軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 いざ遠足

というわけでやってきた遠足当日。

学園の広場に集合した生徒たちは、わいわいと喋りながら馬車へと乗り込んでいく。

春の陽光が降り注ぐなか、軽やかな馬蹄の音を響かせて、行列をなす複数の馬車が、ゆっくりと街道を進み出した。

のんびり揺られること数時間、馬車が丘の上を越えた時。

「着いたぞ、諸君! ここが本日の目的地だ!」

先生の声に弾かれたように馬車の窓から顔を出したユフィは、目の前に広がる光景を見て、全身に衝撃を受けた。

(って、思いっきり地元ー!!!)

そこは、まぎれもなくユフィの故郷・ミリル村の近く。

緑濃い森を背に、ぽっかりと広がる巨大な湖が、その姿を現していた。

湖面は鏡のように滑らかで、春風を受けてかすかにさざ波が立っている。

陽光を受けた水面がきらきらと輝き、空の青と新緑の森を映し返していた。

湖のかたちはほとんど真円に近く、人工的な整いすら感じさせる不思議な地形。

その縁をぐるりと囲むように整備された石畳の遊歩道があり、その奥には王族や上級貴族も利用するという「王立保養施設」が白い外壁を覗かせていた。

今回の遠足は、ここに一泊二日で宿泊し、自然を満喫する合宿型の内容だという。

「おぉ〜……なんか、高級感あるな、この建物」

「お風呂とか、超でかそうじゃない?」「

「部屋割りってどうなってるんだろ?」

保養施設を前に、生徒たちが感想を漏らす。

有名貴族の娘息子である彼らは、普段とは違う雰囲気の場所に来て浮き足立っているように見えた。

「わあ……豪華な施設ですねえ……」

根っからの庶民であるユフィとは言うと、まるでホテルのような外観の施設を見て息を漏らしている。

そんなユフィの横で、ライルが物知り顔でぽつりと呟いた。

「そういえば、施設のそばにあるこの湖、十年くらい前に、突然できたらしいね」

広大に広がる湖を見ながら、隣のエリーナが応じる。

「知ってる! 周囲に火山もないのに、いきなり現れたって話よ?」

そして、エリーナは何気なくユフィに話題を振った。

「ねえユフィちゃん、不思議だよね?」

瞬間、ユフィがぎゅるりんと首を横にそらして答えた。

「……ハハハ、ソウデスネ」

「なんでカタコトなの!?」

あからさまな作り笑いを浮かべながら言うユフィにエリーナが突っ込む。

見上げた空が、やけに青い。

(よりによって、なんでこの湖……!!)

ユフィは頭を抱えた。

この湖こそ、ユフィが初めて攻撃魔法を発動してしまった場所だった。

エドおじさんの腕を回復魔法で癒した聖女様に憧れ、一目散に走ってきた場所。

そこで魔法を見よう見まねで放った結果、なぜか特大の攻撃魔法が炸裂し、とんでもない出力で地面をえぐってしまった。

クレーターのように抉れた地面に、近くの川の流れが流入し、結果できあがったのが、この謎の湖である。

ミリル村ではいまだに「神の怒り」とか「妖精の湖」とかいった伝説めいた噂が絶えないが、その真相を知る者は、ユフィただ一人だった。

(お願いだから、誰にもバレないで……!)

