軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隷属魔法

ルルにお願いして闇ギルドに依頼をした日。

何故だかご機嫌な様子でルルが帰ってきた。

「お帰り、ルル」

出迎えれば、ルルに抱き締められる。

王都や王城に行く時、ルルは暗殺者の装いで出かけるが、それを見ると本当に暗殺者なんだなあと思う。

王女であるわたしと一緒に過ごしていた時は侍従の服か夜会用の貴族の装いだったので、暗殺者の格好のルルは少しドキドキする。

わたしを抱き締めたルルが小さく笑った。

「リュシー、いつもより体温高いねぇ。もしかしてぇ、ドキドキしてる〜?」

ドキッとした。

「うん、ちょっとだけ……。やっぱりその格好のルルが一番かっこいいなあって思って」

「そ〜ぉ?」

ルルが体を離して自分の服を見下ろした。

闇に紛れてしまいそうな黒い服に、首に巻くマフラーのような赤い布がよく似合っている。

顔を隠すためにつけていた布とフードが外される。

抱き寄せられて、ルルのキスが降ってくる。

「リュシーがそう言うならもうちょ〜っとこの服のままでいようかなぁ」

いつもは匂いがつくからとすぐに着替えてしまうけれど、今日はこの格好のままで少しいてくれるようだ。

そのままひょいと抱き上げられる。

そうしてソファーに座ったルルの膝へ下される。

「なんか、凄く懐かしい感じがする」

出会った頃よりもルルは大人になって、髪も伸びて、でもあの頃と同じ服を着ていて。

「リュシーは大きくなったよねぇ」

ギュッと抱き締められて、わたしもルルの首に腕を回して抱き着く。

わたしは成長したけれど、ルルはあの頃と変わらず、大きくて頼れる存在に感じた。

それにあの頃よりもずっとルルが好きだ。

ルルが手袋を外すと、そっとわたしの首元に手を添えた。

「ドキドキしてるねぇ」

その手の温かさが心地良い。

「ルルがかっこよすぎるからだよ」

その手に、自分の手を重ねる。

ルルが顔を寄せてきた。

「ねぇ、リュシー、隷属魔法って知ってる?」

耳元で唇が触れるほど近くで囁かれて、くすぐったい。思わず肩を竦めてしまう。

「えっと、重罪人に施すものだよね?」

「そうだよぉ」

ルルの手が顎へと上がる。

「オレがリュシーにそれを使いたいって言ったら、リュシーは嫌?」

訊かれて、考えてみる。

隷属魔法は言葉通り、魔法の発動者に、魔法の対象者が隷属する魔法である。

この場合はルルがわたしを隷属させるということか。

……ルルの奴隷、かあ。

考えてみて、案外悪くないかもしれないと思う。

ルルはわたしを大事にしてくれるし、愛してくれるし、隷属魔法というのも多分、自分から離れないようにするためなのだろう。

「ううん、嫌じゃないよ」

「本当?」

「本当。だってルルに隷属するって、それってつまり、わたしはルルのものになるってことだよね? 今と変わらないし、それでルルと離れなくて済むなら、そうしてもいいって思うよ」

そう答えれば、ルルが嬉しそうに笑った。

「まあ、リュシーには魔法が通じないけどねぇ」

頬にキスされる。

……あ、そうだったっけ。

「前にあのヒロインちゃんに使おうとしてた魔法があったでしょぉ? ちょ〜っと魂に干渉するやつ。あれを応用したらさぁ、魂に隷属魔法を刻みつけられるんじゃないかぁって」

