軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境戦六日目(3)/ 七日目(1)

夕方、日が沈んでしばらく後にルルが戻って来た。

その表情はここ数日の中では比較的、穏やかである。

それを見た瞬間になんとなく察した。

「ルル、おかえり。……もしかしていい報告、ある?」

わたしの問いかけにルルが笑った。

「リュシーには隠し事が出来なさそうだねぇ」

近付いて来たルルにギュッと抱き締められる。

それにわたしもギュッと抱き返した。

少しの間、そうやって過ごし、窓際のベンチスペースへ移動した。

ルルが今日の出来事について分かりやすく教えてくれる。

「それで〜、まあ、ちょ〜っと昼間にまた衝突はあったけどぉ、夕方頃にヴェデバルド王国の使者が来て休戦に入ったんだよぉ。休戦って言っても実質、向こうが総指揮官を失ったからぁ、王都に早馬を走らせて国王の判断を仰ぐための時間稼ぎだねぇ」

ルルの話では、もうヴェデバルド王国軍はかなり損耗しており、しかも戦地とそこへ続く橋をファイエット王国軍が陣取っているので、そもそも戦地で戦うことも出来ない。

橋を渡ろうとすればファイエット王国軍に集中攻撃される。

川は大きくて、甲冑を着た兵士が渡ることは不可能だ。

魔法で飛び越えることは出来るかもしれないが、魔法をそれなりに扱える者でなければ飛び続けられないし、着地も出来ない。

魔法が扱えない者を飛ばしたとしても、着地で死ぬか、大怪我をして戦う余裕はないだろう。

「もうヴェデバルド王国軍が出来ることはないねぇ。素直に負けを認めるかぁ、諦めずに戦って全滅するかぁって感じ〜」

ルルのその言葉を聞いて、心底ホッとした。

「そっか。……こんなこと言うと良くないのかもしれないけど、ルルとお兄様、ロイド様が無事で良かった。亡くなった人も沢山いるだろうから、その人達の家族のことを思うと良くないんだけど……」

「そうだねぇ」

「でも、ルルがこうしてわたしのところへ帰って来てくれることが、凄く、嬉しいの」

ルルの頬に手を伸ばし、そっとキスをする。

もし何かあったとしてもルルはきっと死ぬ前にわたしのところへ戻って来てくれるのだろうけど、わたしは、まだルルとしたいことが沢山あるし、もっとルルの色々な姿が見たい。

唇が少し離れた瞬間、ルルの手がわたしの後頭部を包み、噛みつくようにキスをされる。

出征中も戻って来ていたけれど、ルルとそういうことはしていないので、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

数秒、もしかしたら数分経ったかもしれない。

唇が離れるとルルが珍しく名残惜しそうに眉を下げて笑った。

「続きは戦争が終わった後に、ご褒美でもらうねぇ」

ちゅ、と額にキスされて、顔が熱くなる。

つい想像して、戦争が終わってからかと残念に感じたことが恥ずかしかった。

……わたし、ルルに触れてほしいってこと……!?

すぐに触れてもらえないと分かってがっかりしたのだ。

……いや、でも、だって、こんなキスされたら誰だってそう思うよね!?

