軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚式(2)

馬車に乗って教会へ向かう道すがら。

ルフェーヴルは少しばかりげんなりしていた。

朝からリュシエンヌと引き離されて、アリスティードの侍従達に連れられてアリスティードの宮へ行き、朝っぱらから男達に囲まれて入浴をするという経験をする羽目になった。

ルフェーヴルは人前で無防備になるのが大嫌いだ。

それなのに、侍従達はルフェーヴルの殺気を受けても諦めず、やって来たアリスティードに「リュシエンヌの晴れの日にお前が適当な格好でどうする」と言われて渋々と従ったのだ。

ルフェーヴルが服を脱いだ時の侍従達の反応は面白かったが。

服を脱いで、裸になるために、あちこちから武器を外したので大変だった。

しかもそれを報告で聞いたアリスティードから「今日は武器をつけるな」という言葉を侍従経由で聞くことになった。

侍従達に全身を磨かれて、入浴し、まるで女のように香油を全身に擦り込まれてルフェーヴルは不機嫌だった。

午前中いっぱい使われて不貞腐れて浴室から戻ったルフェーヴルを待っていたのは、肌や髪の手入れである。

まだやるのかと、うんざりしながらもルフェーヴルは従った。

綺麗になればリュシエンヌは喜ぶだろう。

結婚式という特別な日くらいは我慢しようと思った。

爪まで全身手入れされた後、結婚式用の衣装に着替えさせられた。

真っ白な上着に淡いグレーのシャツ、白い靴。

リュシエンヌのあのドレスの横で、自分も真っ白な衣装に包まれて立つのである。

着替えさせられながらも不思議な心地になる。

……こんな汚れの目立つ色、初めて着たかもなぁ。

ルフェーヴルは黒や暗い色合いの服を好む。

職業柄、血の汚れが目立ち難いものが好都合なのだ。

だからこんなに真っ白な衣装を着ることはなかった。

長い髪は執拗なほど梳かれ、複雑に編み込まれ、同じく白いリボンで丁寧に結われた。

かなり面倒臭いと感じたものの、その出来栄えにはルフェーヴル自身も大いに満足した。

同じく身支度を整えたアリスティードも満足そうに頷き、馬車で教会へ向かう。

「本当に結婚するのだな……」

ポツリとアリスティードがこぼす。

「今更ぁ? もう婚姻して半年経ってるのにさぁ」

「分かっている。それでもまだお前達が婚姻しているという実感があまりなかったんだ。……だが、式を挙げるとなれば別だな」

アリスティードが苦笑する。

「お前のことは最初は気にくわないと思っていたが、最近では手のかかる弟みたいに感じ始めていた」

「普通逆じゃなぁい?」

「お前のような兄なんてごめんだ」

「オレだってこんな生意気な兄なんてごめんだよぉ」

こうしてポンポンと軽口が叩けるようになったのはいつ頃からだったか、もう思い出せない。

十一年、アリスティードとも付き合いがあるのだと思うとルフェーヴルは何とも表現し難い気持ちになった。

アリスティードは言わば同志とも言えた。

リュシエンヌを守り、大事にし、慈しむ。

その点ではルフェーヴルとアリスティードは同じ仲間とも言える者同士であった。

ガタゴトと馬車が揺れ、沈黙が落ちる。

そのまま馬車は走り続けて教会へ到着した。

大司祭の挨拶を受けて、控え室へ案内される。

そして部屋の前で大司祭は静かに下がっていった。

リュシエンヌは一足先に着いているようだ。

アリスティードがふとルフェーヴルの方を見た。

「ルフェーヴル」

トン、とアリスティードがルフェーヴルの胸元へ握り拳を軽く押し当てた。

「リュシエンヌを頼んだ。……幸せになれよ」

その言葉にルフェーヴルは笑った。

「オレはもう幸せだよぉ」

リュシエンヌという唯一を見つけた。

十一年待ちながら成長を見守った。

そして気付いたのだ。

この十一年、ルフェーヴルはリュシエンヌへ自分なりに愛情を注いだつもりだ。

