軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境戦二日目 / 三日目

二日目、両軍が衝突したのは昼頃のことだった。

睨み合っていた中で先に動いたのはヴェデバルド王国軍で、それをファイエット王国軍が迎え撃つ形で始まった。

正面と左右軍、全てがぶつかった。

戦いは三時間ほど続いたものの、ヴェデバルド王国が戦線から若干下がり気味で、ファイエット王国軍が優勢であることに変化はない。

前日のうちに防衛線を築いていたようでヴェデバルド王国は魔法で固めた土壁の向こうに退き、そのまま、また両軍が睨み合うことで本日は終了した。

ルフェーヴルはその報告をアリスティードの斜め後ろに立って聞いていた。

……土壁ねぇ。

壁を壊すこと自体は容易いけれど、壁が崩れた瞬間にヴェデバルド王国軍が突撃してくるだろう。

こちらの軍とて無用に兵を失いたくない。

「──……以上が本日のご報告となります」

「今日も損耗は二割か……」

「正面はその程度です。左右軍は軽微とのこと、今夜中に治療が終われば、兵達も明日には持ち場に戻れるそうです」

後方の支援部隊は今頃、大忙しだろう。

昼間も夜も、治療師達は戦で怪我を負った者達を魔法で癒さなければならないし、物資の補給部隊も昼夜を問わず活動している。

戦争が長引けば兵達は弱り、士気も下がる。

出来るなら早くに勝敗を決するほうが良い。

「だが、ヴェデバルド王国軍が土壁を築いている以上、下手に近づかないほうがいい。隙間から矢を射られたり、攻撃魔法を使われたりしては厄介だ」

「……籠城戦に近い状態になりますね」

「明日は一日、睨み合いで終わるかもしれない」

アリスティードや辺境伯達が話しているのを、ルフェーヴルはどこか退屈しながら聞く。

戦い方などいくらでもやりようはある。

敵軍の頭上に大量の水を生み出して押し流したり、魔法士達全員で水の槍を生み出し、土壁ごと破壊する。敵軍は 泥濘(ぬかる) みで動きが鈍るので、こちらは遠距離で矢を射るか魔法を撃ち込めば安全に戦える。

油か酒気の強い酒を入れた瓶を土壁の向こうに大量に投げ入れ、割れたところで火魔法を撃ち込むことも効果的だろう。土壁の向こうは火の海になるが、こちらの軍に被害は出ない。あとは敵軍が焼け死ぬのを待つだけだ。

