軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

増産計画について(1)

闇ギルドに依頼をして一ヶ月。

お願いした情報はルルが取りに行ってくれた。

かなり量が多く、しかもわたしの知りたかったことが細かく書かれていて、読み始めた時は驚いた。

どうやらルルが説明したらしい。

おかげで役に立ちそうだ。

「この国では牛糞が肥料に使われてるんだね」

書類には主に使われている肥料についても書かれていた。

この国や周辺国で主に畑で使用される肥料は牛糞で、その理由はミルクを安定して得るために牛を育てているからだ。

どこの村や町でも牛は全体の財産として飼育されており、年老いたら、潰して食用にするらしい。

どこにでもいる生き物なので糞も集めやすい。

そこには牛糞肥料の作り方もあった。

まず、牛糞を集める。

そうして 藁(わら) や木屑などを混ぜて、雨の当たらない場所に積み上げておく。

そのままにしておくと発熱するようになる。

一、二ヶ月おきに積む場所を変える。

熱がより高くなったら置いておく。

すると半年ほどかけて乾燥し、完成する。

作り方自体はそれほど難しいものではないようだ。

これを作物を植える一週間から一ヶ月ほど前に土に混ぜて使っているらしい。

……あれ?

思わず首を傾げたわたしにルルが振り向く。

「リュシー、どうかしたぁ?」

ルルに問われて、更に首を傾げる。

「なんか、聞いたことがあるような気がして……」

……どこで聞いたんだっけ?

今生? ……ううん、多分違う。

だとしたら前世だ。

………………。

「あ!」

思い出してぽんと手を叩いた。

「そうだ、おじさん!」

「オジサン?」

今度はルルが不思議そうに首を傾げた。

それに頷き返す。

「うん、前世でね、趣味で野菜を育ててた親戚のおじさんがいたの。もう顔も名前も覚えてないけど……」

だけど、そういえば、おじさんは時々家に来ては自分で作ったという野菜をくれた。

その時に色々教えてもらった。

でもきちんと聞いてたのはいつも最初の方だけだった。

おじさんが一生懸命話してくれていたのは分かったし、とても楽しそうだったけれど、わたしには理解出来ないことが多かったから。

今思えば、もっとちゃんと聞いておけば良かった。

「そのおじさんが牛とか鶏とかの糞を肥料にする言ってた、ような……?」

「そうなんだぁ」

ルルに抱き寄せられながら記憶を掘り返す。

……なんだったっけ?

おじさんは牛や鶏の糞は肥料になるけど、それぞれ違いがあるって言ってた気がする。

それで、おじさんはいつも鶏の糞の方の肥料を使うって。

でもそれだけだとあんまり良くないとも言ってたような。

「うーん、えっと、鶏の糞の肥料っていうのはないのかな?」

パラパラとページを捲ってみるけれど、それらしいことは書かれていなかった。

と、言うことは、この国では鶏の糞で作った肥料はあまり一般的ではないか、元々作られていないのか。

「オレもその資料読んだけどぉ、鶏の糞から肥料を作るって話はなかったねぇ」

「そっか……」

前世の記憶は大分薄れつつある。

でも、思い出さないといい案は出ないだろう。

うーん、と悩んでいると口元にクッキーが差し出されて、それにかじりついた。

サクサクと食べながら記憶の糸を辿る。

……えっと、おじさんはよく畑のことを話してたはず……。

話の半分近くがいつも同じだったから、それを毎回聞くのが嫌で、適当に聞き流してしまっていた。

………………。

……………………。

…………………………。

* * * * *

ピーンポーン、とチャイムの音がする。

それから玄関の開けられる音がして、お母さんが来客に対応する声が微かに聞こえてくる。

途切れ途切れなそれが少し続いた後に「お茶くらいしていってください」というお母さんの声だけはハッキリと分かった。

……誰が来たんだろう?

