軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 日課の練習

ぼんやりとした光景が浮かび上がってくる。

何年前の出来事かはわからないが、地元のミリル村唯一の教育機関である教会で、勉強をしていた時の場面だとなんとなくわかった。

「はーい、じゃあ今日はみんなでグループを作って自由研究をしましょう〜」

シスターの掛け声で、クラスメイトたちが一斉に「「「はーい!!」」」と元気な声を上げる。

(ググググループ!?)

幼き日のユフィの心臓が止まりそうになった。

クラスでたった一人として友人のいないユフィにとって、グループとはすなわち死を意味する言葉である。

しかし幸運なことに、今日のグループはシスターが振り分けてくれた。

『私から行かなくても皆と一緒になれるまたのないチャンス……!!』

きゅっと、ユフィは覚悟を決めて拳を握る。

『この機会に皆に話しかけなきゃ!』

そう意気込んでから、ユフィは同じグループの人たちと自由研究に取りかかった。

研究内容は……校庭に生息する虫の種類を調べようみたいな、そんな感じだった気がする。

『あのあの、これってどうすれば……?』

わからないところがあって、ユフィは勇気を振り絞って同じグループの男子に尋ねる。

この質問を発端に仲を深めようという、そんな下心もあった。

しかし、男子はめんどくさそうな顔をして言った。

──このくらい聞かなくてもわかるだろ。

『そそそそうですよねごめんなさいっっ!!』

ぴゅーー!!

ユフィは尻尾を巻いて逃げ出した。

汗はダラダラ、呼吸も浅くなって教室の隅っこで小さくなってひとり反省会を行う。

(そうね、そうだよね……少し考えてわかることは人に聞いちゃダメだよね……)

そう自分に言い聞かせてから、ユフィは深呼吸をした。

それから程なくして、ユフィはグループに戻ってきた。

ほぼ空気になってしまって、ユフィ以外のメンバーで自由研究が進んでいく。

そんな中、ユフィはふと気づいたことがあって同じグループの女子に言う。

『あのあのっ……ここの図、こっちに書いた方が見やすくて良いと思うんですが……』

女子生徒は振り向き、ユフィに怪訝な顔を向けて言った。

──えっと、同じクラスの……誰だっけ?

(存在すら認識されてなかった!!)

がびーーん!!

