作品タイトル不明
第100話 圧迫会談
ドオオオン——。
重厚な両開きの扉が左右に割れて、空気の圧が先に流れ込んできた。
瞬間、ユフィは悟った。
(アッ、オワタ……)
今日は自分の命日かもしれない。
肩に鉛玉を積まれたみたいに呼吸が浅くなる。
そこは玉座ではなく、円卓を囲むように椅子が並んだ巨大な会議室だった。
天井はどこまでが天井なのかわからないほど高く、陽光を屈折させる巨大なステンドグラスが、剣と翼の紋章を床に鮮やかに投げかけている。
赤い絨毯は、まるで血潮のようにまっすぐ会議卓の中央へと伸びていた。
壁際には大旗、槍、鎧。人の気配は多いのに、音はほとんどしなかった。
「あの一番奥に腰掛けているお方が……僕の父上。エルバドル王国の国王陛下、アルセイン・エルバドル様だよ」
ライルが、ユフィの耳元で小声で囁いた。
(おおおおお王様ぁぁ……! この国でいっちばん偉い人っ……!)
ユフィは、思わず地面に額を擦りつけそうな勢いで平伏しかけ——ガシッ。
隣にいたエリーナが、すばやく肩をつかんで止める。
そして小さな声で囁いた。
「だめよユフィちゃん。突然土下座したら皆さんびっくりするでしょう?」
ユフィも小声で答える。
「はっ、確かにっ。申し訳ございませんっ」
「ナイス、エリーナ」
「だんだんユフィちゃんの動きがわかってきたわ」
そんなやりとりの最中に、空気を凍らせるような声が響いた。
「何をしている。早く着席せよ」
「失礼いたしました」
ライルが綺麗なお辞儀をしてから、ユフィを空いてる席に座らせた。
着席するなり、ライルが囁くようにユフィに説明する。
「陛下の向かって左に座っているのが、知っての通り軍務大臣のガイオス、右隣は宰相。あっちにいる法衣の人は、バレンシア教の枢機卿。あれは近衛総長。鎧が歩いてるように見えるけど中に人いるから安心して」
(安心できないってーーーッ!)
圧。
空気の密度が、明らかに外とは違う。
ユフィはその場の重みに、全身からじわじわと冷や汗が滲んでくるのを感じていた。
この中で、果たして自分は口を開いてよい存在なのだろうか。咳払い一つすら、命取りになりそうである。
「全員揃ったようなので、始めさせていただきましょう」
先ほどライルに宰相だと紹介された男が、静かに口を開いた。
「……さて、本日の主題。君だ。名を申せ」
(ぴゃっ!?)
指を刺されて、ユフィの背筋がピンと伸びた。
ズウゥン、と空気が自分に集中する音がした気がした。
喉がカラカラに渇く。唇が震える。
立ち上がる足が棒のようにしながらも、ユフィはなんとか言葉を口にした。
「こ、ここここんにちは……はじめまして、ユフィ・あびしゃすです……」
自分でもわかるほど、舌が転んだ。
転げ落ちた声に、静寂の中で微かな嗤いが混じった。
「はっ、冗談はやめていただきたい」
濁った声が放たれた。
言者は、枢機卿と呼ばれた法衣の男だ。
「この娘が攻撃魔法を? 寝言は寝ている時だけにしていただきたい!」
枢機卿の声色は明らかにユフィを見下したものだったが、誰も反論を口にしなかった。
国王アルセインも、宰相も、微動だにしない。
女は攻撃魔法を使えない。
そんな、世の絶対的な理はこの間においても根を張るように横たわっていた。
自己の存在自体を否定するかのような空気に足先が痺れる、指先が冷たくなってきた。
ユフィが何も反論を口にしないことを、自身の言葉の肯定と受け取った枢機卿が鼻を鳴らす。
「さて、私は多忙ですので、この辺りで」
「待て」
立ち上がろうとする枢機卿を、ガイオスが呼び止めた。
「この場は紛れもない、第二王子ノア様、そして第三王子ライル様といった有力者の提言によって設けられた会合だ。たとえ、女が攻撃魔法を使うという荒唐無稽な議題であったとしても、無碍にしてはならない」
