軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第89話 禁断の部屋

「ユフィ、なんだかお腹が妊婦みたいになってない?」

「く、苦しいです……」

エリーナに促されるままケーキと紅茶を胃に入れ続け、大玉のスイカをお腹に入れたようなユフィが床に転がっていた。

動くたびにお腹からちゃぽんちゃぽんと音がする。

仮に今お腹にドロップキックを喰らおうものなら洪水が発生するだろう。

「ごめんねユフィちゃん。美味しいって言ってくれるのが嬉しくてつい……」

「いえ……お気になさらずです……」

白目を剥いてかろうじて言葉を発するユフィにライルは、

「ユフィはもうちょっと、自己主張することを覚えるといいかもしれないね」

「ええっ、私なんかが何か主張するなんてそんな……」

「烏滸がましいと思ってる?」

目を逸らし、こくりと頷くユフィに、ライルは真面目な顔をして言う。

「何も主張しない、ずっと受け身だと、よくない結果になる事もあるでしょ? 今回、ユフィがお腹パンパンで苦しくなって、エリーナも申し訳ない気持ちになったみたいに」

「うっ……確かに……」

ライルの言葉に、ユフィはなんの反論も浮かばない。この前、筆記用具や体操着を忘れた時も、自分から言い出せず結局ライルやエリーナが察してくれて助けてもらった。

『ペンを貸してください』

『体操着を貸してください』

たったこれだけの主張で物事が丸く収まるのに、言い出せずに事が過ぎ去るのをまってしまった。

──このくらい聞かなくてもわかるだろ。

遠い昔、クラスメイトから告げられたその言葉が、ユフィの主張の乏しさの大きな要因になっていることは間違いない。間違いない、が。

「友達なんだからさ、言いたいことがあったら遠慮なく言ってよ。迷惑とか、そんなことは思わないからさ」

ライルの言葉は、ユフィのトラウマの一つをゆっくりと氷解した。

(皆になら、私のして欲しいことを……意見を、言ってもいい……)

心の中で呟くと、胸にスッと涼しい風が吹き抜けたような気がした。

「……ありがとうございます、ライルさん」

感謝の念を滲ませて、ユフィは言葉を口にする。

そして、ライルを見上げて訪ねた。

「では早速、一つよろしいでしょうか?」

「うん、どうぞ」

ぶるるっとユフィは震えて、ライルに主張した。

「あの……漏れそうです……」

「エリーナ! お手洗いの場所教えてあげて!」

どうやら紅茶をガブガブ飲みすぎてしまったらしい。

(とっても大事な、良い話してもらってたのに……!! 私のバカバカ!)

後悔するも膀胱は待ってくれない。

エリーナが慌ててユフィにお手洗いの場所を教えてくれる。

「部屋出てまっすぐ行って右行って突き当たりを左行ったらあるわ」

「あ、ありがとうございますっ」

「待ってて。家が広くてわかりにくいだろうから、案内するわ」

「いいえいいえ!! 大丈夫です! 一人で行けます!」

手間をかけさせてはいけないと、ユフィはお腹をちゃぽちゃぽさせながら部屋を出た。

「えーと、まっすぐ行って……右行って突き当たりを……」

言葉通り、天井も高く幅も広い廊下をユフィはぶつぶつ呟きながら歩く。

「その後は左に……あれ……?」

気がつくと、自分が今どこにいるのかわからなくなっていた。

「えーとえーと、ここは右だっけ? 左だっけ……? あれれ……?」

公爵令嬢エリーナの邸宅は広い。とにかく広い。

アルティメット方向音痴のユフィには難解なダンジョンのようだった。

「こういうところよね……」

大きなため息をつくユフィ。

どう考えてもエリーナに道案内をして貰った方が迷うことはなかった。

その申し出を断った結果がこれである。

とはいえ今はそんなことでくよくよしてる場合ではない。

一刻も早く用を済ませないと、エリーナの家を出禁になってしまう。

きょろきょろと忙しなく首を動かしながら、なんとかそれっぽい扉まで辿り着いた。

「ここ、かな……?」

普通の部屋の扉に比べると小ぶりな、お手洗いっぽい扉を前にしてユフィは呟く。

ぎぃ……と扉を開けて中へ足を踏み入れると……。

ぞわりと、ユフィの背筋に鳥肌がたった。

(な、なにっ……? この感じ……)

まるでストーカーに熱い視線を注がれているような心地になった。

後ろを振り向くも誰もおらず、ホッと息をついてから部屋に視線を流す。

その部屋の壁いっぱいにたくさんの写真(カメラと呼ばれる魔道具で撮られた、本物そっくりの絵)が貼られていた。

その写真に誰が映っているのか、窓から差し込む陽光が反射してよく見えないが、なんとなく見覚えのあるシルエットのような気がして──。

(トイレじゃない!)

ハッとするユフィ。

勝手に部屋に入ったとバレたら怒られると、慌てて出ようとした時。

「……あれ?」

部屋の奥。

ちょうど、ドアを開けて真っ直ぐ見ると目に飛び込んでくる壁に、何かが飾られている。

「体操服……?」

見ると、大きな額縁に学園の体操服が飾られていた。

それも新品ではなく、土汚れがついていて、そこそこ皺の入った体操服。

陽の光に反射し、たくさんの信者が崇め奉る御神体のような輝きを放っていた。

「……あの体操服……どこかで……」

ユフィが記憶の源泉に辿り着こうとした時、後ろからドドドドッと猛烈な足音が迫る。

ひゅんっ、キキィッ!! バタン!

ユフィの前に躍り出て、素早い手つきで部屋のドアを閉めたのはエリーナだった。

「あああっ、ごめんなさいエリーナさん! 道に迷ってしまって、この部屋がトイレかなーと思って開けてしまい……」

そんなユフィの弁解には答えず、エリーナはギギギギギと錆びたブランコのような音を立ててユフィの顔を見る。

そして、顔は笑ってるのに目は笑ってないという、ホラーみのある表情で尋ねた。

「……ユフィちゃん、中、見た?」

「いいいいえ! 見てないです!」

「ホントウニ?」

「……体操服が、チラッと見えてしまいました」

「ああ、体操服!」

エリーナはホッと息をつくと、いつもの優しい表情に戻った。

「ええええーっとね……あの体操服は私が中等部の頃にマラソン大会で優勝した際に着ていたものなのパパとママちょっと過保護なところがあって記念品をこの部屋に保管しているのよね」

「そ、そうなんですね! 素敵なご両親……」

早口で一気に言ったエリーナにユフィは言葉を口にする。

「さささっ、お手洗いはこっちよ!」

ユフィが言い終わる前に、まるで一刻も早くこの部屋から遠ざけようとしているように、エリーナが背中を押してくる。

エリーナの説明に一応の納得をしたユフィだったが……気のせいだろうか。

土汚れの位置といい、額縁に飾られていた体操服が、先日ユフィがエリーナに貸して貰ったものと酷似しているように見えたのは。

(……ま、まあいっか)

真相を究明しようとすると禁忌に触れてしまいそうな予感がしたため、深く考えるのを止めるユフィであった。