軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の二人(2)

穏やかな午後の昼下がり。

初夏の少し暑い日差しの中、屋敷の庭先で主人達がのんびりとティータイムを楽しんでいる。

この屋敷に主人達が居を移して早四ヶ月。

毎日、二人は幸せそうに過ごしていた。

「ルル、このクッキー食べてみて? チョコレートで包んであるんだよ」

「そうなんだぁ」

奥様が旦那様へクッキーを差し出した。

そうして旦那様がパクリとかじりつく。

奥様は柔らかなレモンイエローのドレスに身を包み、旦那様はきちんとした格好をしている。

この屋敷へ移ってしばらくの間、二人はかなり怠惰な生活を楽しんでいた。

昼頃に起きて、特に身支度もせずにダラダラと過ごし、遅めの昼食を部屋で摂る。

二人とも、少しの間も離れがたいという風だった。

実際、主人達は殆どの時間を共に過ごしていた。

四ヶ月経って、やっと少しの間、離れるようになった。

そうは言っても、旦那様は決して奥様を一人にさせることは許さず、自分が傍にいない間のことは逐一報告させていた。

今日は奥様がお菓子作りをしたいと言い出して、厨房で奥様がお菓子作りをしている間も旦那様はそれを笑顔で眺めて過ごしていた。

「うん、美味しいよぉ」

旦那様が目尻を下げて笑う。

それに奥様も嬉しそうに笑い返した。

「ルルのために作ったから沢山食べてね」

それをどこか懐かしい気持ちで眺める。

まだファイエット邸で過ごしていた頃、やはりこうして奥様は旦那様のためにクッキーを作っていた。

小さな手が生地を混ぜて、丸めたり伸ばしたり、型を取って、それらが焼き上がるまでオーブンから離れなかった。

……その辺りはお変わりないわね。

今日の午前中も、クッキーが焼き上がるまでソワソワと落ち着かない様子でオーブンを眺めていて、その姿は昔とちっとも変わらない。

でも昔よりもお菓子作りが上手になっている。

味見と称していただいたクッキーはどれも美味しかった。

今度は料理人にケーキの作り方も教わるようだ。

奥様は人と仲良くなるのが上手い。

この屋敷で働く使用人達の殆どは闇ギルド経由で入れた者達で、そのせいか、気難しい者が多い。

仕事は真面目だし、丁寧なのだが、警戒心が強くて親しくなるには時間がかかりそうだ。

だが、奥様はあっさり料理人やキッチンメイド達と仲良くなっていた。

……奥様は昔から察しが良かったもの。

相手の心に無理に踏み込まず、相手の嫌がることはせず、ほどよい距離感を保つのが上手かった。

しかも奥様は闇ギルド経由で雇われた者達と知りながら、全くそれを感じさせない普段通りの態度で接しているのも良いのかもしれない。

この屋敷はとても静かだ。

ここで聞こえる笑い声と言えば奥様のものくらい。

使用人達は皆、音もなく仕事をこなし、移動し、必要以上のお喋りはしない。

そういった点では奥様の元いた宮に似ている。

あそこもかなり静かな場所だった。

闇ギルドから雇った使用人達は『使用人』として非常に優秀だ。

仕事も早く、存在感を消し、そして彼ら彼女らは誰もが戦闘に長けている。

