軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚パレード

そうして、屋敷に来てから二度目の冬が過ぎた。

ルルは隷属魔法を自身に施してから半月ほどは暗殺者の仕事を休んでいたけれど、体に異常がないことが分かるとまたすぐに仕事を再開した。

もし仕事中に倒れたらと心配したが、それは杞憂だったようで、ルルは毎日元気そうである。

むしろ隷属魔法を施してからは機嫌が良い。

「屋敷の敷地くらいの範囲内なら、リュシーの居場所が分かるようになったよぉ」

と、ルルは言っていた。

これまで、ルルがわたしを探す時は探知系の魔法を使用して『魔力のない場所』を特定していたらしいが、この方法だと魔法に長けた者が発動させた魔法に気付くらしい。

だから常にどこでも自由に使えるわけではない。

しかし隷属魔法を刻み込んだからか、その後、ルルはわたしの居場所が多少離れていても正確に分かるようになったそうだ。

……まあ、大体一緒にいるんだけどね。

わたしの位置が分かることが、ルルは嬉しいようだ。

屋敷の外へ勝手に出るつもりはないし、別にルルに居場所を知られていて困ることもないので、ルルが喜ぶならそれでいいと思う。

あと、ルシール=ローズの仕事も再開した。

ただし常にルルがスキルを使用してそばにいる。

週に一度なのでルルが暗殺者の仕事を調整してくれて、わたしが出仕する日は護衛としてこっそりついて来て、二人で登城している。

ちなみにルルが認識阻害のスキルを使用した状態で護衛としてついて来ていることは、宮廷魔法士長様も知っている。

もちろん、お父様とお兄様も了承済みだ。

週に一度の出仕はいい気分転換にもなる。

時々、仕事の後にルルの転移魔法でお兄様の離宮へ遊びに行ったり、王都で少しだけルルとデートしたりもする。

そんなふうに何事もなく穏やかな日々を送り、雪が解けた頃、通信用魔道具での定期連絡でお兄様が教えてくれた。

「来月の上旬頃にエカチェリーナと結婚する」

王太子と公爵令嬢の結婚式となれば盛大なものになる。

そのため、お 義姉様(ねえさま) が卒業してから今までの一年は式の準備で忙しかったらしい。

お兄様とお義姉様と二人であれこれと話し合って、協力して準備を整え、やっとの結婚式である。

「おめでとうございます、お兄様!」

「そうなんだぁ、おめでと〜」

喜ぶわたしと興味なさげなルルを見て、お兄様が小さく笑った。

「二人ともありがとうな」

わたしはお兄様達の結婚式に出ない。

もう降嫁した身だし、このまま人々の記憶から『旧王家の生き残りの王女』なんて消えてしまえばいいのだ。

ルルも出席しないそうだ。

その代わり、結婚後に落ち着いたら身内だけの小さなお茶会をする予定だ。

「当日、やっぱりパレードをするんですか?」

「ああ、式の後に馬車に乗って、エカチェリーナと共に大通りを回って、軽く王都を一周して城へ戻る予定だ」

「……大変そうですね」

王都は広く、人々が通りに押し寄せることを考えると馬車もゆっくり進むだろうから、きっと一周でも数時間はかかる。

思わず呟いたわたしにお兄様が苦笑する。

「夜会もあるから忙しい一日になるだろうな」

昼間は結婚式を挙げて、パレードを行い、夜は改めて貴族達を招いての舞踏会。

お兄様もお義姉様も休む時間はなさそうだ。

式の翌日からは三日ほどお休みをつくるらしいが。

「私もエカチェリーナも式日の前数日は特に忙しいから、式後の数日は絶対に仕事を入れないと二人で決めた」

お兄様はとても真面目な顔でそう言った。

よほど忙しいのだろう。

「それで、しばらく連絡は出来ないと思う」

「はい、分かりました。体調を崩さないよう、お兄様もお義姉様も気を付けてくださいね。出席はしませんが、良いお式となることを願っています。お義姉様にもよろしくお伝えください」