ガイオスの低く重い声が響いた。
宰相が目を伏せる。枢機卿は鼻で笑った。
「正気ですか? 貴殿はその女が、神の│ 霆(いかずち) を使えると? 神託すら受けぬ身が? そのような戯言に、国家が振り回される道理はない」
「だからこそ、確かめるべきだ」
ガイオスは即答した。
「確かめる方法は簡単だ。実際に使ってみてもらえば良い」
静寂が落ちる。誰も反論しなかった。
「……恥をかいても知りませぬぞ」
吐き捨てるように、枢機卿は椅子に座り直した。
同時に、ガイオスが手を上げる。
すぐに近衛が動いた。
車輪のついた台に載せられ、黒鉄の鎧を纏った人形が運ばれてくる。
それは人形というには物々しすぎた。胸と肩に対魔呪符が縫い付けられた重装型。
足元は鉄杭で固定され、背後には厚みのある魔力吸収壁が控えている。
装置を押してきた近衛の一人が、それを壁際へとぴたりと止めた。
ガイオスはユフィの方を見ながら言った。
「訓練用の対魔装甲だ。後方には魔力吸収壁を設置済みだ。これに攻撃魔法を撃ってみれば良い」
(え……いいの?)
ユフィは助けを求めるようにライルを見た。
「大丈夫。いつも通りやればいい」
「わ、わかりました……」
「でも、この部屋を吹っ飛ばさないようにね」
「飛ばしませんよっ」
半ば冗談のような声だったが、ユフィはそれに救われた気がした。
横を向くと、エリーナが小さく頷いていた。
言葉こそなかったが、その視線は「がんばって」と静かに語っていた。
ユフィはこくりと頷いた後、一歩、足を踏み出した。
防具の前に立たされると、部屋にいる国の重臣たちからの視線が否応なく肌を刺すようだった。
その視線を意識するのをやめる。足を揃え、姿勢を正す。
掌を胸の前に持ち上げた。意識に集中させ、魔力の糸を指先に集める。
指の腹がじんわりと痺れ、髪がふわりと浮いた。
詠唱。
「 雷鎚裂爆(ライトニング・クラッシュ・バースト) 」
空気がひっくり返る音がした。
瞬間、白い線が落ちる。
雷鳴は音より早く視界を裂いて、鎧人形の胸に針先みたいな光点を作る。
その一瞬後に、轟と世界が咆哮した。
黒鉄が花弁みたいに開いて、内側から光に燃え上がる。
魔力吸収壁が悲鳴のように青く輝いたが間に合わない。
白が黒を貫き、壁を貫き、石と石の間に一直線の穴を穿った。
──気がつくと、部屋の壁には大きな穴が開いて、外の雄大な景色がのぞいた。
ひゅるるる、と風の音が吹き込んでくる。
薄絹の幕が遅れてばさりとめくれ、テーブル上の羊皮紙がふわふわと浮く。
鎧人形のあった場所には、焼け焦げた輪郭だけがぽつんと残り、台車ごと炭の匂いを立ちのぼらせていた。
「……」
「…………」
沈黙。
「……………………は?」
部屋にいる誰かが、ようやく声を漏らした。
「ああ!? やってしまいました!?」
がびーん! とユフィは頭を抱えた。
後には目の前で起こったことが受け入れず唖然とする国の重鎮たち。
そして、「やっちゃったか……」とでも言わんばかりに苦笑する、ライルとエリーナが残された。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
ユフィは両手で床を突きながら、地面に深々と頭を下げた。
どこから出したのか、「私が部屋を壊しました」と達筆で書かれた白いたすきを首からぶら下げ、まさに全力の土下座ポーズ。
「緊張で、ち、力加減を……っ、間違えました……っ! 本当は、もっとこう……ぽこん、くらいの……控えめにする予定だったんです ……!」
ひゅうう、と会議室に流れ込む爽やかな風。
壁には、つい先ほどまでなかったはずの絶景観覧窓(直径二メートル超)が開いていた。