そんな悲鳴が、心の奥でこだまする。

バレる訳がないのだが、ユフィの心は穏やかではない。

青春の合宿どころか、地雷原を歩かされている気分だった。

エリーナが首をかしげながら、ユフィに向かって問いかけた。

「そういえばユフィちゃんの家ってこの辺じゃなかった?」

「あ、はい。ここから少し行ったところにあるミリル村ですね」

「そうなのね。じゃあ、後でご両親のところに挨拶にいかないといけないわね」

「なんでそうなるんです?」

素で突っ込んでしまったその時。

「なんですって!? ユフィさんの故郷がこの近くに!?」

どこからともなく割って入るような甲高い声が響き、ユフィはびくりと肩を跳ねさせた。

振り返ると、金髪の縦巻きロールが陽光を受けて煌めいている。

立っていたのは、派手な仕立てのマントを揺らすキャサリンだった。

目を大きく見開き、まるで稲妻に撃たれたかのような表情でこちらを凝視している。

「あ、どうもキャサリンさん」

ぺこりと、ユフィは頭を下げた。

キャサリンはユフィの寮の隣室に住んでいる女子生徒である。

以前、ユフィが部屋でうるさくしてしまった謝罪として手土産に牛蒡を持っていった。

結果、キャサリンはユフィの持ってきたゴボウをえらく気に入ってくれたらしい。

キャサリンはその輝く縦ロールを揺らしながら、興奮した様子で言った。

「ミリル村が近くにということは、あのゴボウがたくさんあるんですの!? あの、香ばしくて、繊維質で、噛めば噛むほど滋養を感じる、あのゴボウが……!」

ユフィは若干たじろぎながらも、律儀に返答する。

「あ、はい! たくさんあります! というか、ミリル村の名産品なので……」

「なんということでしょう……!」

キャサリンは感極まった様子で胸に手を当て、天を仰いだかと思えば叫んだ。

「遠足なんてしている場合じゃありませんわ! 今こそ……ゴボウ収穫の時ですわよォォーーーッ!!」

キャサリン制服を翻し、ミリル村の方向へとドドドドッと勢いよく走り去っていった。

その背には、野生に目覚めた獣のような執念が宿っていた。

ぽかんと見送るユフィ。

「行ってしまいました……」

ライルが、やや呆れたように言う。

「あのゴボウ、大丈夫? 麻薬とか入ってない?」

「入ってませんよ!?」

「人間って、未知の快楽に触れると簡単に堕ちるものなのね……」

エリーナがしみじみと呟いた。

ユフィは遠くへ消えていく金髪ロールの残像を見つめながら、小さく息を吐くのだった。

◇◇◇

荷物を施設に預けた後、生徒たちは合宿場の広場に集められた。

時間はお昼時で、時折「お腹すいたー」と声が聞こえてくる。

石造りの円形ステージを囲むように並ぶ丸太のベンチ、風にそよぐ高原の草花。

その中央に仁王立ちしていたのは、炎のごとき真紅の巻き髪をなびかせた一人の女性教師、お馴染みのシャロン先生であった。

情熱と熱血の権化。鉄拳制裁とスパルタ教育で知られる、灼熱の鬼教師である。

「集まったな貴様らァ!」

ステージ上に立つや否や、腹の底から響く怒声が炸裂した。

生徒たちはビビッと背筋を伸ばす。シンプルな大声を出す人ほど怖いものはないのだ。

「貴様らは偶然にも貴族として生まれ、親の庇護と金に守られ、甘やかされて育ってきた。ぬるま湯に浸かりすぎて指がふやけている! よって──」

彼女は拳を振り上げ、ぐわっと森の方を指さした。

「本日の昼食は! サバイバルだッ!!」

「さ、さばいばる……!?」

「嫌な予感しかしねえ……!!」

生徒たちがざわめき始める。

騎士貴族の子らすらも青ざめる中、シャロンの雷撃の如き声が続いた。

「いいか、森に入って食材を調達してこい! 狩れ、採れ、見つけろ! そして、火の種を探して火を起こし、己の手で煮炊きして食らうのだ! 火がなければ生肉をしゃぶれ! その覚悟で臨め!!」

高らかに響くシャロンの声に、生徒たちは絶望の声を上げた。

「無理だぁぁあ!!」

「飢え死ぬ!!」

「森で自分で飯を調達なんて、もはや修行じゃねぇか!!」

怒号と悲鳴が入り乱れる中、シャロンはひとつ、鼻で笑った。

「……とはいえ、ここは王立の施設だ。最低限の設備はある」

肩透かしのような言葉に、生徒たちがぽかんと口を開ける。

「キッチンはある。調味料も揃っておる。どうしても無理な場合は、プロのサポートシェフも控えている」

(え、めっちゃフォローしてくれてる…… )

