軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルルとリュシーの日常(1)

新婚旅行から帰り、やがて、冬が来た。

ほんの少しの肌寒さを感じて目を覚ませば、カーテンの隙間から僅かに光が差し込んでくる。

横ではルルが眠っていた。

そっと起き上がり、ベッドから出る。

光の漏れているカーテンを少しだけ開けて外を見れば、空から白い雪がゆっくりと舞い落ちてきた。

外の森は薄っすら白くなっていた。

……どうりで寒いわけだ。

静かに、雪が地面へ降る。

世界中の音が消えてしまったみたいだ。

「リュシー、風邪引くよぉ」

後ろから、ふわっと抱き締められる。

背中に温かな体温を感じる。

「おはよう、ルル」

見上げれば、ルルが目を細めて頷いた。

「おはよぉ、リュシー」

ルルが少し身を屈めてわたしにキスをする。

それからひょいと抱え上げられ、ベッドの縁に下される。

わたしを下ろしたルルが暖炉へ手を翳し、短く詠唱すれば、ボッと暖炉の薪に火が灯った。

ベッドの枕元に置かれていたストールを手に取り、わたしの肩へ羽織らせてくれる。

「ありがとう。ルルは寒くない?」

「オレは平気だよぉ」

シャツにズボンという薄着のルルだけど、本人が言うように、寒そうな様子はない。

空間魔法を展開させ、そこから、ルルがサイドテーブルに引っ張り出したものを置いていく。

ポットとティーカップ、それにスコーン。

多分昨日のうちに用意しておいたものだろう。

空間魔法の中では時間経過がないため、作ったものをすぐに入れれば温かいまま保存出来る。

立ち上がろうとするとルルがこちらを向いた。

「えっと、お手洗いに……」

言えば、ルルが「ああ」と頷いた。

……良かった、さすがにトイレまでついて来る気はないみたい。

用を済ませて戻れば、とぽぽ、とティーカップに紅茶が注がれた。

ルルが一口飲んで、頷いた。

「はい、どぉぞ〜」

渡されたカップを受け取る。

一口飲めば、やや濃いめに入れられた紅茶の味が口に広がり、眠気が消える。

それに少し冷えていたらしい体が内側からじんわりと温まっていく。

ルルはわたしが紅茶を飲んでいる間にブラシを取り出し、ベッドに上がると、後ろからわたしの髪をブラシで梳き始めた。

それが心地良くてホッとする。

「今日は何しよっかぁ?」

ルルの言葉にわたしは返す。

「今日のわたしはルルのお人形だから、好きにしていいよ?」

新婚旅行中に話していたように、今日のわたしはルルだけのお人形なので、ルルの好きにしてくれて構わない。

ルルが嬉しそうに訊いてくる。

「食事もオレが世話していーぃ?」

「うん」

「本もオレが読んであげるね?」

「うん」

今日のことはリニアさん達にも話してあるため、ベルで呼ばない限りは来ないだろう。

ルルがやりたいようにしていいのだ。

「着替えは必要ないかなぁ。部屋から出ないしぃ」

わたしの髪を丁寧に梳きながらルルが言う。

「あ、湯浴みもオレが手伝ってあげるからねぇ」

……それはちょっと恥ずかしい、かな。

でも拒絶するほどではない。

わたしは一つ頷いた。

「うん」

後ろからルルの鼻歌が聞こえてきた。

よほど機嫌が良いのだろう。

ルルが嬉しそうで、わたしも嬉しい。

こんなことでいいなら、いつだって、わたしはルルのお人形になる。

満足するまでわたしの髪を梳いた後、空になったティーカップをルルが回収し、サイドテーブルへ置く。

また抱き上げられて、ルルの膝の上へ下される。

サイドテーブルにルルが手を伸ばし、わたしの膝の上に布を敷いた。

それからティーカップにまた紅茶が注がれる。

そこにミルクも足される。

