軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境戦五日目(2)

五日目の夜、日が沈んでから数時間が経過した。

その日は新月で月のない夜であった。

ルフェーヴルは作戦開始時刻の一時間ほど前に、自身に割り当てられた天幕へ転移魔法で戻って来た。

準備を整え、会議室用の天幕へ向かえば、そこにはアリスティードとロイドウェル、辺境伯がいた。

どうやら作戦前に今一度、話し合っていたらしい。

ルフェーヴルが入ると三人が振り返った。

「早かったな」

「ええ、動きの確認をもう一度しておきたかったので」

アリスティードに声をかけられ、ルフェーヴルはテーブルへと近付いて行く。

テーブルの上には地図と駒が置かれ、今夜の作戦の動きを、駒を動かして再現している途中であった。

ルフェーヴルが着くと、それを皮切りに次々と貴族達も集まり、あっという間に全員が揃った。

皆、十分な休息が取れたおかげか顔色も良い。

そうして全員が集まり、再度、作戦会議を行った。

通信魔道具でアリスティードと連絡を取り、それぞれ、指示が出た時点で動き始めるということになってはいるが、全員が互いの動きを知っておく必要がある。

「最初は中央軍が動く。ヴェデバルド王国の中央軍と触れ、その後、劣勢のふりをして右翼軍へ寄り、合流する。その際に中央軍を守るような形で左翼軍も中央に寄り、敵右翼軍を誘導してほしい。そして左翼軍と敵右翼軍が中央に集まったところで遊撃部隊が回り込む」

