軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春の始まりに(1)

冬に降った雪が大分解けた頃。

わたしはルルの転移魔法でお兄様の宮へ遊びに来ていた。

お兄様も王太子としての公務や政務で忙しいので、そう頻繁に宮へ行けるわけではない。

もちろん、通信機ではそれなりに連絡を取り合っているけれど。

それでもやはり直接会いたいとお兄様が言い、わたしもそう思ったので、お互いに予定に空きが出来たら、時々、こうして会おうということにしたのだ。

これまでのように、お兄様の侍従が出迎えてくれて、応接室の一つへ案内される。

「アリスティード様より伝言を承っております。『急な仕事が入り遅れてしまうが、出来る限り早めに行くので少し待っていてもらえないか』とのことでございます」

それにわたしは頷き返した。

「伝言をありがとうございます。『お兄様もお忙しい身ですし、ルルもいるので、のんびり待っています』とお兄様に伝えていただけますか?」

「かしこまりました」

応接室へ案内されるとティータイムの用意がされており、ルルに手を引かれて中へ入る。

侍従は一礼すると出て行った。

ルルが椅子を引いてくれたので、席に着く。

横にあった椅子を引き寄せてルルも座る。

テーブルに並べられたお菓子にルルが手を伸ばす。

いつも通り、一口ずつ食べて確かめ始めた。

「アリスティードも忙しそうだねぇ」

ルルがあまり興味なさそうに言った。

「うん、王太子として公務や政務もあるし、騎士達との訓練もしてるって言ってたし、最近は外交とかの話にも関わるようになって大変みたいだし」

「それで社交のために夜会とかにも出来るだけ出席してるんでしょぉ? よくやるよねぇ」

昔から何かと忙しそうにしているお兄様だけど、真面目な性格だからか、いつもあれこれ仕事を見つけてやっている気がする。

それでも家族との時間は大切にしてくれる。

……でも、もうちょっと自分の体を労った方がいいと思うんだけどなあ。

お父様もお兄様も国のために働くのは分かるし、王族としての責任もあるのだろうが、そのせいで体を壊したら元も子もない。

王族から抜けたわたしが言うことではないかもしれないが。

「わたしが抜けたからっていうのもあると思う」

それまでわたしが行なっていた公務がお兄様の方に移って、それで余計に忙しくなってしまっているのかもしれない。

そうだとしたら申し訳ない……。

「それは別に良くなぁい? リュシーが降嫁して王族としての立場からも離れるってことは最初から決まってたんだしさぁ」

「そうだとしても、ちょっとね……」

王女という立場を捨てて逃げたようなものだ。

ルルによしよしと頭を撫でられる。

「それが気になるならさぁ、リュシーはこれからもみんなのためになる魔法を作ったり、案を出したりすればいいんじゃなぁい?」

「そうかなあ」

「そうだよぉ。表で何かするよりも、裏からこっそりやった方が面白いしねぇ」

面白いかどうかが重要なのだろうか。

ルルの言葉にクスリと笑ってしまった。

「うん、そうだね、わたしはもう表に出ないけど、それでも出来ることはきっとあるよね」

この間、出した案みたいに、わたしは自分が出来ることを考えて、それをお父様やお兄様に伝えて、使えるかどうかは決めてもらえばいい。

それに魔法開発に関しては楽しいし。

ルルがお菓子をもぐもぐと食べながら頷いた。

「そぉそぉ、リュシーはそうやって前向きに笑ってた方がかわいいよぉ」

ちゅ、と頬にキスされる。

わたしもお返しにルルへキスをしようと顔を寄せたのだが、コンコン、と部屋の扉が叩かれた。

ピタ、と止まったわたしにルルが焦れたのか、唇にキスされる。

触れるだけのそれが離れてから、ルルが扉へ向かって声をかけた。

「どぉぞ〜」

やや不満げなそれに扉が開かれる。

「遅れてすまない」

入ってきたのはお兄様だった。

ここへ来るのはお兄様だけなので、扉が叩かれた時点で誰が来たかは分かっていたが。

お兄様が歩み寄ってくる。

「……なんでルフェーヴルは不機嫌なんだ?」

じとりとお兄様を見るルルに、お兄様が首を傾げる。

「リュシーからちゅーしてもらえると思ったのに、アリスティードのせいでしてもらえなくてちょ〜っと面白くないだけぇ」

「ちゅー? なんだそれ?」

「なんでもなぁい」

更に首を傾げるお兄様から、ルルは頬杖をついて少し顔を背けた。

そのご機嫌斜めな様子にわたしはルルの頬にキスをする。

「帰ったらしてあげるから、ね?」

そう言えば、まだちょっと不貞腐れていたけど、ルルはこちらへ顔を戻す。

「よく分からないが悪かったな」