勉強途中だけれど、顔を上げる。

耳を澄ませてみるとまた微かに話し声がする。

時々、お母さんと来客のものだろう楽しげな笑い声が聞こえてきて、わたしは釣られて席を立った。

扉を開ければより笑い声が響いてくる。

廊下を進んで、ひょいと扉が開けっぱなしになっているリビングを覗き込んだ。

「お、──!」

顔を覗かせたわたしの名前が呼ばれる。

わたしは、なぁんだ、と来客を見て思った。

「──おじさんかあ」

──おじさんはよく我が家に来る。

お母さんの従兄弟で、自宅で趣味で野菜や果物を育てていて、こうして顔を見せに来ては野菜を置いていく人だった。

中へ入って、お母さんの隣に座る。

「今日は何を持ってきてくれたの?」

わたしの質問にお母さんが嬉しそうに言う。

「大根とじゃが芋と玉ねぎを貰ったのよ。最近、玉ねぎが高くなってるから助かるわ〜」

それはまた微妙なラインナップである。

でもお母さんは野菜を貰えること自体が嬉しいらしい。

確かに──おじさんがくれる野菜はどれも大きくて、よく育っていて、味がしっかりしていて美味しい。

お母さんが喜ぶのも分かる気がする。

お母さんの言葉に──おじさんが「へへ」と少し照れた風に笑う。

ちょっと気難しい部分がある人だけれど、わたしも、──おじさんのことはわりと好きだ。

小さな頃は畑で遊ばせてもらったり、一緒に野菜を収穫させてもらったりした。

「じゃあカレーが食べたい。──おじさんのところのじゃが芋って大きくて食べ応えがあるから好き。じゃが芋がゴロゴロ入ったカレーがいいなあ」

わたしの言葉にお母さんが笑った。

「明日カレーにするわね」

──おじさんが嬉しそうにニッと笑った。

「そうかそうか、それじゃあまた持って来てやるか。──、じゃが芋がなくなったら俺のとこに電話してくれ。そうしたらすぐにでも持ってくるから」

「あら、本当? でもそんなに沢山貰っていいの?」

「もちろん。沢山採れてるから、気にせず、どんどん食べてくれ。野菜も美味しいって思って食べてもらえるのが一番さ」

お母さんが「悪いわねえ」と言う。

だけどその表情は嬉しげだった。

「そうだ、ちょっと待っててちょうだい」

思い出した様子でお母さんが立ち上がる。

リビングに──おじさんとわたしが残された。

おじさんが湯のみからお茶を飲む。

その手は日焼けしていて、指先は少し黒くて、まるで土の色が移ってしまったみたいだった。

お父さんの手とは違うけど、働く人の手だ。

「──、学校は楽しいか?」

──おじさんはいつもそう訊いてくる。

「楽しいよ。あ、そうだ!」

わたしも立ち上がり、一度部屋へ戻る。

つい先日、学校の行事で水族館に行ってきたのだ。

その時にお父さんがこっそりお小遣いをくれたので、自分用に小さなお菓子をいくつか買った。

それから、まだ開けていない小さなお菓子の缶を持ってリビングに戻る。

「はい、──おじさんにあげる」

丸い缶を差し出すと、──おじさんが目を瞬かせた。

イルカが描かれた水色の可愛らしい缶を受け取って、不思議そうにそれを見る。

「随分可愛い缶だなあ」

「この間、学校の行事で水族館に行ったの。お土産。──おじさんに一つあげるね」

「こんな可愛いの、貰っていいのか?」

しげしげと──おじさんは缶を眺めた。

やや厳つい顔立ちなので、可愛い缶との差があって、それがちょっとおかしかった。

「うん、いつも美味しい野菜を貰ってるお礼」

そう答えれば──おじさんは大事そうに両手で缶を持って笑った。

「ありがとうな。そういうことならいただくよ」

「中身はクッキーだけど、甘いもの大丈夫だよね?」

「ああ、甘いものは好きなんだ」

お母さんが戻ってくる。

「──さん、良かったらこれ持っていって。クッキーなんだけど、凄く美味しいのよ」

と、お母さんが持ってきたのはちょっと高級なお菓子の箱だった。

──おじさんとわたしは思わず顔を見合わせる。

それから二人で笑ってしまった。

……さすが親子!

笑い出したわたし達にお母さんが不思議そうな顔をする。

わたしがおじさんにお土産のクッキー缶をあげたと話をすると「あら、被っちゃったわね」とお母さんも笑った。

──おじさんは笑って受け取った。

クッキーの箱と缶を入れた紙袋を横に置いて「今日はいい日だ」と言っていた。

「最近の畑はどう?」

あ、と思ったけど、遅かった。

──おじさんの目がキラキラと輝いた。

「おお、上手くいってるよ。やっぱり肥料を変えたのが良かったんだな。前は牛糞堆肥だけだったけど、鶏糞とバーク堆肥を一緒に使うようにしたら、前より良くなってなあ」

──おじさんはいい人だ。

ちょっと厳つい見た目だし、気難しいところもあるけど、優しくて子供好きで、気前もいい。

ただわたしが思うに欠点が一つだけある。

それは畑に関する話になると、お喋りが止まらなくなるところだ。

話自体はつまらなくはないのだが、それが何度も同じ話を聞かせられるとさすがにつらい。

でもお母さんは気にならないらしい。

「前にも言ってたわよね、肥料のこと」

「ああ、鶏糞は牛糞に比べてすぐに効果が出るんだ。植物を育てるのに必要なチッ素やリン、カリウムなんかが牛糞よりもずっと多く入ってて、安いし、まあ少し臭いはするけどなあ」