駒が地図の上で動いていく。

「昼間のようにはさすがに囲い込めないかもしれないが、遊撃部隊が後方へ回り込んだところで合図を出すので、そこで劣勢のふりをしていた中央軍は反転し、攻勢に出る」

「昼間の動きを見て感じたのですが、ヴェデバルド王国軍は各軍の動きは早いのですが、乱戦して一つに纏まると身動きが取れなくなるようなのです」

アリスティードの話にロイドウェルが説明を入れる。

「敵後方部隊と本隊を分断出来れば一番だが、無理はするな。相手の数を減らし、継戦能力を失わせることが目的だ」

全員がそれに頷き、そして、通信魔道具が繋がっていることを確認し、それぞれが天幕を出て動き始めた。

ルフェーヴルも天幕を出て、遊撃部隊と合流する。

馬の調子は今日も良さそうだ。

遊撃の騎兵隊も、彼らの馬も、問題ない。

先に中央軍が動き出し、緊張した、夜の冷たい空気と相まって少し肌がピリリとする。

遠くで両軍の兵士達がぶつかり合う喧騒が聞こえてくる。

一度出撃しているからか、遊撃部隊は意外にも落ち着いており、ルフェーヴルが合図を出すのを静かに待っていた。

そして、通信魔道具が鳴る。

【遊撃部隊、行動開始!!】

ルフェーヴルが手を上げ、後ろにいた部下が持っていた松明を掲げ、後方の兵達へ合図を送る。

手綱を握ると軽く馬の脇腹を蹴って、駆け出した。

先頭を走るルフェーヴルの馬に遊撃部隊も続く。

ファイエット王国の中央軍と左翼軍が上手く敵兵を誘導したようで、北側の山付近にいたヴェデバルド王国軍の右翼は中央軍とほとんど一つになっていた。

ルフェーヴル達は山裾を辿るように回り込み、ヴェデバルド王国軍右翼の後方まで入り、中央軍の後ろまで進む。

さすがに取り囲むことは出来なかったが、予定通り、相手側の橋の直前まで到達した。

ルフェーヴルが通信魔道具でそれを伝えながら、光魔法を上空へ打ち上げる。

暗い夜空に打ち上げた光魔法は、まるで月のように輝く。

それは攻勢に出る合図であった。

ルフェーヴルは腹に力を入れて声を張り上げた。

「弓兵、魔法士、構え!! ……放て!!」

騎兵達は半数近くが弓を持つか、魔法士で、敵軍の背後から一気に遠距離攻撃を叩き込む。

暗闇の中で矢が降り、魔法攻撃をされ、元より数が少なくなってしまっていたヴェデバルド王国軍右翼はなす術もない。

しかも劣勢で逃げていると思われたファイエット王国の中央軍と左翼軍が一転して、攻勢へ出た。

混乱して逃げる、もしくは中央軍に助けを求めようとする右翼軍と、いきなり反撃をされて慌てた中央軍、押し進めて来た中央軍のせいで陣形の崩れた左翼軍でヴェデバルドは混乱の渦に陥った。

