軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境戦四日目

四日目も前日と同じく、睨み合いが続いた。

だが、夕方頃にヴェデバルド王国軍に動きがあったため、ファイエット王国軍も先に得ていた情報に従い、用意していた兵達を北側の山に投入した。

それにより平地ではなく山での衝突が起こった。

ヴェデバルド王国軍はファイエット王国軍を出し抜こうと考えていたが、実際に山へ分け入ったところ、待ち構えていたファイエット王国軍に出迎えられて大いに混乱したようだ。

山から逃げ出してきたヴェデバルド王国軍の兵達が、あちらの右翼軍と合流したところで、ファイエット王国軍の左翼軍が打って出る。

土壁に大量のウォーターランスを撃ち込まれ、壁を失い、足元が泥塗れになったヴェデバルド王国軍が混乱している間に、ファイエット王国軍の魔法士達が土魔法で足元の地面を固めてしまう。

それにより、身動きが取れなくなったヴェデバルド王国軍右翼の前線兵士のところへ、戦いが再開したと聞いて駆けつけた後方の兵士が押し寄せたことで北側山付近のヴェデバルド王国軍は大混乱に陥った。

このままファイエット王国軍が攻め入り、完全にヴェデバルド王国軍の右翼を突き崩すのは時間の問題だった。

しかし、そこでヴェデバルド王国軍が強硬手段に出た。

【ヴェデバルド王国軍が北側山岳に火を放ちました!!】

「なんだと……!?」

通信魔道具で報告を受けたアリスティードが、思わずといった様子で立ち上がった。

【火の回りが早く、このままでは兵達が巻き込まれてしまいます!】

「即座に撤退せよ! 魔法士の中で水魔法が扱える者は、兵達の退路を確保しつつ、日没前にその場から離脱!!」

【かしこまりました!】

ロイドウェルが難しい顔をする。

「まさか、高所をこちらに奪われるくらいならと火をつけたというのか……? いくら両側に川があるとは言え、こんなところで火を放てば自軍の右翼にも影響を及ぼすかもしれないのに」

山のすぐそばにヴェデバルド王国軍の右翼と、ファイエット王国軍の左翼はいる。

山が火事となれば戦争どころではないはずなのだが……。

通信魔道具が鳴り響く。

アリスティードがすぐに応答した。

「こちらファイエット王国拠点、アリスティードだ」

【こちら左翼軍、トレヴァー子爵! 北側の山で火災が発生し、自軍だけでなく敵軍の兵達も側面から雪崩れ込み、戦況は混乱中! ヴェデバルド王国正面戦力がこちらに向かいつつあります!】

「分かった。応援に遊撃部隊を投入する。一旦後退し、防御に努めよ。火災が拡大する可能性があるため、火の手の届かない場所まで下がれ」

【かしこまりました!】

アリスティードがルフェーヴルへ顔を向けたので、ルフェーヴルは口角を僅かに引き上げた。

「ルフェーヴル、左翼の立て直しに向かえ」

「はっ!」

ルフェーヴルは即座に天幕を出て、アリスティードが保有している騎兵の遊撃部隊のうち、八百を引き連れ、左翼軍の応援に向かった。

いつもは暗殺で身を隠して行動しているルフェーヴルが、こうして戦争で部隊を率いて戦うのは初めてのことである。

馬で駆けていく最中、前方から喧騒が聞こえてくる。

ファイエット王国軍の国旗を掲げ、ルフェーヴル率いる八百の遊撃部隊が到着。

それと同時に両国の正面戦力、側面同士がぶつかり合う。

ファイエット王国軍左翼は一旦後退し、立て直し、防衛に努め、山側からルフェーヴル率いる遊撃部隊が後退したファイエット王国軍左翼を追いかけて来た、ヴェデバルド王国軍右翼とぶつかることとなった。

ルフェーヴルは腰に下げていた長剣を鞘から引き抜く。

「ヴェデバルド王国軍右翼に突撃! 部隊を分断し、我が国の左翼を守れ!! 山から下りてくる両軍の兵に注意しつつ、予定通り行動せよ!!」

そして、ヴェデバルド王国軍右翼の側面に突撃した。

歩兵を馬で蹴り飛ばし、剣で敵兵の首を刎ねつつ、ルフェーヴルが切り開いた道に後続の騎兵達が続く。

退却したファイエット王国軍を追って、周囲より突出してしまっていたヴェデバルド王国軍右翼を中ほどから分断し、ファイエット王国軍側に取り残されたヴェデバルド王国軍を騎兵達で囲む。

