作品タイトル不明
師匠とリュシエンヌ
「そろそろ夕食の準備をしようか」
長い話の後、ガルムさんはそう言った。
ここに泊めてくれるということだろう。
ヴィエラさんが「お手伝いします」と動き出し、それを見ていれば、ガルムさんがこちらを向いた。
「ルフェーヴル、薪割りを頼むよ」
ルルが「ええ〜?」と不満そうな声を上げた。
「裏に薪はあるから」
と、だけ言ってガルムさんはヴィエラさんと共にキッチンへ向かった。
ルルは面倒臭そうな顔をしつつも立ち上がる。
「薪割り、するの?」
「うん、してくるよぉ。……だから嫌だったんだよねぇ。絶対オレのことこき使うって分かってたからさぁ」
ルルが文句をこぼしながらも上着を脱ぐ。
武器を収めたホルスターが現れた。
「わたしも手伝う」
立ち上がればルルが振り返る。
「リュシーも薪割りやってみる〜?」
「うん」
手を差し出されて、その手を握る。
そうすればゆったりとルルが歩き出す。
玄関へ向かい、扉を開けて、外へ出た。
ガルムさんの言う通り、家の裏手に回ると壁沿いにまだ割っていない薪が沢山積んである。
ルルがそれを見て「うげ」とこぼす。
「あのクソジジイ……」
若干恨めしそうな顔をして、ルルが袖を捲り、近くにあった切り株に刺さったままの斧を引き抜いた。
それから後ろにいるように言われる。
「割った薪が飛ぶと危ないからねぇ」
そして、薪の山から適当に一つ持って来ると、切り株の上にそれを立てた。
ルルが斧を軽い動作で振り上げる。
「よっと」
振り下ろされた斧が薪を割った。
カコォーンともパコォーンともいうような、なんだか聞いていて気持ちの良い音だった。
二つに割れた薪の一つをルルが拾い、また切り株の上へ立てる。
ルルが振り返った。
「リュシー、おいでぇ」
手招かれて近付けばルルに斧を渡される。
かなりずっしりと重く、刃が厚い。
持ち上げるのは少し大変だ。
ルルが後ろから斧の柄を持って補助してくれる。
「こうやって持ち上げてぇ」
ルルのおかげで斧はあまり重くない。
「こう振り下ろすんだよぉ」
ぐっと柄に力が込められ、斧の頭の重さを利用するように振り下ろされる。
斧の刃が薪の真上に当たった。
パコォーンと小気味良い音が響く。
「割れた!」
手に、確かに硬い感触があった。
「割れたねぇ。面白い〜?」
「面白い。けど、わたし一人で割るのは無理かも」
「あ〜、まぁ、リュシーが一人で割るのは難しいだろうねぇ。まず割るにはコツがいるからなぁ」
ルルがわたしを解放する。
「でも全部の薪を割るのは大変だね」
一つ一つ割っていったら時間もかかりそうだ。
ルルが「ほっ」と斧を切り株に突き刺した。
「手で全部割るのは効率悪いからしないよぉ」
「そうなの?」
「魔法でやった方が楽だし早いからさぁ」
ルルが詠唱を行う。
魔法式が浮かび上がった。風属性のものだ。
壁際に積み上げられた薪がふわっと持ち上がり、それをルルが庭先に移動させる。
改めて見ると結構な量だ。
ルルが更に詠唱をすれば、別の魔法式が展開して、薪がバラッと同じ大きさに割られた。
風属性の魔法で切り裂いたようだ。
大量の大きな薪が、大量の細い薪に変化して、その分、見た目のかさが増えた気がする。
最初の魔法でふわふわと薪を運び、また家の壁際に積み上げた。
「はい、終わり〜」
あっという間の薪割りだった。
ぱちぱちと拍手をする。
わたしが手伝うことなんてなかった。
「お疲れ様、ルル」
ルルがわたしに抱き着いてくる。
「中に戻りたくなぁい」
「こき使われるから?」
「そぉそぉ、今度は水汲みしろーって言われるんだろうしぃ」
ルルの場合はそれも魔法でラクしてそうだが。
なんとなくガルムさんがルルに頼む理由が分かる気がする。
何を頼んでもあっさりやってしまうから。
ルルをくっつけたまま家の中へ戻る。
「薪割り終わったよぉ」
「じゃあ次は水汲みをしてもらおうかねえ」
ルルの想像した通りである。
ルルが「やっぱりなぁ」とぼやいた。
「リュシーはココにいてぇ」
と、言われたので頷いた。
ルルは袖を捲り直しつつ出て行った。
その背中を見送り、顔を戻すと、ガルムさんと目が合った。
手招きされてテーブルへと座った。
わたしの向かい側にガルムさんが腰掛ける。
「ルフェーヴルはあなたを大切にしているようですね。あの子があんな風に誰かにべったりしているところは初めて見ました」
それにわたしは苦笑した。
「ルルは人との触れ合いが嫌いですから」
「そうですねえ、あの子は単独行動を好みます」