むしろここでは戦闘があまり得意ではないリニアやメルティの方が珍しい。

共に控えているヴィエラという侍女も戦える。

何でも旦那様の兄弟弟子らしい。

つまりは暗殺者なのだ。

それに関して思うところはない。

奥様を守ってくれる存在ならばそれで良い。

「ねえ、二人も一緒にお茶しない?」

奥様が私達を見る。

そして旦那様へ視線を移した。

「ダメ?」

旦那様は笑って「いいよぉ」と言った。

「それでは失礼いたします」

リニアは椅子を持ってきて、空いているスペースに置き、腰掛けた。

奥様がファイエット邸にいた頃から、たまにこうしてお茶に誘われることがあったため慣れたものだった。

しかしヴィエラは初めてのことに目を丸くした。

「ヴィエラさんも」

奥様に声をかけられてヴィエラも椅子を持ってきて、席に着く。

リニアは一旦席を立つと二人分の紅茶を用意して置くと戻った。

あえて奥様の作ったものを避けて、料理人達が作ったお菓子を皿へ取り分ける。

「こうしてリニアさんとお茶をするのは半年ぶりかな?」

「ええ、そうですね、奥様もお式などで色々とお忙しかったですから。それに新婚のお二人を邪魔するのは気が引けます」

「まあ」

奥様がおかしそうにクスクスと笑う。

ヴィエラもお菓子を取っているが、うっかり奥様の作ったものに手を伸ばしかけて旦那様に睨まれていた。

その無言のやり取りを横目に奥様を見やる。

……ああ、本当に成長されたな。

それにとても幸せそうだ。

「わたしね、リニアさんやメルティさんがついて来てくれて凄く嬉しいの。新しいお屋敷で、新しい使用人達ばかりだから少しだけ心配してたけど、昔から一緒の二人がいてくれて心強いよ」

「そう言っていただけて光栄です。私も奥様が新しい場所で心細くなってしまわれるのではと心配しておりましたので、こうして共に参れて良うございました」

それはリニアの本心だった。

十一年、ずっと見守ってきて、リニアにとってリュシエンヌという存在はもう我が子のようなものだった。

使用人という立場ながらに慈しんできた。

……奥様は沢山我慢して、沢山頑張った。

子供の頃は本当に我が儘を言わない子だった。

活発なところはあったけれど、それは子供ならば当然のことで、我が儘とは言わない。

王女として表に出るようになってからは王族としての立ち居振る舞いを求められて、我慢したことも多かっただろう。

奥様は旧王家とは正反対に振る舞われた。

遊びたいだろうに公務にも励まれた。

学院も飛び級をしてたった一年で卒業した。

これはかなり驚くべきことだ。

そのために奥様は公務の合間に睡眠時間を削ってきちんと勉学を続け、その努力によって二学年も飛び級したのだ。

……たった一年しか通えないなんて。

けれど、その一年を奥様は嘆くこともなく、精一杯楽しんでいた。

その前向きさがリニアは好きだ。

奥様が照れたように笑った。

「あのね、わたしずっとリニアさんのこと、お母様みたいだなって思っていたの。もしわたしにお母様がいたらこんな感じなのかなって。メルティさんもお姉さんみたいに思ってる」