わたしの好きなミルクティーだ。

ルルがスコーンを取り、一口大に千切ると、それにジャムを塗ってルルが食べる。

頷き、同じく一口大に千切ったスコーンにたっぷりのジャムを塗ったものが口元へ差し出される。

ぱくりとそれにかじりつく。

ほんのり温かなスコーンに甘酸っぱいイチゴのジャムがよく合って美味しい。

朝なので、クリームは要らない。

ティータイムならともかく、朝からクリームもとなると、少し重たいからだ。

飲み込むと、ティーカップを渡される。

両手でそれを持って飲む。

濃く淹れた紅茶をミルクが柔らかくしてくれて、優しい味がする。

ルルの差し出すスコーンを食べては飲み、飲んでは食べを繰り返して、スコーンを二つ食べる。

ルルの手が頬に触れて、顔を上げれば、ぺろりと唇の端を舐められた。

「ジャムついてたよぉ」

ついでとばかりに唇にキスされる。

ちょっと照れていると口元を布で拭われる。

膝の上の布とティーカップが回収された。

わたしを抱き上げたルルが暖炉の近くにあるソファーへ移動し、そこへ腰掛け、わたしを膝の上へ座らせる。

お腹へルルの両手が回った。

ルルに背中を預けるような格好になる。

「リュシーはいつもいい匂いがするよねぇ」

すん、とわたしの肩口に顔を寄せたルルが小さく鼻を鳴らす。

「香油の匂いじゃない?」

「ん〜、それもあるかもしれないけどぉ、そういうんじゃなくてぇ、なぁんかいい匂い」

「ルルは特に何も匂いがしないよね」

暗殺者という本職故か、ルルは基本的に体に匂いがつくのを嫌うので、大体抱き着いても無臭である。

わたしの言葉にルルが「そうしてるからねぇ」と返事をして、すんすん、とわたしの匂いを嗅ぐ。

……あんまり嗅がれると落ち着かない……。

「そういえば、前世で『体臭をいい匂いって感じる異性とは相性がいい』みたいなことを他の女の子達が言ってた気がする」

確か、遺伝子的に自分に近いといい匂いに感じないとか何とか……。うろ覚えだけど。

ルルが「ふぅん?」と不思議そうにこぼす。

「じゃあオレとリュシーは相性いいんだねぇ。オレ、リュシーの匂い好きだよぉ。まあ、そうでなくても相性がいいのはもう分かってるけどぉ」

ちゅ、と首筋にキスされて、小さく体が跳ねた。

それにルルが、ふふ、と笑う。

悪戯に何度もうなじや首筋、耳元にキスされて、くすぐったいやら夜のことを思い出してしまうやらで、顔が熱くなる。

ルルは絶対に分かっていてやっている。

「リュシーはかわいいねぇ」

猫を可愛がるみたいに顎の下を撫でられる。

ギュッと抱き締められた。

「オレ、他人に触るのも触られるのも嫌だけどさぁ、リュシーだけは別なんだよねぇ。むしろずっと触ってたいくらいだよぉ」

「わたしもずっとルルとくっついていたいな」

お腹に回っているルルの手に、わたしも手を添える。

そうすればルルの手がわたしの手を握ってくれる。

ルルがわたしの肩に顎を乗せるので、横を見れば、顔を寄せてキスされる。

何度も触れるだけのそれが繰り返された。

ルルが「あー……」とこぼしながらわたしの肩に頭をこすりつける。

「もっとリュシーのこと可愛がりたい」

掠れたような声にドキリとする。

「えっと、しても、いいよ?」

「……ん〜、いや、まだいい。こうしてリュシーとただくっついてるだけでも気分いいしぃ、そういうのは夜のオタノシミだからねぇ」

「そ、そっか……」

かぷ、と首筋を甘噛みされる。

「今は味見だけにする」

それは、いっそ、食べてくれた方がわたしの気分としてはマシな気がする。

そういうことをしているわけではないのに、ルルに悪戯されると、なんというか、変な気分になってくる。

……我慢だ、わたし……!