鳥がさえずりながら通過するたび、会議卓の上に羽がふわりと落ちる。
「い、いえいえ、大丈夫ですよ」
ユフィの全力謝罪に対し、最初に口を開いたのは宰相ラプトンだった。
引き攣った笑みを浮かべて言う。
「壁なんてものは、壊れるためにあるのです。ええ、少々修理費が嵩むかもしれませんが……お気になさらず……!」
先ほどまでユフィに対し懐疑的な表情をしていた宰相の態度が180度回転していた。
他の重鎮たちは誰もが固唾を飲み、席から動けずにいた。
顔面蒼白で今にも倒れそうになっている者もいれば、手のひらに汗をにじませている者も。
それほどまでに、先ほど一撃はこの国の"常識"を根底から覆していた。
──国王アルセインと、軍務大臣ガイオスの両名は、動揺した様子もなくジッとユフィを見つめていた。
口を開いたのは小さな声だった。
「でもこれで……ユフィに強く出られる人はもういないから、ある意味よかったかも」
会議卓の面々を一望して、ライルが苦笑と共に呟いた。
「うんうん、ユフィちゃんが一番強いって、証明されちゃったからね」
エリーナは妙に誇らしげに言った。
言われてみれば確かにそうだった。
ユフィはこの場で力を証明してしまった。
単なる噂や机上の報告書ではなく、本物を。
自らの手で放った魔法が、この空間に穴を穿つ。
それはつまり──ここにいる誰も、彼女を抑えられないということ。
ユフィが本気を出せば、目の前の重鎮たちを全員まとめて灰にできるだろう。
五属性全ての攻撃魔法を扱い、魔人をも撃退した少女。
それが、ユフィ・アビシャスという存在であると、この会議室にいる面々は認めざるを得なかった。
(ううううぅ……攻撃魔法を使えるのを認められたのはいいけど……ぜんぜん嬉しくなーーーい!!)
人のものどころか、国のものを盛大にぶっ壊してしまったことに、小心者のユフィは未だタスキ姿のまま、内心で盛大にのたうち回っていた。
そんな中、会議室の扉が再び開いた。
「部屋の修繕作業に入るため、会議は別室にて続行いたします」
あくまで冷静な侍従の声。彼の背後には既に、修繕用の職人が道具を持って待機していた。
「た、大変失礼いたしましたあああ……っ!!」
再び地面に頭を擦り付けながら、ユフィは二度目の土下座を披露したのだった。
──こうして、王国中枢を揺るがす一撃と共に、ユフィの実力が公式に証明されたのである。
◇◇◇
会議は、別室にて続行されることになった。
先ほどの豪華で広々とした会議室とは打って変わって、やや手狭で控えめな内装の部屋。
入り口に近い席に、ユフィは腰かけていた。壁を吹き飛ばした罪悪感がまだ抜けきっていないのか、さっきまでの土下座からは想像できないほど、しおらしく縮こまっている。
そんなユフィに向かい合う形で、王国の重鎮たちが座っている。
一人だと消えてなくなりそうなシチュエーションの中、唯一の救いは、すぐ隣にライルとエリーナが座っていてくれることだった。
(二人がいてくれてよかった……いなかったら、私はシンユーとずっとおしゃべりするやべー女だったな……)
シンユーとは、ユフィの空想上の 友達(イマジナリーフレンド) である。ユフィとは幼少期の頃からの付き合いで、ユフィのメンタルが不安定になった時に出現する存在だ。
ユフィにとって都合の良いことしか言わない。
ライル達と出会って友人が増えたのもあってか、最近はあまり登場しなくなっている。
「……では、始めましょう」
沈黙を破ったのは、宰相ラプトンだった。さきほど壁破壊騒動を目にしたとは思えないほどの冷静さで、卓の中央に置かれた議事録に目を落とす。
「まず、率直にお聞きしたい。ユフィ・アビシャス殿──なぜ、あなたは攻撃魔法を使えるのですか?」
バァン!
