軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュシエンヌ?(1)

そうして奴隷商と会ってから五日。

その間に闇ギルドを通じて、奴隷商より連絡があった。

誘拐犯とやり取りを行い、アリスティードとルフェーヴルを客として紹介する件を問題なく進めたとのことだった。

本日はその誘拐犯と会う日である。

夕方に執務を終えたアリスティードについてルフェーヴルは離宮に戻り、アリスティードを一度入浴させてから、ドレスを着せて化粧を施し、髪を整える。

「入浴する必要があったか?」

と言うアリスティードにルフェーヴルは答えた。

「匂いがねぇ。アリスティードは香水使ってるでしょぉ? 貴族の夫人が男モノの香水を使ってたら変だからさぁ」

「湯に花が散らしてあったのはそういうわけか」

「そぉそぉ。人間って見てないようで、意外と細かいところまで気にする生き物だからねぇ。ちょ〜っとした違和感を不審がるヤツもいるんだよぉ」

アリスティードの女装は前回同様、完璧だった。

声を変える魔道具と、髪や瞳の色を変える魔道具をつければ、よほど近くで見るか体に触らない限り相手に男だと気付かれることはないだろう。

ドレスも新しいものを用意した。

貴族が同じドレスを、同じ相手に何度も着て会うのは怪しまれる。

気の強そうなアリスティードの女装姿に赤いドレスがよく似合っていた。

前回同様に全員がローブを着て、司祭と黒騎士達が集まり、髪色と髪型を変えて変装したルフェーヴルは声をかける。

「じゃあ、そろそろ行こっかぁ」

目的地はクリューガー公爵領のウィルビリア。

リュシエンヌと共に旅行に行った街である。

「ああ、頼む」

アリスティードと司祭、黒騎士達が頷いた。

ルフェーヴルは詠唱を行い、転移魔法を発動させた。

一瞬の浮遊感と共に視界が移り変わる。

移動先はクリューガー公爵家の屋敷の応接室で、そこには王太子妃の母親である公爵夫人が待っていた。

アリスティードを見て僅かに目を瞬かせたものの、すぐに礼を執り、ルフェーヴル達を出迎えた。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「公爵夫人、久しいな。突然の訪問と話にも関わらず、受け入れてくれたこと、感謝する」

「勿体ないお言葉でございます。……話を伺った後に調べたところ、我が領地でも子供が行方不明になる事件が起こっていることが判明いたしました」

「そうか。……必ず誘拐犯は捕まえる。そのためにもクリューガー公爵家から兵を借りることもあるだろう」

「はい、必要の際はお声がけください。いつ如何なる時も兵を動かせるように手配しております。……僭越ながら馬車と別荘を用意いたしましたので、本日はそちらをお使いください」