ユフィはショックを受けて再び逃げ出した。

せっかくクラスメイトに話しかける機会に恵まれたのに、ことごとく打ち砕かれている。

深い穴に真っ逆さまに落ちていくような絶望感がユフィを襲った。

『ううう……なんでいつもこうなるかなあ……』

自責の言葉を口にした途端、周囲から音が消える。

顔を上げると、誰もいなかった。

さっきまでいたはずのクラスメイトたちが、一人残らずいなくなっている。

『ああ、そっか……』

すとんと胸に納得が落ちて、呟く。

『私……これからもずっと、ぼっちなんだ……』

ぐにゃりと視界が歪んで、今いたはずの教室がガラガラと音を立てて崩れ始め──。

「────はっ」

ユフィは目を覚ました。

「夢……だよね?」

視界に映るのは青い空、白い雲。

時刻は早朝とだけあって、母なる大地を照らす太陽は僅かに白みがかかっている。

「良かったー……」

ふいーと一息つき、額に滲んだ汗を拭……おうとして、手が止まった。

「あ、そっか」

轟々と鼓膜を震わせる風の音で気づく。

全身に激しく打ち付ける風によって、汗の一滴も出ていないことに。

「とりあえず、スピードを落とさないと……」

そう言って──遥か上空から自由落下中のユフィは、きりっと表情を引き締めた。

魔法国家エルバトル王国の北に位置し、標高の高い山々が並ぶエルドラ地方。

そこは、ユフィが幼い頃から攻撃魔法の練習場として使っている山岳地帯だ。

回復魔法を学ぶために魔法学園に入学したユフィだが、たまにここにやってきては攻撃魔法の練習に励んでいる。

自分を無個性で面白味のない人間だと思っているユフィからすると、攻撃魔法が使えることは自身の唯一のアイデンティティ。

『攻撃魔法が使えなくなったら、私の存在価値はいよいよなくなってしまう!』という不安に駆られて、定期的に攻撃魔法の練習をしにきているのだ。

今日は風魔法の練習をすると決めて、ユフィは地上から空へと飛び立った。

しかしつい勢い余って高く飛び過ぎてしまい、酸素が薄くなって意識が遠のいてしまった。

目を覚ましたはいいが、このままだと墜落して地面にユフィ型の穴が出来てしまうだろう。

とはいえ似たような事を今まで何度か経験したユフィは至って冷静であった。

くるりと身を翻し、体の前面を地上に向ける。

「 風砲撃発(ウィンドブラスター) !!」

両手を地上に向け、声高らかにユフィは叫んだ。

ドン! と音を立てて、掌から空気の塊が地上へと撃ち出された。

風砲撃発(ウィンドブラスター) は、圧縮した空気の塊を一方向に放つ魔法だ。

本来は敵を吹き飛ばす用途で使用する風魔法だが、自由落下中に地上に向けて撃つと落下スピードが落ちる。

「 風砲撃発(ウィンドブラスター) !! 風砲撃発(ウィンドブラスター) !!」

ドン! ドン! と風魔法を放つたびに、身体を打ち付ける風圧が緩やかになってきた。

「よし、この調子で行けば……」

まだ充分に高度はある。

地上に降り立つ頃には、木の葉がひらひらと舞い落ちるくらいの速さになっているだろう。

そうアタリをつけて風魔法を撃ちまくっていたその時──視界の端からごうっと、巨大な物体が姿を現した。

ゴツゴツとした鱗に覆われた背中は黒みがかかった赤。

貴族の屋敷かと思うほど巨大なフォルムは蜥蜴を思わせる。両脇に生やした大きな翼で飛ぶ姿は空の要塞のよう。

食物連鎖の頂点に君臨する存在にして、空の覇者と名高い魔物──ドラゴンだった。

魔物の危険度を表すカテゴライズはA。

王国の一個旅団が束になってかからないと討伐できない強さだ。

そんなドラゴンが、絶賛落下中のユフィの直下に偶然にも割り込んでしまった。

「ウィンドブラ……ええっ!?」

慌てて詠唱を中止するも時既に遅し。

ユフィが放った風魔法は、ドラゴンの背中に直撃した。

『グオオオオォォォォォォアアアアアアアァァァァァァァッッ!!??』

優雅に飛翔していたら、突如として背骨をへし折らんばかりの衝撃に襲われパニックに陥るドラゴン。

「へぶっ!?」

そんなドラゴンの背中に、ユフィはスライディングするように着地した。

鱗の感触は冷たく硬く、足元から力強い振動が伝わってくる。

ドラゴンもユフィの存在に気付いたのか、ぐるりと首を後ろに回してきた。

ギロリと、炎を宿した双眸がユフィに注がれる。

『…………』

「…………」

にこっ。

無言の間に耐えきれず、ユフィはぎこちない笑顔を浮かべた。

『グオオオオォォォォォォッッ!!!!』

ドラゴンはブチ切れた。

ぶおん! ぶおん! と怒りに任せて暴れ始める。

「わわっ!!」

暴走した馬車などとは比にならない衝撃が襲い掛かった。

ごうんごうんと身を振るわせ、巨大な翼が空気を切り裂く音が響き渡る。

「ひゃっ……!!」

ドラゴンの背中に必死に掴まろうとするユフィだったが、生物の鱗が都合良く人が掴まれるように出来ているはずがない。

その猛烈な動きに耐えきれず、ついに振り払われてしまった。

再び空に投げ出されるユフィを追うように、ドラゴンが身を翻す。

上下逆さまに落下するユフィを捉えると、その大きな口を開いた。

無数の牙に覆われた口内で生じた小さな火の玉は、みるみるうちに巨大な炎の塊となってユフィに放たれた。

ドラゴンの必殺技にして死の代名詞、ファイアブレスである。

今まで視界に映る者全てを消し炭に変えてきた灼熱の業火。

お散歩を邪魔した不届きものを黒焦げにしてドラゴンは溜飲を下げようとした。

