軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境戦六日目(1)

「──……敵拠点の状況は以上です」

日付けが変わった深夜、ファイエット王国軍の天幕。

アリスティードとロイドウェル、そして、通信魔道具を繋げた貴族達がルフェーヴルの報告を聞いていた。

現在もまだ両軍は衝突状態にある。

アリスティードが拳をテーブルへ振り下ろした。

ガツン、と大きな音が響く。

「ヴェデバルド王国軍の王太子、噂以上の男のようだ」

抑えてはいるものの、アリスティードは非常に怒りを覚えているようで、普段よりも目付きが鋭い。

【このまま進軍いたしますか?】

【しかし、その様子ではヴェデバルド王国軍は最後の一兵になるまで戦い続けるかもしれません】

【我が軍とて、これ以上の損耗は危険です】

貴族達の言葉にアリスティードが頷いた。

「私とて、兵達の無意味な死は望んでいない」

そして、アリスティードが全員へ問う。

「皆、武勲は十分立てたか?」

その問いに戸惑いながらも貴族達が是と答える。

アリスティードが顔を上げた。

「では、ニコルソン子爵に命ずる。……ヴェデバルド王国のクソ王太子を、今すぐ私の前に連れて来い」

怒りのこもったアリスティードの声に、ルフェーヴルはニヤリと口角を引き上げ、丁寧な礼を執る。

「仰せのままに」

そして、ルフェーヴルは転移魔法でもう一度、ヴェデバルド王国軍の拠点付近まで飛んだ。

スキルを使用して混乱する拠点内を抜け、王太子の天幕の前でスキルを切った。

「何者だ!」

「こいつ、突然現れたぞ!?」

天幕の警備をしていた兵達が剣を抜く。

それにルフェーヴルも剣を抜き、構えた。

「ファイエット王国軍、ルフェーヴル=ニコルソン子爵。我が国の王太子殿下の命により、貴国の王太子を我が国の拠点に招待しにまいった。……なんてねぇ」

「何をふざけたことを──……」

ルフェーヴルは笑いながら構わず歩き出し、そして剣を兵の一人の首に突き立てた。

もう一人の兵が驚き、慌てて剣を構えるが、遅い。

突き立てた剣を引き抜き、もう一人の兵が振り下ろした剣を弾き、剣を横なぎに振るう。

その兵の首から大量の血が吹き出した。

ルフェーヴルは構わず、その血の中を進み、天幕の出入り口の布を剣で切り裂いた。

中にいたのは王太子と女が二人。

ルフェーヴルが押し入ったことで女達が悲鳴を上げる。

「貴様、何者だ!!」

王太子は意外にも、突然乱入してきたルフェーヴルに驚くことなく、脇に置いてあった剣を即座に掴んで引き抜いた。

女達がそれを見て、慌てて天幕の端まで下がった。

「さっき言ったばっかだけどなぁ。ファイエット王国軍所属、ニコルソン子爵。うちの国の王太子がアンタを連れて来いって言うから、招待しようと思ってねぇ」

ルフェーヴルの言葉に、ヴェデバルド王国の王太子が小馬鹿にしたような顔をする。

「何を訳の分からぬことを。私が何故、わざわざ貴様らの拠点へ出向かねばならぬ? 貴国の王太子が『降伏します』と頭を下げに来るのならば分かるが」

「え〜、総指揮官のくせに負けてるって自覚ないのぉ?」

ルフェーヴルは呆れてしまった。

今、劣勢なのはどう見てもヴェデバルド王国軍である。

勝っているファイエット王国軍が降伏する理由もない。

ふと背後に感じた気配にルフェーヴルはとっさに右に体をずらせば、ヒュッと何かが毛先を掠る。

「お前達、その侵入者を捕えよ!」

天幕の出入り口から黒装束の者達が入ってくる。

恐らく、この王太子に仕えている影の者達なのだろう。

ルフェーヴルはまず、今剣を振り下ろした一番近くにいた者にナイフを投げつけた。

さすがと言うべきかナイフは簡単に弾かれた。

ルフェーヴルは思わず口笛を吹いた。

……いいねぇ、たまには強いヤツと戦わなくちゃ。

長剣を構えたルフェーヴルに影の者が二人、襲いかかってきたが、ルフェーヴルは片方を長剣で受け止め、そのまま横なぎに払った。

その勢いが強かったのか片方の影がもう片方へと吹き飛ぶ。

……狭くて邪魔だなぁ。

口の中で小さく詠唱を行い、ルフェーヴルは風を起こし、天幕の布を枠ごと吹き飛ばした。

女達の悲鳴が響いたけれど、影の者達は微動だにしない。

それにルフェーヴルの口角が自然と弧を描く。

ルフェーヴルは長剣を腰へ戻し、そして、ナイフを両手に構えた。

元より長剣はそれほど扱いに長けているわけではないため、やはり、慣れた武器のほうがしっくりくる。

笑みを深めたルフェーヴルに影達がジリジリと迫る。

「何をしている! 全員で一斉にかかれ!!」

王太子の騒がしい声に影達が従った。

しかし、ルフェーヴルは上へ飛び上がって攻撃を避けると、地面へ突き刺さった複数の武器の上へ乗った。