その言葉にじんわりと喜びがこみ上げる。

「私も、奥様のことは我が子のように思っております。幼い頃よりずっとお傍で見守ってきた可愛い娘です」

奥様も同じように感じてくれていた。

侍女という立場は特別だ。

特に奥様の場合は乳母がいなかった。

だからこそ、旦那様の次に傍で見守ってきたという自負がある。

「本当?」

「はい、私は奥様に嘘は吐きません」

「そっか。……凄く嬉しい」

奥様が本当に嬉しそうにはにかんだ。

そんな奥様を、旦那様が目を細めて愛おしそうに横で眺めている。

当初は旦那様のことは信頼出来るのかと少々疑っていたけれど、今ではもう、旦那様以上に奥様のことを考えている人間はいないと知った。

だからこそ陛下もアリスティード様も旦那様に大事な奥様を任せたのだろう。

「……ねえ、リニアさん」

奥様が言う。

「このお屋敷の、ううん、わたし達の時だけだから。……リニアお母様って呼んでもいい……?」

……それは……。

期待のこもった眼差しで見つめられる。

それに勝てるはずもない。

「はい、良いですよ」

頷けば、奥様の表情がパッと明るくなる。

「ありがとう、リニアお母様!」

その笑顔をこれからも見守っていきたい。

侍女として、もう一人の母親として。

大切な主人に仕える者として。

* * * * *

リュシエンヌが無邪気に笑っている。

ルフェーヴルはそれが何より嬉しかった。

王女となったリュシエンヌは心のままに無邪気に振る舞うことが許されなかった。

ファイエット邸では無邪気な時もあったが、今思えば、子供らしく、年相応に見えるように振る舞っていたのかもしれない。

成長して、居を宮へ移したリュシエンヌは理想的な王女として過ごしてきた。

そんなリュシエンヌが今は何の憂いもなく、何かに憚ることもなく、笑っている。

そうあるべきと思った姿がそこにあった。

そのことにルフェーヴルはとても満足していた。

リュシエンヌが思うままに過ごせるようにしたい。

それがルフェーヴルの嘘偽りのない気持ちだった。

「ルル、明日は何しよっか?」

テーブルに頬杖をつき、リュシエンヌが問うてくる。

「リュシーは何がしたぁい?」

「うーん……」

素直に悩んでいるリュシエンヌがかわいい。

「あ、そうだ、新しく作りたい魔法があるから、一緒に考えてくれる?」

リュシエンヌは魔法が好きだ。

魔力がないからこそ、余計に魔法に憧れを持っているのだろう。

リュシエンヌの魔法に助言をしたり、試しに使ったりするのはルフェーヴルの役目であり、特権だ。

「うん、いいよぉ。今回はどんな魔法にするのぉ?」

「お兄様やお父様ともっと気軽に連絡を取れるようにしたいの。遠く離れた相手と繋げてその場で会話をしたり、姿をお互い見たり出来たらいいなって」

「連絡用の魔法かぁ」

現在の連絡手段は手紙が主だ。

もしくは、魔道具に記録したものを運び、運んだ先で確認するという方法しかない。

遠くの場所を繋げた上で声や姿を互いに届ける魔法というのはかなり難易度の高いものになるだろう。

それにかなり魔力量も多くなければ魔法を維持出来ない。

そこでルフェーヴルの出番というわけだ。

「そういう魔法、ルルは嫌?」

首を振って答える。

「嫌じゃないよぉ。それに、そういう連絡手段を作っておけば、オレが出かけた先でもリュシーの顔を見て、声を聞けるからいいと思うよぉ」

それにそういった連絡手段が出来ればリュシエンヌがわざわざ王都へ出向かずとも、ベルナールやアリスティード達と話せるようになる。

ここから王都までは別に遠くはないが、だからといって自分の箱庭にやっと手に入れた宝物をそう簡単に外へ出す気はルフェーヴルにはない。

何度も頻繁にリュシエンヌを外へ出すくらいならば、新しい魔法を生み出し、それで連絡を取っていた方がずっと良い。

「そうだよね? ルルもいつまでもお屋敷にいられないし、お仕事があったら出かけることもあるよね。連絡が取れればわたしも安心だし」

「じゃあ明日からはしばらく、一緒に魔法の作製でもしよっかぁ」

「うん、頑張る」

やる気を出しているリュシエンヌの口元に、菓子の一つを差し出した。

そうするとリュシエンヌは何の疑いもなくそれを口にした。

王女の時もルフェーヴルの差し出したものは躊躇いなく食べており、それがまたルフェーヴルに喜びを与えていた。

「せっかくだからリュシーの書斎でやろっかぁ?」

リュシエンヌの目が輝いた。

「うん!」

魔法が好きなリュシエンヌのために広い部屋をリュシエンヌの書斎とし、そこに宮から運んできた魔法に関する本を全て詰め込んであった。

こうして、いつでも快適に魔法を製作出来るように用意したのだ。

それが役立ってくれそうで喜ばしい限りである。

「わたしの書斎を作ってくれてありがとうね、ルル」

笑顔のリュシエンヌにルフェーヴルも微笑んだ。

「どういたしましてぇ」

リュシエンヌが喜んでくれるなら何だってする。

それがルフェーヴル=ニコルソンの今の生き甲斐である。

* * * * *