他にも方法はいくつかあるが、どれもアリスティードが言うところの『戦時法』に引っかかるのでルフェーヴルは黙っていた。

「ルフェーヴル」

アリスティードに名を呼ばれてルフェーヴルは短く返事をした。

「はい」

「明日、膠着状態になっている間に敵軍の偵察を頼む」

「かしこまりました」

……明日はそんなに退屈しないで済みそうだねぇ。

ジッとルフェーヴルに集まった視線に、アリスティードが説明をする。

「ニコルソン子爵は偵察・情報収集能力に優れている。あちらが今後どう動くか知っておいて損はないだろう。この男が姿を隠したら、見つけられる者などそういない」

「敵軍の情報を得られるのは願ってもないことですな」

そういうわけで、ルフェーヴルは翌日、ヴェデバルド王国軍の様子を見に行くことが決定した。

その後は、今後について話をしたものの、ルフェーヴルが得てくる情報次第ということになり、あっさりと会議は終了した。

ファイエット王国軍が優勢だからというのあるだろう。

アリスティードが席を立ち、ルフェーヴルが後を追う。

ロイドウェルはまだ会議室用の天幕に残るようだ。

恐らく、近隣の村や街から届く補給物資の確認や振り分けなどの仕事があり、それを終えた後に報告をしにアリスティードの下へ来ると思われる。

側近兼護衛のルフェーヴルは天幕へ戻るアリスティードについて行き、王太子用の天幕へ到着する。

アリスティードが中へ入りながら手招きするので、ルフェーヴルも天幕へと入った。

アリスティードが靴を脱ぎ、クッションの置かれた絨毯の上に座る。

ルフェーヴルも同様に絨毯に座ったが、靴を履いたままの足は絨毯の外へ投げ出してある。

クッションを一つ抱え、アリスティードが肩の力を抜く。

「ルフェーヴル、あまり会議中に退屈そうにするな」

アリスティードの注意にルフェーヴルが肩を竦めた。

「だってつまんないのは事実だし〜」

「気付いたのが私だけだから良いが、もし他の者達が知ったら責められるぞ」

「だから顔だけは真面目そうにしてたでしょぉ?」

「そういう問題ではない」

そもそもルフェーヴルが退屈しているかどうか気付けるほど付き合いが長いのは、アリスティードくらいである。

ルフェーヴルは空間魔法から携帯食料と水を取り出し、かじった。パキリと小気味良い音がしてビスケットが割れる。

ほのかにチョコレートの香りがする堅いビスケットをザクザクと噛み砕き、適当に水で胃に流し込む。

王太子用の天幕でさっさと食事を摂る、その自由な姿にアリスティードが呆れた顔をする。

「それで、会議中に何を考えていた?」

口の中のものを飲み込み、ルフェーヴルが返す。

「土壁の向こうの敵をどうやったら殺せるか考えてただけだよぉ。まあ、戦時法がなければって話だけどねぇ」

「……実行するなよ?」

「ソレは『やれ』って意味〜?」

「そんなわけあるか。言葉通りの意味だ」

と言いつつも、アリスティードは訊き返してきた。

「どんな方法を思いついた?」

ルフェーヴルはとりあえず、思いついたいくつかの案をアリスティードへ話したが、聞き終えたアリスティードの表情は険しかった。

「お前が味方で良かったと言うべきか……」

「なぁんか含みのある言い方だねぇ」

「正直、お前のその容赦のなさには味方でも引くぞ」

そう言いながらアリスティードが若干身を引く。

だが、話している最中に止められなかったということは、アリスティードもルフェーヴルの案に興味があったのだろう。

けれども意外にも話した案は否定されなかった。

「でもさぁ、このまま土壁挟んで睨めっこ〜ってのを続けるつもりはないでしょぉ?」

「ああ。さすがに敵軍を火の海にするとか、大量の水で押し流して溺死させるとかはしないが、土壁を水で崩して泥濘みにするのは良い方法かもしれない。ただ、そうなると自軍も前進出来ないが……」

「じゃあいっそ、土魔法で泥濘みごと敵軍の足を固めて動けなくしちゃえば〜? それなら殺傷力はないから戦時法に引っかからないよねぇ」

「……本当にお前は嫌な戦術ばかりすぐに思いつくな……」

土魔法で泥の水分を飛ばして足ごと固めればいい。

泥は水分が多いとへばりつくし、水分がなくなるとかなり固くなる。また水分をかけて泥に戻すか、魔法で固まった土を崩せば簡単に動けるようになるのだが、全ての兵が魔法を扱えるわけではない。

戦場で足が動かせなくなった時、それを瞬時に判断し、実行出来る者がどれだけいるか。

大抵の者は混乱し、固まった土から足を引き抜こうとする。その混乱と判断が隙となる。

身動きの出来ない敵軍を遠くから攻撃してもいい。

敵軍はただの的と成り果てるだろう。

「だけど、この方法だと個々で武勲は立てられないしぃ、敵軍の兵を全員捕縛するって話になるしぃ、縛り上げた後に足元を泥に戻すか崩さなきゃいけないから手間はかかるけどねぇ」

