軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の二人(1)

リュシエンヌ様とニコルソン──……いや、ニコルソン子爵が結婚式を挙げた。

式での二人は本当に美しかった。

まるで精霊達が舞い降りたのかと思うほどだった。

純白のドレスに身を包むリュシエンヌ様も非常に美しく、同時に、初めて出会った時のことも思い出した。

当時はまだ爵位を持っていなかったニコルソンの腕の中で小さく震えていた幼い女の子。

酷く痩せていて、不健康な傷だらけの体。

ファイエット邸で暮らしていくうちに痩せ細っていた体は少しずつ健康的になり、傷も薄くなり、そして表情が増えていった。

主人であるが、同時に、長く傍で見守り続けたその存在は妹のようでもあった。

メルティには弟や妹達がいたが、この十一年の間に成長して、成人を迎えた。

母親は末っ子の出産で無理をしたせいか体が弱くなってしまったが、メルティが仕送りをし、父親が献身的に支えているおかげで大分良くなっている。

メルティは結婚だけが幸せだとは思っていない。

結婚しなくとも、今こうして、やりがいのある大好きな仕事を続けているだけで幸せだった。

リュシエンヌ様の挙式の後、メルティは先輩侍女のリニアさんや数名の王女付きの護衛騎士と共にそのまま馬車に乗り込んで新しい屋敷へ向かった。

その準備は既に整っていたので何ら問題はなかった。

ニコルソン子爵に前もって言われていなければ大変なことになっていただろう。

たとえ着の身着のままでも躊躇いなくニコルソン子爵はリュシエンヌ様を連れていっただろうから。

……あの子はそういうところが昔からあるのよね。

メルティからしたら、ニコルソン子爵もまた、手のかかるちょっと気難しい弟みたいな存在だった。

ニコルソン子爵とリニアはたまに反発していることもあったけれど、メルティは比較的仲が良かった。

彼が何かやったり言ったりしても、メルティからしたら、手のかかる弟がまたやった、くらいの感覚であった。

メルティが何でも許すものだから、ニコルソン子爵は自分勝手に動き、それに気付いたリニアさんが苦言を呈したり注意をしたりして、二人が口喧嘩をする。

……でも二人とも、リュシエンヌ様の前では仲良く振舞ってるんだよね。

喧嘩をするのも一種の仲の良さだろう。

ちなみにリュシエンヌ様は、ニコルソン子爵とリニアさんのその微妙な関係に気付いているようだ。

それでも仲違いするほどではないため、そのまま二人の関係に口出しはせずいる。

リュシエンヌ様は大らかというか寛容というか。

物事への関心が薄い。

リュシエンヌ様が関心を寄せるのはニコルソン子爵や、ご家族である国王陛下やアリスティード殿下など、本当にごく少数の人のことだけだ。

「あったかいね」

「あったかいねぇ」

緩い会話が聞こえ、メルティは意識を戻した。

新しい屋敷の主人達の居住区である三階。

その居間の床に主人達が寝転がっている。

暖炉には薪がくべられ、火が灯り、室内全体を暖かくしてくれている。

そして暖炉の前に、少し離して分厚い毛足の絨毯が敷かれており、そこにクッションなどをいくつも持ってきて、主人達が寛ぐ。

リュシエンヌ様は体を締め付けない寝間着のまま。

ニコルソン子爵もかなりラフな格好だ。

互いに身を寄せ合っている。

「リュシー、あーん」

「あーん」

しかも寝転がったまま、果物を食べている。

互いに食べさせ合う姿は微笑ましい。

このお屋敷に来て三日経ったが、主人達はのんびりと新婚生活を楽しむことにしたようだ。

リュシエンヌ様はこれまで王女として忙しく日々を過ごしてきた。

そんなリュシエンヌ様に付き添って、ニコルソン子爵もまた、忙しかったのは明白だ。

そんな二人が解放されたのだ。

元々、互いしか見えていない二人だ。

婚姻後、すぐにこうならなかっただけ驚きだ。

きっとどちらも我慢していたのだろう。

「美味しい〜?」

「美味しいよ。ルルも食べる?」

「食べる〜」

べったりくっついて主人達は楽しそうだ。

あんなに無邪気に笑うリュシエンヌ様もニコルソン子爵も初めて見た。

きっと、この屋敷では気を張る必要がないのだ。

ニコルソン子爵がラフな格好なのも珍しい。

……まあ、それも分かるけど。

この屋敷の使用人達は皆、普通ではない。

