軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宝物は光の中に

「──……シー、リュシー」

柔らかな声に名前を呼ばれてハッと飛び起きた。

いつの間にか眠ってしまったらしい。

慌てて顔を上げれば、ベッドの上でルルが上半身を起こしてわたしを見つめていた。

ルルが倒れてから五日目の朝だった。

「おはよぉ、リュシー」

まるで何事もなかったかのように朝の挨拶を言うルルが、カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びて、眩しかった。

柔らかな茶髪がキラキラと輝いている。

……ルルが目を覚ました……!!

「ルル!!」

思わずルルに抱き着いた。

数日眠っていたルルだけれど、勢いよく抱き着いたわたしを難なく受け止めてくれる。

「ルル、ルル……!!」

泣くわたしを抱き締めながらルルが笑う。

「ごめんね、リュシー」

よしよしと背中を撫でられて、その手の温もりに余計に涙が止まらなくなる。

わたしがわんわん泣いていると、部屋の隅にいたヴィエラさん達も目を覚ましたようだった。

どうやらみんなして眠ってしまったらしい。

すぐに立ち上がった使用人の一人がルルを診る。

その間も、わたしはルルと繋がった手を離せなかった。

これが夢なのではないかという不安があったから。

そんなわたしの不安にルルは気付いていたのか、片手が使えなくて不自由だろうに、手を離さずにいてくれた。

「……驚きました。健康そのものです」

そう言った使用人は酷く不思議そうな顔をしていた。

でも、ルルは意味深に微笑むだけだった。

「もう動いてもいいでしょぉ? 入浴したい」

「その前に一応治癒魔法をかけておきましょう。大事をとって、数日は安静にしてください」

「ええ〜」

四日も寝込んでいたことなど感じさせないくらい、ルルはいつも通りである。

「ルル、お願い、数日は無理しないで」

何かあったらと思うと心配で仕方がない。

わたしの言葉にルルは頷いた。

「リュシーがそう言うなら」

そうしてヴィエラさん達が一度下がる。

部屋の中にわたしとルルだけになった。

「……成功、したの?」

ルルが「うん」と大きく頷いた。

わたしに合わせてか声量を落として言う。

「成功したよ」

ルルが着ていたシャツの前を寛げた。

鎖骨の下、拳一つほど空いたところが光り、魔法式が浮かび上がる。一目であの魔法式だと分かる。

そっと指で触れてもルルの肌の感触しかない。

でも、確かに、そこに魔法式があった。

「魂は大丈夫? まだ苦しかったり、痛かったりしない?」

「問題ないみたいだよ。痛くも苦しくもない」

「……良かった」

腕を回し、ルルにギュッと抱き着く。

掌から、触れた体から伝わってくるルルの鼓動や温もりが嬉しくて、どうしようもないほど愛おしくて、それなのに言葉に言い表せない。

ただただ「良かった」と繰り返すことしか出来ない。

……ルルが死んでいたらわたしも死んでいた。

この体から温もりが消えてしまう前に後を追っただろう。

……ルルが死ななくて良かった。

わたし自身の命を惜しんでではなく、ここでルルが死んでしまったら二度と出会えないかもしれない、ルルとの時間が永遠に失われるかもしれない。

それが何よりも恐ろしかった。

他の何を失うより、ルルを失うことのほうが怖い。

ルルがいなければわたしは生きていけない。

「これでオレは永遠にリュシーのものだよ」

わたしを抱き締めながらルルが囁く。

ルルの手がわたしの首に触れる。

「ねえ、リュシー。死んでも、生まれ変わって離れ離れになっても、必ず見つけ出す。それでまたオレと結婚して。……もし他の男と一緒になってたら殺すよ?」

首に触れる手に、緩く力が込められる。

それにわたしは笑って頷いた。

「うん、ルル以外と一緒にはならない。もしなっていたとしたら、その時は殺して。それは わたし(・・・) じゃないから」

たとえその時のわたしが他の人を愛していても、それは わたし(・・・) の望んだことではない。

わたしはわたしのままでいたい。

ルルを愛するわたしでいたい。

それ以外のわたしなんて、要らない。

「かわいい、リュシー」

ちゅ、と唇にキスされる。

それからルルはわたしを解放した。

「入浴してくるよぉ」

いつものゆるい口調に訊き返す。

「一人で大丈夫?」

「大丈夫〜」

寝込んでいたとは思えないほど軽い動作でルルがベッドから立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

