作品タイトル不明
結婚式(1)
ついに結婚式当日。
朝からわたしは大忙しであった。
前日までも美容に力を入れていたけれど、当日は今まで以上にリニアさん達侍女やメイド達がやる気を出している。
朝起きて、水分補給と果物をちょっと摘んだら、そのまま浴室へ移動した。
そこで髪も体も洗われる。
いつもより丁寧に髪を洗われ、体も汚れ一つ許さないと言わんばかりに磨かれていく。
垢を落とすためだろうけど、毎回結構ゴシゴシ擦るのだ。
最初は凄く痛いと感じていたこれも今は気持ち良く感じるのは、やっぱり慣れなのだろう。
髪も頭皮まで丁寧にマッサージして洗う。
それから髪を拭いてもらい、しばし湯船に浸かる。
……結婚式かあ。
不思議と緊張はない。
そもそももうルルとは婚姻しているのだ。
今回の式もお披露目の意味が強く、そして、これが表舞台での最後の晴れ舞台となる。
その後、湯船から上がり、浴室内に設置された簡易の寝台へ寝転がる。
浴室専任のメイド達が香油をわたしの全身へマッサージをしながら丁寧に、しっかりと擦り込んでいく。
これも結構痛いのだが、終わると体がスッキリして軽くなるのだ。
髪も専用の香油を塗られて少しずつ馴染ませる。
その間にわたしはウトウトと微睡んでいた。
声をかけられて起き上がり、浴室を出て、簡単に着替えられるドレスを着せられる。
髪を乾かし、丁寧に梳られる。
そうしてやっと自室へ戻るともう昼食の時間だ。
部屋に用意された軽食を少し食べる。
沢山食べるとコルセットで苦しくなるので、食事は控えめにしなければならない。
今日はルルも身支度があるからと言って引っ張り出されてしまった。
ルルを連れ出して行ったのはお兄様の宮の侍従達だった。
今頃、似たような感じになっているかもしれない。
昼食を摂った後、再度、髪を梳られる。
そうしてついにウェディングドレスへ着替える。
今着ているドレスを脱がせてもらい、肌着を着る。
その上からコルセットをつけるのだが、今日はいつもよりかなりギュウギュウに締められた。
次にスカートを何枚も重ねて穿く。
筒状のそれを頭から被り、腰に通していく。
途中で腰に綿を詰めた棒みたいなものを横にして当てて、紐で結ばれた。
あまり大きくないがスカートをよりふんわりと広げるためのものだろう。
下のスカートだけで四枚も重ねた。
最後に一番上に来るスカートを穿く。
ダイヤモンドと真珠で飾られたそれがキラキラと輝く。
それから胸当てのストマッカーをつけ、上着を着る。長い 襞(ひだ) のある上着は一番重い。
そこにオペラグローブのように長い手袋をつける。
一度腰を下ろし、髪を整えてもらう。
髪は全てまとめると複雑に結い上げられた。
そして目を閉じている間に化粧が施される。
化粧はあまり濃くせず、白いウェディングドレスに合わせて清楚なイメージで。
最後に頭にヴェールを被せてピンで留める。
立ち上がって姿見の前へ移動する。
「本当によくお似合いですわ、リュシエンヌ様」
「ええ、世界で一番お美しいです……!」
リニアさんとメルティさんが感極まったように言う。
鏡の中で見返すわたしは確かに綺麗だった。
いつもよりずっと肌が白く、髪も艶があり、化粧ではっきりと顔立ちが整えられている。
何枚も重ねてドレスは重いが、ふんわりと膨らんだスカートに長い 襞(ひだ) が背中へ伸びる様は美しかった。
……ああ、本当に今日、式を挙げるんだ。
「リュシエンヌ様、国王陛下がお越しくださいました」
「お父様が?」
部屋に通してもらえば、お父様が入ってくる。
正装に身を包んだお父様は、背中に真紅のマントを羽織っていた。
歩く度に揺れるそれは見覚えのある色だった。
「……ああ」
わたしの視線に気付いたお父様がクルリと背を向け、羽織っているマントを見せてくれた。
真紅の布地に両翼を広げて飛び立とうとする大きな鷲が刺繍されている。
わたしが初めての旅行で買ってきたものだ。
「使ってくれたんですね……」
「娘からの贈り物だ、当然だろう」
お父様が向き直る。
そしてわたしを改めて見た。
「美しいぞ、リュシエンヌ。……大きくなったな」
「初めて会った時はこんなに小さかったのに」とお父様が手を低くする。
それに思わず「そんなに小さくありませんでした」と返し、どちらからともなく笑みが浮かぶ。