「攻撃止め!! 皆、外周より接近戦で削り取るぞ!!」

それでも意外なことにヴェデバルド王国軍右翼の兵達はいくらか持ち直し、こちらへ向かって来たので、ルフェーヴルは剣を抜いた。

馬から飛び降り、スキルを使用して姿を消す。

その状態でこちらへ駆けて来る兵士達の上へ飛び上がり、適当な兵士の頭を足場に跳躍を繰り返す。

跳躍しながら戦場を見渡し、馬に乗った指揮官を発見する。

……指揮官って分かりやすいよねぇ。

馬に乗って、他よりも良い甲冑を身に纏っているのですぐにその人間が高い地位の人間だと判断がつく。

ルフェーヴルは兵士の頭をいくつか蹴って指揮官に近付き、空中で一回転した後、指揮官の後ろ、馬の背に跨るように着地した。

「まず一人」

ズッ、と背後から剣を首に差し込み、敵指揮官の頭を掴むと、引っ張りながら剣を滑らせた。

首の断面から血が吹き出し、ルフェーヴルはそれを障壁魔法で防ぎながら、馬の背を蹴ってまた飛び上がる。

首は空間魔法へ放り込んだ。

あとはもう、昼間と同じ作業を繰り返すだけだ。

新月の夜に黒い装い、しかも認識阻害のスキルを使用したルフェーヴルを見つけられる者などいなかった。

それから二人、部隊長らしき人間の首を刎ねた。

他にそれらしき人間が見当たらなかったため、遊撃部隊へ風魔法で飛んで戻り、スキルを切って、自身の馬に乗る。

他の遊撃部隊はまだ戦っていたが、通信魔道具が鳴った。

【遊撃部隊、作戦を終了して帰還せよ】

「かしこまりました」

ルフェーヴルがもう一度、光魔法を上空へ打ち上げた。

遊撃部隊の者達はそれを目にするとサッと下がる。

「作戦終了! 帰還する!!」

ルフェーヴルが馬の向きを変え、遊撃部隊が全て下がったことを確認すると敵右翼軍に光魔法を放ちながら拠点へ戻る。

暗闇の中で突如、閃光を向けられた敵右翼軍は目が眩み、動けなくなっている間に遊撃部隊は離脱した。

拠点に戻り、遊撃部隊を待機させ、ルフェーヴルは会議用の天幕へと向かった。

「遊撃部隊、ニコルソンが帰還しました」

天幕の布を上げ、中へと入れば、アリスティードが難しい顔で通信魔道具を睨んでいる。

ロイドウェルの表情もあまり思わしくない。

天幕の中にいたのはアリスティードとロイドウェルだけだ。

「どうかしたぁ?」

ルフェーヴルが問うと、アリスティードが顔を上げる。

「ヴェデバルド王国は軍を再編成し始めたようだ」

「かなり数が減ったはずなのですが、攻勢に出ようとしているようです。……ですが、これでは……」

「……あちらの兵達が無駄死にするだけだ。それともまだ何か策でもあるのか? そうだとしたら深追いは危険だが……」

ファイエット王国軍もそれなりに損耗している。

ここで一気に叩くべきか、それとも一旦引くべきか。

「向こうの拠点、見てこよっかぁ?」

ルフェーヴルの提案にアリスティードが頷く。

「ああ、頼む。策があるなら知っておきたい」

「りょ〜かぁい」

ルフェーヴルはその場で詠唱を行い、転移魔法で敵軍の本拠地周辺に移動した。

* * * * *

「何っ、奇襲だと!?」

酒を片手に連れて来ていた女達と戯れていた、レーヴェニヒ=ルエル・ヴェデバルドは報告を受け、足元にあった皿を蹴飛ばした。

これまでファイエット王国軍は昼間しか戦わなかったので、夜間戦闘はないと思っていた。

戦場から来た伝令の足に皿が当たる。

周囲にいた貴族達の顔からも笑顔が消えた。

「現在、両軍の中央部隊が衝突! ファイエット王国軍より攻撃を受けましたが、敵軍を抑え、ファイエット王国軍は南の左翼軍側に逃げつつあります!」

「なんだ、我が軍のほうが押しているのか」

伝令の言葉にレーヴェニヒはホッとした。

ここ数日はヴェデバルド王国軍のほうが僅かに劣勢ではあったが、昼間の攻撃はかなり痛手を受けた。

もう数日待てば増援が来るので兵数が減ったこと自体はさほど気にするようなことではないが、しかし、ファイエット王国軍の戦いはレーヴェニヒを苛立たせた。

敵軍の攻撃の報告を受け、待機させていた部隊を即座に出撃させたというのに、到着した時には既に敵軍は去り、負傷した自軍の兵士だけが戦場に取り残されていた。

ファイエット王国軍に好き放題にされたのである。

それだけでもレーヴェニヒにとっては不愉快極まりない出来事であった。

自分が総指揮官を務める戦争で、向こうも同じ王太子の総指揮で、その上で作戦負けをしたのだ。

右翼軍が削られただけでも少し不安そうな顔をしていた貴族達は、全体を削られて焦った様子だった。

しかも昼間の戦いでは、ヴェデバルド王国左翼軍の部隊長が何名か討ち取られたせいで、左翼軍の指揮系統が崩れてしまっている。

報告ではファイエット王国軍の者が空から現れ、兵士若干名と共に部隊長の指揮官を五名、短時間で殺して消えたという。

殺された指揮官は首を持って行かれた。

昼間の件だけでも苛立っていたというのに、夜間に仕掛けてくるとは。レーヴェニヒは眉根を寄せた。

「では、そのまま押し返せば良い。相手が逃げるようであれば、追いかけ、殺せ。昼間はやられたが、今度は好きにはさせるな!」

「はっ!」

伝令はすぐさま立ち上がると天幕を出て行った。

しかし、天幕の中は沈黙に包まれた。

王太子であるレーヴェニヒが不機嫌になってしまい、それによる被害を受けないよう、どの貴族も息を潜めて黙っているのだ。

レーヴェニヒがドカリと荒々しく腰を下ろせば、横にいた女の一人がグラスにワインを注ぎ、手渡した。

戦場で飲むには高価な、香りの良いワインをレーヴェニヒは苛立ちのままに一息に飲み干した。

ヴェデバルド王国では、その一杯で兵士一年分の給料に相当するような非常に高価なワインだが、レーヴェニヒの最も好きなワインなので運ばせたのである。

「皆もそう案ずるな。こちらが押しているなら好機ではないか。ここでファイエット王国軍を押し、戦線を前へ出すことで後日やって来る援軍の入る位置を用意出来る。増援さえ来ればあとは押し切って終わりだ」