ユフィはぽかんと目を瞬かせた。

もっと鬼のように放り出されるのかと思っていたが、存外に優しい。

とユフィは思ったが、生徒たちはそれでも『森で自力で食料を調達すること』自体に忌避感を持っているようだ。

「だが、あくまで最終手段だと心得よ! まずは自分の力でやってみろ。それが今回の目的だ!」

こうして、生徒たちは森での食糧調達を余儀なくされたのであった。

◇◇◇

こうして始まった昼食の材料集め。

生徒たちはそれぞれ班に分かれて森へと繰り出した。

森には食べられる木の実やキノコ、そして野生動物まで生息しており、環境としては決して悪くない。工夫すれば、かなりのごちそうが作れそうなのだが。

「ま、薪ってどうやって集めるの? 斧で木を切ればいいのかしら?」

「いや、斧は危ないぞ! ぼくの手が傷ついたらどうするんだ!? 演奏会が近いんだよ!?」「食べられるキノコってどれ? 毒キノコと見分けつかないんだけど」

「おい、ウサギがいるぞ。火魔法で狩ればよくね?」

「ばっか! そのまま丸焼きにしてどうする!? せめて毛皮くらい剥いでからにしろよ!」

「できるかそんなこと!!」

そこかしこで飛び交う混乱。騒ぎながら右往左往する者。

足元のぬかるみに足を取られて転ぶ者。

極めつけは、すべての作業を「こんなの、使用人がやってくれるはずだったのに」と愚痴りながら棒立ちしている者。

いきなり野生に放り込まれた生徒たちは、開始からわずか十五分ですでにテンパり始めていた。

そんな中でユフィは……。

「あ、燃えそうな葉っぱがたくさんありますね。これを袋に詰めてっと……」

クラスメイトの誰よりも野生に順応していた。

枝を組んで背に担ぎ、サクサクと小枝や乾いた葉を袋に詰めてゆく。

目は慣れた動きで森の茂みに注がれ、地面に落ちた木の実を選り分けていった。

「おっ、この赤い実、美味しそう! ラッキー」

「ユフィちゃん、大丈夫? それ毒入ってない?」

木の上にひょいひょい登って実を取るユフィに、エリーナが恐る恐る尋ねる。

「大丈夫です! これはクラーフベリーっていう木の実で、ちょっと酸味がありますが美味しいんですよ」

「な、なるほど……」

袋いっぱいに木の実を採取したユフィが下に降りてくる。

「ユフィ、このキノコは食べれるのか?」

ライルがその辺に生えているキノコを指差して尋ねる。

「あ、それは食べられません。特にこの白いキノコ、見た目は可愛いけど、火を通してもお腹壊します」

指差しでキノコの識別までスパッとやってのけたユフィに、ライルは「凄い、よくわかるね……」と感心したように言う。

「今までいろいろありましたから……」

アハハ……とユフィが遠い目をする。

ユフィは袋に木の実を詰めながら、懐かしい記憶を思い出していた。

あれはまだ、小さな頃。

一時期、ユフィは森の中でも攻撃魔法の練習をしていた。

いくら魔力が膨大にあるとはいえ、ずっと攻撃魔法を打っていたらお腹が空く。

というわけで、森でよく食料調達をしていた。

もちろん食べ物など持っているはずもなく、空腹に耐えかねて、地面に生えたキノコや枝の上に実った果実を手当たり次第に口に入れていた。

当時のユフィには毒とそうでないものの違いなどわかるはずもなく。

(あのとき食べたクラクラダケ……本当に死ぬかと思った……)

口にした途端、猛烈な腹痛と嘔吐に襲われ、地面に転がって一日中のたうち回った。

景色がぐるぐると回り、汗と涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃになったあの悪夢は、今でも鮮明に脳裏に刻まれている。