十一年、お父様はわたしを自分の娘としてきちんと見てくれた。
養子のわたしに、お兄様と同じように接してくれた。
……それがどんなに嬉しかったか。
「お父様」
お父様が「ん?」と優しい表情をする。
わたしは出来る限り丁寧な礼を執った。
「引き取っていただいた日から今日まで、本当にありがとうございました。わたしのお父様は他の誰でもなく、お父様でした。今までも、そしてこれからも」
国王として忙しい身でありながら、お父様はよくわたしを気にかけてくれた。
わたしが『父』だと思えたのはこの人だった。
旧王家の、前国王には何も感じない。
わたしが父と思えるのはお父様だけだし、兄だと思えるのはお兄様だけだ。
そっと肩にお父様の手が触れるのを感じた。
「お前は私の娘だ。今までも、そしてこれからも」
「はい」
顔を上げればお父様が寂しそうに微笑んでいた。
「どんな時でも前を向きなさい。お前は昔から頭の良い子だったから、このようなことを言う必要はないかもしれないが、もし困ったことがあれば、いつでも私かアリスティードを頼りなさい。家族を頼ることに躊躇うことはない」
「……はい」
「お前をエスコートするのは最初で最後だな」
差し出されたお父様の腕に自分の手を添える。
お父様の言う通り、こうしてエスコートしてもらえるのは初めてだ。
わたしがエスコートされたことがあるのはお兄様とルルだけで、お父様にしてもらったことはそういえばない。
「他でもない 国王陛下(おとうさま) にエスコートしていただけるなんて光栄です」
きっと、お父様が誰かをエスコートすることなんてないのだろう。
……お父様はずっとお母様を愛していらっしゃるから。
ファイエット邸に暮らしていた頃、時々戻ってきたお父様はお母様の肖像画をひっそりと眺めていた。
その表情はとても悲しげなものだった。
そして慈愛に満ちたものでもあった。
今、お父様はわたしへも優しい瞳を向けてくれる。
「父と娘の間に堅苦しいことはなしだ」
「さあ、行こう」と促されて歩き出す。
ゆっくりとした足取りで歩くわたしに合わせてくれて、重いドレスと理解しているのか上手に支えられる。
……そっか、お父様は一度、このドレスを着たお母様をエスコートしたことがあるからだ。
だからエスコートが上手なのだ。
後ろの 襞(ひだ) はリニアさんが持ってついて来る。
顔にヴェールはかかっているがよく見える。
静々と宮内を歩く。
玄関ホールへ出ると使用人達がズラリと並んでいた。
「リュシエンヌ様、改めましてご結婚おめでとうございます。使用人一同を代表してお祝い申し上げます」
十二歳の頃から執事をしてくれていた男性が挨拶し、使用人達が同様に「おめでとうございます」と声を揃えて言う。
「ありがとうございます。皆さん、よく仕えてくれましたね。この四年間、皆さんのおかげでこの宮での生活はとても快適でした」
「もったいないお言葉でございます」
「これから仕える人は変わるでしょう。その方はわたしの義理の姉となる方です。どうか、わたしに仕えてくれたように、その方にも仕えてください」
わたしがこの宮を出た後、お義姉様が学院を卒業してお兄様と結婚した後にこの宮はお義姉様の宮として使用される。
お父様もお兄様も残してはどうかと言ってくれたけれど、主人のいないまま宮を遊ばせておくのは勿体ない。
だからわたしはお義姉様に宮を譲ることにした。
「はい、全身全霊をかけてお仕えいたします」
「ええ、よろしくお願いします」
そして玄関ホールを抜けて外に出て、使用人達に見守られながらお父様の手を借りるとこの日のために美しく飾られた真っ白な馬車に乗り込む。
中も白と赤と金とで綺麗にしてあった。
席に着いて小さく息が出る。
「そのドレスは重いだろう?」
お父様に言われて頷いた。
「はい、とっても」
「流行りに合わせて代を重ねるごとに手が入れられてきたものだ。その重みが結婚の重みなのだろうな」
「……本当に良かったんですか? その、わたしはルルとの間に子供は作れないです。それはつまり、このドレスを次代へ繋げることが出来ないということです」
「ああ、良い。大切なのは、娘であるお前に母親のドレスが受け継がれることなんだ。お前は私の娘であり、王女である。それを忘れるな」
