軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春の始まりに(2)

お兄様が「ふむ……」と考えている。

「木を間引くのはいいが、間引いた木をどうするかも問題だな。薪や木材に使うとしても余る。かと言って貯めておくには場所が困るし、ただ廃棄するのも……」

ブツブツとお兄様が呟いている。

……それにしても土砂崩れかあ。

「ルル、そこにある被害報告書、取ってもらえる?」

「はい、どぉぞ〜」

「ありがとう」

先ほど脇へ避けておいた被害報告書を読む。

この土砂崩れは幸い、近くの村までは届かなかったようだ。

でも、大きなものはそうでも、小さなものもあるらしく、村の近くでも小規模の土砂崩れが起きている。

「絶対に起こさせないようにするのは無理ですが、木を植えて、ほどよく間引いて地面へ太陽の光が当たるようにすれば、植物が増えて、土も豊かになって、木の根を強くさせてあげられます。そうすれば土砂崩れの起き難い環境を作ることは出来ます」

お兄様が顔を上げた。

「それを書面に起こせるか?」

「はい、難しい話ではないので。内容を纏めてお渡ししましょうか?」

「ああ、頼む」

それに頷き返す。

場所によっては街や村に被害が出ているところもある。

土砂崩れや長雨によって井戸の水や川の水が濁ってしまい、飲み水などの生活用水にも困っているようだ。

仕方なく魔法で出した水を飲んでいるようだが。

魔法で生み出した水は美味しくない。

一度、試しに飲んだことがあったが、あれは多分、真水なのだ。

地下を通った水とは生成される過程が違う。

だから美味しくないのだろう。

それはともかく、飲み水の問題は重要だ。

今は濁りがなくなるのを待っているらしい。

……飲料水問題もなんとかしないと。

考えていると、手から書類が引き抜かれる。

「二人とも考えるのはいいけどぉ、こんなことしてるとお茶する時間がなくなるよぉ?」

それにハッと我へ返る。

お兄様も似たような様子で、テーブルに書類を戻した。

「そうだな、この話は今は置いておこう。せっかく家族の時間を過ごしているんだ。こういう話はやめよう」

「そうですね」

ルルに促されて席へ着く。

お兄様も、席へ戻ると紅茶を飲んだ。

それからはのんびりと談笑をして過ごした。

でも、土砂崩れに関することはわたしの頭から離れなかった。

……なんとかならないかな。

* * * * *

リュシエンヌが何か考えごとをしている。

腕の中にいるリュシエンヌはルフェーヴルに寄りかかり、ぺったりとくっついたまま、ぼうっとしている風に見えるが、実際は別のことを考えているのだろう。

考えごとをしている時、リュシエンヌは瞬きの回数が極端に減る。

それにルフェーヴルが触れてもこちらを見ない。

意識が完全に逸れてしまっている。

それが少し面白くないと思う一方、何を考えているのか予想するのがルフェーヴルの楽しみでもあった。

……今回は昼間のアレかなぁ。

今日はアリスティードに会いに出かけた。

そこで土砂崩れに関する話をリュシエンヌは聞いて、そのことに強い関心を示していた。

……リュシーは優しいからねぇ。

この時期になると土砂崩れが起こりやすくなる。

特に山地など、斜面になっている場所はそうで、でもそれは誰にとっても当たり前のことだった。

雪解けがくれば地面が緩んで崩れることがある。

土砂崩れは自然災害であって、どうにもならない。

そういうものとして捉えられている。

だがリュシエンヌは違った。

土砂崩れと聞いて、リュシエンヌが導き出したのは、環境を整えることだった。

恐らく前世の記憶から出したものなのだろう。

リュシエンヌは知識の出所を曖昧にぼかしていたが、ルフェーヴルにはすぐに分かった。