あれ以来、ユフィは自分なりに必死に調べ、図鑑を覚え、実地で学びながら、森の食材に関する知識を身につけてきたのだった。

「凄いわ、ユフィちゃん。薪集めに木の実の種類まで、まるで森のエキスパートね」

「えへへ……それほどでも……」

褒められ慣れていないユフィは、照れくさそうに笑いながら、両手をもじもじと指先で合わせる。

頬にはほんのりと赤みが差していた。

そのとき、茂みの奥からぱきり、と音がした。

ユフィがぱっと顔を上げると、遠くに立派な角を生やしたシカが姿を現した。

「あ、あそこに野生のシカが……! ちょっと、狩ってきますね!」

そう言うが早いか、ユフィは軽やかに飛び出した。

それから周囲にライルたち以外、人がいないことを念の為確認。

素早く魔力を練り上げ、指先に淡く魔法陣を浮かべる。

そして風のように静かに回り込み、タイミングを見計らって魔法を放った。

「│ 雷撃(スパークボルト) !」

火力を最小限に絞った雷撃が、シカを正確に貫いた。

シカは短く鳴いて倒れ込む。

殺さず気絶させる、絶妙な威力と制御。直後、ユフィは素早く駆け寄り、気絶したシカを丁寧にロープで括って引きずってきた。

「お昼ごはん、ゲットですっ!」

満面の笑みでそう言うユフィの姿に、ライルたちはポカンとする。

「時々だけど、ユフィが二重人格じゃないかって思う時があるよ」

「同感ね。どっちのユフィちゃんも素敵だけど!」

「私は一人ですよ!?」

こうして、ユフィたちの班は他の班とは比べ物にならないほど大量の食材を手に入れ、施設へと戻っていくのだった。

◇◇◇

「なんだお前たち、この体たらくは……」

施設の前に整列させられた生徒たちに向けて、シャロンの冷たい声が響き渡る。

目を伏せたまま沈黙する生徒たち。

シャロンの前にある机には、小皿にそれぞれ申し訳程度の食糧らしきものが盛られていた。

「それは……雑草? これは……どんぐりか?」

小皿の中身を見たシャロンの眉がピクリと動く。

「これで食糧と言い張る気か、貴様ら?」

シャロンから放たれる圧に、生徒たちは肩をすくめて口をつぐむ。

そこから更なる激昂が来るかと思いきや、シャロンは微かに目を細め諭すように言った。

「これでよくわかっただろう。お前たちは普段、どれほど守られているか。当たり前のように振る舞われる食事も、清潔な衣服も、誰かが命を懸けてお前らに提供しているのだ。それを知らずに、自分たちが選ばれし人間だと思い上がるのは、大きな間違いだ」

淡々と、しかし容赦なく言葉を突きつけるシャロンに、生徒たちは顔を伏せる。

反論一つ出来ない様子だった。

「自然の中に出れば、お前たちは無力だ。魔法の才があろうと、気位が高かろうと、飢えればただの獣だ。……この経験を機に、己が立つ足元を見直すことだな」

ぴり、と張り詰める空気。

生徒たちはうなだれたまま、黙ってシャロンの言葉に耳を傾けていた。その時だった。

「すみません、遅れましたーっ!」

明るい声とともに、森の奥からユフィたちが戻ってきた。

「貴様たちは論外だ! 集合時間に遅れてくる……など……」

シャロンの言葉が最後まで続かなかったのか、ユフィの背中に担がれた大きな動物に目がいったからだ。

「ごめんなさいごめんなさい! ちょっと森の奥まで行ってて……」

先頭を歩くユフィは、背中に大きな鹿を背負っていた。

あまりの重量に普通なら押し潰されそうなものだが、彼女は風魔法を巧みに使って鹿の体を少しだけ浮かせ、自然に見せかけながら軽やかに運んでいる。

「し、鹿を担いでるぞ……!?」

「嘘でしょ!? 本物!?」

ざわめく生徒たちの中を、続けてライルが薪の束を肩に担いで現れた。

その後ろには、エリーナが木の実やキノコをぎっしり詰めた大袋を両手に抱えている。

シャロンはそんな彼女たちの姿をじっと見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。

「……これは、見事だな」

その声には、いつもの辛辣さはなかった。

感心したような口調に、生徒たちも驚いたように顔を上げる。

「集合時間に遅れたのはいただけないが、サバイバルという点において貴様たちは非常に優れていることは認めざるを得ない」

シャロンは目をふっと優しくして言った。

「お前たちは……よくやった」

その言葉に、ユフィたちの顔がぱっと明るくなった。

わっと、他の生徒たちも湧き出す。大量の食糧を持ち帰ったユフィたちの班に、他の生徒たちは口々に称賛の言葉を口にしながら駆け寄る。

「うおおお食糧だ!!」

「こんなにもたくさん! 凄いです!」

ドドドッとやってくるクラスメイトたちにユフィは「いえいえ、それほどでも……」と得意げにしたが。

クラスメイトたちはユフィを追い越してライルとエリーナを取り囲んだ。

「ライル様ってば、さすがの手際です!!」

「エリーナ様も凄いです!!」

当然のように、ライルやエリーナに賛辞が飛んだ。

その様子に、ユフィはガーン! とショックを受ける。

しかしそのショックはすぐに霧散した。

(と、当然よね。私みたいなのが、これをほとんど取ってきたなんて俄には信じられないでしょうし……)

とはいえ、胸の奥がキュッと痛んだのも事実だった。

今回ばかりは、自分が頑張ったという自負があったからこそ。

(ま、まぁ、当然よね。私みたいなのが、あれをほとんど取ってきたなんて、俄かには信じられないでしょうし……)