「さすがだな」

アリスティードが頷き、公爵夫人が控えていた老齢の使用人に声をかけた。どうやら家令らしい。

その家令の案内を受けて馬車へと向かう。

屋敷の裏手に目立たないように用意された馬車は質が良く、一目で貴族のものだと分かるけれど家紋はない。

貴族がお忍びで使いそうな馬車だった。

黒騎士達は潜ませ、ルフェーヴルは行き先を御者に伝え、アリスティードと司祭と共に馬車に乗り込んだ。

馬車に揺られているとアリスティードが口を開く。

「先日の奴隷商は?」

「先にいると思うよぉ。闇ギルドの息のかかった店を指定してるくらいだからぁ、裏切ることはないんじゃなぁい?」

「分かった。それと、リュシエンヌとの面会だが、明日、時間は短くなるが許可が出た」

その言葉にルフェーヴルは思わず強く反応してしまった。

リュシエンヌと出会って以降、こんなに離れていたのは初めてで、落ち着かない日々が続いていた。

心労というほどではないが苛立ちが募る。

しかし、その言葉を聞いたらそれも薄まった。

「やっと会えるんだねぇ」

「ああ。だが、物を渡したり触れ合ったりは出来ない。……すまない、お前達にはつらいだろうが……」

「顔を見て話せれば今はいいよぉ」

本当は触れ合いたいし、牢にいるリュシエンヌに何か贈りたいし、口付けてそれ以上のこともしたい。

……オレ、変わったなぁ。

昔は他人に触れられるのも、触れるのも好きではなかったのに。

だが、リュシエンヌだけは特別だ。

腕の中に、自分が用意した屋敷に、すぐ触れ合える場所にリュシエンヌがいないだけで、こんなにもルフェーヴルの心は掻き乱される。

暗殺者は心を殺して生きろと師から教わった。

しかし、リュシエンヌと離れてからは『心を殺す』難しさを実感した。

これまでルフェーヴルは己の心を殺して生きてきたつもりであったが、それは勘違いだったようだ。

……オレは『心』ってのがよく分かってなかったんだろうなぁ。

今更になって自分の中にある感情に戸惑って、上手く消化出来なくて、いないと分かっているのにリュシエンヌの姿を視界のどこかに探してしまう。

あの細く頼りない腕に抱き締められたい。

柔らかで優しい声に『ルル』と呼ばれたい。

膝枕で頭を撫でてもらいたい。

ルフェーヴルが甘えられるのも、安心して身を預けられるのも、リュシエンヌだけだ。

馬車の揺れの感覚が変わる。

目的地に近づき、馬車の速度が落ちたようだ。

ややあって馬車が停まった。

「それでは、誘拐犯の顔でも見に行きましょうか」

アリスティードの言葉にルフェーヴルは微かに口角を引き上げた。

「はい、奥様」

全員がローブのフードを目深に被る。

司祭とルフェーヴルが先に降り、ルフェーヴルの手を借りてアリスティードも馬車から降りる。

ルフェーヴルが扉を開けてアリスティードと司祭が中に入り、ルフェーヴルも続く。

見目の良い男がいた。服装からして店の者だろう。

「いらっしゃいませ」

男の向こう、ホールのソファーから人影が立ち上がった。

「その方は私のお客様です」

男は丁寧に礼を執り、壁際に下がる。

近づいて来たのは先日会った奴隷商だった。

「ようこそ、お越しくださいました。お望みの方は上階にいらっしゃいます。……ただ、一つお伝えしなけらばならないことが……」

奴隷商が声量を落として言う。

「先方は用心深いようで『夫人のみと会う』そうです。申し訳ありません、急に先ほど言われまして……」

「構いませんわ。自分の身くらい自分で守れますもの」

アリスティードの返事に奴隷商がホッとした様子で微笑んだ。

さて、どうするかとルフェーヴルが考えていると、アリスティードが振り返る。

「あなた達は馬車で待っていなさい」

それにルフェーヴルは笑みを浮かべ、礼を執る。

「かしこまりました」

頭を上げ、司祭と共に扉に向かい、外へ出る。

馬車の停めてあるほうへ行き、角を曲がったところでルフェーヴルは立ち止まった。司祭も足を止めてルフェーヴルを見る。

周囲の気配を探り、監視がないことを確認するとルフェーヴルは司祭へ囁く。

「姿を隠して移動します」

スキルを発動し、ルフェーヴルは自身と司祭の姿を消した。

認識阻害のスキルを使用している間は喋ったり、物音を立てたりしなければ他者に気付かれることはない。

ルフェーヴルは司祭を小脇に抱えると、身体強化をかけて地面を蹴った。

近くにある家の出っ張りを足場に屋根へ上がる。

司祭を脇に抱えたまま、ルフェーヴルは屋根を伝って先ほどの店の屋上に移動し、適当な窓の鍵を魔法で開けて侵入した。

下ろした司祭は軽く服を整える。

アリスティードの気配はまだ一階にある。

足音を消してルフェーヴルが歩き出せば、司祭も物音一つ立てずについて来る。その慣れた様子からして、やはりただの司祭ではないようだ。

階段を下りて二階へ行けば、アリスティードの気配が動く。

待っていると、薄暗い中を奴隷商とアリスティードが階段を上がって来たためついて行く。

二階の廊下を進んだ二人は一番奥、角部屋の扉の前で立ち止まった。

「こちらで相手がお待ちです」

奴隷商が扉を叩く。

中から「どうぞ」と若い女の声がして、奴隷商が扉を開けた。

* * * * *

アリスティードは奴隷商と共に室内へ足を踏み入れた。

そこには、自分と同じくローブを着て、フードを目深に被った人物がソファーに座っていた。細身の体格からして女性だろうことが窺える。