「リュシー」

名前を呼んで頬に口付ける。

ふとリュシエンヌの意識が戻ってきた。

琥珀の瞳がぱちりと瞬いた。

暖炉の灯りで煌めくそれは美しい。

「アリスティードに渡す書類について考えてたでしょぉ?」

訊けば、驚いた様子でルフェーヴルの顔をリュシエンヌは見た。

「うん。凄い。なんで分かったの?」

「リュシーのことならなんでも分かっちゃうんだぁ」

素直に驚くリュシエンヌがかわいい。

実際は、共に過ごしてきた十二年のうちにリュシエンヌの性格を把握して、そこから行動や思考を予想しているだけなのだが。

顔を寄せればリュシエンヌの瞼が自然と閉じる。

そのまま、唇へ口付けた。

最初は優しく触れるだけ。

それから、段々と深くする。

細い手がギュッとルフェーヴルの服を握ったので、その手を取って、手を繋ぐ。

開いた琥珀の瞳が嬉しそうに細められた。

唇を離せば、はぁ、とリュシエンヌの唇から艶めいた息が漏れる。

「……ルル……」

名前を呼ばれて、もう一度触れるだけの口付けをした。

「なぁに、リュシー?」

潤んだ琥珀の瞳が間近にある。

少しでもどちらかが動けば唇が触れてしまうほどの距離でそれを見られるのは、ルフェーヴルだけの特権だ。

琥珀の瞳が緩く瞬いた。

「考えてたこと、忘れちゃうから……」

言いかけたリュシエンヌの唇を塞ぐ。

先ほどの優しい口付けではない。

ルフェーヴルが好き勝手に蹂躙するようなそれに、リュシエンヌがびくりと震え、けれども抵抗はしなかった。

ただただルフェーヴルから与えられるものを受け入れ、なんとか縋りついてくる。

ややくぐもった声がリュシエンヌから漏れる。

甘さを含んだその声がルフェーヴルは好きだ。

物思いに 耽(ふけ) っているリュシエンヌも悪くはないが、やはり、ルフェーヴルを見て、ルフェーヴルだけを感じ、考えているリュシエンヌが一番いい。

唇が離れれば、琥珀の瞳が見つめてくる。

「……ルルの意地悪」

それにルフェーヴルは笑った。

「知らなかった?」

「……知ってる」

リュシエンヌが腕を伸ばして抱き着いてきた。

「でも、あんまり意地悪しないで?」

甘えるように言われて、抱き締め返す。

「意地悪なオレはイヤ?」

「ううん、嫌じゃないよ。嫌じゃないけど……」

「けど?」

ギュッとリュシエンヌが顔を隠すように、ルフェーヴルの肩口に顔を寄せる。

「……意地悪されると、ドキドキする……」

囁くようにリュシエンヌが言う。

「ルルはいつも優しいから。なんか、ルルだけど、ルルじゃないみたいで、でもやっぱりルルで、いつもと違うとドキッとするの」

すり、とルフェーヴルの肩口にリュシエンヌが頭をこすりつけてくる。

その頭をルフェーヴルは抱えるように撫でた。

「そっかぁ、それはイイコト聞いたなぁ」

リュシエンヌには優しくしようと心がけている。

怖がられたくないし、嫌われたくないし、ルフェーヴルの手の中で永遠にかわいがっていたい。

一度堕ちてきたものを手放す気はない。

リュシエンヌの額に口付ける。

「もっとドキドキしたら、リュシーはオレのことだけ考えてくれるようになる?」

ルフェーヴルの問いにリュシエンヌが困ったように眉を下げた。

「わたしはルルのことばっかり考えてるよ?」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

そこで、ふとリュシエンヌが何かに気付いた顔をした。

そうしてルフェーヴルの頬にそっと触れる。

「他のことを考えていられるのはね、ルルが傍にいてくれるからだよ。ルルがいるから安心して別のことを考えられるだけ。ルルがいなかったら、きっと、ルルのことばっかり考えちゃう」