女にグラスを差し出せば、丁寧にワインが注がれる。

今度はさすがにレーヴェニヒも一気飲みはしなかった。

香りを楽しみ、一口、二口と飲む王太子の姿から、少し機嫌が良くなったことを感じた貴族達の表情に安堵が滲む。

「そ、そうですな、ファイエット王国軍は勝とうと必死なのでしょう」

「しかし、戦時法の宣誓をしたくせに、夜襲とは卑怯な手を使いますね。夜ならば我らが気を緩めていると分かった上で、わざと昼間は早くに引いたのかもしれません」

「そうだとしたら、最初からこの夜間戦闘が目的だったのでは?」

「殿下、待機させている部隊を出してはいかがでしょう?」

貴族達の話を聞いていたレーヴェニヒは考える。

昼間はあちらの機動性にやられたが、夜間ならばファイエット王国軍もあまり視界が利かないはずである。

しかし夜間に戦闘を開始したということは、もしかしたら、向こうは何かしら策があるのかもしれない。

「では、待機部隊の半数を出撃させろ」

全て出してしまうとレーヴェニヒの護衛が手薄になる。

レーヴェニヒの判断を聞き、貴族の一人が部下へ指示を出し、控えていた兵の一人が出撃のために出て行こうとした。

けれども、天幕の出入り口で伝令兵と鉢合わせた。

「伝令! ファイエット王国軍を追いかけ、中央軍と右翼軍が南へ移動したところ、北の山裾より敵国騎兵隊が我が軍後方に回り込み、攻撃されております!」

「失礼いたします! 伝令! 逃げていたファイエット王国軍が攻勢に転じ、敵国騎兵隊との間に我が軍は挟まれ、現在乱戦状況にあります! 増援をお願いいたします!!」

先の伝令が報告途中で、次の伝令が転がり込むような勢いで入って来て、半ば叫ぶように伝えてくる。

それにレーヴェニヒは『しまった』と立ち上がった。

「急ぎ部隊を出せ! このままでは昼間と同様に囲い込まれる! 混乱している兵を纏め、部隊を再構成しろ!! 今までの押しはファイエット王国軍の策略だ!!」

レーヴェニヒの言葉に兵士が慌てて飛び出して行く。

だが、ややあって飛び出して行った兵士が戻って来た。

「殿下、待機部隊が出撃出来ません!」

「何故だ!?」

「戦地から逃げ出してきた兵士達で橋が埋まってしまっており、騎兵隊が入る隙間がないのです!」

それを聞いた瞬間、レーヴェニヒが持っていたグラスをその兵に投げつけた。

繊細なグラスは兵の甲冑にぶつかって割れ、派手な音と共に高級なワインが甲冑を濡らす。

「逃げ出してくるような愚か者など馬で蹴り殺してしまえ! 道を塞ぐ者、逃げ出した者は反逆罪で切り捨てろ! とにかく騎兵隊を通らせるんだ!!」

兵がその命令に返事をし、今度こそ天幕を出て行った。

「くそっ! 使えない者ばかりだ! これでは私が負けてしまうではないか!! 今回の戦は私が王位を継ぐための布石なのだぞ!? もし負ければ私だけでなく、貴様らもただでは済まん!! ぼんやりしていないで貴様らも戦準備を整えろ!!」

レーヴェニヒは怒りのままに貴族達へ怒鳴り散らす。

貴族達も自分達が不利な状況にあると理解し、慌てて戦場へ向かうために、不機嫌な王太子から逃げるために、天幕から飛び出して行った。

「 第二王子(アヴェル) なんぞに王位は渡さんぞ……!!」

唸るようにそう呟いたレーヴェニヒも、天幕から出て行き、周囲で慌てふためいている兵士達を見た。

中には負傷したまま脱走しようとする者もいて、それを見つけたレーヴェニヒは腰に下げていた剣を抜くと、足を引きずって逃げようとしていた兵士を怒りのままに斬り殺す。

「脱走兵は死罪である! 兵は戦場へ戻れ! 戻らない愚か者は私が剣の錆にしてくれよう!!」

それに拠点が緊張感に包まれる。

レーヴェニヒは自身が言ったことは必ず実行する王太子であり、実際、今まさに自国の兵を斬り捨てた。

逃げようとしていた兵達は固まり、恐怖の滲む顔で戦場へ引き返すこととなった。

戦場で死ぬか、王太子に殺されるか。

それならば、一縷の望みをかけて戦場に向かうしかない。

ヴェデバルド王国軍が恐怖に支配された瞬間であった。

* * * * *