思わず両手で自分の頬を覆っているとルルが小首を傾げた。

「リュシー、どうかしたのぉ?」

「え? あ、ううん、なんでもない……」

「本当にぃ?」

ヒョイと顔を覗き込まれて視線が泳ぐ。

ルルの両手がわたしの手ごと頬を挟み、顔を上げさせられる。

「何考えてたのぉ? まさか、オレと一緒にいるのにオレ以外の男のこと、考えたんじゃないよねぇ?」

ジッとルルに見つめられ、顔が更に熱くなった。

「違うよ! ちゃんとルルのことを考えてたよ!」

「それで?」

「……それで、その、残念だなって思って……っ」

ルルが不思議そうに小首を傾げた。

「残念……?」

「だから、あんな口付けしたのにルルが『続きは戦後に』って言うから残念だなって思ったの!」

半ば叫ぶように言ったわたしに、ルルが目を丸くした。

灰色の瞳がパチパチと瞬いている。

ルルがまじまじとわたしを見つめてくる。

「リュシー、オレとシたかったの?」

ド直球な質問に答えられなくて、でも頷くことは出来た。

顔から火が吹き出しそうなくらい、触れている頬が熱い。

ルルに顔を固定されているので真っ赤な顔も見られていると思うと恥ずかしくて、涙目になってしまう。

「だって、最近は寝る前にちょっとしか会えないし……っ」

少しでもルルがそばにいるのだという実感が欲しかった。

わたしが涙目になっているというのに、ルルが嬉しそうに笑うので、睨んだが、ルルには全く効果がない。

「そっかぁ、気付けなくてごめんねぇ?」

ご機嫌なルルがキスをしてくるが、わたしは不満である。

ちゅ、ちゅ、と何度もキスをしながら、ルルの手が頬から首に下がり、腰まで下りていく。

ルルがわたしに顔を近付け、耳元で囁いた。

「今日は呼ばれないだろうから、可愛がってあげる」

ドサリとベッドへ押し倒される。

「でも、あんまり優しく出来ないけどね」

戦でオレも気が昂ってるし、というルルの言葉の意味を、わたしはすぐに身を以て理解することになるのだった。

* * * * *

ベッドの縁に腰掛け、ルフェーヴルは上機嫌だった。

……リュシーはかわいいなぁ。

確かに出征してから約二週間ほど、リュシエンヌとはあまり触れ合っていないし、そのような行為もしていない。

別にルフェーヴルもしたくなかったわけではなく、単に会いに来る時間が遅いので、リュシエンヌを求めて寝不足にさせるのは良くないかと思って控えていたのだ。

しかし、それが逆に不安を助長させてしまったらしい。

「ルルがわたしのところに帰って来たって実感が欲しいの」

夜、寝る前の短時間しか会えず、抱き締めたり口付けたりはするものの、それ以上触れればルフェーヴルとて途中でやめられないかもしれない。

いつ呼び出されるか分からない状況だったのもあって、そういった雰囲気にならないようにしていたのだが、リュシエンヌの機嫌を損ねてしまった。

リュシエンヌがルフェーヴルの行動で機嫌を損ねるのは珍しい。

赤い顔に涙目でムッとした表情をするリュシエンヌも非常にかわいかったが。

……恥ずかしがる姿も良かったなぁ。

子爵邸ならばともかく、既に自分の離宮ではなくなったこの場所で、控え室に侍女や騎士が待機している状況で、恥ずかしがるリュシエンヌの様子はなかなかにかわいかった。

ここ数日は戦争に参加して、ルフェーヴルも気が昂っており、いつもより少し手荒に扱ってしまった。

もちろん、怪我をさせたり、痛みを与えたりはしないよう気を付けたものの、普段と少し違うルフェーヴルにリュシエンヌも気付いた様子だった。

「ルル、なんだかいつもより、男の人って感じがする……」

と気恥ずかしそうに言われた時には色々クるものがあり、余計に燃えてしまった。

……ちょ〜っと無理させちゃったかねぇ。

背後からはリュシエンヌの寝息が静かに聞こえてくる。

ルフェーヴルが振り返れば、ベッドには毛布に包まって熟睡しているリュシエンヌがいる。

隙間から出ていた肩に毛布をかけ直し、乱れた前髪を軽く手で梳いて整えてやった。

戦争で戦うのも刺激的で楽しいが、やはり、リュシエンヌと過ごす時間が一番心地好くて癒される。

かわいい妻の寝顔をずっと眺めていたいところだが、空が白み始めたので、そろそろ戦地へ戻らなければならない。

一日、二日程度ならば眠らずとも活動は出来る。

ルフェーヴルはそっとリュシエンヌの額へ口付けた。

「……愛してるよ、リュシー」

気持ち良さそうに眠っている妻をもう一度眺め、それから、名残惜しさを感じつつルフェーヴルは静かに立ち上がった。

乱れた服を手早く整え、小さく詠唱を行い、子爵邸へと移動する。

睡眠を取る時間はなかったが、しかし、リュシエンヌと過ごすことはルフェーヴルにとって、精神面で良い休息となった。

皆が寝静まっている屋敷の中を歩き、浴室で軽く汗を流し、ルフェーヴルは着替えると浴室を出た。

「そろそろ終わりそうですか、旦那様」

正面の壁に、燭台を持ったクウェンサーが立っていた。

どうやら転移魔法の魔力揺れを感じてきたらしい。

「そうだねぇ、今は休戦に入ったよぉ」

「また開戦する可能性は?」

「ないとは言えないけどぉ、普通に考えたらヴェデバルド王国軍の負けかなぁ。続けても、降伏しても、負けは確定だしねぇ」