と音がしたのは、誰かが机を叩いたわけではなく、ユフィの心が爆発した音だった。
(ついに……きた!)
ここからが本番である。受け答えをひとつ間違えれば国家反逆罪。
下手すれば魔族サイドのスパイという疑惑までかけられかねない。
ユフィは背筋を伸ばし、ふぅーっと深呼吸をひとつ。
「……あの、ですね」
ギンッ!!
口を開いた瞬間、部屋中の視線が集中するのをユフィは感じた。
(おおおお落ち着きなさい私! ありのままの事実だけを話すのよ!)
そう自分に言い聞かせながら言葉を続ける。
「わたし、小さい頃に聖女様に憧れて……でも、聖女様は回復魔法を使える人というのを知らなくて、とりあえず魔法を使ってみたら……なぜか、火魔法が飛び出してしまって……」
その時ユフィがミリル村近くの森に作ったクレーターは、今や村の七不思議として語り継がれている。
「その時から……ずっと、攻撃魔法しか使えないんです」
「最初から、攻撃魔法を使えたのですか?」
「は、はい」
「五属性全て?」
「火だけじゃなく、水も風も土も雷も、まんべんなく……」
ごくり、と誰かが唾を呑む音が聞こえた。
「……それから、攻撃魔法を使い続けていたと?」
「は、はい! 七年間、毎日欠かさず練習していました。そしたらどんどん、出力の強い魔法が撃てるようになってて……」
「……七年も?」
思わず呟いたのは軍務大臣ガイオスだった。
厚い眉をひそめ、まるで信じられないといった顔でユフィを見つめている。
「なるほど……では、貴方自身も、なぜ攻撃魔法が使えるのかわかっていない、ということですね?」
「そ、そうなんです……私にも、なぜ攻撃魔法が使えるのかは、分かりません……気づいたら、そうなってて……」
しゅん、とユフィはうなだれた。
恥ずかしさと緊張と、自分でもよく分からない感情がごちゃ混ぜになっていた。
「報告書によると──」
ガストンが口を開く。
分厚い書類を手に、ゆっくりと読み上げる。
「ユフィ・アビシャスの両親には特異な点はない。父親は一般市民、母親は元貴族というだけ。攻撃魔法を使える家系ではないと、調査班が断定している」
国の重鎮たちは、顔を見合わせる。
否定する材料もなく、かといって受け入れる根拠もない。
ただ、目の前の少女が攻撃魔法を使えるということだけは、たった今、その身で実証してしまっている。
あまりにも異質な存在ゆえに、重鎮達はユフィに対し畏怖の念を抱き始めていた。
(……ま、魔人の血が入ってるとか……魔王の生まれ変わり、とか……疑われてないよね!?)