お兄様が苦笑しながら向かいの席に座った。

どこか疲れた様子のお兄様が気にかかる。

ルルもそれに気付いたようで、すぐに頬杖をやめて、お兄様のことを見る。

「お兄様、お疲れのようですけど、大丈夫ですか?」

よく見ると目の下に少しクマがある。

「ああ、問題ない」

お兄様は自分でティーカップに紅茶を注ぐと、まだ紅茶を飲んでいなかったわたし達の分も用意してくれた。

ルルがそれを一口飲み、わたしへ差し出す。

受け取って一口飲んだ。

「近々、大きな行事でもあるんですか?」

訊けば、お兄様が首を振る。

「いや、そうじゃない。最近雪が解けてきただろう? そのせいで各地で土砂崩れが起こってしまってな。その対応に追われている」

「土砂崩れ……」

雪が解ければ、それは水へ変わり、地中へ染み込む。染み込んだ水が多いほど、地盤は緩み、土砂崩れに繋がる可能性は高くなる。

「そういえば、ここ二週間ほど雨続きでしたね」

強い雨ではなかったが、それでも、結構降った。

そのせいもあるのだろう。

「ああ、それもあって土砂崩れが起きやすくなってしまったんだろう。災害対策用の特別部署を設けたが、それに伴って支援や復旧に関する仕事も増えてな」

「ここ数日通信がなかったのもそれが理由〜?」

「ああ、夜も仕事に追われていた」

ふう、とお兄様が椅子の背もたれに体を預ける。

「まあ、この時期は毎年、こういう土砂崩れがよく起こるから、いつものことだと言えばそうなんだが」

お兄様の言葉に「え」と漏れる。

確かに雪解けの頃に少し長雨が続くことはあるけれど、それで、そんなにも土砂崩れが起こるのはおかしい。

「そんなに毎年頻発しているんですか?」

「ああ、規模が小さい時のも含めればそこそこある」

「……それっておかしくないですか?」

元の世界ほど土木関連が進んでいなかったとしても、毎年、どこかで土砂崩れが起きるなんて妙だ。

お兄様が首を傾げた。

「おかしいか? 土砂崩れなんて他国でもよくあることだし、長雨が降れば、どうしたってそうなるだろう?」

「でも、長雨と言っても二週間ですよ? 一月とかなら分かりますけど、国中でそんなに起こるなんて……」

そもそも土砂崩れの原因ってなんだろう。

……えっと、雪解け水や雨水なんかが土中に染み込んで、それがドロドロになって、傾斜地が広範囲に渡って流れ出す……んだっけ?

土の中の水分量の問題と考えてみる。

雨が降ると地中の水分量が増えて、それが土砂崩れの原因になる。

しかし水分量を減らすことは難しい。

……なんだっけ?

前世で、テレビのニュースで言ってたはずだ。

うーん、と思い出すために記憶を探る。

「リュシー?」

「リュシエンヌ、どうした?」

ルルとお兄様に名前を呼ばれたが、それを手で制し、記憶を思い出す。

「えっと、そう、地中の水分量が増えても、すぐには土砂崩れは起きないはずなんです。木や草の根がきちんと張っていれば、土が流れ出るのを防いでくれる……だっけ?」

だから木などが生えていない斜面は土砂崩れが起きやすい、だったような……。

「お兄様、土砂崩れが起こった場所がどういう環境だったか分かりませんか?」

顔を上げたわたしにお兄様がキョトンとし、それからわたしを呆れた顔で見る。

「それなら資料があったはずだが……。リュシエンヌ、また何か思いついたのか?」

「いえ、まだ、何も。でも、土砂崩れがどうして起こるのかが分かれば、それを食い止めたり、事前に察知して被害を最小限に減らせるかもと思って」

お兄様はやや呆れた顔をしながらも、部屋の隅に控えていた侍従へ声をかけた。

「私の執務室から土砂崩れに関する書類を持ってきてくれ」

侍従が一礼して出て行った。

お兄様がこちらを見る。

「それでリュシエンヌは今、何を考えているんだ?」

訊かれて、わたしは記憶を頼りに答える。

「ええっと、土砂崩れというのは地面の中に大量の水分が含まれることで起きます。雨が降ると土と混じって泥になりますよね?」

「ああ、なるな」

「土砂崩れの場合もそうです。土の中に水分が大量に混じり、泥になって、それが傾斜面だと泥になった部分が流れ出していきます。たとえ上の層がそれなりに硬い地面でも、その下の層が水を含んで柔らかくなると、一緒に崩れてしまいます」

お兄様が頷いた。

「それが土砂崩れだな。だが水中に含まれる水分をどうこうすることはさすがに出来ない」

お兄様の言葉に今度はわたしが頷いた。

「はい。そこで、植林の話になります」

「植林?」

「ただそこに土だけがあっても、すぐに流れ出してしまいます。でも、たとえば木などの植物が根を生やしてくれていれば、植物も水分を吸収してくれますし、その根が土の流出を食い止めてくれます」