そしてリュシエンヌもまた、ルフェーヴルへ愛情を注ぎ続けてくれた。

リュシエンヌだけではない。

アリスティードもまた、同志として、友として、恐らく親愛の情を与えてくれたのだ。

それらはルフェーヴルを成長させてくれた。

ルフェーヴルに人間らしさを教えてくれた。

「そうか」

アリスティードは笑うと拳を下げる。

そして背を向けると廊下の向こうへと去っていった。

アリスティードの背を見送り、ルフェーヴルは目の前の扉に向き合う。

この中にリュシエンヌがいる。

きっと、とても美しくなっていることだろう。

ルフェーヴルは自分の胸に手を当てた。

……鼓動が早い。

柄にもなく緊張しているのを自覚する。

そしてその高揚感が心地好い。

……悪くない緊張感だねぇ。

そしてルフェーヴルは片手を上げて扉を叩いた。

誰何(すいか) の声に答えれば、目の前の扉が両開きにゆっくりと開かれていく。

室内の明るい光が顔にあたり、ルフェーヴルは目を細めたのだった。

* * * * *

控え室の扉が叩かれてリニアさんが対応する。

けれど、すぐに扉が開かれた。

ここに通されるのはわたし以外にはルルだけだ。

つまり、来たのはルルということで。

思わず立ち上がれば、開いた扉の向こうにルルがいて、目を細めていた。

廊下の方が暗いのできっと室内の光が差して眩しかったのだろう。

そして、互いに互いを見るのが分かった。

ルルは真っ白なタキシードに身を包んでいた。

シャツだけは薄いグレーで、それ以外は真っ白だ。

いつも黒ばかり好んで着ているルルが、こんな真っ白な衣装を身に纏っているのは初めてかもしれない。

真っ白な衣装のルルはとても綺麗で格好良い。

ルルがゆっくりと歩いて室内へ入ってくる。

近付いて来て分かったが、髪も複雑に結い上げられて同じく白いリボンで丁寧に纏められている。

近付いてきたルルが微笑んだ。

言葉はなかったけれど、その表情が物語っていた。

幸せそうに、嬉しそうに、そして珍しく少し照れたようなはにかんだ笑みをルルは浮かべた。

きっと、わたしも同じようなような表情だろう。

「……やっとだね」

ルルが一つ頷いた。

「待たせてごめんね」

ルルが首を振った。

「違うでしょう?」

「……待っていてくれてありがとう?」

「そうですね、十一年待ちました」

ルルの手が伸びてきてわたしの頬に触れる。

十一年も、わたしだけを待っていてくれた。

それだけわたしを想っていてくれたのだと思うと、喜びと感動に胸が震える。

「十一年、長かったでしょ?」

ルルの手に自分の手を添える。

手袋越しだけど、筋張った指の長い、大きな手の感触が感じられる。

十一年、この手はわたしを守ってくれた。

そして、十一年間絶えず愛を与えてくれた。

誰よりも傍で支えて見守り続けてくれた。

「長かったけれど、この十一年はとても楽しくて、私は全く苦ではありませんでした」

ルルの笑顔からは本当にそう思っているのが伝わってきて、わたしは嬉しくなる。

「わたしもこの十一年が凄く楽しかったよ」

「そしてこれからはずっとあなたと一緒ですね」

「うん、ずっと一緒」

コンコン、と扉が叩かれる。

外から「そろそろお時間です」と声がする。

……式の時間だ。

ルルが腕を差し出してくる。

「行きましょう。……リュシー」

わたしはしっかりと頷いた。

「行こう、ルル」

そしてルルの腕に手を添える。

ゆっくりと歩き出す。

後ろではリニアさんが長い 襞(ひだ) を持ち、ついて来てくれている。

部屋を出て、シスターの案内に従ってルルと共に廊下を行き、会場となる祈りの間の部屋も前へ到着する。

シスターは一礼すると下がっていった。

両開きの扉の左右には聖騎士がいる。

小さく息を吸い、心を落ち着ける。

こちらを見るルルに頷き、そして聖騎士達にも頷いて見せる。