内心パニック寸前のユフィ。
そんな彼女の手を、そっと隣からエリーナが握った。
「大丈夫だよ」
にっこりと、エリーナは安心させるように笑う。
「ユフィちゃんはユフィちゃんだもん」
その一言に、ユフィの目が潤む。
「……ありがとうございます、エリーナさん……」
「ここにいる全員が驚いてるけど、でも今の説明は嘘じゃないって、ちゃんと伝わったと思うよ」
ライルも静かに言った。
その言葉に、ユフィのパニックは少しずつ収まっていった。
「脅威でしかありませんな」
突然、空気を切り裂いたのは重々しく、どこか威圧感すら伴う声。
「攻撃魔法を使える女なんぞ、存在すら許してはなりません。今すぐにでもその娘を幽閉すべきです」
冷たい氷柱のようなその声の主は、黒と紅を基調とした装束に身を包んだ壮年の男。
教会の威厳を背負うかのような金の装飾と、冷ややかな瞳。
そして胸元に輝く聖印が、その男の立場を如実に物語っていた。
「あの方は確か……」
「バレンシア教の枢機卿──ガシュタルだよ」
ユフィにライルが捕捉をする。
枢機卿──ガシュタルは厳しい声で続ける。
「女でありながら攻撃魔法を使うなど、明らかに神の摂理に反している。そんな異端を野に放っておくなど、狂気の沙汰だ。学園生活など以ての外。しかるべき場所で、徹底的に調べ上げるべきだろう。何が原因かを、な」
そう言って、ユフィに対し強い瞳を向けた。
その目とあって、ユフィの呼吸が一瞬止まる。
ガシュタルの双眸に浮かぶのは、強い憎悪の念。
(わかっていた……こう考える人もいるのは。この人にとって、私は異常で排除すべき存在……)
直に突きつけられたその言葉は、予想していた以上に鋭く、胸の奥を抉った。
こめかみの裏で、鈍い痛みがじわりと滲む。
反論したいのに、声が出てこない。
怖くて、悲しくて、なにより悔しくて。
そのときだった。
「暴論です!!」
凛とした声が、バンッと卓を打つ音とともに響いた。
エリーナだった。
まっすぐに立ち上がり、ガシュタルを睨みつけるように見据えていた。
「ユフィちゃんは、王国に住むれっきとした国民です! その人権を無視して実験体にしろだなんて……あなたがたの言う神の教えは、そんなに非道なものなんですか!?」
「非道、ですか? 笑わせないでください」
ガシュタルは鼻で笑い、ゆっくりと立ち上がる。
その威圧感たるや、室内の空気が一段階ひやりと冷えるほどだった。
「神は人に秩序を与え、性別ごとに役割を授けられた。癒しは女に、戦いは男に──これは古より変わらぬ真理です。彼女の存在はその根幹を揺るがしかねない。もし信徒たちが、彼女のような異形に触発されればどうなる? 女が剣を取り、自ら戦いの意志を持つ。考えるだけでも│ 悍(おぞ) ましい。神の定めを疑うようになれば、それこそが最大の教義破壊だ」
「そんなの、定めじゃありません! ただの押し付けです!」
真っ向からぶつかるふたりの声に、ユフィは呆然としながらも、心の奥で震えた。
(エリーナさん……)
王族でもない彼女が明確な覚悟を持って、自分のことを庇ってくれている。
そんな彼女の姿に、ユフィの目元が、じんわりと滲んでいた。
そのとき。
「──静まれ」
低く、決して無視できない重みのある声が、ふたりの言い合いを制した。
国王アルセインだった。玉座のような椅子に背を預けていたアルセインは、静かに、しかし確かな威厳をもって言葉を紡ぐ。
「ガシュタルの意見も理解できぬではない。だが、我が国は教義の国である前に、人の国である。ゆえに我は、この少女をこう判断する──」
一拍の間。
「異質な存在ではあるが、彼女は確かに、我が王国の民の一人。力の由来は不明であっても、その力を濫用する意思は見えぬ。ならば、ただちに拘束・幽閉すべき理由には至らぬと判断する」
ユフィは、思わず息を呑んだ。アルセインは静かに続ける。
「観察の必要性は否定せぬ。だがそれは、異能に対する理解を深めるためのものであり、決して本人の尊厳を踏みにじるものではあってはならぬ。彼女には、これまで通り学園に通い、魔法の制御と人格の成長を継続させてもらおう」