リュシエンヌがルフェーヴルの頬に口付ける。

優しく頬に添えられた手が少しくすぐったい。

リュシエンヌはルフェーヴルに触れる時、いつも優しく触れてくる。

大切なものに触れるように、慈しむように、柔らかく、細い手で触れる。

少しくすぐったくて、心地良くて、ルフェーヴルはいつまでも触れていてほしいと思ってしまう。

「本当に?」

「本当に」

リュシエンヌから口付けられる。

まるで、昼間出来なかった分を埋めようとしている様子で、二度三度と唇が重なった。

だけどリュシエンヌからもらえるのは触れるだけの口付けで、まだ、その先は気恥ずかしいらしい。

そういうところがかわいいのだが。

「それに、ルルは一緒に考えてくれるでしょ?」

琥珀の瞳がまっすぐに見つめてくる。

この瞳に見つめられると、ついその我が儘を叶えてやりたくなる。

ルフェーヴルはそんな自分の気持ちを自覚して、仕方ないな、という風に笑った。

「リュシーがそう望むなら」

ちゅ、と唇へ口付けられる。

「ありがとう、ルル」

リュシエンヌの『ありがとう』は特別な言葉だ。

多少不満があったとしても、それを聞くと、不思議とルフェーヴルの中にあった不満は消えてしまう。

誰よりも多くリュシエンヌの『ありがとう』が聞きたくて、そう言ってほしくて、そしてそれに返したい。

「どういたしましてぇ」

もう一度リュシエンヌの額へ口付ける。

ルフェーヴルはリュシエンヌを手に入れたが、本当のところは、リュシエンヌがルフェーヴルを手に入れたのかもしれない。

いつか、誰かが言っていた。

愛した方が負けなのだと。

その意味をルフェーヴルはその時は理解出来なかったが、今ならなんとなく分かる気がする。

……リュシーになら何だってしてあげたい。

それが負けだと言うのなら、ルフェーヴルは負けでもいいと思う。

大切なのは、リュシエンヌがルフェーヴルの傍にいるという、ただそれだけなのだ。

* * * * *

アリスティード=ロア・ファイエットは、父である国王の執務室へ向かった。

その手には書類を持っている。

数日前、リュシエンヌと会った時に頼んでいた書類が出来たというので目を通した。

とても分かりやすい書類だった。

何故、土砂崩れが起こるのか。

その理由と現象について書かれていた。

そうして、どうすればそれを防げるのかという方法、その方法を行う理由なども分かりやすく説明されている。

リュシエンヌの作成したこの書類に書かれていることが事実であれば、これは非常に価値のあることだ。

どの国でも、冬が和らいできたこの時期の土砂崩れには悩まされている。

雪が解けると土砂崩れが起きる。

特にこの時期は天気も不安定で、長雨が降った年は決まって土砂崩れが多く起こるのだ。

……それを抑えられるとしたら。

土砂崩れは山地で起こりやすい。

そして山の麓や山中に村や街がある場所も多い。

そういった場所は毎年、土砂崩れが自分達を襲わないことをただ願うしかない。

国王の執務室に着く。

部屋の扉は騎士達が守護している。

来訪者が 王太子(アリスティード) だと気付くと、騎士が扉を叩いた。

中から使用人が出てくる。父の侍従の一人だ。

「陛下にお会いしたい」

アリスティードが手に持った書類を軽く持ち上げて見せれば、侍従はアリスティードを中へ通した。

侍従は更に奥の扉へ入っていった。

アリスティードはしばし。控えの間で待つ。

ややあって侍従が戻って来ると、奥へ通される。

執務室では、父がまだ机に向かい、書類の確認を行っていた。

机の端には食べかけのサンドウィッチが置かれており、遠目にも、それが少し乾いてしまっているのが分かり、アリスティードは少しだけ苦笑した。

自分も仕事に集中すると時間を忘れてしまうが、父もやはりそうらしい、と実感した。

父が顔を上げる。

「どうした、アリスティード」

アリスティードは机に近付いた。

「最近、土砂崩れが多発していることはご存知でしょうか?」

「ああ、もちろん」

「それについてリュシエンヌから、対策案をもらいました」

「対策案? 土砂崩れのか?」

頷きながら父へ書類を差し出した。

父はそれを受け取るとすぐに目を通す。

アリスティードは読み終えるのを待った。

しばらくして、父が顔を上げる。

「こんな簡単なことで土砂崩れが抑えられるのか?」