護衛だろう男達が室内に三人いた。

「どうぞ、おかけになって」

と声をかけられて、アリスティード達はソファーに腰掛けた。

何も気配は感じないが、恐らく、ルフェーヴル達もこの場のどこかに潜んでいるだろう。

「こちらが先日お話ししたお客様です」

奴隷商がソファーに座る人物にアリスティードを紹介する。

「初めまして、リスティと申しますわ」

相手の視線を感じながら、アリスティードはフードを外した。

しばしジッと見つめられた後に相手もフードを外す。

その下から見覚えのある、チョコレートのようなダークブラウンの髪が現れた。

「初めまして、リスティ様」

アリスティードを見た瞳は琥珀色だった。

顔立ちは確かにリュシエンヌに似ている。

だが、妹ではないとアリスティードはすぐに理解した。

何故なら、顔つきが全く異なっていたからだ。

アリスティードの知るリュシエンヌは優しく可愛らしい顔立ちで、明るい表情に満ちている。

しかし、目の前にいるリュシエンヌとよく似た人物は派手な美人といった顔立ちで、微笑みにはどこかこちらを見下すような感情が透けて見える。

リュシエンヌとは似て非なる人物だ。

けれども、アリスティードは偽リュシエンヌの顔に見覚えがあった。

……この顔、この雰囲気は──……。

「奴隷を欲しがっていると聞いたわ。わたしの手元にいくらかいるけれど、どのような子供が欲しいのかしら?」

偽リュシエンヌに問われたアリスティードは微笑んだ。

「銀髪が欲しいところですが、出来れば見て決めたいですわ。人数は特に決めていないけれど、気に入った者がいれば、全て購入したいと思っております」

「まあ、強欲な方ね。でも嫌いじゃないわ」

ふふふ、と偽リュシエンヌが口元を扇子で隠しながら笑う。

他人を見下し、暗い愉悦に満ちた歪んだその微笑みは、本物のリュシエンヌならば絶対に浮かべないだろう表情であった。

だからこそアリスティードは冷静でいられた。

偽者は所詮、偽者でしかないのだと分かった。

このリュシエンヌ相手であれば、戦闘になったとしても躊躇いなく剣を向けられる。必要なら斬ることも出来る。

それくらい本物と異なっている。

「確かに、買うなら自分の好みの者がいいのは当然ね。……今日はあまり連れて来ていないから、日を改めて会うのはどう? その間に種類を増やしておいてあげてもいいわ」

「それは楽しみですわ。私も本日は最低限の手元しかないので、次お会いする際には用意出来るだけ持ってまいります」

「あなたとは良い取引が出来そうね」

偽リュシエンヌが楽しそうな顔をする。

そして偽リュシエンヌが手を上げると、壁際にいた護衛の男達のうち一人がアリスティードに近づいて来た。

折り畳まれた紙を差し出されたので受け取る。

「明後日の同じ時間にそこに来なさい」

紙を開いて中を見ると簡易の地図が書かれていた。

ウィルビレン湖の北側にある別荘地。その中の建物の一つに赤いインクで丸がつけてあった。

「覚えたかしら?」

「はい」

「では、その紙を返してちょうだい。そこに子供を用意しておくわ」

言われた通り、アリスティードは紙を畳んで男に返す。

「ああ、そうだわ。一応、奴隷の用途を聞かせてくださる?」

「あら、それをお訊きになられるの? 見目が良く、体の頑丈な者がいい、と申し上げれば後はもうお分かりかと。ご心配なさらずとも、壊れたらきちんと処理しますわ」

アリスティードの言葉に、偽リュシエンヌは機嫌良さげに笑みを深める。

「あなたとは今度も良い付き合いが出来そうだわ」

「勿体ないお言葉でございます」

「そちらのあなたも褒めてあげる」

「ありがとうございます」

アリスティードと奴隷商は揃って頭を下げた。

偽リュシエンヌが目を細めて愉快そうに笑い、フードを目深に被る。

「それでは、また明後日に会いましょう」

話は終わったとばかりに手を振られる。

アリスティードは立ち上がり、もう一度頭を下げてから扉へ向かった。

男の一人が扉を開けたところでアリスティードはわざと立ち止まり、振り返る。

「奴隷の質が良ければ私のお友達にも紹介したいのですが、構わないでしょうか?」

フードから覗く偽リュシエンヌの口元が弧を描く。

「ええ、よろしくてよ」

その下品な笑みにアリスティードは努めて、似た笑みを浮かべて背を向けた。

奴隷商と共に部屋を出ると背後で扉が閉まる。

廊下を戻り、階段を下りて、店を出た。

「紹介してくれて感謝するわ。報酬は後日、改めて」

「はい、かしこまりました」

奴隷商と店の前で別れてアリスティードは馬車へ向かう。

道の角を曲がり、馬車に着くと御者が扉を開けた。

馬車の中にはルフェーヴルと司祭が待っていた。

「お疲れ様です、奥様」

ルフェーヴルの言葉にアリスティードは頷いた。

扉が閉まり、馬車が動き出す。

「ルフェーヴル、あの場にいたな?」

アリスティードが問えばルフェーヴルは口角を引き上げたものの、その目は欠片も笑っていなかった。

「あのクソみたいな偽者、今すぐ殺せないのが残念だよぉ。……リュシーの疑いを晴らす必要があるから手は出さないけどさぁ」

それについてはアリスティードも内心で驚いた。

ルフェーヴルが偽リュシエンヌをあの場で殺してしまうかもしれないと危惧していたし、その時は『命令』を使ってでも止めるつもりであったが、予想以上にルフェーヴルは理性的な男だったようだ。