誰も彼もが足音も気配もなく移動し、淡々と仕事をこなし、表面上は好意的だが探るように対応される。

ニコルソン子爵から、この屋敷で働く者は闇ギルド経由で雇い入れた者達だと聞いていなければ気付けなかったかもしれない。

だが知っていれば違和感の理由が分かる。

しかし今は同じ主人へ仕える同僚である。

しかも皆、戦闘に長けているということは、メルティに戦闘力がなくとも問題ないということだ。

メルティはあくまで一介の侍女に過ぎない。

いざとなれば主人の盾になる覚悟はあるが、リュシエンヌ様の性格上、それは喜ばないだろう。

だからメルティも戦闘に関しては他のそれに長けた者達に任せることにした。

「ねえ、チョコレート食べたぁい」

ニコルソン子爵が仰向けになると手を振った。

それに、横に控えていたヴィエラさんが用意をするために静々と下がっていった。

リュシエンヌ様がふふふと笑う。

「ルルはチョコが本当好きだね」

「うん、好きだよぉ」

「わたしもチョコ好き。美味しいよね」

「あの味はクセになるよねぇ」

夫婦になって、この屋敷に来て。

本当の意味で夫婦になった主人達だけれど、ほわほわとした緩い空気が漂っている。

二人がチョコレートについて話しているとヴィエラさんがサービスワゴンを押して戻ってくる。

その上にはチョコレートだけでなく、ティーセットも用意されていた。

メルティも動き出し、お茶の準備をする。

「奥様、旦那様、ご用意が整いました」

そう声をかけると二人が同時にムクリと起き上がる。

チョコレートの話をしていたからだろうか、二対の瞳が期待に満ちた様子でこちらを見る。

「リュシー」

先に立ち上がったニコルソン子爵が手を差し出す。

それにリュシエンヌ様が手を重ねた。

「ありがとう、ルル」

「どういたしましてぇ」

ニコルソン子爵がリュシエンヌ様の手を引っ張り上げて立たせる。

そうしてそのままテーブルまでエスコートする。

椅子まで引いてあげていた。

元は侍従として傍にいただけあって、ニコルソン子爵はリュシエンヌ様限定でかなりの世話焼きである。

下手に手を出すと睨まれるので、ニコルソン子爵が傍にいる時はリュシエンヌ様に関することを任せている。

ニコルソン子爵はもう片方の椅子をリュシエンヌ様の横に引っ張ってきて、雑に座った。

やや乱雑な座り方なのにあまり音は立たない。

「うわぁ、美味しそう」

皿の上に並べられたチョコレートにリュシエンヌ様が目を細めて嬉しそうに笑う。

それにニコルソン子爵も釣られるように笑った。

「どれも美味しいよぉ」

「ルルは食べたことがあるの?」

「うん、全部オレが選んだやつだからねぇ」

「そうなんだ」

ニコニコと二人が笑って話をしている。

リュシエンヌ様はしばらくチョコレートを眺めて、オシャレな見た目を楽しんだ後、手を伸ばした。

「ど〜れにしよ〜うかな、天の神様の言うと〜おり」

歌うように言いながら、指でチョコレートを数えていく。

「なぁに、それぇ?」

「どれを一番にするか選ぶ歌?」

「変なのぉ」

ニコルソン子爵がおかしそうに笑う。

変、と言っているがその目はリュシエンヌ様が可愛くて仕方ないという風だった。

どれを食べるか選べなくて、歌に任せてしまうのは何だか子供っぽくてお可愛らしい。

「決めた、これ」

チョコレートの一つを指差す。

ニコルソン子爵がそれを取った。

「あーん」

「あーん」

まるで鳥の親と雛みたいだ。

今度はリュシエンヌ様がチョコレートを手に取り、ニコルソン子爵の口元へ差し出した。

それをニコルソン子爵がパクリと食べる。

横に控えるヴィエラさんから微妙にげんなりしたような雰囲気を感じられて、少しばかり苦笑してしまう。

この二人の甘い日常は慣れないと大変だ。

慣れてしまえばただただ微笑ましいのだが。

「指についてるよぉ」

ニコルソン子爵がリュシエンヌ様の手を取り、指先をぺろりと舐めた。

それから布で拭う。

リュシエンヌ様はニコリと微笑んだ。

「ありがとう」

普通は舐める必要はないのだけれど。

ニコルソン子爵は行動の端々にリュシエンヌ様への愛情というか、執着というか、そういった部分が垣間見える。

その点ではリュシエンヌ様の方は少し分かり難い。

でもリュシエンヌ様もかなりニコルソン子爵を愛して、執着しているのだ。