重みで武器が更に地面へ深く刺さる。

一人の顔を蹴り飛ばして骨を砕き、両手のナイフで二人の影の首を切り裂く。吹き出す血を避けるためにもう一度飛び上がって距離を置く。

残ったのは一人。体格からして女だろう。

ルフェーヴルが地面へ着地するのと同時に影が駆け出し、瞬きの間で距離を詰めてくる。

素早さだけならばルフェーヴルと同じくらいか。

けれども、それだけだ。

数度、互いのナイフの刃が交わり、火花を散らし、けれども力はルフェーヴルのほうが上だった。

キィンと影の手からナイフが弾かれる。

ルフェーヴルの手が影の首を鷲掴みにする。

「命令に従ってるだけだからこうなるんだよぉ」

影が暴れ、ルフェーヴルの手を首から引き剥がそうとするものの、外すことが出来ない。

ルフェーヴルはそのまま手に力を込めた。

やがて影の体から力が抜け、手を離せば、ドサリとその場に崩れ落ちる。

周囲は兵士達に囲まれているけれど、ルフェーヴルの異質な空気を感じ取ってか近付いては来ない。

……思ったより手応えはなかったなぁ。

リュシエンヌの加護の影響と祝福を受け、強くなったのは良いことではあるが、自分より強い者がいないことはある意味、つまらなくもあった。

ルフェーヴルはふらりと振り返った。

「じゃあ、そろそろ行こっかぁ?」

あっという間に影を倒したルフェーヴルに、さすがの王太子も感じるところがあったのが剣を構えたまま、半歩後退る。

「貴様に従う気はない!」

「ふぅん? まあ、好きなだけ抵抗していいよぉ?」

ルフェーヴルはナイフを仕舞うと両手を握り締める。

「『連れて来い』とは言われたけどぉ、王太子に『手は出すな』とは言われてないからねぇ」

ニヤ、と笑ったルフェーヴルに王太子が更に半歩下がる。

そうして、ルフェーヴルは拳を振り上げた。

* * * * *

「ただいま戻りました」

ルフェーヴルは転移魔法で拠点の天幕近くに現れ、そのまま、会議用の天幕へ入った。

夜もだいぶ更けた時間ではあったが、天幕には、まだアリスティードとロイドウェルがいた。

テーブルから顔を上げた二人がギョッとした表情をする。

「……それは生きているのか?」

それ、とアリスティードが指差した先、ルフェーヴルが左手で引きずってきたものがもぞりとうごめく。

「生きてるよぉ。抵抗されたから、ちょ〜っと 分からせてあげた(・・・・・・・・) けどねぇ」

「誰か分からないほどボコボコにするのが ちょっと(・・・・) なのか?」

「別にいいでしょぉ。どうせ治癒魔法かければ治るんだしぃ」

ポイとルフェーヴルは引きずってきたもの──……ヴェデバルド王国の王太子を、アリスティード達の前に放り投げた。

王太子が顔を上げ、アリスティードを見ると何か喚き出したものの、顔が腫れ上がっているせいで何を言っているのか全く聞き取れない。

これにはアリスティードも少し気が抜けた。

「ロイドウェル、誰か治癒魔法が使える者を呼んで来てくれ」

「分かった」

ロイドウェルは天幕を出たが、ものの数分で魔法士を連れて戻って来た。

その魔法士は顔だけが綺麗に腫れ上がっている敵国の王太子を見て、若干引いていたが、それでも治療はしっかり行った。

痛みが引いたからか、ヴェデバルド王国の王太子が地面に座り込んだまま、また喚き始めた。

「貴様がファイエット王国の王太子か! このような者を送り込み、王太子である私を攫ってくるとは卑怯者め!!」

今度は何を言っているのかハッキリと聞き取れる。

王太子の言葉にアリスティードは悠然と椅子に腰掛けたまま、王太子を見下ろした。

「自国の兵がいるのに山に火を放ち、脱走兵を処刑した、血も涙もない貴殿に言われる筋合いはない。……ロイドウェル、敵国の王太子を捕縛したと皆に伝えてきてくれ」

「かしこまりました」

ロイドウェルが天幕を出て行き、ルフェーヴルとアリスティード、そして敵国の王太子が残される。

王太子がパッと立ち上がり、ロイドウェルの後を追って出入り口へ駆け出したが、ルフェーヴルがその顔を鷲掴みにした。

ジタバタと暴れ、己の顔からルフェーヴルの手を引き剥がそうとするが、その手はびくともしない。

「まだ殴り足りなかったみたいだねぇ?」

ルフェーヴルの明るい声にビクリと王太子の体が跳ねる。

散々殴られたことを忘れたわけではないらしい。

震える王太子からルフェーヴルは手を離した。

「そう焦らなくとも、戦争が終われば返す」

アリスティードの言葉にジロリと王太子が睨み付けた。

「貴様らの言葉など信用ならん!」

「そうか。こちらとしても貴殿の信用など別に欲しくはないので、お互い様ということだ。だが、貴殿が王太子である以上、交渉の材料としてはそれで十分だ。貴殿を捕縛されたとなればヴェデバルド王国軍ももう戦えまい」