「それは何よりですね」

歩き出したルフェーヴルにクウェンサーがついて来る。

「奥様はお元気でお過ごしでしょうか?」

「リュシーは大丈夫だよぉ。まあ、アンタの場合は泣き虫のことが気になってるんでしょぉ? 悪いけど、ソッチは会ってないから知らないよぉ」

「そうですか、それは残念です」

クウェンサーが溜め息交じりに言う。

「でも、予想よりは早く終わりそうだよぉ」

「それは重畳です。屋敷に奥様がいなくて皆も寂しがっておりますので、早く主人達にはお戻りいただきたいものです」

それにルフェーヴルは小さく笑った。

「リュシーは人気者だよねぇ」

ほとんどが闇ギルド経由で雇った者達なので、あまり他人との関わりを持ちたがらない者ばかりなのだが、リュシエンヌは使用人達ともそれなりに仲が良い。

使用人達もリュシエンヌに対しては、ルフェーヴルにするより、優しいような気がする。

「多分、長くても一、二週間以内にはどうなるか分かると思うからさぁ、それまでココはヨロシク〜」

「はい、お任せください」

クウェンサーが礼を執り、そして下がる。

寝室へ行き、身支度を整え、ついでに魔力回復薬を一本飲み干してから、戦地へ転移魔法で戻ったのだった。

戦争が終われば、また屋敷でリュシエンヌと二人で過ごせる。

ルフェーヴルにとってもそれが何よりの楽しみであった。

* * * * *

七日目、休戦ということもあり、軍の雰囲気は穏やかだ。

相変わらずヴェデバルド王国軍とは川を挟んで向かい合っているものの、向こうから休戦を持ちかけてきたので、睨み合いの時のような緊張感はない。

ルフェーヴルは自身の天幕でビスケットを二枚ほど食べてから、軍の様子を見て回ることにした。

ファイエット王国軍の兵士達は丁度、朝食を摂り始めており、その表情は明るかった。

現状、ヴェデバルド王国軍が劣勢で、あちらから休戦を申し込んできた以上はほとんど勝ったようなものである。

しかも休戦期間中は戦うこともないので安心しているのだろう。

アリスティードとロイドウェルも、兵士達と共に焚き火のそばで朝食を摂っていた。

アリスティードがルフェーヴルに気付くと手を上げる。

特に呼ばれたわけではないが、そちらへ行った。

「おはようございます、殿下、アルテミシア公爵令息」

他の兵士達の前なのでルフェーヴルは外面を被った。

アリスティードもロイドウェルもそれについては気にしたふうもなく、返事をする。

「ああ、おはよう」

「おはようございます、ニコルソン子爵」

「もう朝食は摂ったか?」

アリスティードに訊かれてルフェーヴルは頷いた。

「ええ、所用で起きておりましたので早めに済ませました」

「お前、二徹したのか? 体調を崩すぞ」

「三日程度でしたら眠らずとも動けます」

ルフェーヴルは三日くらいならば眠らずとも問題なく活動出来るが、さすがに四日、五日となると支障が出る。

今回はそこまで起きているつもりはないが。

アリスティードが呆れた顔をする。

「そういう問題ではない。今日はお前に振る仕事もないから無理せず、休んでいろ」

呆れながらも、どこか心配したような声だった。

ルフェーヴルはそれに首を傾げた。

「無理はしていないのですが」

「確かに顔色は悪くなさそうに見えるが、お前の場合はそういったことも隠すのが上手そうだからな。とりあえず、今日は休め。これは命令だ」

「殿下のご命令とあれば従いましょう」

王太子の命令を無視することは出来ない。

ルフェーヴルも仕事がないのであれば休息を取る必要があるし、すぐに呼ばれないと分かっているなら、また帰ってリュシエンヌのそばについてやりたい。

今回の戦争で、ルフェーヴルの予想以上にリュシエンヌを不安にさせてしまったようなので、埋め合わせは必要だろう。

……多分、リュシーは昼過ぎに起きるだろうしぃ。

起きた時にルフェーヴルがそばにいれば、喜ぶはずだ。

「では、御用がありましたらお呼びください」

「ああ、夕方、日が落ちた頃に皆で会議を行う予定だ。それにはお前も参加してもらいたい」

「かしこまりました」

礼を執り、ルフェーヴルは下がった。

その後、軽く軍の様子を確認し、敵軍の影など間諜らしき者が潜んでいないことを確認し、自身の天幕へと戻る。

それから転移魔法でリュシエンヌのいる離宮へ飛んだ。

二時間ほど前までいた寝室はカーテンの隙間から差し込む光で薄明るく、しかし、天蓋のついたベッドの中はまだ暗い。

天蓋から落ちるカーテンを手で退かしつつベッドの中を覗き込めば、まだリュシエンヌが寝息を立てている。

ルフェーヴルは靴を履いたまま、ベッドの外へ足を出すようにしてリュシエンヌの横へ寝転がった。

リュシエンヌの寝顔を眺めていると、部屋の扉が控えめに叩かれ、静かに開けられる気配がした。

ルフェーヴルは寝転がったまま背後の扉から見えるように手を上げる。

すると、扉が静かに閉められる音が僅かにした。

侍女の誰かがリュシエンヌを起こしに来たのだろうが、ルフェーヴルがいることに気付いて下がったのだ。

……日が出る直前まで寝かせてあげなかったからねぇ。

ルフェーヴルは左腕を枕にし、右手でリュシエンヌの手を握り、目を閉じる。

それから昼頃までルフェーヴルも休息を取った。

* * * * *