けれども、立ち止まると振り向いた。

「リュシーも一緒に入る?」

それにわたしもベッドから立ち上がる。

「うん、入る」

ルルを一人にするのが心配だった。

……ううん、それもあるけど。

今は少しでもルルと離れたくない。

ルルがここにいるという実感が欲しかった。

* * * * *

目覚めてから三日。

ルフェーヴルの傍にはリュシエンヌがいる。

どうやら四日間も高熱と苦痛にうなされていたようで、ルフェーヴルはそのことに驚いたが、同時に納得もした。

……むしろ魂に干渉してよくそれだけで済んだなぁ。

魔法を使用した瞬間、激痛に襲われてルフェーヴルは気絶した。

苦痛にはそれなりに慣れているつもりではあったが、隷属魔法で魂に記憶や条件を刻みつけるというのは自殺行為に近かったかもしれない。

気絶している間のことは朧げに覚えている。

ずっと、リュシエンヌの気配を感じていた。

同時に言葉に言い表せないほどの痛みを全身に感じ、ルフェーヴルは自分で瞼を開けることも、指一本動かすことも出来なかった。

ただ、痛みの中で死なないために呼吸を繰り返す。

時折、口から苦い液体が入ってくる。

本能的にそれを飲み込んだ。

そうして痛みに耐えていると、何か温かなものがルフェーヴルの内側に触れる感触があった。

どこか神聖な気配のそれは女神だと気付いた。

そのすぐあとに、体が軽くなり、痛みが段々と和らいでいくのを感じ、ルフェーヴルはそれに感謝した。

今回だけだと女神はルフェーヴルに言った。

ルフェーヴルもこんなことをするのは今回だけにするつもりであったし、もう、これ以上自分の体に負担をかける予定もない。

あまり体に負担をかけすぎると早死にしてしまう。

瞼の裏に感じる明るさにルフェーヴルは目を覚ました。

カーテンの隙間から差し込む光が顔に当たっていた。

……体が軽い……。

起き上がり、乱れた髪を掻き上げると少しべたつく。

苦痛と高熱の中でかなり汗を掻いたようだ。

そこで、ふと片手が重いことに気が付いた。

見ればリュシエンヌが床に座り、ベッドへ突っ伏して眠っていたが、その手はルフェーヴルの手をしっかりと握っている。

眠っていても決して離すまいと握られた手の強さに驚いた。

しかし、すぐに喜びが湧き上がってくる。

……成功したのを感じる。

胸のうちに隷属魔法を感じる。

リュシエンヌこそが自分の主人だと魔法が伝えてくる。

ふと、リュシエンヌの目元にクマがあることに気付く。

元々寝付きの良いリュシエンヌは夜更かしが苦手で、昼寝もよくするので、クマなど見たことがない。

顔色もあまり良くなくて、恐らく、寝ずにルフェーヴルの看病をしてくれたのだろう。

名前を呼んで起こすと、リュシエンヌは目を覚まし、そしてルフェーヴルを見ると抱き着いて泣いた。

心配をかけてしまったのだと実感したが、泣くほど心配してくれたことが嬉しいとも思う。

それから医術に長けた使用人がルフェーヴルを診察したが、結果は健康そのものだった。

ルフェーヴル自身、苦痛で倒れたことなど気のせいかと感じるほどに体が軽く、体調もかなり良かった。

リュシエンヌと話をしてから入浴し、それから三日、病み上がりだからと言うリュシエンヌの言葉にしたがって安静に過ごした。

その間、リュシエンヌがあれこれと世話をしてくれて、尽くされるというのもそう悪くはない三日間だった。

だが、やはりルフェーヴルは尽くすほうが好きだ。

四日目にもう一度診察を受け、もう大丈夫だろうと言われたことでリュシエンヌはやっと安心したようだ。

一応、こういうことになるだろうと考えて二週間ほど仕事は入れずにいたが正解であった。

「リュシー、散歩に行こうよぉ」

そう言えば、リュシエンヌが顔を上げる。

「散歩? 外は雪が降ってるよ?」

「うん、でも、このままだと体が鈍っちゃうからさぁ、少しでいいから動きたいんだよねぇ」

リュシエンヌがそれに考えるような顔をした。

「……分かった。でも厚着してからね」

頷くリュシエンヌの額に口付ける。

「ありがと、リュシー」

その後、本当にとんでもなく厚着をさせられた。

寒さにもそれなりに強いので、そんなに厚着をしなくても問題ないのだけれど、リュシエンヌはルフェーヴルにこれでもかと着せた。

厚着をしすぎてちょっとモコモコになったルフェーヴルに、リュシエンヌは満足そうに頷いた。