聖騎士達が扉を掴んで扉を開く。

「新郎新婦のご入場です!」

二人の聖騎士は揃えて声を張り上げた。

開かれた扉の向こうは広い祈りの間になっており、高い天井に、いくつかの柱が立ち、奥の祭壇の周りを美しいステンドグラスが飾っている。

高い位置にある窓からは柔らかな日差しが差し込み、石造りの祈りの間全体を明るく照らし出していた。

祭壇までは赤い絨毯が敷かれている。

左右の席には大勢の招待客が座る。

殆どが国内の貴族であり、幾人かは、周辺国の大使がそれぞれの国の代表として出席しているだろう。

全員の視線が一気に突き刺さる。

けれども不安も動揺もない。

隣に、誰よりも頼りになる人がいるから。

ゆっくりと足を踏み出す。

祭壇までの道は結構ある。

一歩一歩、歩きながら、ふと招待客を横目に見れば普通のドレス姿のメルティさんが既に涙目で混じっている。

見覚えのある顔はいくつもあった。

自国の貴族達なのでクラスメイトの子息令嬢も多くいるし、その中には当然、お義姉様、ミランダ様、エディタ様、リシャール先生、ハーシア様、アンリ、ロイド様もいた。

……みんな感極まった様子だ。

新郎新婦のわたし達よりも感動している風だった。

みんな黙ってわたし達が進んで行くのを見守ってくれている。

そして最前列にはお父様とお兄様がいた。

お兄様の背中を見て、笑みが浮かぶ。

澄んだ青色の布地に悠々と寝そべった若く雄々しい獅子がこちらをキリリと見据えている。

……ちゃんと着てくれた。

お兄様の青い瞳が優しく細められる。

よく似た顔のお父様も同じ表情をしている。

そしてお父様の横にはお母様の肖像画が置かれていた。

お父様はお母様にもわたしの花嫁姿を、ドレスを見せたいと思ってくれたのだろう。

じんわりと温かな気持ちが胸いっぱいに広がる。

この日のために十一年をルルは待った。

この日を思い、わたしも生きてきた。

一歩進む度に思い出が蘇る。

初めてルルと出会った時のこと。

後宮でのルルとの思い出。

ファイエット邸に初めて来た時のこと。

お兄様との出会い、そして邸での暮らし。

色々なことがあった。

初めて王女として表に出た日のこと。

宮へ居を移した後の忙しい公務の日々。

学院への入学と出来事。

たった一年だったが大切な思い出だ。

この十一年はとても色鮮やかに思い出せる。

そうして階段を上がり、祭壇の前へ辿り着いた。

祭壇の向こうには大司祭様が微笑んでいた。

わたし達が立ち止まると 襞(ひだ) を持っていたリニアさんが 襞(ひだ) を下ろし、脇へ控えた。

「本日、この良き日にリュシエンヌ=ラ・ファイエット王女殿下とルフェーヴル=ニコルソン子爵は式を挙げ、女神イシースに、そしてご参列いただきます皆様に婚姻の誓いを立てることが叶いました」

大司祭様が開式の辞を口にする。

「お二人は十一年前に出会い、互いを想い合いながら長き間、支え合い、今日の素晴らしき日を迎えました──……」

それを聞きながらチラと目だけで横を見れば、ルルと目が合い、パチリとウインクを返される。

その茶目っ気のある仕草に笑みが浮かぶ。

この十一年でわたしは五歳から十六歳になった。

ルルも成長し、前世で見たルフェーヴル=ニコルソンというキャラクターとほぼ同じ外見になった。

しかしいくつか差異もある。

ルルは髪が長く、何より隠れてはいない。

今は暗殺者の仕事も控えている。

そのせいか前世で公開されたルフェーヴル=ニコルソンのキャラクター絵よりも幾分、雰囲気が柔らかいような気がする。

「……──では、お二人に誓いを立てていただきます」

その言葉で我に返る。

大司祭様がニコリと微笑んだ。

「新郎ルフェーヴル=ニコルソン、あなたはリュシエンヌ=ラ・ファイエットを妻とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすと誓いますか?」