「そのようなはずはない! 我が軍は王太子である私を奪還するために、最後の一兵まで戦うだろう!!」

どこからそのような自信がくるのかと、ルフェーヴルもアリスティードも呆れてしまった。

自国の兵がいる山に火を放ち、脱走兵とは言え容赦なく殺すような王太子が、兵達に慕われているとも思えない。

「貴国が増援を待っているのは分かっている。しかし、総指揮官がいない状況で、部隊長を何人も失い、果たして軍は機能するだろうか?」

もし持ち直したとしても、指揮官となる人物をルフェーヴルが殺せば今度こそ軍は崩れるだろう。

アリスティードとしてはもう兵士を無駄に死なせたくないと思っているはずだが、それを表に出さない辺りはさすがである。

「たとえ貴殿以外が指揮官となったとして、その指揮官が死んだ場合は? そしてその次の指揮官も殺された時、指揮官になりたがる者はいるのだろうか?」

指揮官となって武勲を立てれば出世出来るかもしれないが、命を狙われ、いつ殺されるか分からないとなれば、なりたがる者はいない。

アリスティードから視線を向けられ、ルフェーヴルが目を細めて愉快そうに笑った。

「そぉそぉ、部隊長っぽいヤツらの首はオレがもらっておいたから〜。おかげでいい感じに武勲立てられたよぉ」

「見る〜?」とルフェーヴルが空間魔法に手を突っ込み、そこから首を一つ取り出しかけたところで王太子が悲鳴を上げて後退った。

自軍の兵を斬り殺したくせに、死人の首を見るのはダメらしい。

首を空間魔法へ戻しながらルフェーヴルは笑った。

「『ひぃいいいっ!?』だってぇ。聞いた〜? 一国の王太子がなっさけなぁい」

声真似までして笑うルフェーヴルに、王太子の顔が瞬時に赤く染まったが、ルフェーヴルのことは恐ろしいのか言い返してはこなかった。

「言っておくが、お前の今の格好も問題だと思うぞ」

「ええ〜? ……ああ、そういえば返り血塗れだったけぇ」

王太子の天幕の出入り口を守っていた兵を殺した際、首を掻き切ったので吹き出した血を浴びたのだった。

一応、髪や顔にはかからないよう気を付けたが、黒い服は血を浴びて所々変色している。

「一旦帰って血を落としてこようかぁ。コレとかソッチとかぁ、後はアリスティードが何とかするでしょぉ?」

「分かりにくい言い方をするな」

「じゃあ、王太子と戦争の残りはヨロシク〜。血を落として、着替えてきたら戻ってくるからぁ。一応、通信魔道具は持ってるから何かあったら呼んでいいよぉ」

「分かった。とりあえず、外の兵に声をかけておいてくれ。ヴェデバルド王国の王太子が逃げないよう、見張らせておきたい」

「りょ〜かぁい」

そうして、天幕の外へ出ようとしていたルフェーヴルは「あ」と振り返り、王太子の下へと戻った。

身を引いて逃げようとした王太子の頭を掴む。

「もし暴れたりぃ、逃げようとしたりしたら、また立場を 分からせて(・・・・・) あげるから覚えておいてねぇ?」

殴られた時のことを思い出したのか、王太子の体がブルブルと震え、表情が強張った。

それを見たアリスティードがルフェーヴルへ問う。

「お前、一体何をしたんだ?」

ルフェーヴルは王太子の頭から手を離しつつ答えた。

「ぶん殴ってぇ、治癒で治してぇ、またぶん殴ってぇってのを繰り返しただけだよぉ」

「……お前の拳を受け続けたと思うと少し同情するな」

「これでもかなり手加減したんだけどねぇ」

ルフェーヴルは軽く肩を竦め、今度こそ天幕を出た。

外にいた兵士に声をかけ、中で座り込んでいる王太子を捕縛し、脱走しないよう監視するように伝え、自身の天幕へと戻る。

……リュシーに会いたいなぁ。

リュシエンヌには夜間戦闘のことを伝え、先に眠っているように言ってはおいたため、今頃は夢の中だろう。

それでも、顔が見たいと思ってしまう。

……屋敷に一回飛んで、汚れ落として、それからちょ〜っとだけ顔だけ見てこようっと。

そう考えながら、ルフェーヴルは転移魔法を発動する。

その頭の中にあるのは愛しい妻のことだけだった。