軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第97話 一難去ってなんとやら

魔人ザックスの出現により五月祭は途中で中止となったが、翌日は通常通り登校となった。

「すみませーん! 魔法学園の生徒ですよね!?」

「昨日の魔人襲来について一言お願いします!」

校門ではガーデリア新聞や週刊魔春といったメディアが学園の生徒にインタビューを求めている。

内外問わず、学園は朝からたくさんの話題で持ちきりだった。

話題の中心はジャックとハンスの因縁の対決と、魔人ザックスの出現に関するもの。

しかしそれを上回るネタとして、魔人ザックスを追い払った謎の女装男子の存在が挙げられた。

「聞いた? 魔人を追い払った金髪の女装男子の話!」

「聞いた聞いた! すっごい威力の攻撃魔法を打ってたって!」

教室の中、生徒たちがそんな噂話を立てている中。

(バレてないよねバレてないよねバレてないよね……!?)

ユフィはなるべく存在感を消して机に突っ伏していた。

例えるなら、化け物が徘徊する家のベッドの下に隠れているような気持ち。

ユフィの機転により、ライルとジャックに霧で目隠しをしてもらったが、目撃者をゼロにすることは厳しかったようだ。

一人の生徒が、長い金髪の人物がとんでもない出力の攻撃魔法を空に放った場面を目撃していたのだ。

あたりは水蒸気で濃い霧がかかっていたし、ユフィは攻撃魔法を打ってすぐに風魔法で飛び立ったため、その生徒も件の人物が長い金髪をしていたという以外の情報は持っていなかった。

それでも、最強の存在である魔人を撃退したという噂は学園中に大きなインパクトを与えるには十分だった。

その話は学園の外、首都ガーデリアの街にも広まり、朝から多くのメディアがこぞって取材しにくる事態となった。

攻撃魔法を使えるのは男のみという価値観が強く根付いている生徒たちからすると、その人物の正体がまさか悪役令嬢コスプレをしたユフィだとは思わず、自動的に『金髪の女装男子』になっている。

「キャサリン様……もしかして女装男子だったりしませんか?」

「なっ、何を訳わからないことを言ってるの!」

お陰でクラスの金髪の女子生徒何人かが女装を疑われる羽目になっている。

(うぅ……後でキャサリンさんに謝らないと……)

申し訳ない気持ちで一杯になっていると。

「皆、ユフィの話題で持ちきりだね」

「ぴゃっ!?」

耳元でこっそり囁かれてユフィはびっくりして起き上がる。

「ラ、ライルさんっ、おはようございます」

「うん、おはよう。調子はどう?」

「生きた心地がしないです」

「ははっ、そうだろうね」

ライルは苦笑を浮かべてから言葉を続ける。

「それにしても残念だったね。演舞会、途中で中止になっちゃって」

「そう、ですね……」

結局、五月祭もろとも演舞会も中止になったので、ユフィが皆の前で回復魔法を披露する機会はなかった。しかしユフィの心に落胆はない。

昨日、ユフィはザックスの攻撃で虫の息だったエドワードの命を救った。

それはユフィにとって、演舞会で勝利するよりずっと価値のある事だった。

エドワードは大事をとって今日は欠席しているが、命に別状はないらしい。

(私が、救ったんだよね……)