ルルがわたしを見た。

「この魂の続く限り、愛することを誓います」

ざわ、と空気が揺れた。

魂の続く限り。

それはつまり、生まれ変わっても、同じ魂である限りはずっとわたしだけを愛してくれるということか。

それを女神に誓うということは、もしもルルが死んでも、生まれ変わった後、他の人を愛せなくなるかもしれない。

ルルの微笑みを見たら視界が滲んだ。

大司祭様が続ける。

「新婦リュシエンヌ=ラ・ファイエット、あなたはルフェーヴル=ニコルソンを夫とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすと誓いますか?」

「……この魂の続く限り、愛することを、誓います」

泣きそうになりながらも震える声で答えた。

……わたしも魂が続く限りルルだけを愛するよ。

「ここにお二人の誓いは成されました」

大司祭様がわたし達へ掌を向ける。

「女神イシースとご参列いただいた皆様の前で、指輪の交換と誓いの口づけをお交わしください」

互いに互いへ向き直る。

ルルの手が伸びてきて、わたしの顔を隠していたヴェールをそっと持ち上げる。

そして大司祭様が箱を取り出した。

そこには大粒のピンクがかった赤い宝石が中央にあり、それを小粒のエメラルドが囲い、シルバーの台座は植物を模している。

そんな指輪が二つ、並んでいた。

ルルが細身の方の指輪を手に取った。

そしてわたしの左手を持ち上げると、薬指に、丁重な仕草でその指輪を通してくれる。

大粒の宝石が左手の薬指の上で存在感を放っている。

わたしも指輪を手に取り、ルルの左手の薬指に、ゆっくりと通していく。

ルルが「覚えてますか?」と小声で言う。

「私が初めてあなたに渡した花はバラでした」

その言葉にハッとして指輪を見る。

赤い宝石に緑の宝石で囲まれたそれは、言われてみれば、あの時に渡してくれたバラの色合いと同じだった。

……まさか、それを再現するために?

この指輪はお父様が用意したものだ。

でも、ルルがきっと言ってくれたのだろう。

ぽたりと涙が落ちる。

コツンとルルがわたしの額に自分の額を当てる。

「やっと手に入れた」

ルルが囁く。

「もう、泣いても叫んでも逃がさない」

わたしは精一杯、笑った。

「うん、絶対に逃がさないで」

そしてルルの顔が近付いて唇が重なる。

わあ、と歓声が上がった。

……ルルと出会えて、わたしは幸せだよ。

誰よりもあなたを愛してる。

唇が離れ、互いに微笑み合う。

ルルがわたしをヒョイと抱き上げた。

ドレスもあって重いだろうに、それを感じさせないくらい軽やかな動きだった。

「さあ、オレ達の家に帰ろう」

細められた灰色の瞳が見つめてくる。

急に初めて出会った時の記憶を思い出した。

……隠しキャラなのに全然隠れてない。

悪役に転生してしまったけれど、わたしは悪役にはならなかった。

ここはゲームの世界ではなく現実だから。

「うん!」

ここは乙女ゲームによく似た世界。

そしてわたしは生まれ変わった。

そこでルフェーヴル=ニコルソンと出会った。

新しい人生で最愛の人を見つけた。

その人はわたしにだけは見えていた。

悪役の王女のわたしと隠しキャラのルル。

交わるはずのない人生が交わった。

まるで物語みたいな話。

……題名をつけるとしたら、こうね。

悪役の王女に転生したけど、隠しキャラが隠れてない。

王女(わたし) と 暗殺者(ルル) の幸福への物語。

── 悪役の王女に転生したけど、隠しキャラが隠れてない。(完) ──