「ああ、それじゃあまた」

その定期連絡から一週間後。

王太子と公爵令嬢の結婚が公表された。

* * * * *

二人の結婚について公表されてから更に一週間後。

ついにお兄様とお義姉様の結婚式の日が訪れた。

ルルはいつも通りだったけれど、やっぱり、わたしはそわそわしてしまう。

お兄様の話では午前中から式を挙げて、その後、パレードを行うことになっているそうなので、今頃は二人で式に臨んでいるだろう。

立ったり座ったりと落ち着かないわたしにルルが笑う。

「リュシー、そんなに心配しなくても大丈夫だよぉ。沢山の護衛がいるしぃ、あの二人なら式の途中に刺客に襲われても問題なく処理出来るってぇ」

「そういう心配はしてないよ。お兄様もお義姉様も強いし」

「じゃあ何の心配〜?」

不思議そうに訊き返されて、ルルの隣に座る。

「お兄様もお義姉様も失敗なく式が無事終わればいいなと思って。大勢の貴族に見守られる中での式だから緊張するし」

ルルが傾げていた首を戻す。

「あの二人はそういう緊張での失敗はあんまりしないんじゃなぁい? もし失敗したとしても『何もありませんでした』って顔であっさり流しちゃうよぉ、多分」

「ふふ、確かに」

想像したら少しおかしくて笑いが漏れた。

お兄様もお義姉様も、緊張はするかもしれないが、たとえ何かを失敗しても堂々としているだろうし、お互いにフォローし合ってなかったことにしてしまいそうだ。

そう思うと気持ちが和らいだ。

……お兄様とお義姉様、どんな格好なのかなあ。

恐らくお義姉様は純白のドレスだ。

お兄様も王太子に相応しい華やかな装いだろう。

美男美女の二人が並んだ姿は話題になるはずだ。

王太子と王太子妃の肖像画も恐らく出回る。

それに思いを馳せているとルルが立ち上がった。

「そんなに気になるなら、見に行っちゃう?」

ルルの言葉に驚いた。

「え? でも、出席しないって言ってあるし……」

「式には出席しないって言ったけど、パレードも見に行かないとは言ってないでしょぉ?」

わたしへ手を差し出しながらルルがニッと笑う。

「こっそり転移して、ちょ〜っとだけ眺めてくるくらいならいいんじゃなぁい? リュシーだって本当は見に行きたいんでしょぉ?」

図星を指されて思わず押し黙る。

……だってお兄様とお義姉様の結婚なのだ。

気にならないほうがどうかしている。

「……見に行ってもいいのかな……」

式に出席しないと決めたのに。

躊躇うわたしの手を、ルルの手が握った。

「どうせみんな見に行くんだから、一人か二人それが増えたって誰も怒らないよぉ」

軽く引っ張られて立ち上がる。

メルティさんが近付いてきて、まるで示し合わせていたかのようにローブをわたしへ着せた。

驚いているとリニアさんとメルティさんが微笑んだ。

言葉はなかったけれど、行ってらっしゃい、と言われた気がした。

ルルも空間魔法でローブを取り出し、着て、フードを被る。

「行こう、リュシー」

ルルのはっきりした言葉にわたしは頷いた。

「……うん、連れて行って、ルル」

「りょ〜かぁい」

口角を引き上げたルルに抱き寄せられ、すぐにふわりとした浮遊感に襲われる。

見慣れた屋敷の居間が、一瞬で青空へと変わった。

ルルがギュッとわたしの腰を抱いて支えてくれる。

見回せば、そこは建物の屋根の上だった。

いつもルシール=ローズとして出仕する時に使っている屋根で、多分、この建物の家主はわたし達がこうして利用しているのは知らないだろう。ちょっと申し訳ない。

「移動するよぉ」

声をかけられ、頷けば、横抱きにされる。

恐らくルルはもうスキルを発動させているのだろう。

「しっかり掴まっててねぇ」

言われてルルの首に腕を回す。

わたしを軽く抱え直し、ルルが走り出す。

人間を一人抱えているとは思えないほど速く風を切って走り、屋根と屋根との間を飛び越えるのは、何度経験しても凄いと思う。

それでいてわたしを抱える腕はがっちりと固定されているので落とされるかもしれないという恐怖はない。

「ちょ〜っと飛ぶから舌噛まないようにねぇ」

ルルが詠唱を囁く。

グッと体に重力がかかった。

でもそれは一瞬で、今度はぶわりと強い風が吹き、跳躍したルルごと上空へと高く飛び上がった。

恐怖よりも懐かしさを感じた。

数秒の浮遊感の後にルルがどこかに着地した。

顔を上げればルルが視線を遠くへ巡らせている。

「……あ〜、いたいたぁ」

ルルの視線を辿り、眼下の景色を見てギョッとする。

どこに着地したのかと思えば、そこはわたしが洗礼を授かったあの教会の塔の上だった。

……これ、色々とまずいのでは……!?