ぐるぐると周囲を回りながら、分断されたヴェデバルド王国軍に一斉に矢を射る。

逃げ場のないヴェデバルド王国軍達が倒れて行く。

半数が矢を射る一方、残りの半数がヴェデバルド王国軍右翼を威嚇し、これ以上のヴェデバルド王国軍の追撃を抑えた。

さすがのヴェデバルド王国軍右翼も不利を悟ったのか、撤退し、正面戦力でぶつかり合っていた兵士達も元の位置まで両軍共に下がった。

これにより、ヴェデバルド王国軍は右翼の三分の一ほどを失った。

両軍が下がり、一旦戦が中断すると、ファイエット王国軍から山へ向けて魔法士達による放水が行われた。

ルフェーヴルの持っていた通信魔道具が震える。

「こちら左翼、ニコルソン子爵。敵右翼の約三分の一を削りました。敵軍は撤退、我が軍も防衛線まで予定通り後退」

【分かった。騎兵を半数残し、帰還しろ。残りの騎兵の指揮権はトレヴァー子爵となる】

「かしこまりました」

そしてルフェーヴルは半数の騎兵を連れて拠点へ戻った。

会議用の天幕へ戻るとアリスティードとロイドウェルが忙しなく、通信魔道具で各貴族と連絡を取り合い、情報を確認し、指示を出している。

「山より下りて来る兵達の治療に回れ。敵軍の場合は降伏勧告をし、認めた者にも治療を施すように。魔法士は引き続き放水を行い、火の手を抑えるんだ」

「左翼軍、損耗は軽微ですね。……ええ、防衛線を今は固めてください。物資の補給は必要ですか? ……では、補給部隊を送ります」

「ああ、山岳地帯はこれより戦闘区域外となる。この火事の中では兵を送り込んでも焼け死ぬだけだ」

慌ただしい二人の様子を眺めつつ、ルフェーヴルは待つ。

通信を終えたアリスティードがルフェーヴルの名を呼んだ。

「ルフェーヴル、帰還早々で悪いが偵察を頼む。ヴェデバルド王国軍がどのような意図で山に火を放ったのか調べて来てくれ」

ルフェーヴルは頷き、天幕を出る。

自分の天幕へ一度戻り、そこからスキルを使用し、転移魔法でヴェデバルド王国軍の拠点近くへ飛んだ。

ヴェデバルド王国側の拠点も大騒ぎになっていた。

兵達が忙しなく行き来している中をルフェーヴルは進む。

通り過ぎていく兵達の表情は暗かった。

王太子の天幕に着くと、中から声がした。

「殿下、何故山に火を放ったのですか!」

貴族の一人だろう者の声に、王太子の返答が聞こえる。

「仕方がないだろう。ファイエット王国軍もあの山にいたのだ。あのままでは高所を取られ、あそこから攻撃されるかもしれない。それならばいっそ山を使い物にならなくしてしまえば、あそこから攻撃される心配はなくなる」

「しかし、あの山には我が軍の兵もおりました! せめて自軍の者には伝え、退却させてからでも遅くはありませんでした!」

「自軍の退却で勘付かれたらどうする? おかげでファイエット王国軍の兵にも多少は損害を出せたではないか」

王太子は悪びれもなく話しているようだった。

自軍の兵がどうなろうと、この王太子にとっては興味がないのだろう。

……同じ王太子でもアリスティードとは大違いだねぇ。

「ですが、山に火を放ったことで両軍の兵が下りてきて、右翼軍は混乱する結果となってしまいました! 先ほどのファイエット王国軍との戦いと山火事で右翼軍の半数近い損害が出ております!」

「だから何だと言うのだ? 兵など、いくらでも徴兵令で連れてくれば良い」

「確かに、陛下より追加で増援部隊を送っていただけることにはなっておりますが、しかし……!!」

「ええい、喧しい奴め! 私の判断に不服を唱えるとは不愉快だ! しばらく下がっていろ!!」

「殿下……!!」

天幕の中が一際騒がしくなった後、出入り口の布が開き、中年の貴族の男が兵士達の手で天幕の外へと放り出された。

……増援部隊は厄介だねぇ。

今、ファイエット王国軍とヴェデバルド王国軍は同数の兵士で戦い、ファイエット王国軍が優勢ではあるものの、ここに増援されるとさすがのファイエット王国軍でも苦しくなる。

数日以内に増援が来るとしたら、それまでに決着をつけなければ戦況は厳しくなるだろう。

よろよろと立ち上がった貴族の男が悔しそうな顔で天幕から離れていった。

「皆、そう不安がるな。父上が増援をこちらへ向かわせている。あと五日も耐えれば追加の兵が到着し、こちらが優位になる。それまでは何としてでもファイエット王国軍を抑え込め」