「そうなのねえ」

何度も同じ話を聞いてるのに、お母さんはいつも「そうなのね」とか「まあ、面白い」とか相槌を打つものだから、──おじさんのお喋りが更に長くなる。

しかもこれが始まると席を立てないのだ。

「でも、臭いの問題はバーク堆肥を使えばそこまで気にならなくなるんだ」

──おじさんの話が始まった。

植物を育てるためにはチッ素、リン、カリウムが主に必要で、牛糞の方にもそれらは入っている。

ただし牛糞堆肥に入っている量は少ない。

牛糞堆肥はどちらかと言うと、畑の土を柔らかくしたり、微生物を活性化させたり、長期的に畑の土を良くする目的で使われるものらしい。

だから一回きりじゃなく、何度も使用する必要がある。

それに比べて鶏糞は即効性がある。

牛糞よりもチッ素やリン、カリウムが多いからだ。

「鶏は骨や卵の殻を強くさせるために、貝殻の粉を混ぜた餌を食べてるからなあ」

餌によって鶏糞の肥料としての良さも変わるのだろう。

「臭いはするけど、よく効くんだ。それにバーク堆肥とも相性が良くってなあ」

「バークってことは木の皮なのよね?」

「そうだ、木の皮やチップを使って作られてるんだ。こっちは肥料とはまた違うんだが」

バーク堆肥は名前の通り、樹皮や木のチップを使って作られたものなのだとか。

こちらもチッ素やリン、カリウムが多少入っているものの、牛糞や鶏糞ほどではない。

だけど木を使っているから繊維質で、土を柔らかくして、水はけも良くなる。

夏場に土の表面に数センチほど敷くと雑草の繁殖を防いでくれるらしい。

そうしてバーク堆肥を沢山使うと、土の中のチッ素がなくなってしまい、そうなると植物が育ち難くなる。

「それをチッ素飢餓っていうんだが、そのチッ素飢餓を補うために、鶏糞が役に立つんだ」

鶏糞には十分なチッ素が含まれている。

だから、土壌改良のためにバーク堆肥を使い、チッ素などの栄養を足すために鶏糞肥料も使う。

「バーク堆肥を使うと本当に土が柔らかくなっていいんだ。そこに鶏糞を使えば、野菜がぐんぐん育ってなあ。楽しくてつい沢山植えてしまうんだよなあ」

ははは、と──おじさんが笑う。

「最初は自分でそれも作ってみようかと思ったんだが、さすがにそこまでは出来なかった」

お母さんもそれに笑った。

「肥料まで自分で作れたら凄いけど、鶏の糞なんてそうそう手に入らないし、臭いもあるものね」

「そうなんだよ。でも作り方はそこまで難しくなくて、鶏糞は雨の当たらない場所で積み上げておいて、後は水分調整しながら時々混ぜ返してやっていれば出来上がるんだ」

「意外と簡単なのねえ」

……でも鶏の糞なんだよね。

きっと、肥料になるまではとても臭いだろう。

それを人手で混ぜ合わせるのは大変そうだ。

「バーク堆肥は?」

お母さんが訊く。

「バーク堆肥も似たようなもんさ」

細かく砕いた樹皮や木のチップを鶏糞や牛糞などと混ぜて雨の当たらない場所に積み上げて、時々混ぜ返してやると、そのうち発酵してくるので、数ヶ月から一年ほどそのまま熟成させる。

「やってみたい気持ちはあったんだが、そういうのをやる場所もないしなあ」

……あったらやってたんだ。

──おじさんの言葉にわたしは少し呆れてしまった。

でもお母さんは「そうねえ」と頷く。

「肥料から自分で作った野菜っていうのも、いいわよね。──は野菜を売ったりはしないの?」

「いやいや、売るなんて! こういうのは趣味に留めておくから楽しいものなんだ。それに仕事もあるからな。今の仕事を辞めて、すぐに野菜だけで食っていけるほど農家は気楽な仕事じゃないだろ」

「でも──のところで作った野菜は美味しいのに」

お母さんの言葉に──おじさんは照れた様子で頭を掻いた。

「その言葉だけで充分だ」

……勿体ないなあ。

──おじさんの野菜は確かに美味しい。

虫食いもあるけど、そんなの、土で育てていれば当たり前だし、形が不揃いなのだって、自然のものなのだから形が違うのは当たり前だ。

「──おじさん、わたし、おじさんの野菜好きだよ」

味が濃くて、新鮮で、それに──おじさんが一生懸命世話をして育てた野菜だから。

「なんだ、今日はやたらと褒めてくれるじゃないか」

──おじさんはまた「へへ」と照れ隠しを誤魔化すように笑っていた。

帰りに、お母さんに内緒でお小遣いをくれた。

「これで友達と美味しいもんでも食べるといい」

その言葉通り、翌日、わたしは友達と普段はなかなか行けない、ちょっとオシャレなカフェに行ったのだった。

* * * * *