しかし、ユフィの表情に焦りの色はない。

それどころか、迫り来る炎に対し自らも火魔法で応戦した。

「 轟炎弾(グレイト・フレイム・バレット) !」

ユフィの掌から火魔法が放たれる。

見るからに巨大な火弾は、ドラゴンが放ったファイアブレスに直撃した。

打ち消すだけでは止まらず、ブレスを押し返す。

『クッ……?』

まさか必殺技を上回る炎を放たれるとは思わず、ドラゴンの回避行動が数瞬遅れる。

それは、形成逆転には充分な時間だった。

ドラゴンの右翼に直撃するユフィの火魔法。

『グオオォォォォアアアァァァッッ!!??』

瞬く間に炎が翼を包み込み、ドラゴンは混乱に陥る。

翼をバサバサさせて、ドラゴンは地上へと墜落していった。

「これでよし……じゃないっ!!」

迫り来る地面。

もうほとんど高度は無い。

このままだと地面に突き刺さってしまう。

「 風砲撃発(ウィンドブラスター) !!」

慌ててユフィは特大の空気塊を直下に放った。

ごうんっと、一気に落下スピードが落ちる。

「 疾風脚(ハリケーン・レッグ) !!」

続けて風を自身の身体に纏わせ、着陸の最終調整をするが……。

「ぶへっ」

あともう一息勢いを殺しきれず、ユフィはずざざざっと滑るようにして地面に落ちた。

「いてててて……」

土の味がする。

掌や膝に痛みを感じてユフィは顔を顰める。

上空1万メートルから落下している間にドラゴンに殺されかけたとは思えない、石に 躓(つまづ) いたくらいのリアクション。

子供の頃からこの地で攻撃魔法の練習をし続け、数多の危機を乗り越えてきたユフィの感覚はズレていた。

土埃が舞う中、のろのろと起き上がってぱんぱんと服を払う。

「いたっ……」

不意に痛みを感じてユフィは顔を顰めた。墜落の際に手を下に向けってしまったからだろう。

見ると、左の掌が擦りむけて僅かに血が滲んでいた。

「あ、ラッキー」

お菓子で当たりが出たみたいにユフィはパッと顔を明るくする。

攻撃魔法の練習の後は回復魔法の練習をするのがユフィの日課だ。

練習のために自分で指とかに傷を入れる予定だったから、ちょうど良かったのだ。

やはりユフィの感覚はズレていた。

目を閉じ、すうっと息を吸い込み、唱える。

「癒しの力よ……」

ぽうっと、ユフィの掌を光が包み込んだ。

傷や病気などを癒す回復魔法だ。

しかしその光は弱々しく、寿命が尽きかけの蝉のような寂しさがある。

このくらいの擦り傷、並の回復魔法師ならものの10秒ほどで治せるものなのだが……。

「…………」

五分経っても。

「……………………」

十分経っても、ユフィの掌の傷は治らない。

よくよく見てみると、ほーーーーーーーんの少しずつ傷口が塞がっていってるが、塩をかけられて瀕死のカタツムリ並の遅さだ。

しかし、ユフィの表情は真剣そのもの。

幼い頃に憧れた聖女様になるべく、少しでも回復魔法の効果を高めようと全身全霊を注いでいた。

そうして三十分ほど経った頃だろうか。

『グルル……』

ズシン!

背後に巨大な影──右の翼が黒焦げになったドラゴンが姿を現した。

ユフィが回復魔法を頑張っている間に気絶から目を覚ましたらしい。

自慢の翼を燃やされドラゴンは怒り心頭だった。

人間で言うところの額にはピキピキと青筋が浮かんでいる。

金色の瞳孔は獲物を仕留めんと収縮していた。

『グオオオオォォォォォォアアアアアアアァァァァァァァッッ!!!!』

山が崩れそうなほどの方向と共にドラゴンが口を開け、再びファイアブレスを放とうとし──。

「 岩石鎚衝(ストーン・ハンマー・インパクト) 」

片手間にユフィが唱えると、ドラゴンの頭上にハンマーを模した巨大な岩石が出現した。

『クッ……?』

ドラゴンがその影に気づくも束の間、ハンマーが振り下ろされる。

「ごめんなさい、集中したいので」

ゴンッ!!

大地を揺らす衝撃音。

鱗に覆われた石頭といえど、これほど巨大なハンマーに頭をぶっ叩かれて無事では済まない。

『キュウ〜〜……』

ズズン……。

ドラゴンは目を回して、そのままぶっ倒れてしまった。

爛々(らんらん) と輝いていた瞳は白目を剥き、ぴくぴくと泡を吹いている。

回復魔法に全集中していて攻撃魔法にあまり魔力を回さなかったため、命までは取られなかった事がドラゴンにとって唯一の救いだろう。

こうして、気絶したドラゴンのそばで回復魔法を頑張ること三十分。

「治っ……た〜〜〜!!」

ぱんぱかぱーん! と、ユフィは完全に傷口の塞がった手を青空に掲げた。

「……あっ」

力が抜けてしまいそのまま、ゆっくりと仰向けに倒れてしまう。

まるでフルマラソンを完走した直後みたいに、額や頬には汗が滲み息は浅くなっていた。

「この落差、どうにかならないかなあ……」

攻撃魔法は鼻唄混じりに大技を繰り出せるのに、回復魔法は擦り傷一つ治すだけでもこの有様である。

魔法学園に入学しておよそ1ヶ月。

聖女になりたい一心で回復魔法の練習に心血を注いでいるが、大きな進歩は見られていない。

強すぎる攻撃魔法と、弱すぎる回復魔法。

持っている才能が欲しいものだとは限らないという格言を存在で示しているのが、ユフィという少女だった。

「あ、いけない!」

ハッとユフィは起き上がった。

感傷に浸っている場合では無い。

今日はいつも通りの授業日。

そろそろ出発しないと遅刻してしまう。

「 疾風脚(ハリケーン・レッグ) !!」

風魔法に全力集中して、ユフィは学園へとすっ飛んでいった。