まだ中に残っている他の貴族達へ向けたものだろう王太子の言葉に、ルフェーヴルは考える。

……あんまり時間はなさそうだねぇ。

風に乗って僅かに焦げくさい臭いが鼻を掠める。

川の向こうではヴェデバルド王国軍が火を放った山が、まだ燃えていた。

この分だと一晩中、燃え続けるかもしれない。

幸い、この土地は両側を川に挟まれているため、他の土地まで延焼する可能性は低いと思われるが、兵達のいる平地まで、風に乗って火が広がるかもしれない。

アリスティードもそれを理解しているから、魔法士達に放水をさせ、少しでも火事を食い止めようとしているのだろう。

「右翼の減った分は中央と左翼から上手く配分すればいい。今度は土壁を二重に作れ。ファイエット王国の王太子は慎重な性格のようだからな、二、三日は様子見で動かずにいるだろう」

……その土壁の攻略法はもう分かってるんだけどねぇ。

それ以降は特に重要な話もなく、貴族達が天幕を出て行ったので、ルフェーヴルもその場を後にした。

ヴェデバルド王国軍から離れた場所で転移魔法を発動させ、自分に割り当てられた天幕へと戻ってくる。

その足でルフェーヴルは会議用の天幕へ向かった。

「ルフェーヴル=ニコルソン、ただいま戻りました」

「ご苦労。報告をしてくれ」

天幕に入るとすぐにアリスティードに報告を催促された。

アリスティードやロイドウェルだけでなく、他の貴族達もやや疲れた様子なのは、今回の山への放火のせいで混乱が起こったからというのもあるだろう。

ヴェデバルド王国軍や山に火を放ったことは、ファイエット王国軍の兵士達にとってもかなり衝撃的な行いであった。

両軍の兵がいると分かった上で火をつけたのだ。

ルフェーヴルはヴェデバルド王国軍の拠点で見聞きしたことを、その場で詳細に報告した。

「人としてどうかしている。それに、今回の放火の件は戦時法に違反する行為だ」

アリスティードが苦虫を噛んだような顔をする。

民を大事にするアリスティードからしたら、ヴェデバルド王国の王太子の行いは理解出来ないのだろう。

「しかし、ヴェデバルド王国は戦時法の宣誓をしておりません。つまり向こうは戦時法には従っていないということです」

「ああ。……宣誓していない以上、ヴェデバルド王国は戦時法に則る必要はない。戦後、周辺国から非難されるだろうがな」

ロイドウェルの言葉にアリスティードも頷く。

これを狙っていたのか、それとも偶然なのか、王太子は戦時法の宣誓をしなかったので、ヴェデバルド王国が戦時法を無視してもこちらはそれを責めることは出来ない。

逆にこちらが戦時法を無視した場合、向こうはそれを指摘してくるだろう。

「それよりも、ヴェデバルド王国側に援軍が来るほうが問題だな」

「我が軍も陛下に進言し、兵を増員するのはいかがでしょう?」

「近隣の領主に要請することは可能だが、連絡を取り合い、準備を整え、ここへ到着するまでに五日以上は確実にかかる。たとえ既に準備を終えていたとしても到着後にそのまま戦場に立つのは兵士達の体力的にも厳しい」

ルフェーヴルの転移魔法でも、さすがに大勢を遠くまで運ぶのは難しいし、転移魔法が使えることは他人に知られては色々と問題がある。

シンと天幕の中が静まり返る。

「……そうなりますと、援軍が到着する五日後までに勝敗を決さねばならないということになりますな」

辺境伯が軽い調子で言うが、誰も笑うことはなかった。

「あちらは五日後まで何とか現状を維持しようとするでしょう」

「……攻勢に出るしかありませんね」

「現状、こちらの軍のほうが多少優勢です。数も敵軍に比べて残っておりますし、そうするのが最善かと……」

貴族達の言葉にアリスティードが立ち上がった。

「明日、こちらから攻勢に出る」

猶予は五日──……いや、明日になれば四日。

その間にヴェデバルド王国に打ち勝たねばならない。

アリスティード達の議論は白熱し、翌日の攻撃をどのように行うか話し合い、そして決定した。

明日の戦いは全部隊を投入する。

ルフェーヴルも遊撃部隊を率いて戦場にもう一度出る。

「明日、遅くとも明後日のうちに決着をつけるしかない」

アリスティードの言葉に全員が頷いた。

……リュシーにも伝えておかないとねぇ。

明日は刺激的な一日になりそうな予感がした。