お兄様が「ふむ」と首を傾げる。

「しかし、植林はしているはずだ。毎年薪を得るために木を切る。その木がなくならないために、植林は行われているはずだ」

そう言われて考える。

……植林は出来ている。

つまり、森や山に木々などの植物はある。

それなのに何故土砂崩れが起こるのか。

「木の根が土の流れを抑えてくれるというなら、植林で効果があるはずだ。だが毎年土砂崩れは起きる」

……うーん、それはそうなんだけど。

「やはり土砂崩れを防ぐなんて無理なんじゃないか?」

そんなことはないはずだ。

前世の世界でも土砂崩れはあったが、そんなに頻発していなかったと思う。

土木工事などではなく、もっと根本的な解決方法があったような……。

口元に一口大のケーキが差し出された。

「あーん」

ルルの差し出したケーキを食べる。

……甘くて美味しい。

もぐもぐと咀嚼しながらも考える。

前世の森と今生の森は、何が違う?

木が減りすぎないように植林はされる。

そして薪が必要になるので木は刈られる。

何もおかしいような気はしないけど……。

「そもそも土砂崩れは自然のものだ。私達が手を加えたところで、なくなりはしない」

「それはそうですけど、でも、土砂崩れを起こり難く出来たらいいなと思いませんか?」

「まあ、確かにそうは思うが……」

コンコン、と部屋の扉が叩かれる。

お兄様が声をかければ、侍従が入って来た。

「書類をお持ちいたしました」

結構な量だった。

別のテーブルを持ってきて、そこへ書類が積み重ねられる。

わたしは立ち上がってその書類を手に取って、目を通していく。

……これじゃない。これも違う……。

被害報告も気になるけれど、今わたしは欲しいのは土砂崩れが起きた場所の地形や環境についてである。

お兄様とルルも立ち上がり、近付いてくる。

「私達も探そう」

「どんな内容を知りたいの〜?」

書類を見ながら二人へ返事をする。

「土砂崩れが起きた場所の環境についてです。たとえばどんな木が生えていたかとか、どれくらい木が植えられていたかとか、どんな植物があったかとか、そういうことが知りたいです」

二人が「分かった」「りょ〜かぁい」と言い、同じく書類へ手を伸ばす。

黙々と三人で書類を見ていく。

お兄様は一度既に目を通した書類だからか、わたしよりも早く確認していた。

あとルルも速読らしくて仕分けが早い。

………………あった!

見つけた書類を読み進める。

確かに植林はされている。

木を切ったら、その分、植えるという感じだ。

でも、言ってしまえばそれだけらしい。

土砂崩れの起きた場所は殆ど人の手が入っていないようだった。

それに土砂崩れが起きた場所は……。

「ルル、お兄様、これを見てください」

声をかければ二人がすぐに顔を上げた。

差し出した書類をお兄様が受け取り、ルルが横からそれを覗き込む格好で読み始めた。

お兄様は書類の頭を読んで内容が分かったのか、すぐにこちらを見た。

「これがどうしたんだ?」

「ほら、ここ、土砂崩れの半年ほど前に、この辺りは全面的に伐採しているんです」

冬用の薪を集めるために伐採したと書かれていた。

どのように伐採したかはともかく、一部区画、もしくは一部分を全面的に伐採したとする。

木の根が残っていたとしても、幹を切られた木は冬の間に成長したり芽吹いたりすることはない。

もしかしたら枯れてしまうものもあったかも。

そうなると、木は弱まり、根の力もなくなるのではないだろうか。

「それに、この森は伐採と植林以外で人の手が入っていないみたいです」

多分、それも問題なのだろう。

「土の流出を防ぐために木は必要ですけど、あんまり沢山あってもダメなんです。密集すると木の枝が太陽の光を遮って、木々自身やそこに生えている植物の成長を阻害してしまって根が強く張れないんです。それで枝も細くなってしまいます。だから間伐、えっと、余計な木を間引く必要があるんです」

あまりに木々が密集して生えている山は良くない。

……と、前世では言われていたはずだ。

「それなら、適度な距離を置いて木を植えればいいということか」

「いえ、距離を開けると今度は木がまっすぐに育たなくなってしまうので、それなりに密集させておいて、成長してきたらほどほどで間引くみたいな感じがいい、だったような?」

「面倒臭いな……」

お兄様が眉を顰め、しかしすぐに顔を上げた。

「つまり、ただ植えるだけでなく、成長したら日差しを遮る余計な木を間引けばいいんだな」

「はい。……あ、確か野菜とかでも余計なものを間引くことがありますよね? そんな感じだと思うんですけど……」

そう伝えれば「なるほど」とお兄様が考える。

「それにしても、リュシエンヌは色々知っているな」

お兄様の言葉に、わたしは笑って誤魔化した。

「王城の蔵書室でよく本を読んでいましたから。どの本かは覚えていませんが……」

「そうか。まあ、あそこは様々な本があるから、そういうものがあっても不思議はない。私ももっと知識をつけないといけないな」

まさか前世のことを話すわけにはいかない。

ルルは黙っていたけれど、それに気付いているようだった。