌを知らない。だから『夢』の中の苛烈なリュシエンヌの姿を使っているのです」

ベルナールも思案顔で頷いた。

「その可能性は高そうだ。……だとすれば国内の貴族が犯人という線は薄い。リュシエンヌの情報にある程度の規制をかけていることを考えると、こちらの情報を掴むのが難しい他国の者か」

ベルナールとアリスティードが顔を見合わせた。

同時に開いた二人の口から「ヴェデバルド王国」と言葉が出た。

リュシエンヌ=ラ・ファイエットはやがて表舞台から消えることもあり、クーデター時に他国に逃げた旧王家派の貴族にその情報が流れないように規制がかかっていた。

特にヴェデバルド王国は、前国王の側妃が機密情報を売り渡しており、飢饉が起こらなければヴェリエ王国──……現ファイエット王国に攻め込む腹積りであったとか。

先の戦争に敗れたことで、しばらくは何も出来ないと思っていたが。

「あの国が関わっている可能性はありえる」

「先の戦争で負けたというのに、ヴェデバルド王国も懲りませんね」

ベルナールの言葉にアリスティードが呆れた顔をしていた。

「だからこそなんじゃない? あの王太子みたいなのが向こうの王族ならさぁ、敗戦の屈辱を別の方法で晴らそうとすると思うよぉ。あっちは元々ファイエット王国を吸収したがってたんでしょぉ?」

ルフェーヴルが言えば、アリスティードが苦い顔をする。

「武力で勝てないなら、 旧王家の血筋(リュシエンヌ) を使って新王家の権威を失墜させようということか。実際、領地で誘拐事件が起こった貴族達はリュシエンヌに疑いの目を向けている」

……リュシーが一番可哀想だよぉ。

王女でありながら虐げられ、やっと助けられても常に『旧王家の血筋』という呪縛によって善良さを求められる。

リュシエンヌはいつだって『善き王女』でいようとした。

十一年かけてそれを積み上げても、偽者が現れた途端に貴族達は疑念を抱いた。

それだけ旧王家の記憶が強く残っているのだろうが、リュシエンヌがどれほど努力しても、貴族達は、民は、そんなふうにリュシエンヌの努力をなかったことにしてしまう。

「だからこそ、偽リュシエンヌは絶対に捕まえなくては。明後日、改めて偽者に会いに行きます。その際にクリューガー公爵家より兵を借りる予定ですが、黒騎士達も使ってよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」

「ありがとうございます」

相手の戦力が分からない以上、隠密行動に長けて、機動力のある黒騎士は必ず役に立つ。

ルフェーヴルはアリスティードのそばから離れられない。

……オレなら簡単に探れるのになぁ。

思わず首輪に触れ、ルフェーヴルはそれを指で辿る。

「二人とも、頼んだぞ」

「はい、父上」

アリスティードが大きく頷く。

ルフェーヴルもひらひらと手を振って返した。

その後、アリスティードと司祭を連れて、転移魔法でアリスティードの離宮に戻る。

やはりアリスティードの侍従が待機していた。

「お帰りなさいませ」

「ああ」

アリスティードが上着を脱いで侍従へ渡す。

少し疲れた様子でアリスティードがソファーに座った。

アリスティードの斜め前、一人掛けのソファーの肘置きにルフェーヴルも腰掛ける。

司祭は少し離れた窓際の椅子に落ち着いた。

はあ……とアリスティードの口から溜め息が漏れた。

何も喋らないが、深く思案しているのが気配から感じ取れたのでルフェーヴルは黙っていた。

上着を片付けた侍従が銀盆を手に戻って来ると、アリスティードとルフェーヴルの前にあるテーブルに飲み物を置く。

まだ思考の海に沈んでいるアリスティードを横目に、ルフェーヴルはグラスに手を伸ばし、その中身を躊躇いなく口に含んだ。スッとした爽やかな口当たりと微かな緑の香りがする水だ。