自分で自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいたそのとき、ふいに耳慣れた声が飛び込んできた。

「いや、これはユフィが全部取ってきたんだ」

声の主は、ライルだった。静かだがはっきりと通る声が空気を変える。

皆が驚いたようにライルを見る。

「ええ、私とライル君は、ほぼ何もしてないわ。鹿も、巻も、木の実も、全部ユフィちゃんが取ってくれたの」

エリーナもすかさず言葉を重ねる。あっけらかんと、誇張のない口調で。

その言葉に、一瞬場が静まりかえる。

空気が、するりと一変したのが分かった。

賑やかだった会話が止まり、みんなの視線が、まるで磁石に吸い寄せられるように──ユフィひとりに注がれる。彼女は驚愕し、瞬時に顔をこわばらせた。

(ま、また変な目で見られる!)

彼女は思わずぎゅっと目をつむる。体がこわばり、顔が熱くなるのを感じた。

だが、次の瞬間。

「す、すごいわ! ユフィちゃん、こんな特技があったのね!」

「見直したぜユフィ! 俺、こういうの全然ダメだから、尊敬するわ!」

予想外の言葉が、あちこちから飛び出した。

賞賛と驚き、好奇心と憧れが入り混じった視線が、次々にユフィに向けられる。

次いで、生徒たちがどっと彼女の周りに集まってきた。

「このキノコもユフィさんが選んだんですか? すごく美味しそう……!」

「野生のシカなんて、どうやって取ったんだ!? 魔法か!? いや、罠か!?」

「ねえねえ、選び方のコツとかあるの!?」

興奮した様子で質問が飛び交い、ユフィは目をぱちくりと瞬かせるばかりだった。

頬にかかる髪を無意識に押さえながら、照れたようにうつむく。

そんな彼女を、まるで珍しい動物でも見るかのように生徒たちは囲んでいた。

貴族階級に属する彼らにとって、自然の中で生き抜く術など縁遠い知識だった。

日々の食事は料理人が用意し、食材は市場や専属の猟師・収穫人が整えてくれるのが当たり前。 野山での狩猟や採集など、どこか物語の中の冒険者や辺境民のすることのように感じていたのだ。

だが目の前にいるユフィは、その「物語の登場人物」そのものだった。

普段は回復魔法が使えない劣等生という印象が強く、特別な訓練も受けていないはずの彼女が、森から平然と食材を集めて帰ってきたという事実は、彼らにとって想像の域を超えていた。

だからこそ、生徒たちの好奇心と尊敬が、抑えきれずに噴き出した。

ユフィの功績に対して、驚きとともに、心から「すごい」と思ったのだ。

そして何よりそんな技術を自慢することもなく、謙遜して笑ってみせる彼女の姿に、かえって好感を抱いたのかもしれない。

(嬉しい……)

頬を染めながらも、ユフィは思った。

ユフィは小さく胸に手を当てる。

教会で過ごした日々にはなかった、心の奥がじんわりとあたたかくなるような感情。

心臓が跳ねるように高鳴っていた。

自分のしたことが認められている。

見てくれている人が、確かにここにいる。

その実感が、何よりのごちそうだった。

◇◇◇

こうして集まったたくさんの食材たちは、ひとまず合宿所の大鍋に集結することとなった。

「料理は俺に任せろ!」

腕をふるったのは、エドワードをはじめとした料理に自信のある生徒たち。

きっちりと三角巾をつけ、鍋の前で木べらを器用に操っていく姿は、まるで王国付きの料理長のようである。

「ここにある食材を使った、美味い大人数が食べれる料理といえば……」

エドワードは大鍋を見下ろしながら呟いた。

ユフィが取ってきた鹿肉をメインに、他には野草やキノコ……。

他にはシャロンのお情けとして、ニンジンやジャガイモなども追加されている。

どれも保存や調理法に工夫はいるが、きちんと扱えば絶品になるものばかりだ。

「刻んだ根菜を炒めてから煮込むことで、甘みを引き出すんだ。焦がさないように、火加減に注意しろ」

「は、はい!」

生徒たちに丁寧な講義まで添えながら、エドワードは手際よく指示を出していく。まずはニンジンやジャガイモ、山で採れた香りの強い葉物を小さめに切り分け、鍋底でじっくりと炒める。