ガルムさんが一つ頷く。
「ルフェーヴルが婚約、結婚したことは、実はヴァルグセイン殿より伺っておりました」
「そうなのですね」
一瞬、ヴァルグセインって誰だっけと思ったが、すぐに闇ギルドのギルド長アサド=ヴァルグセインのことだと分かった。
ガルムさんがルルのことを知っていることに驚く必要はない。
師匠なのだから、弟子の動向を気にするのは当然だと思う。
「わたしもルルからお師匠様のお話は伺っていました」
「クソジジイ、と言ってたでしょう?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁したわたしにガルムさんが微笑する。
ルルがガルムさんのことをそう呼んでいるのは、本人も知っていて、それでいいと思っているのだろう。
「実際、私は弟子達に対しては厳しく接しました。ルフェーヴルには特に。ですから、そう言われても仕方がありません」
全く気にした様子はなかった。
それが事実であると受け入れている風だった。
チラと玄関を見る。まだルルは戻って来ない。
少しだけ声を落として言う。
「わたしが言うべきことではないかもしれませんが、ルルのあれは愛情の裏返しだと思います。照れ隠しかもしれませんけど、とにかく、ルルにとってあなたは『特別』です」
ガルムさんが目を瞬かせた。
意外なことを聞いたという顔だ。
「そうでしょうか? 私から見れば、あの子の『特別』はあなたのように見えますよ」
それにわたしは笑って頷いた。
「はい、多分わたしも『特別』です。でも『特別』にも色々な種類があります。わたしの『特別』とお師匠様への『特別』は違っていて、だけど、きっとルルの中にはお師匠様もいるんです」
だからお師匠様を見た時、外見は全く似ていないのにルルに似ていると感じた。
だからルルはお師匠様の口調を真似ている。
だからお師匠様の言うことを素直に聞いている。
本当に嫌だと思ったら絶対にしない人だ。
文句を言いながらも薪割りや水汲みをするところを見るに、ルルはお師匠様とのその関係性を本気で嫌がっているわけではない。
「それに、ここに来てからのルルはちょっと子供みたいでかわいいんです」
「……かわいい?」
「はい、ルルはあの性格ですから、嫌なことは絶対にやらないでしょう? ああやって文句を言いながらもやってる姿が反抗期の、親は気になるけれど構われると素直になれない子供っぽくて、かわいいんです」
ルルが文句を言いながらもやるのは、きっと、お師匠様に言われたからというだけではないだろう。
この、片足を引きずっている人のためだ。
こうして向き合って気付いたが、火傷の跡は右手にもあり、恐らく右足にもあるのだろう。
もしかしたら右半身、服に隠れている場所にも火傷の跡が広がっているのかもしれない。
魔法が使えたとしても不自由な体では、やり難いことも多いはずだ。
ルルは目端の利く人だし、子供の頃はずっと傍にいたのだから、お師匠様の体のことは知っている。
知っているから、文句を言いながらも頼まれたことをこなしているのだろう。
そこが、可愛いと思う。
素直になれない人なのだ。
……わたしには素直だけど。
ルルのそんな不器用な部分を見て、いつも何でも器用にこなしているからこそ、余計にそんなところがかわいい。
「ルフェーヴルを『可愛い』と評するのはあなたくらいでしょうねえ」
感心したような声音で言われた。
話を聞いていたのかヴィエラさんがこちらに背中を向けたまま、うんうんと頷いていた。
確かに可愛いと言うにはルルは危険な部分が多い。
その見た目と口調に騙されると痛い目を見ることになるだろう。
「そうであれば嬉しいです」
ルルのかわいいところはわたしだけが知っていればいい。
「しかし本当にあの子と共にいる道を選んでよろしいのですか? あなたには王女として、もっと良い暮らしと人生を送る道もあったと思います。森の中の屋敷でひっそりと暮らすのは寂しいものですよ」
それに、この人はわたし達のことを全て知っているのだと改めて感じた。
同時に試されている気配もあった。
暗殺者(ルフェーヴル) の傍にいる勇気はあるのか。
闇の世界に足を突っ込むつもりがあるのか。
王女には似合わない。
そう、遠回しに言われているようだった。
「わたしの人生に最も必要な存在がルルなんです」
わたしは王女で、王族で、表側の人間で。
ルルの生きている世界で、生き残れるような人間ではなくて。
お師匠様からしたら頼りなくて弱い存在なのだろう。
…………でも、だからなんだと言うの?