「ルル、大好き。愛してる」

リュシエンヌ様がニコルソン子爵に言う。

ニコルソン子爵が蕩けるような笑みを浮かべた。

「オレもリュシーが大好きだし、愛してるよぉ」

互いに手を重ね、二人がキスをする。

チラと横目にヴィエラさんを見れば無になっている。

主人達は使用人の前、特に侍女達の前ではこういうことを全く気にせず行う。

この二人にとって触れ合いは当たり前だし、婚姻して以降はキスもするようになった。

……頑張って、ヴィエラさん。

リュシエンヌ様とニコルソン子爵に仕える以上はこれに慣れるしかない。

ちなみに他の、リニアさんや護衛騎士以外の使用人達もこの主人達のべったり具合に目を丸くしていたし、何なら遠い目をしている者もいた。

それを思い出しながらもメルティは微笑んだ。

弟、妹のように思っている二人が今日も幸せそうで何よりだ。

* * * * *

闇ギルドの斡旋で就職した先は貴族の屋敷だった。

しかも、その貴族というのが闇ギルドランク二位の、あのルフェーヴル=ニコルソンという暗殺者ということを知った時は驚いた。

ここ十年ほど殆ど姿を見かけなくなった凄腕の暗殺者だが、軽薄そうな雰囲気を纏った人物だと記憶している。

自分と同じ歳くらいに見えるのに、ランク二位というその才能に嫉妬したこともある。

おまけに気付けば自国の王女と結婚までしていたのだから、何がどうなってそうなったのかと疑問だらけになったのは言うまでもない。

……暗殺者としても確固たる地位を築いているのに、王女殿下と結婚して貴族にまでなるなんて。

色々な意味で羨ましすぎる。

ここに就職したのも、もしかしたらルフェーヴル=ニコルソンのあの強さの理由が分かるのではと思って来たのだ。

そのはずだったのだが。

「ルル、お庭を見てもいい?」

「いいよぉ。せっかくだから散歩しよっかぁ」

歩いてくる主人達に脇へ避けて頭を下げる。

「天気もいいしぃ、昼食は外で摂る〜?」

「それ良さそうだね」

二人の後ろからついてきた侍女のうちの一人が「厨房に伝えてまいります」と下がっていった。

今下がった侍女だってヴィエラ=ラジアータと言って闇ギルドで名を聞くほどの暗殺者だ。

かなりの美女で、実はずっと想いを寄せてきた。

でもここに就職した際に、執事のクウェンサー=スペラードと夫婦であると知って、俺の恋は砕け散った。

……それにしても。

通り過ぎた主人達をチラと見る。

……王女殿下もかなりの美人だ。

美女というにはまだ幼い雰囲気が少し残るが、少女というには成熟しており、バランスの良い体型をしている。

あの無駄に顔の良いルフェーヴル=ニコルソンの隣にいて、全く見劣りしない。

そこはさすが王女という他ない。

「そうだ、日傘がいるよねぇ?」

ルフェーヴル=ニコルソンがそう言って、空間魔法を展開させて、そこから奥方の日傘を取り出した。

……そう、これもまた驚きなのだ。

あの軽薄で、掴みどころのなさそうな、風の噂で聞く限り非情な暗殺者であったはずのルフェーヴル=ニコルソンが、妻である王女には甲斐甲斐しく世話を焼いている。

……人間、変わる時は変わるものなんだな。

闇ギルドから斡旋を受けた他の使用人達も、最初はかなり戸惑ったし驚いたが、王女やそれに仕える侍女達が平然としているので、その様子が主人達にとっては当たり前なのだろう。

それからはあまり考えないことにしている。

……決して羨ましいと思っているわけではない。

暗殺の腕も高く、貴族の地位を授かり、美しい王女を妻に迎え、使用人達に傅かれて暮らす。

……やっぱり羨ましい。

せめて俺も恋人くらいは欲しいものだと内心で肩を落としてしまう。

…………はあ、仕事しよう。

主人達が角の向こうに消えてから歩き出す。

色々と思うところはあるものの、この職場は悪くない環境である。

使用人の居住する棟も綺麗だし、全員個室を与えられているし、同僚達も闇ギルドからの知り合いが多いので互いに詮索はしないし、食事も美味いし、給金も良い。

どう頑張っても二流の俺が暗殺の道にしがみつくよりもずっとマシな暮らしが出来る。

それでも腕を磨くことはやめられないが。

……あーあ、やめだやめだ。

人を羨んでばかりいてもどうしようもない。

軽く首を振り、俺は仕事をするために歩き出した。

* * * * *