その声には驚きと疑念が混じっていた。

アリスティードもそれに頷く。

「私も正直に言えば、半信半疑です」

昔からリュシエンヌは頭が良かった。

色々な魔法を開発したし、この間の貧困層への配給案も悪くはなく、それらを考えるとこれが全くの嘘とは思えない。

しかし全て信じるのも難しい。

「リュシエンヌは一般的ではない知識を多く持っているようです。たとえば、この光合成というのも、私は今回初めて知りました」

書類には、何故太陽の光が植物に必要なのかという理由についても明記されていた。

植物に太陽の光が必要だとは誰でも知っている。

だが、その理由を理論的に説明することは出来ない。誰もが先人の知識として知っているだけだ。

けれどもリュシエンヌは違う。

きちんとその理由を理解しているのだ。

植物には太陽の光と水と空気が必要で、太陽の光に当たることで必要な栄養を生み出す方法を持っており、それによって成長する。

そんなこと、アリスティードはこれまで知らなかった。

「時々、リュシエンヌはどこから得たのか分からない知識について話しますが、どれも、理に適っています」

父もそれに頷き返した。

「ああ、それにリュシエンヌのあの独特な考え方もだ。教師達が教えていないことを知っていたり、普通では考えもしないことを思いついたり、以前から私も気にはなっていた」

それでもアリスティードも父も、リュシエンヌへそのことについて深く突っ込んだことはない。

リュシエンヌが話したがらないことを無理に訊き出す必要はないと考えていたからだ。

何より、リュシエンヌはその不思議な知識を出し惜しみしないし、本人なりに、誰かのために行動する。

「私は、リュシエンヌの知識は加護の影響があるからではと思っています」

リュシエンヌには女神の加護がある。

それがもしかしたらリュシエンヌに不思議な知識を与えているのかもしれない。

アリスティードが父の戴冠式に あの夢(・・・) を見たように、リュシエンヌもなんらかの形で、女神から知識という恩恵を受けているのではないか。

そもそも女神の加護がどういうものなのか、アリスティードには想像もつかないことだった。

ただリュシエンヌが守られるだけでなく、ルフェーヴルのように、傍にいる者に祝福が授けられることもある。

アリスティードも祝福と言わないまでも、リュシエンヌの加護の恩恵を感じている。

五歳の頃に受けた洗礼で出た数値よりも魔力量は増えているし、運動神経も人より高く、疲れ難い。

恐らく父も似たような恩恵を受けているはずだ。

だからこそ、父もアリスティード同様に働き続けても平然としているのだ。

そうでなければ、今頃どちらも過労で倒れている。

「そうだな、その可能性は高い」

それもあって、アリスティードも父も、リュシエンヌの出した案は問題点がなければ検討してみることにしている。

ただそれについてはリュシエンヌには言っていない。

もし知識が加護によるものだったとしても、アリスティードや父がそれに気付いていると知れば、リュシエンヌは知識を出そうと無理をしてしまうだろう。

もしくは、自分の知識をなんとか引っ張り出して国のために使おうとするだろう。

それではいつかリュシエンヌ自身が壊れてしまう。

リュシエンヌはリュシエンヌなりに国のために、人々のために、出来ることをやろうとしている。

もう王女ではないのだから、責務もないのに。

「まず調査団を立ち上げて、木々と土壌、それらの環境について調べ、実際にこれが有効かどうか、どこかで試してみる必要がある」

「そうですね。ただ試験的に実施したとしても、結果が出るまで数年はかかりそうですが」

「そればかりは仕方がないことだ」

けれども、これが事実なら素晴らしい発見となる。

「困ったな。リュシエンヌの名前はもう、表に出さないことになっているんだが……」

発案者を隠せば、余計に探られるかもしれない。

父が、ふう、と溜め息をこぼす。

「これからもリュシエンヌはこういう案を出してくるでしょうから、いっそのこと、偽名を名乗らせてそれを発案者とするのはどうでしょう」

「そうだな、その方が良さそうだ」

「では、リュシエンヌに伝えておきます」

今後のことも考えると偽名は必要だろう。

リュシエンヌの名は、もう表に出ないのだから。

* * * * *