「ルルがいればそれだけでいい。ルルがいない人生なんて、世界なんて、要らない。わたしの中にルルがいて、ルルの中にわたしがいて、そうしてわたしを殺すのはルフェーヴル=ニコルソンただ一人。わたしを生かすも殺すも、ルルだけが好きにしていい」
わたしが王女だとかルルが暗殺者だとか、そんなもの、どうだっていいのだ。
大切なのはルルとわたしの気持ちだけ。
わたし達が互いに愛し、執着し、依存し、求め合っている。必要なことはそれだけだ。
「王位継承権も、王族としての暮らしも、ドレスも、宝石も、豪華な食事も、何も要らない。ただ、傍にルルがいてくれれば、わたしはそれだけで幸せになれる」
でもルルは自尊心が高いから、独占欲が強いから、わたしに自分が良いと思う物を与えようとする。
自分の手の中からわたしが逃げないように、居心地の良い場所を作ってわたしを囲い込む。
それほどわたしに執着してくれている。
そんなルルがかわいくて仕方がない。
「あの子は暗殺者で、死と隣り合わせの仕事です」
「分かっています」
ルルの主な仕事は暗殺と間諜だ。
どちらも相手に気付かれれば殺される。
だけどルルはそのスリルが好きらしい。
「ルルは必ずわたしの下へ帰ってきます。たとえ傷を負っても、死にかけても、自分が死ぬ前にわたしを殺すために──……来てくれる」
ルルに殺されるなら怖くない。
ルルの手で逝けるのは幸福なことだ。
「わたしはそれが何よりも嬉しいんです」
いつの間にか室内はシンと静まり返っていた。
……ルルのこと、最初は『ヤンデレだ!』って思ったけど、わたしも同じくらいヤンデレだよね。
ルルには死んでほしくないといつだって思う。
でも、わたしの我が儘でルルが本職を辞めるのは違うと思うし、それはルルのこれまでの人生を否定しているみたいで嫌だ。
暗殺者という仕事はルルの人生なのだ。
それなら、ルルの好きなように生きればいい。
ただそこに、わたしの居場所があればいい。
「なるほど」
ガルムさんが顎を右手でゆっくりと撫でた。
「てっきりあの子があなたに入れ込んで、王家から王女を奪ってきたのだと考えていましたが、どうやら思い違いをしていたようですねえ」
それにわたしは笑った。
「ルルを捕まえたのはわたしの方です」
お父様やお兄様はよく「とんでもない男にリュシエンヌを奪われた」と冗談交じりに言っていたけれど、それは正しくない。
本当は、 王女(わたし) が 暗殺者(ルル) を手に入れたのだ。
「そのようですね」
ふ、とガルムさんが笑った。
「あの子に執着出来るものが見つかって良かったです。……暗殺者としては褒められたことではありませんが」
「どうしてですか?」
「それは弱点になり得るからですよ。昔のルフェーヴルには執着するものがなかった分、弱点もありませんでしたが、今はあなたという弱点があります」
…………弱点、かあ。
考えてみて、やっぱり違う、と感じた。
「むしろ逆鱗かもしれませんね」
寓話の中で語られている、竜の喉にあるという逆さまの、たった一枚の鱗。
そこに触れられると竜は怒り狂い、触った者を殺してしまうという鱗。
わたしに何かあればルルは怒るだろう。
悲しむとか苦しむとか、そういう感情よりも、自分のものに許可なく触れられた怒りで相手を殺してしまいそうな気がする。
「確かに今のルフェーヴルが本気を出せば、大抵の人間は敵わないでしょう」
「分かるんですか?」
「ええ、これは言葉では上手く説明出来ませんが、対峙した瞬間に感じました。今のあの子は私よりも強く、魔力量も恐らく多く、そして昔と違って生きる意志があります」
その辺りは暗殺者同士だからなのだろうか。
わたしにはルルの力量というのは分からないが、これまでの経験と信頼から、ルルは誰よりも強いと知っている。
「暗殺者は何かに執着すべきではない、と言いたいところですが、実際、暗殺者には生きることへの執着が必要なのです。対象を暗殺し、依頼主のところへ戻る。そこまで出来ることが真の暗殺者であり、暗殺を気付かれて、逆に殺されてしまうようでは暗殺者とは呼べません」
ああ、そうか、と思った。
この人は弟子を気にして、心を傾けている。
だからルルの動向を知っていた。
ヴィエラさんが一緒に来ても驚かなかった。
多分、闇ギルドを通じてルルとヴィエラさんの情報をずっと得ていたのだろう。
「……続きはまた明日にしましょうか」
ガルムさんが苦笑するのと同時に玄関扉が開けられる。
振り向けば、ルルが不機嫌そうな顔で扉を閉める。
ずんずんと歩いてくるわりに足音は静かだ。
「ちょっとぉ、水汲み用の桶壊れてたんだけどぉ?」
「ああ、そういえばこの間、壊れたんだ」
なんてことない風にガルムさんが言う。
それにルルが眉を顰めた。
「直したけどさぁ、今までどうやって水汲んでたわけぇ?」
「魔法で水を汲んでいたよ。……こうやってね」
ガルムさんが小さく詠唱すると、自分のティーカップへ手を翳した。
中に残っていたお茶が、ちゃぷん、と水球になって空中に浮き上がる。
「あ、そっか、魔法」
思わず手を叩いたわたしにガルムさんが、浮かせたお茶をティーカップへ戻す。
「……それあるなら、オレが水汲みする必要なかったんじゃなぁい?」
横にいたルルは不貞腐れた顔をしていた。
……確かに。
魔法で水を浮かせられるなら、わざわざ井戸や川から水を汲む必要はないだろう。
魔法で水を浮かせてこのまま運べば済む話である。
ガルムさんは静かに微笑んでいた。