「魂に?」

「うん。そうしたらさぁ、もしオレやリュシーが死んで生まれ変わってもぉ、オレに隷属魔法をかけておけばリュシーに会えば分かるかもしれないじゃぁん?」

ルルの言葉に思わず顔を上げた。

「ルルって天才?」

魂に隷属魔法を刻みつけるなんて。

考えたこともなかったが、言われてみれば、魂に刻みつけてしまえば転生したとしてもそれが残っている可能性がある。

「でも魂に刻みつけるからちょ〜っと痛いかもねぇ」

「ルル、大丈夫?」

「痛みにはこれでも強い方だから大丈夫だよぉ」

よしよしと頭を撫でられる。

ルルが痛い思いをするのはあんまり嬉しくないけれど、そうしてでも一緒にいたいと思ってくれるのは嬉しい。

わたしがルルの主人になるなんてドキドキするけど。

絶対、ルルの手綱なんて握れなさそうだ。

「今度、隷属魔法について訊いてくるねぇ」

ルルの言葉にわたしはうんと頷いたのだった。

* * * * *

依頼をしてから一月後。

ルフェーヴルは闇ギルドを訪れていた。

昼間にやって来たルフェーヴルに、アサドは驚くこともなく、迎え入れた。

「ああ、丁度良い時に来てくれましたね」

アサドが書類を取り出したので、ルフェーヴルは机に近付き、その縁に腰掛けて書類を受け取る。

そうして書類へ目を通した。

書類は結構な枚数がある。

それを読みつつ、ルフェーヴルは口を開いた。

「ねぇ、一つ訊きたいことがあるんだけどぉ」

アサドが「何でしょうか?」と訊き返す。

「その隷属魔法、オレにも教えてくれなぁい?」

ルフェーヴルの言葉にアサドが首を傾げた。

「誰か従わせたい人間でもいるのですか? ……あなた、まさか王女殿下に使うつもりでは……」

「違うよぉ」

ゾイと言い、アサドと言い、ルフェーヴルがリュシエンヌに隷属魔法を使うと考えているところに笑ってしまった。

そもそもリュシエンヌは魔力を持たないので、魔法が効かない。

恐らく隷属魔法も効果はないだろう。

それにリュシエンヌにそんな魔法を使うつもりはない。

「奥さんじゃなくてぇ、オレに使うんだよぉ」

ペキ、と軽い音がした。

ルフェーヴルが顔を上げれば、アサドの手元のペン先が潰れてしまっていた。

アサドが驚いた様子で目を丸くしている。

「あなたに使うのですか?」

酷く意外なことを聞いたという声だった。

ルフェーヴルも自分で自分に驚いている。

誰かに従えられるのも、命令されるのも、縛られるのも、大嫌いだ。

だが、リュシエンヌは別だ。

あの柔らかい声で命令されるなら悪くはない。

リュシエンヌに縛られるなら、それでもいい。

「だからそうだって言ってるじゃぁん。第一、オレの奥さんは魔力がないから魔法は効かないんだよぉ」

「そういえばそうでしたね」

「なら、使うのはオレしかないでしょぉ?」

リュシエンヌにルフェーヴルの所有印を刻み込めないのは残念だが、リュシエンヌの所有印が自分に刻まれるというのは、それはそれで面白い。

「ですが隷属魔法は所有者の魔力で縛るものですよ」

ルフェーヴルはそれに頷いた。

「だからアイツからアンタの魔力の気配がしたんだねぇ」

アイツ、と扉へ視線を向ける。

この部屋を守っているゾイからは、アサドの魔力が僅かにだが感じられた。

それは本当に微かで分かり難いものだった。

魔力で主人を判断する、ということか。

「その辺りはオレなりに変えてみるよぉ」

視線を書類へ戻す。

「金が必要って言うなら払うけどぉ」

「いえ、隷属魔法に関しては特には要りませんが……。本当に自分にかけるつもりですか?」

「そっちに事情があるようにぃ、こっちにも色々あるんだよぉ。それに魔力で判別出来ないなら血を使えばいいしねぇ」

「なるほど」

アサドが納得した様子で頷く。

「とりあえず隷属魔法について教えてよぉ」

「分かりました」

ルフェーヴルは書類へ目を向けた。

読みながら聞くくらいどうということはない。

アサドもそれに関しては特に触れなかった。

「隷属魔法ですが、必要なものは魔法使用者の魔力と血ですね。基本的には主人となる側が魔法を行使し、隷属させる対象に魔法を展開させます」

隷属魔法は両者の魔力によって成り立つ魔法だ。

魔力は人それぞれ性質が異なるものである。

主人となる人間がまず、魔法を使用する。

魔法に使用される魔力は使用者のものだ。

魔法式に使用者の血を落とし、魔力を注ぐことで展開され、式は二つに分離し、それぞれ魔法の使用者と対象者に一つずつ刻まれる。

現在の犯罪奴隷は大抵魔道具が使用されるが、少し前まではこの隷属魔法を使用していた。

その場合は主人の魔法式を物に付与し、それを持つ者が主人として認識されるようになっていた。

だが今回の隷属魔法は人間に直接式を刻む。

「主人にはこのような式が刻まれます」

アサドが左手の手袋を外した。

そうして魔力を通すと、手の甲で魔法式が輝いた。

「通常は見えませんが、これが主人の印です。ゾイには従属の印が刻まれています」

ルフェーヴルは主人の印を見た。

リュシエンヌにもこれがつけばいいのだが……。

それは期待出来ないかもしれない。

アサドが手袋を元に戻す。