だからルフェーヴル自身は実行する気はない案だった。

「一時的な足止めに使うなら有効だな」

「そうだねぇ、使うとしたらそのくらいかなぁ」

ビスケットの最後の一欠片を食べ終え、ルフェーヴルは立ち上がった。

「それじゃあ、また明日〜」

ひらりと手を振り、天幕の外へ出る。

見上げた空には細い月が浮かんでいた。

* * * * *

三日目、戦況は動かなかった。

ヴェデバルド王国軍は相変わらず土壁の向こうにおり、ファイエット王国軍も様子を窺っている。

だが、ある意味ではこの睨み合いは良い機会ではあった。

この二日で疲労し、傷を負った兵士達を癒す時間も出来た。

夕方、日が沈みかけた頃、アリスティードの命令でルフェーヴルは動き出した。

スキルを使って姿を消して、敵の拠点へ向かう。

新月の前日で、山の少し上に出た月はとても細い。

スキルを使用すれば誰からも気付かれることはないが、隠密行動をするのはやはり月のない晩か、その前後くらいがいい。

戦場を越え、敵軍が築いた土壁を越えると、壁の向こうには監視役のヴェデバルド王国軍兵士がそれなりにいたが、半数近くが居眠りをしていた。

……こっちの兵士はあんまり士気が高くないみたいだねぇ。

夜間はまず戦闘が起きないという油断もあるのだろう。

兵士達の頭上を飛び越えた後は自身に身体強化を使い、駆けて行く。

大きな魔法を使えばヴェデバルド王国の魔法士に気付かれる。

しばらく走り、川にかかった橋を越え、また走る。

遠くにある野営の焚き火が良い目印だった。

野営近くまで来ると走るのをやめ、更に足音を消して近づいて行く。

兵士達は疲れた様子で焚き火を囲んでいたり、その辺りに布に包まって眠っていた。兵士用の天幕の数が少ないように思う。

……ケチったのかねぇ。

ヴェデバルド王国軍の数はファイエット王国軍とほぼ同じのはずだが、それにしては兵士用の天幕は少なく、これでは兵士達がギュウギュウに身を寄せ合って過ごすことになる。

兵士達の疲れが取れるはずもなく、疲れた雰囲気が漂っている。

そんな兵士達の間を抜けて、貴族用か王族用だろう天幕へ進んで行く。

いくつか立ち並ぶ貴族用の天幕は、兵士達向けの天幕よりもしっかりとした布地で綺麗だった。明らかに兵士達の天幕は低予算で作られたものだと分かる。

天幕の一つのそばで耳を澄ませてみたものの、音はしない。

いくつかの天幕で同様にしてみたが、皆、天幕にはいないようだった。

そうして更に奥にある大きな天幕へと向かった。

他の貴族用の倍はあろうかという大きな天幕は、近付くにつれて賑やかな声が聞こえてくる。

天幕の出入り口の布は上げられていたため、ルフェーヴルはそこから悠々と中へ入ることが出来た。

周辺にヴェデバルド王国の影の者達らしき気配はするが、それらを含めて、誰もルフェーヴルに気付いた様子はない。

そうして、天幕の中の様子を見たルフェーヴルは呆れた。

天幕の中ではヴェデバルド王国の王太子と数名の貴族達が、戦場の、それもまだ戦時中だというのに、まるで祝勝会でもしているかのように酒を飲み、料理を食べ、騒いでいる。

しかも国から連れて来たのか、王太子の左右には見目の良い女達がおり、媚びた表情と声で王太子にしなだれかかっていた。

「土壁を立てたのは上手くいきましたな、殿下」

「あれのおかげでファイエット王国軍の攻撃も止みました」

「きっと、どう攻めるか考えあぐねているのでしょう」

「殿下のご判断のおかげですな」

酒を飲み、貴族達が口々に王太子を褒め称える。

あからさまなご機嫌取りだが、王太子は満足そうな様子で鷹揚に頷いた。

「うむ、それで新しい策を考えた。平地で両軍が睨み合っている間に、北側にあるあの山に兵を密かに送るのだ。あの山は険しいようだが、高所から敵軍の様子を確認出来る上に、攻撃をするにも有利だろう」

「なるほど、それは素晴らしい案ですな!」

「ファイエット王国軍が土壁に集中している間に、我々があの山を手に入れ、そこから魔法で攻撃を行えば、右翼軍が動かずとも向こうの兵を頭上から蹴散らすことが出来ましょう」

「その通りだ。なかなかに分かっているではないか」

その話にルフェーヴルは北側にそびえる山を思い出す。

ルフェーヴルも一応、地形を確認するために昼間に山へ少し行ったが、あの山は傾斜がきつく、人の手が入っていないのか木々が密集していて動きにくい。

あそこを甲冑を着た兵が動き回るのは厳しいだろう。

そうなると兵士の中でも弓兵や魔法士が主になるはずだ。

「明日の夕方、密かに兵達を山へ潜伏させるのだ」

しばしその場に留まり、相手の情報を得てからルフェーヴルは自軍へ戻ったのだった。

敵軍から少し離れた場所で転移魔法を使い、己の天幕へ戻ってきたルフェーヴルはスキルを切り、天幕を出る。

そのまま真っ直ぐにアリスティード達のいる会議室用の天幕へ行った。

「ルフェーヴル=ニコルソン、帰還いたしました」

天幕へ入りつつ声をかければ、その場にいた全員が振り向く。

「偵察ご苦労。どうだった?」

「いい情報を手に入れました」

ルフェーヴルは先ほど聞いてきたばかりの情報を話した。

明日の夕方、ヴェデバルド王国軍が北側の山に兵を送り込むこと、その大まかな人数、兵種、目的などを報告する。

話を聞き終えたアリスティード達の判断は早かった。

「私達も北側の山に兵を送ろう。高所を奪われるのはまずい。あそこからではこちらの動きが丸見えだ」

「そうですね」

「軽装甲の兵と魔法士を組ませて行かせましょう」

「場合によっては山から下りてきた兵が合流する可能性もありますので、山側の左翼は兵を待機させておきます」

というわけで、こちらも山に兵を出すことが決まった。

話が落ち着くとアリスティードに問われる。

「ヴェデバルド王国軍の様子はどうだった?」

「あまり士気は高くないようです。兵用の天幕も粗雑なもので、兵達は疲労が滲んでいました。それに比べて王太子と貴族達の天幕はかなり質が良く、酒を片手に女をはべらせて小さな宴をしておりました」

アリスティードが眉根を寄せて黙った。

他の貴族達も同じように不快感を露わにした表情だ。

ファイエット王国軍に対して簡単に勝てると思っているのか、それとも、自分達が負けるはずがないという自信に繋がる何かがあるのか。

どちらにせよ、勝ったわけでもないのに戦地で宴を開くなど、どうかしている。

「……我々は気を引き締めて戦いに臨もう」

アリスティードの言葉に、その場の全員が大きく頷いた。