未だ実感がない。

しかしエリーナの、『ユフィちゃんが回復魔法をかけなかったら、エドワード君は命を落としていた』という言葉が、ユフィに確かな充実感を抱かせていた。

その一方で、ライルはため息をついて言う。

「せっかくユフィが出れるように手配したのになー。こんなことになるなら何もしなかったら良かった」

「えっ?」

聞き間違いかと思ってユフィはライルの顔を見る。

ライルは悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。

「演舞会の運営に働きかけて、回復魔法の人選にちょちょいっと働きかけたんだ」

「じゃ、じゃあ、私が回復魔法の代表に選ばれたのは……」

元々おかしいと思ってた。去年までずっと、回復魔法においても学年の代表の生徒が出ていたのに、今年から急にびりっけつも出る事になるなんて。

にっこりと、ライルは笑って言った。

「その方が、ユフィにとって良い転機になるかなと思って」

「王太子の職権濫用……!! 怖い……!!」

「でも、結果的に良かったでしょ?」

ライルの言葉に、ユフィはぐうの音も出ない。

振り返ってみると、確かに演舞会に抜擢された事によってユフィの焦りメーターが天元突破し、体力トレーニングに勤しんで回復魔法の腕が上がった。

結果的に、ライルの機転は良かった事になる。

ユフィがこのカミングアウトに対してどんな感情を抱けばいいか狼狽していると、教室の入り口がざわざわと騒がしくなった。

「おい、ジャックが来たぞ!」

「ジャック! 昨日は凄かったな!」

歓声と拍手と共に迎えられたのはジャック。

廊下の途中でファンか誰かに渡されたのか、薔薇の花束を抱えている。

皆から賞賛の言葉で迎えられたジャックは、一直線にユフィの元にやって来る。

来たはいいが、口にする言葉を決めかねている様子だった。

「ジャック、おはよう」

「おう、おはよう」

ライルとやりとりしたのを見計らって、ユフィはピシッと座って言う。

「ジャックさん、おはようございます!」

「ああ、おはよう……」

当初出会った頃に比べるとすっかり角が取れた様子のライルは、ぽりぽりと首の後ろを掻いてからユフィに言った。

「鶏胸肉とブロッコリー……欲しくなったら、いつでも俺に言ってきてくれ」

ユフィがジャックの攻撃魔法をコーチングする見返りとして、鶏胸肉とブロッコリー1年分が当てられている。

「は、はいっ、助かります! ちょうどゴボウがそろそろ無くなりそうだったので……」

「おう」

笑顔を浮かべて言うユフィに、ジャックはほんの少しだけ口角を持ち上げた。

そんなジャックの表情を見て、ライルは怪訝な顔をする。

(気のせい……かな?)

ジャックの頬に、ほんのり赤みが差しているような……。

「あ、あの!」

振り向くと、何やら興奮気味の女子生徒が立っていた。

「二人とも、漫画がお好きなんですね!!」

彼女が手にしているのは『週刊魔春』の最新号。

その表紙には『軍務大臣の令息ジャック・ガリーニの知られざる秘密特集!』とデカデカな文字があしらわれていた。

「おいおい……まさか……」

みるみるうちに青ざめていくジャックに、ユフィがこそこそ耳打ちする。

「せ、先日の、少女漫画コーナーにいたのを激写されたんじゃ……!?」

「だっ、だとしたらおしまいだ!」

豪傑ハンスを破った火魔法の英雄から、ロマンス小説好きの乙女男子へ。

その印象の変化はジャックにとって羞恥どころではなかった。

慌ててジャックは紙面を見る──そこには、BL(男性と男性の恋愛を描いたジャンル。イケメン二人と薔薇の花の表紙が多い)コーナーの本棚をバックに、ジャックがユフィに熱弁する姿が写し出されていた。

「!○?☆#*△$~~!?」

ジャックが顔を真っ青にして声にならない悲鳴を上げる。

ロマンス小説の棚の後ろはBLコーナーだった。

ジャックがユフィに熱弁しているところを、週刊魔春の記者に激写されたのだろう。

おかげでジャックがBLの良さをユフィに語るような場面になってしまっている。

一方のユフィはホッと胸を撫で下ろし嬉しそうに耳打ちした。

「良かったですね、ジャックさんっ。少女漫画好きってこと、バレてませんよっ」

「いや、良くねえよ!!! 最悪の誤解が国民に広まったじゃねえか! くそっ、あの女、この記事わかってて渡してきやがったな!」

ジャックが薔薇の花束をぱしーん! と机に叩きつけたその時。

ガラガラと大きな音を立てて、大柄な男が教室に入ってきた。

「ガ、ガイオス軍務大臣!?」

男子生徒の一人がその男に気づき声を上げる。

ガイオスが纏う圧倒的なオーラに、何人かはピンッと背筋を伸ばしていた。

ガイオスはジャックとユフィの元に来た後、ゆっくりと雑誌を手に取って誌面を見た。

「お、親父……違うんだ、これは……」

「お前がどんな趣味を持つかは自由だ」

「いや! 親父にこの勘違いされるの嫌なんだけど!?」

興味ないとばかりに、ガイオスは言葉を続ける。

「昨日、お前とアーノルド家のせがれとの戦いを見た」

「み、見に来てたのか……?」

「たまたまこの辺りで仕事があってな。一瞬だけ立ち寄った」

そう言ってガイオスは、ずっと強面だった表情をフッと緩めて。

「強くなったな」

優しげな言葉は、ジャックの心に確かな響きを与えた。

「親父……」

予想外の言葉だったのか、ジャックはぽかんとしていた。

しかしすぐに、鼻の下を指で擦りながら「へへっ」と得意げに笑って。

「もっと褒めてくれてもいいんだぜ親父」

「いや、本題はそれじゃない」

「あれっ?」

ガイオスが視線を向けたのは、先ほどから空気に徹しているユフィだった。

「ユフィ・アビシャス」

「えっ?」

まさか自分の名が呼ばれるとは思わず、ユフィは素っ頓狂な声を漏らす。

重く、静かな声でジャックはユフィに言った。

「貴様に召集命令が降っている。今すぐ。王城に来るんだ」

「………………えええっ!?」

ユフィの驚声が、教室に響き渡る。

一難さって即一難。

新たな波乱の気配は、すぐそばまでやって来ていた。