そのリュシエンヌも厚着をしていた。

二人してモコモコになって中庭へ向かった。

途中ですれ違った女たらしが着膨れたルフェーヴルとリュシエンヌを見て小さく噴き出したが、兄弟弟子に殴られていた。

外に出ると、雪は止んでいた。

地面には薄く雪が降り積もっている。

「やっぱり外は寒いね」

はあ、と吐き出した息がうっすら白くなる。

ルフェーヴルはこういう寒い日が嫌いではない。

自分の吐き出した息が白くなり、それが空気にふわっと消えていく様子がなんだか冬らしいと思うのだ。

リュシエンヌと手を繋ぐ。

「転んだら危ないからねぇ」

繋いだ手にリュシエンヌが笑う。

「ルルの手はあったかいね」

「リュシーの手はちょっと冷たいねぇ」

でも、ルフェーヴルはその手を離しはしなかった。

薄く雪の積もった庭を二人でのんびり散歩する。

病み上がりのルフェーヴルを気遣ってか、リュシエンヌの歩みはとてもゆっくりで、ルフェーヴルも何も言わずにその歩みに合わせて歩く。

冬だから、庭先の彩りは少なく、眺めて歩くには物足りない。

白い雪が世界を覆っている。

白は好きだ。赤が映える。

仕事で暗殺対象を殺した時、真っ白な雪に赤い血がパッと広がる光景はわりと好きなほうだと思う。

はあ、と吐き出した息が消えていく。

冬の世界、特に雪に覆われた場所は音が少ない。

その静けさの中にいると自分と世界の境界が曖昧になる。

ふと横を見れば、リュシエンヌも庭を眺めていた。

何が楽しいのか微笑んでいる。

「あ、ルル、見て」

リュシエンヌが指差した先の木の枝に小動物がいた。

茶色のそれはリスだった。

枝の上で立ち上がってキョロキョロと辺りを見回している。

「リュシーとリスって似てなぁい?」

「え?」

リュシエンヌがキョトンとした顔で振り向く。

「ちっちゃくて、茶色で、動きがちょこちょこしてて、なんか小動物だなぁって感じがするよぉ」

「わたし、そんなに小さくないよ?」

確かにリュシエンヌはやや背が高いほうだ。

でも、何と言うか、動きが小動物みたいなところがある。

「そうだけどぉ、オレは似てるなぁって思うよぉ」

「ルルはリスのこと可愛いと思う?」

「ん〜、別に興味はないかなぁ」

ルフェーヴルの言葉にリュシエンヌが「そっか……」と残念そうに俯いた。

「でもリュシーはかわいいよぉ」

頭を撫でてやれば、リュシエンヌが顔を上げる。

その表情は先ほどと違って明るくなっていた。

「あ」

視界の端でリスが動き、枝から木の中へと入ってしまう。

それにリュシエンヌも顔を向けた。

「もう行っちゃった。……あのリスにも家族がいるのかな?」

「さぁ、どうだろうねぇ」

しばしリスのいた枝を眺めたあと、リュシエンヌが顔を戻した。

そうして、そのままリュシエンヌが空を見上げる。

ふっと辺りが明るくなった。

ルフェーヴルも顔を上げると、厚い雲が流れたようで、頭上に僅かだけれど切れ間が出来て、青空が覗いていた。

差し込む薄日がルフェーヴルとリュシエンヌに当たる。

それを見たリュシエンヌが笑った。

「わ、青空!」

嬉しそうに空を見上げるリュシエンヌにルフェーヴルも微笑む。

薄日を浴びて、リュシエンヌのダークブラウンの髪と琥珀の瞳がキラキラと輝いて見える。

寒いのか、少し鼻先が赤くなってしまっているのがかわいらしい。

「これから冬が深くなると青空もあんまり見れなくなっちゃうよね」

空を見上げたリュシエンヌがそう呟く。

繋いだ手に少しだけ力を入れる。

「来年の春にはまた青空が戻ってくるよぉ。……来年も、そのまた次の年も、一緒に春の青空を待とうよ」

リュシエンヌがルフェーヴルを見た。

琥珀の瞳に薄日が当たり、キラリと輝く。

「うん、そうだね」

無邪気に笑うリュシエンヌは綺麗だった。

……光差す世界で君と、かぁ。

ふとリュシエンヌから聞いた、ゲームの題名を思い出す。

確かに、この光にあふれた世界でリュシエンヌと過ごす時間は、ルフェーヴルにとって何よりも大切なものとなった。

……オレの世界はもう暗闇だけじゃない。

リュシエンヌと出会ってルフェーヴルの世界は変わった。

これからも、光差す世界で 君(リュシー) と共に。

ルフェーヴルは生きていく。

────悪役の王女に転生したけど、隠しキャラが隠れてない。続編(完)────