玉ねぎ代わりに使える甘みのある山野草も加え、じわじわと香りが立ち上っていった。

一方、鹿肉はエドワードの手によって解体されていった。

脂身の少ない部位はスライスにして煮込み用に、骨付きの部分は煮出して旨味をとるスープに使う。

まるでジビエハンターのような所作に、周囲の生徒たちは羨望の目を浮かべていた。

あまりにも手際の良い所作に、ユフィは思わず尋ねる。

「凄い……エドワードさん、どこでそんな技術を?」

「子供の頃から料理が好きでな。動物の解体はシェフに教わった」

「そういえば、エリーナさんの家で食べたケーキも本当に美味しかったですね……」

エリーナの家で振る舞ってもらったケーキを思い出したユフィは思わず涎が出そうになる。

「このキノコは、最後に入れて風味を残すぞ。炒めすぎると香りが飛ぶ」

「はい!」

森で採れた数種類のキノコも、エドワードの判断でそれぞれの持ち味を活かすよう、タイミングを見計らって投入されていく。

やがて鍋の蓋が開かれたとき、ふわりと立ちのぼるのは、やさしい香味野菜と鹿肉のうまみ、それにキノコの深い香りだった。

「「「「わああああああっ……!!」」」」

その美味しそうな匂いに、生徒たちから歓声が上がった。

完成したのは、具だくさんのホワイトシチュー。

白くとろけるクリームの中には、黄金色のニンジン、ほくほくの山芋、炒め野草の甘み、そしてやわらかく煮込まれた鹿肉の塊。

キノコの香りがアクセントになり、どこか野趣あふれる一品に仕上がっている。

「うまっ! え、なにこれ、えっぐ……」

「野菜の甘さが段違い……採りたてってこんな味すんの!?」

「パンちょうだいパン! このシチューにはパンだろー!!」

生徒たちは歓声を上げながら、夢中でシチューを頬張った。

中には「これは高級レストランで出てくるやつですわ……!」と涙ぐむ貴族令嬢の姿すらある。

「口にあったようで何よりだ」と、エドワードは涼しげに微笑んでいるが、どこかほっとしているようにも見える。

そんな賑やかな風景の片隅で、ユフィも小さな椀を両手に持ち、一口、口へと運ぶ。

「……おいしい……」

木のスプーンをそっと口に運びながら、ユフィは呟いた。

ぽってりとした白いクリームが舌に触れると、とろりと広がるまろやかな甘み。

森で採れたきのこの風味と、じっくり煮込んだ鹿肉の旨みが染み渡る。

それは、冷たい雨の中を走った体を、内側からじんわりと温めてくれる味だった。

湯気が立ち上る大鍋を囲んで、生徒たちがあちこちで歓声を上げている。

「やっぱりユフィちゃんが採ってきてくれた素材が最高だったね!」

隣でエリーナがにこっと笑いながら、スプーンを口に運ぶ。

「うん、どれも本当に美味しい。いい仕事したよ」

ライルもまた穏やかに微笑みながら、湯気越しにユフィへ視線を向けた。

その一言一言が、まるで胸の奥に灯をともしていくようだった。

「あ、ありがとうございますっ……」

気の利いた返答はできなくて、とりあえず誤魔化すようにお礼を言う。

そして逃げるように視線を上へ向けると、視界に移るのはどこまでも澄み渡る青空。

鳥たちのさえずりと、焚き火のぱちぱちという音。食器の触れ合う音や、

談笑する声。顔を赤らめながら互いの料理を褒め合う、仲間たちの笑い声。

そのすべてが、耳に心地よかった。

(楽しいな……)

ふいに、胸の奥がきゅっと熱くなった。

遠足──昔、教会の行事で行った時には誰とも話さず、ひとり蟻の行列を見て時間を潰していた。

笑い声の輪には入れず、早く帰りたくてたまらなかった。

寂しさも、虚しさも、誰にも気づかれずに終わったあの一日。

けれど今は違う。今、自分は輪の中にいる。

自分が採った食材を、みんなが「おいしい」と笑ってくれている。

隣に友達がいて、話しかけてくれて、笑い合える。

ただそれだけのことが、どうしてこんなにも心を満たすのだろう。

ユフィはそっと視線を落とし、膝の上で手を重ねた。

唇の端が、自然と緩む。

(……私、今、すごく……幸せだ)

その感情は、これまで彼女が知ることのなかった、ずっと憧れていた温もりそのものだった。