リュシエンヌは柑橘系の果実水をよく好んでいたが、アリスティードはハーブ水を好むのだと、共に過ごすようになってから知った。

ルフェーヴルの好みは果実水のほうだが、このハーブ水も嫌いではない。

暗殺の師匠に放り込まれた沼地で 啜(すす) った泥水に比べれば、この世に存在する、人間が食べ物や飲み物と称するものはどれも まとも(・・・) である。

あの沼地で口に出来る水分といえば沼の水だ。

そして、底なし沼で野生動物が死んでいるのは珍しいことではない。

そんなものが混じったものが まとも(・・・) な味ではないのは確かで、ルフェーヴルにとっては二度と口に入れたくないものだった。

この水はそれとは正反対に位置する、清潔で、安全で、とても まとも(・・・) な味がした。

中身を飲み干したグラスをテーブルに戻す。

わざと音を立てれば、アリスティードがふと顔を上げた。

「……ルフェーヴル、お前、偽のリュシエンヌを見た時に何とも思わなかったのか?」

それにルフェーヴルは笑った。

「あれはオレの唯一じゃない」

「……なるほど」

「アリスティードは何か思ったのぉ?」

ルフェーヴルの問いに、アリスティードは自身の右手を見下ろした。

「……罪悪感と、安堵……と言えばいいのか……」

「ふぅん? どういう意味〜?」

偽のリュシエンヌを見て怒りを感じるならば分かるが、罪悪感や安堵というのはルフェーヴルには理解出来なかった。

「昔見た夢、いくつもの道の中で、私がリュシエンヌを斬り殺すというのがあったのを覚えているか? ……夢というが、あれは夢のようで夢ではない、現実と何一つ変わらない世界だった。偽のリュシエンヌを見た時、リュシエンヌへの冷たい態度や剣で斬り裂いた感覚を思い出したんだ」

それに今度はルフェーヴルが、なるほど、と思う。

本物ではなくともリュシエンヌという存在を傷付けたことへの罪悪感、恐怖、そしてリュシエンヌと己が夢の通りにならなかったことに対する実感と安堵。

真面目なアリスティードは色々と感じるところが多かったのだろう。

「夢は夢だよぉ。それにもしアリスティードがリュシーを殺そうとしてもぉ、その前にオレがお前を殺すからねぇ?」

「止める、じゃないんだな」

「兄に殺されそうになったリュシーの心は傷付くしぃ、その理由がどんなものだったとしても更に苦しむのは分かってるからねぇ。その時はアリスティードを殺して、リュシーを連れて、どこか遠くの……誰もオレ達を知らない場所に行くよぉ」

「お前らしいな。……だが、そうしてくれ。どのような理由があったとしても妹を……誰かを激情に任せて斬り殺すような王太子など、害悪でしかない」

強く手を握り締めたアリスティードの表情に迷いは見られなかった。

……そんなこと、なさそうだけどねぇ。

アリスティードは家族愛の強い人間である。

夢の中で何故リュシエンヌと仲が悪かったのかは分からないが、ファイエット邸で出会ってから今までを見続けたのでそれなりに人となりは理解しているつもりだ。

少なくとも、ルフェーヴルが知るアリスティード=ロア・ファイエットという人間はリュシエンヌを傷付けることはない。

それでもルフェーヴルは頷いた。

何となく、そうすればアリスティードの心が少しは軽くなるのではないかと思った。

リュシエンヌが『苛烈なリュシエンヌ』になることを回避するために努力していたように、アリスティードも『夢の中のアリスティード』にならないように意識してきたのかもしれない。

「でも、偽のリュシエンヌは斬れるでしょぉ?」

苦い顔でアリスティードが頷く。

「あれは私の妹ではないからな」

それをきちんと理解しているなら問題はない。

「まあ、そんなに気にしなくても、戦闘になった時は偽のリュシエンヌの相手はオレがするよぉ」

「……うっかり殺すなよ?」

アリスティードの言葉にルフェーヴルは目を細めて、笑みを浮かべた。

「オレは暗殺が一番得意だけどぉ、同じくらい拷問も得意なんだよぉ。情報収集で必要なこともあるからさぁ、生かさず殺さずはお手のもの〜ってねぇ」

偽のリュシエンヌを殺したいとは思うが、そもそも本気で殺すつもりはない。

簡単に殺すのは慈悲を与えるようなものだ。

「今回は国の、義父上とアリスティードの判断に任せるよぉ。……あれを楽に死なせないでねぇ?」

「最終的には処刑は免れないが、犯罪奴隷として労役を科された後、更に処罰が与えられてからのものとなるだろう。その辺りは父上と話し合って決めるけれど、楽な死に方は出来ない」

「それが分かれば十分だしぃ、終わったらしばらくリュシーから離れるつもりはないからぁ、後処理はソッチで上手くやっといてぇ」

まじまじとアリスティードがルフェーヴルの顔を見てくる。

「お前にしては珍しいな?」

「他のヤツに構う時間よりぃ、リュシーと離れていた間の時間を埋めたいんだぁ。……今日、会えるんだよねぇ?」

「ああ、その予定だ」

ルフェーヴルは自分の口元が緩む自覚があった。

「……リュシー……」

誰かに会えない時間がこんなにつらいと思うことがあるなんて、初めて知った。

リュシエンヌと共に過ごすようになってから、ルフェーヴルはいつだって多くの『発見』があり、それらを嫌だと感じたことはなかった。

……名前、呼んでほしいなぁ。

目を閉じたルフェーヴルの耳に、ここでは聞こえないはずの柔らかな声が『ルル』と囁いたような気がした。

* * * * *