「仕組みは単純です。隷属対象は心臓の上に式が刻まれ、たとえば主人の命令を無視したり、主人を傷付けようとしたり、隷属の条件に触れると魔法が発動します」

言うなれば、主人の魔力で対象の心臓を握っているようなものだ。

条件に触れた行動を行うと魔法が発動し、対象の心臓に影響を与える。

だから主人に怪我をさせた奴隷が魔法に耐えきれず死ぬこともある。

ちなみに魔法が定着した後は、奴隷自身の魔力で発動するため、使用者が魔力を消費するのは最初の展開時のみだ。

「隷属魔法を解除する方法は対象に刻まれた魔法式に、主人の血を垂らせば消えます」

逆を言えば、血を垂らさない限りは解除出来ない。

一度使用したらあとは主人の気持ち次第という魔法だ。

アサドが紙に何かを書いて差し出してくる。

「こちらが隷属魔法の式です」

ルフェーヴルは受け取ってそれを見た。

「へぇ、綺麗な式だねぇ」

二つに分離するからか、複雑で緻密な式だ。

ルフェーヴルの言葉にアサドは苦笑する。

「条件は最大三つまで付与出来ます」

基本的には最初からこの条件は付与されており、この条件に触れると罰として魔法が発動する。

一つ、主人を害す行動または主人への害意。

一つ、主人の命令の無視または不服従。

一つ、自害行動またはその意思がある場合。

ルフェーヴルは考える。

……条件は変えた方が良さそうだねぇ。

主人を害す行動の禁止は困る。

いつか死ぬ時、リュシエンヌを殺すのはルフェーヴルなので、その際にこの条件があるのは問題だ。

もう一つの命令に関する条件もまた不要だろう。

最後の自害に関する条件もよろしくない。

三つ全ての条件を変更した方がいいだろう。

「条件は変えようかなぁ」

条件自体つける必要はないのかもしれない。

そもそも、既存の隷属魔法をそのまま使うつもりはないので、ルフェーヴルの好きなように改良して、唯一の魔法にするのもいいかもしれない。

……どうせ魂に刻むんだもんねぇ。

たとえば、主人以外を愛したら死ぬとか、主人以外とは子孫を残せないとか、そういうものでも面白い。

「隷属魔法で従ってるだけって思われても嫌だしねぇ」

アサドが少し呆れた顔をする。

「気にするのはそこですか?」

「他に気になるところなんてあったっけぇ?」

「自分にどうやって隷属魔法をかけるか、という点は気にならないのですか?」

それにルフェーヴルは小さく笑った。

「そんなのオレ自身が展開させればいいんだよぉ。奥さんの血だけもらって、それで奥さんを主人にするんだよぉ。まぁ、色々変えちゃうから隷属魔法じゃあなくなるかもしれないけどねぇ」

たとえばこういう条件をつけるのはどうだろう。

一つ、主人以外を愛せない。

一つ、主人以外とは子孫を残せない。

一つ、主人の変更は不可。

条件というより、ルフェーヴルの魂にこれを刻みつけるので、本当の意味での魂への干渉になるだろう。

この条件付けでルフェーヴルは生まれ変わってもリュシエンヌと同じ魂の者しか愛せないし、その者としか子を成せないし、主人を変えることも出来ない。

……うん、悪くないかもぉ。

今の人生でも、もし生まれ変わったとしても、リュシエンヌと共にいたい。

次の人生なんてどうなっているか分からないし、本当に生まれ変わりがあるかも分からない。

次の人生で出会えるかどうかさえ定かではない。

それでも会いたいと思ってしまう。

「あは、オレって結構ヤバいヤツだったんだねぇ」

魂に干渉することで何か問題が起こるかもしれない。

今のルフェーヴルとは違うルフェーヴルになってしまう可能性も、なくはない。

魔法で無理やり自分を作り変えるようなものだ。

最悪、失敗したら死ぬ可能性もある。

……でも死ぬのは怖くない。

昔からそうだったが、今は、もしルフェーヴルが死んだら、リュシエンヌも後を追って死ぬだろう。

そう思うと死というものも悪くはない気がする。

「今更自覚したのですか」

「その言い方酷くなぁい?」

「あなたがヤバい人種であることは、あなたに関わったほとんどの人間は知っていると思いますよ」

アサドの言葉にルフェーヴルは首を傾げた。

「ええ〜、オレってそんなに変なことしてたかなぁ」

「普通ではないことはしていますね」

ルフェーヴルは首を戻して笑った。

「暗殺者に普通なんて求めるもんじゃないでしょぉ」

それからルフェーヴルは立ち上がった。

「書類、どぉもねぇ」

ドサ、と金の入った小袋を机の上へ置く。

それを見たアサドが「多いですよ」と言った。

「またこういう依頼をするだろうからぁ、その前金も込みだと思ってよぉ。オレの奥さん、普通の依頼はしないからさぁ」

それにアサドが小さく笑う。

「確かに、ここで言うところの『普通な依頼』はしないでしょうね」

ルフェーヴルは頷き、書類を空間魔法へ放り込む。

「それじゃあねぇ」

そうして今日は転移魔法で帰ったのだった。

屋敷の居間へ転移すれば、そこにはリュシエンヌがお茶を飲みながら待っていて、現れたルフェーヴルを見て立ち上がった。

「ルル、お帰り」

近付いてきたリュシエンヌをルフェーヴルは抱き締めた。

「ただいまぁ、リュシー」

ルフェーヴルの帰る場所はここである。

リュシエンヌの横だけがルフェーヴルの望みだった。

* * * * *