軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変装 / 和やかな一時

ルルがヴェデバルドへ出立する朝。

用意があるから、と言ったルルが寝室に着替えに行った。

それをドキドキしながら待つ。

あまりにわたしがそわそわするので、リニアさんが苦笑しながら紅茶を淹れてくれた。

わたしの好きなミルクティーだった。

いつもなら味わって飲むのだけれど、黒髪のルルを想像すると期待で胸がいっぱいになり、落ち着いて飲むことが出来ない。

何度もカップに口をつけては離し、置いてはまた持ち上げてを繰り返すわたしにメルティさんもリニアさんも微笑ましげな顔をした。

「リニアお母様とメルティさんは、ルルの変装、気にならないの?」

二人は即座に「気になりません」と頷いた。

どうやら二人には興味のないことらしい。

「それよりも私共はリュシエンヌ様のほうが心配です」

「宮廷魔法士見習いとして王城で働かれるのでしょう? リュシエンヌ様お一人というのが不安です」

リニアさんとメルティさんにそう言われて苦笑する。

「この指輪があるから大丈夫だよ」

指輪にかけられた魔法について二人は知っている。

それでも、やはりわたし一人というのは心配なのだろう。

……本音を言えばわたしもちょっとだけ不安はある。

今までずっとルルと一緒だったから、一人で行動して、一人で働くというのは色々と緊張するのだ。

だけど、それを言えば余計に心配させてしまう。

だから、わたしは笑顔を浮かべた。

「それに今回はやりたいこともあるし!」

まだお父様とお兄様には話していないけれど、以前作った通信用魔道具を改良して、別の通信用魔道具を作りたい。

今使っているものは映像と声の両方をやり取り出来るが、次に作りたいのは声だけのやり取りに限定するつもりだ。

……あれ、改良じゃなくて改悪かも?

元のものよりあえて性能を落とすのだ。

改良というのとは違う気がする。

「これを連絡手段として使用出来れば、地方の貴族とのやり取りが楽になるし、軍事面でも強みになるんだがな」

と、前にお父様が漏らしていた。

魔道具なので、さすがに平民にまで広めるのは難しいが、重要な役職の者同士の連絡のやり取りが即座に出来るというのは国にとって利点が大きい。

声だけのものなら今使っている魔道具よりも魔法式は単純で製造もしやすいだろう。

音声だけ送受信するものを国の連絡手段に使いたい。

そのことをルルに話すと、あっさり同意してくれた。

「それ、アサドも欲しがるかもねぇ」

「……いくつか作ってギルド長さんにも渡す? わたしとしてはルルがお世話になってる人だし、これからもお付き合いを続けていく人だから、お父様が許してくれるなら渡してもいいと思うよ」

「そうだねぇ、あっちも魔道具持ってれば何かと便利だし、かなり喜ぶんじゃなぁい? 依頼内容によっては書類で残すと面倒なものもあるしぃ」

そういうことで、お父様のお許しが出れば音声だけの通信魔道具を闇ギルドにも渡そうということになった。

その許可は今夜、通信して訊いてみるつもりだ。

許可がもらえたら、ルルが仕事で出掛けている間、わたしはルシール=ローズとして王城に通い、音声だけの通信魔道具の開発を行う。

音声のみのものも、映像と音声のものも、見た目はあえて同じにして、色だけを変更する予定だ。

お父様とお兄様もきっと音声だけのものも欲しがるだろう。

そして闇ギルドに持って行く時にはわたしもついて行く。

……夫をこれからもよろしくお願いしますって言うの!