ヴェールの上からぽんと頭を撫でられる。
お父様の気遣いがとても嬉しい。
お父様の妻であるお母様のドレスをわたしが受け継ぎ、身に纏うことで、結婚してもわたしがお父様の娘であると周囲に知らしめるのだ。
「はい、お父様、ありがとうございます……!」
そっと横に座るお父様にくっついた。
こんな風にくっつくのは子供の頃以来だ。
お父様もどこか懐かしそうに目を細めて笑う。
そして馬車の中でお父様と話をする。
子供の頃のこと、わたしが王女として表に出るようになった時のこと、それからのこと、今までのこと。
話しきるには時間は足りないくらいだ。
冬期休暇でお茶会をしたり、執務室へお兄様と突撃したりしたけれど、やはり、時間がいくらあっても足りないのだ。
次第に馬車の揺れが小さくなり、静かに止まる。
お父様の手を借りて馬車を降りる。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
教会の裏手から中へ入ると大司祭様がいた。
「大司祭様もお元気そうで何よりです。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「はい、この素晴らしき日に立ち会わせていただけることは私にとっても非常に光栄なことでございます。さあ、立ち話も大変でしょう。控え室までご案内いたします」
大司祭様は深く礼を執った後、頭を挙げて穏やかに微笑んだ。
それに頷き、お父様と共に教会の中を歩く。
道のりは違うが、十歳のあの頃、わたしはこうしてお父様やお兄様、ルルと共に洗礼を受けに来た。
洗礼を受け持ってくれた大司祭様が結婚式も立ち会ってくれるというのは、とても素晴らしいことだと思う。
大司祭様が控え室までゆっくりと案内してくれた。
控え室は結構広く、そこには教会のシスター達だけでなく、見覚えのある宮のメイドも何名か来ていた。
どうやらわたしが寛げるように配慮してくれたらしい。
「それではお時間までこちらでごゆるりとお寛ぎください」
「ご案内ありがとうございます」
大司祭様はニコリと微笑んで礼を執り、去っていった。
お父様は少し名残惜しそうだったけれど、家族の付き添いはここまでのようなので、そっと腕を離す。
「一人で大丈夫か?」
まるでお兄様みたいだ。
「はい。それに侍女やメイド達もおりますので、一人ではありません。大丈夫です」
「そうか。……では会場で待っている」
お父様の言葉に頷き返す。
そしてお父様はわたしが部屋に入るのを確認して、会場へ向かった。
控え室に残されたわたしは慎重に歩いてソファーへ腰掛ける。
宮から来たメイドが果実水を用意してくれていたようで、リニアさんが先に一口飲んでから、グラスを差し出される。
ありがたくそれを受け取って口をつける。
……ああ、美味しい。
やはり緊張はあまりない。
この式はわたしとルルの結婚を改めて発表する場に過ぎず、既に婚姻を結んだわたし達にとっては単純なお披露目会である。
「ルルももう到着しているのかな?」
思わず問えば、リニアさんが教えてくれた。
「いえ、ニコルソン子爵が先に来ておられたらこちらに通されているはずですので、まだでしょう」
「そっか」
これからルルが来ると思うと期待に胸が躍る。
意味もなくスカートの裾を整えたり、ヴェールを直したりするわたしにリニアさんが微笑んでいた。
こっそり「メルティも後ほどこちらへ来て、リュシエンヌ様のお式を拝見させていただけるとのことです」と教えてくれた。
リニアさんとメルティさんには式を見て欲しいと思っていたので、その言葉は嬉しかった。
ファイエット邸に引き取られて以降ずっとわたしに仕え続けてくれた特別な二人だから、この最高の日も一緒に迎えて欲しい。
だから二人が来てくれるのが嬉しい。
「リニアさん、これからもよろしくね?」
リニアさんが深々と礼を執った。
「はい、今後ともよろしくお願いいたします」
そうして顔を上げたリニアさんは微笑んでいた。
この十一年、傍でわたし達を見守ってくれた優しく穏やかな笑顔だった。
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