ちらりと、アルセインがノアの方を見て言う。
「息子からの報告によると、そなたは少々、心持ちが不安定と聞いておるからな」
アルセインの言葉に、ユフィはビクッと肩を震わせた。
思わずノアの方を見る。ノアは真顔で、胸の前で小さく親指を上げていた。
「兄上が父上に根回しをしてくれてたようだね」
「あ、ありがたいですけどっ……」
ようするにユフィはメンタルが不安定でヘタに刺激したらどうなるかわかったもんじゃないから、強行策は取らず、監視対象として穏便に事をすまそう、ということであった。
流れ的に実験台送りにはならなさそうだが、その根拠が自身の不安定な部分だと国王ともあろうお方に明言されて、ユフィは恥ずかしくて穴があったら入りたい心持ちだった。
アルセインの言葉にラプトンが小さく頷き、議事録に記す音が部屋にカリカリと響く。
「では、本件について、ユフィ・アビシャスを当面は観察対象として慎重に対応する。枢機卿殿、他に異論はありますか?」
ガシュタルは苦々しげに目を細めたが、ここで話を終わらせてはならぬとサイド口を開いた。
「陛下……あの娘が本当に制御可能な存在だと、どうして言い切れましょう? いずれ革命派と手を組み、反旗を翻すようなことがあれば……」
場の空気がピリッと張り詰めた。
「は、反乱!? 私が……!?」
ユフィの声が裏返った。
あまりにも現実離れした想定すぎて、ユフィはブンブンと首を横に振った。
「無理無理無理無理! 人と喋るのも一苦労な私が、反乱分子と手を組む!? 誰かと密談とか謀略とか夜会とか駆け引きとか出来ませんよ! 私がやったら秒で裏切られます! 人を見る目がないので!」
しん……と今度は空気が静まり返った。
重鎮たちはユフィの扱いについて心から真面目に議論している。
一方でユフィのテンションはそんなシリアスな空気をぶち壊してしまうもの。
その寒暖差に体調を崩してしまいそうだ。
枢機卿までも、(お、おう……)みたいな表情をしている。
そんなユフィをフォローするように、ライルが眉尻を下げながら口を開いた。
「枢機卿閣下。彼女はそもそも野心というものが希薄です。誰かを出し抜いて上に行こうなんて考えたこともありません。ですよね、ユフィ?」
「こっそり誰かを出し抜くくらいなら、普通に落第したいです」
至極真面目な表情で答えるユフィに、ライルは頷きつつ続ける。
「それに、彼女は五月祭で瀕死の重傷を負った男子生徒の命を救っています。このことからも、彼女が善良な価値観を持った国民であるのは明白かと」
ライルがはっきりとした口調で断言する。
枢機卿はまだ何か反論の言葉を並べようとしていたが、さすがに命の恩人という実績を前に、強く出ることはできなかったようだ。
せめて一言申したいとばかりに、枢機卿は額に汗を一筋垂らしながら具申する。
「彼女の危険性については理解いたしました。しかし……これだけの力を持ちながら、野放しというのも……あまりに無策ではありませんか?」
王アルセインの方を見て、枢機卿は言う。
「せめて……国のために、彼女の力を有効活用する場を設けるべきかと」
「ふむ……それは一理あるな」
アルセインが重々しく口を開いた。
「異質であろうと、彼女は我が国の民。誰よりもまず、その尊厳を守らねばならぬ」
その声は穏やかでありながら、底知れぬ威厳をたたえていた。
「観察対象とはいえ、彼女を人として扱うことに変わりはない。そして――」
アルセインはユフィを見た。
その眼差しは、試すようであり、同時に何かを委ねるようなものでもあった。
「その力が、人を傷つけるものではなく、人を救うものであると……示してみせることが、最重要課題だと判断する」
「……っ!」
ユフィは反射的に背筋を伸ばした。別に怒鳴られたわけでも、剣を突きつけられたわけでもないのに、心の奥底にまで響く、王の言葉。
「ユフィ・アビシャス。貴殿には、攻撃魔法を使った課題を命ずる。己の力が制御可能であり、有益であると証明すること。それが貴殿に課せられた使命だ」
(し、しめい……!?)
丸く収まりそうと思いきや、何やらとんでもない話になっている気がすると、ユフィは直感的に感じた。