それってすごくルルの奥さんという感じがする。

そのためにも必ず許可をもらって、一日も早く作らなければ。

「あまりご無理はなさらないでくださいね」

リニアさんの言葉に頷いた。

「うん、気を付けるよ」

「やりたいことが上手くいくと良いですね!」

メルティさんの笑顔に頷き返していると扉が叩かれた。

寝室に続く扉からの音に、背筋が伸びる。

「どうぞ、ルル」

と、声をかければ、寝室の扉が開かれた。

ふわ、と長い黒髪が揺れる。

伏せていた目がわたしへ向けられる。

綺麗な濃い紫色の瞳と目が合った。

わたしから見て左目、目元にホクロがあるほうは長い前髪で隠しており、右目は額から右頬にかけて縦に大きな傷が走っていた。

ルルの整った顔立ちは本来目立つはずなのに、その縦に走った傷が大きくて、綺麗な顔を目立たなくさせている。

いつものルルよりも目付きは鋭く、伏せ目がちで、やや陰鬱ながらもどこか大人の男性特有の色香がある。

服装は相変わらず暗い色合いだった。

胸当てや肩当てのある服装は恐らく傭兵を模したものなのだろう。腰に長剣を下げて、両手に厚手のグローブみたいなものをつけて、上にマントを羽織っている。

振り向いたまま、わたしは固まってしまった。

いつもの緩い笑みを浮かべているルルとは違う。

無表情で、陰鬱で、冷たくて、近寄り難い。

別人みたいなルルが近付いてくる。

そうして、わたしの前で膝をついた。

「リュシエンヌ」

いつもより低い声で呼ばれて心臓が高鳴る。

ルルだけど、ルルじゃなくて、でも間近できちんとよく見ればやっぱり顔立ちはルルで。

ジッと見上げられて息が詰まった。

思わず両手で顔を覆ってしまう。

「……今の俺は嫌か?」

姿に合わせて口調も変えているのだろう。

何とか首を振ったものの、顔から手が離せない。

……想像以上にかっこいい……!!

ドキドキしすぎて言葉が出てこない。

黒髪紫眼のルルの破壊力がやばい。

何度か深呼吸してルルの問いに答えた。

「……ルルがかっこよすぎてしにそう……」

いつものルルと全く違う姿なのにかっこいい。

時々ルルが見せる大人の男性的な部分に弱い自覚はあったけれど、この大人モード全開のルルもやばい。

わたしのだんなさまがかっこよすぎてつらい。

小さな声で返事をしたわたしにフッと笑う気配がした。

「あなたに嫌われなくて良かった」

やや淡々とした声が言う。

そして腕を掴まれ、顔から片手を引き離された。

そのままルルがわたしの指にキスをする。

「普段と今と、どちらがお好みで?」

更に質問されたが答えは決まっていた。

「わたしが好きなのはルルだよ。どんな姿でも、ルフェーヴル=ニコルソンが好き。外見が変わってもルルがルルならそれでいいの」

別人のルルが紫の瞳を細めた。

「でもね、やっぱりいつものルルが一番好き」

別人みたいなルルもかっこいいけれど、いつものルルのほうが安心出来るし、聞き慣れた緩い口調や柔らかな声がすぐに恋しくなる。

……一瞬のときめきも悪くないけどね。

「そうだな、俺も普段のほうがいい」

別人のルルはそう言って微笑んだ。

立ち上がったルルに釣られるようにわたしも立ち上がる。

「そろそろ出立しないといけない」

ルルの言葉に少し寂しくなる。

わたしの心を読んだようにルルがわたしの頭を撫でた。

「夜には帰ってくる。 義父上(ちちうえ) への通信は一緒にしよう」

「約束してくれる?」

小指を差し出せば、それにルルも小指を絡めてくれる。

「約束する」

ルルは約束は決して破らない。

だから、約束してくれるなら絶対に夜には帰ってくる。

寂しい気持ちはあるけれど、引き留める気はない。

「行ってらっしゃい、ルル」

背伸びをしてルルの頬にキスをする。

「行ってくる」

お返しのキスを頬にもらい、自然と笑みが浮かぶ。

そうしてルルは転移魔法で出掛けて行った。

ルルがいなくなっても、しばらくの間、ソファーに座ることもせずにわたしはその場に佇んでいた。

……やっぱり、ちょっと寂しいな。

わたしはルルがいないとダメかもしれない。

「リュシエンヌ様」

近付いてきたリニアさんが肩にストールをかけてくれる。

「よろしければ、お庭でピクニックでもいたしませんか?」

「三人でお茶をするのもきっと楽しいですよ」

リニアさんとメルティさんの言葉に頷いた。

「そうだね、三人でお茶しよっか?」

たまには女三人でワイワイするのも楽しいだろう。

今日はヴィエラさんはお休みでいないのが少し残念だ。

もしいたら、ルルのことをまた色々訊きたかったが。

今日はリニアさんとメルティさんとのんびり過ごそう。

明日からは宮廷魔法士見習いとして忙しくなるかもしれないから。

* * * * *

あはは、と明るい笑い声が聞こえてくる。

いつものように警備の巡回をしていたテラ=フィルバークとテラの相棒である年嵩の騎士は同時に足を止めた。

互いに顔を見合わせて声のするほうを見た。

本日より、この屋敷の主人であるルフェーヴル =ニコルソン子爵は仕事で昼間は出掛けているはずである。

そうしてこの屋敷の中で若い女性の笑い声がするとしたら、それは、もう一人の主人であるリュシエンヌ=ニコルソン子爵夫人だろう。

この屋敷にいる者達はあまり物音を立てないし、大きな声で話したりもしないし、滅多に声を上げて笑うこともない。

やや異様に感じるかもしれないが、屋敷で働いている大半は元裏社会の人間らしい。

どうして、と最初は疑問に感じたが、主人のルフェーヴル=ニコルソン自身が闇ギルドのランク一位の暗殺者と聞いて、なるほどと納得したし、奥方を守るために使用人達も戦える者で固めたのだという。