ドキドキしているとルルが小さく笑う。

「リュシー、すっごくドキドキしてるねぇ」

腹部にあった手がするすると上がってきて、胸元にそっと触れた。

「だってルルが悪戯するから……」

「期待しちゃった?」

図星を突かれて思わず押し黙った。

ルルが「かーわい」とわたしの耳元で囁く。

「沢山ドキドキして? オレのことだけ考えて、感じて、オレでいっぱいになってよ。そうしたら、夜はデロデロに甘やかしてあげるから」

ぶわ、と顔が熱くなる。

つい想像してしまった。

顔を両手で覆う。

「……もうルルでいっぱいだよ……」

ルルが、あはは、と笑う。

その笑い声はとても嬉しそうだった。

ぴったりとくっついた体からも、きっと、わたしの心臓が早鐘を打っていることが伝わっているだろう。

ドキドキしすぎて少し息苦しいくらいだ。

こういうことがあるから、困るのだ。

普段のルルはわたしを本当に甘やかしてくれて、一緒にいると安心出来て、心地良くて、ちょっと子供っぽいのに、ふとした瞬間に『大人の男の人』な部分を見せるから。

格好良すぎて心臓に悪い……。

手の隙間からチラッと見れば、目が合う。

「リュシー、息止まってる」

無意識のうちに詰めていた息をルルに指摘された。

はぁー……とゆっくり息を吐く。

「……ルルのこと好きすぎて胸が苦しい」

子供の頃もルルのことが好きだったけれど、その時よりも、今の方がずっとずっとドキドキしている。

あの頃はただ安心感の方が強かった。

結婚して、屋敷に移って、そう、ルルと夜を共にするようになってからはこういうドキドキが増えた。

……ルルも男の人だって知っちゃったから。

あの大きな手の感触を覚えてしまったから。

「じゃあ人工呼吸してあげる」

わたしの唇にルルの唇が重なる。

それはわたしの知る人工呼吸には程遠かった。

* * * * *

唇を離せば、はふ、とリュシエンヌが息をする。

人工呼吸などと言ったものの、ルフェーヴルはリュシエンヌに対して好き勝手にしただけだった。

くったりと力の抜けた細い体を抱き寄せる。

……オレの奥さん、かわいいなぁ。

今日一日、ルフェーヴルの人形になる。

そんな約束をして、リュシエンヌは本当にルフェーヴルの好きにさせてくれる。

どんなに愛でても恐らく拒絶しないだろう。

力の抜けたリュシエンヌの耳朶を指でなぞれば、かわいらしく「ん……」と反応する。

見上げてくる、とろんとした琥珀の瞳が綺麗だと思う。

今すぐにでもベッドへ戻ってしまいたいくらいだが、ルフェーヴルはそれを内心で押し隠して微笑んだ。

「かわいい」

ルフェーヴルの言葉にリュシエンヌが少し照れたように目を細める。

密着しているリュシエンヌの背中を通して、ドキドキと早鐘を打つリュシエンヌの心臓の振動が伝わってくる。

恐怖や不安ではないのは分かっている。

ルフェーヴルに触れられて、こんなに素直に反応しているリュシエンヌがかわいかった。

「オレだけのお人形さん」

やっと息が整ってきたリュシエンヌに名前を呼ばれる。

「……ルル……」

昔から、ルフェーヴルの愛称を呼ぶ時だけ、リュシエンヌの声は甘えるような、少し幼い響きになる。

その響きがルフェーヴルは気に入っている。

「リュシー、お昼寝しよ?」

リュシエンヌが頷く。

ひょいと抱え上げて、ベッドへ戻った。

そっとリュシエンヌをベッドへ下ろし、ルフェーヴルも、靴を蹴るように脱ぎ捨てて寝転がる。

この屋敷はルフェーヴルの巣だ。

ここでなら多少気を抜いても問題ない。

ギュッとリュシエンヌに抱き着き、その胸に顔を埋めれば、優しく抱き寄せられる。

……リュシーはどこも柔らかいなぁ。

細くて、柔らかくて、繊細で。

扱いには気を付けなければならない。

ルフェーヴルが力加減を誤れば、リュシエンヌに怪我をさせてしまうかもしれない。

もしそうなったとしてもリュシエンヌは怒らないだろうが、痛みを与えるのはルフェーヴルの本意ではない。

リュシエンヌの背中へ腕を回す。

リュシエンヌはまだドキドキしているようだ。

夜着越しの柔らかな感触が心地良い。

ドキドキしているリュシエンヌの鼓動を感じていると、意地悪をしたくなるが、黙ってリュシエンヌに頭を預ける。

「ねぇ、歌ってぇ」

ルフェーヴルは出来るだけ甘えた声を出した。

リュシエンヌはルフェーヴルがたまに、こうして甘えた声を出すと喜ぶのだ。

「うん」

いいよ、とリュシエンヌがルフェーヴルの頭を撫でる。

細い手が、慈しむように、髪を梳く。

リュシエンヌは静かに歌い出した。

その声がリュシエンヌの体を通して、ややくぐもった音でルフェーヴルに伝わってくる。

女神への賛美歌だ。

この歌が気に入っているのかリュシエンヌが歌う時は、大体、いつもこれである。

ルフェーヴルはこの歌自身には興味はないけれど、リュシエンヌが歌うこれは、悪くない。

静かな部屋にリュシエンヌの歌声が溶けていく。

「ありがとぉ」

歌が終わったところで、体を動かし、リュシエンヌへ口付ける。

そうしてリュシエンヌを抱き寄せ、仰向けになる。

ルフェーヴルの上にリュシエンヌが乗っかった。

「重くない?」

リュシエンヌが言う。

「軽いよぉ」

リュシエンヌの重みがいい。

確かに物凄く軽いわけではないが、人間一人分のこの重みが、リュシエンヌという存在をルフェーヴルに感じさせてくれる。

ルフェーヴルが目を閉じれば、リュシエンヌも同じく目を閉じたようで、静かになる。

しばらく互いの呼吸の音だけを聞いていると、リュシエンヌの呼吸がゆっくりになっていく。

やがて、それは寝息に変わった。

目を開けて、胸元を見れば、リュシエンヌの頭頂部がルフェーヴルの胸に乗っかっている。

リュシエンヌは元から寝つきがいい。

どこでも寝れるし、よく寝るし、いびきもない。

すぅ、すぅ、と規則正しい寝息に耳を傾ける。

それを聞いているとルフェーヴルも眠くなる。

もう一度目を閉じて、体の力を抜いた。

深い海の底に沈んでいくように、じわりと眠気が意識を包んでいく。

リュシエンヌをしっかりと抱き締める。

ルフェーヴルはゆっくりと息を吐き出す。

ややあって、ルフェーヴルも意識を手放した。

* * * * *