内心で焦るわたしを他所にルルが言う。

「アリスティード達見つけたら、下りるよぉ」

先ほどは勢いよく上がったが、今度は落下するつもりらしい。

ルルは階段でも下りるような軽い動作で塔の上から足を踏み出した。咄嗟にギュッと抱き着けば、耳元で小さく笑う声がする。

すぐに風魔法が発動し、落下速度が緩やかになり、音もなく着地した。

ルルがまた屋根の上を駆け出した。

しばし走って、それからルルが立ち止まる。

「リュシー、着いたよぉ」

声をかけられて顔を上げる。

そっと下ろされ、足元を確認しつつ、足をつける。

大通りに面した建物の屋根の上だ。

「もうすぐ二人の乗った馬車がココを通るよぉ」

わたしが落ちないようにルルの腕が腰へ回される。

大通りの左右は既に多くの人々で埋め尽くされていて、通りの建物の窓も半分くらい人がいる。

どこにこれほど多くの人がいたのかと思うほどだった。

人々の賑やかな話し声は明るく、楽しげで、お兄様やお義姉様が通るのを今か今かと待ち侘びている様子だ。

みんながお兄様とお義姉様の結婚を好意的に思ってくれているのだと分かると、嬉しさと共に心に込み上げてくるものがある。

「来た来たぁ」

ルルの声に導かれて首を動かす。

大通りの先から、馬車がゆっくりと現れた。

黒塗りのしっかりとした馬車は大きく、屋根のないそれはパレードのためのものだと一目で分かる。四頭の、これまた体格の良い馬が馬車を引いていた。

御者がいて、馬車に乗っているお兄様達が見える。

お兄様は真っ白なタキシードに真っ白なマントを羽織っているが、マントの裏は真紅で、随所に金糸や金のアクセサリーをつけており、艶やかな黒髪は少しだけ編んでいるが、ほとんど下ろしてあった。真っ白な衣装に漆黒の髪がよく映えている。

お姉様も真っ白いドレスだった。右胸に大きなバラのコサージュがついており、胸元から腰くらいまで繊細な刺繍があって、腰から足元へ斜めに大きなバラで切り替えられ、下は何段ものフリルのスカートだ。ブーケや装飾品は青で統一されていた。

装飾品にお互いの色を入れていて、微笑む二人が沿道の人々へ手を振っている。

振っていないほうの手はお互いに繋がれていて、ふと二人が顔を見合わせるとどちらからともなく柔らかく笑い合う。

とても、幸せそうな光景だった。

馬車がゆっくり通ると人々の歓声が上がる。

沢山の声はどれも結婚を祝福するものだ。

気付けば涙がこぼれていた。

しっかりとこの光景を目に焼き付けたいのに、視界が滲んでしまう。

それでも、涙を拭うことも忘れて二人が乗った馬車を見送った。

「……幸せそうだったねぇ」

わたしを後ろから抱き締め、ルルが言う。

ハンカチが優しく頬に当てられて、受け取り、思わずそれに顔を埋めた。

呼吸が震える。

……良かった……。

お兄様は、お義姉様と婚約する時に「恋愛ではなく実力で選ぶ」と言っていたけれど、だからと言って二人の間に愛情が不要というわけではない。

二人はきちんと信頼関係を築き、愛情を築いている。

わたしとルルのような重く激しいものではないのかもしれないが、確かに、互いを気遣い合う視線には愛情があった。

原作の乙女ゲームと違う展開になり、ヒロインのオリヴィエ=セリエール男爵令嬢がいなくなって、色々と不安も感じていた。

ファンディスクの内容も分からないままだったし、原作以上の先のことは分からない。

でも、お兄様はお義姉様と幸せそうだった。

ヒロインが相手でなくても、お兄様やロイド様達はきっと幸せになれるのだと思うと、心のどこかでホッとするわたしがいた。

「帰ろっか、リュシー」

ルルの言葉に頷いた。

そっと抱き締められ、ルルが詠唱を行う。

慣れた浮遊感に目を閉じる。

……いつまでも二人が幸せに暮らせますように。

目を開ければ、屋敷の居間に戻っていた。

「連れて行ってくれてありがとう、ルル」

見に行けて良かった。

「どういたしましてぇ」

そう微笑んだルルも幸せそうで。

きっと、今、わたしも同じ表情なのだろう。

誰かの幸せは他の誰かに伝わっていく。

とても温かくて優しい気持ちだった。