少々過保護と思わなくもないが、元王女となれば厳重な警備にしたほうがいいのは確かだった。

夫妻はいつも一緒にいたが、今日は別々であるはずだ。

植木の隙間から覗いてみれば、庭の木の下に布を敷いて、そこにティーセットや菓子などを持ち込んで、女主人は侍女達とお茶会を開いていた。

「リュシエンヌ様、こちらのチーズに煮詰めたリンゴとハムを合わせて食べても美味しいですよ」

一番年嵩の侍女が慣れた様子で一口かじったそれを差し出した。

女主人である王女殿下が受け取り、口に入れる。

「ん……、美味しい〜! 煮詰めたリンゴとハムって合うんだね。このチーズもクセがなくて美味しいっ」

「リュシエンヌ様はクセがあるチーズは苦手ですから」

「あれも慣れると美味しいんですけどね」

王女殿下と侍女二人は楽しげだ。

いつもはあそこにニコルソン子爵もいる。

出掛けているのでいないと分かっていても、つい、その長身を探してしまう。

そうして、ふと気が付いた。

楽しそうにしているけれど、王女殿下の視線が時折、何かを探すように自分の横へ向けられ、でもそこに誰もいないことに一瞬だけ誤魔化すように目を伏せる。

夜には帰ってくるそうだが、やはり、今まで一緒にいた相手がそばにいないのは寂しいのだろう。

なんとなく、あの長身が王女殿下のそばにないことにテラ自身も僅かに違和感を覚えた。

初めて王女殿下にお仕えした時にはニコルソン子爵が必ず殿下のそばにいて、見守り、世話をし、よく二人は楽しげに話していた。

結婚してからはより仲睦まじい様子だったから、余計に二人が離れているという状況に変な感じがする。

侍女達も主人の様子に気付いているらしい。

寂しげに目を伏せた王女殿下に侍女が声をかける。

「それにしても、木々の葉も大分落ちてきましたね」

色付き、はらりはらりと思い出したように落ち葉の降らせる木を三人が見上げた。

「落ち葉を沢山集めてお芋を焼きたいなあ」

年嵩の侍女が首を傾げる。

「芋ですか?」

もう一人の侍女が訳知り顔で頷いた。

「いいですね、焼き芋! ちょっと寒い日に、落ち葉を集めてお芋を焼いて、熱々出来立てのお芋を外で食べると、美味しいし、楽しいですし」

「そうそう、本当に焼いただけなのに凄く美味しいの」

「話していたら食べたくなってしまいますね」

王女殿下と侍女が顔を見合わせて笑っている。

そのそばで、年嵩の侍女も穏やかに微笑んでいる。

とても和やかな光景に相棒の騎士と、また顔を見合わせ、三人に気付かれないようにこっそり植木の陰に顔を引っ込めた。

足音を立てないよう、静かに植木の陰を通って通り過ぎる。

こちらに気付けばきっと声をかけてくださるだろう。

だが、テラも相棒の騎士も、三人のお茶会を邪魔したくないと思った。

……もうすぐ、冬がくる。

はらはらと落ち葉が庭を鮮やかに彩っていく。

この屋敷に来て、二度目の冬が訪れる。

もうここに来て一年が経った。

「奥様、楽しそうでしたね」

テラの言葉に相棒の騎士が笑った。

「ファイエット邸にいた頃もあんな感じだったぞ」

「そうなのですか?」

「ああ、天気の良い日はまだ小さかった奥様が庭を走り回ったり、木によじ登ったり、毎日楽しそうに過ごしておられた」

相棒は元はファイエット邸で仕えていた騎士であった。

どこか懐かしそうな相棒にテラも笑う。

「小さな奥様、見たかったです」

「ははは、あの頃はお転婆姫だったからなあ」

でもきっと、小さな王女殿下も可愛かったはずだ。

その横にはやっぱりあの長身がいたのだろう。

二人が笑い合っている姿が容易に想像出来たのだった。

* * * * *