作品タイトル不明
第十五話 子どもたちの小さな会議
エルミーヌ公爵夫人の茶会から戻った翌日、リュシーが言った。
「こどものかいぎ、したい」
朝食の席だった。
私はスープの匙を置いた。アルノルトも、セドリック兄様も、ハンナも、同時にリュシーを見た。
「会議?」
「うん。おとな、かいぎ、いっぱい。リュシーたちも、する」
娘は真剣だった。
「何を話す会議?」
「いやなこと。すきなこと。へやのこと」
アルノルトが静かに頷いた。
「必要ですね」
兄様は少し困った顔をした。
「子どもたちに難しい話を聞かせるのか」
「難しい話を決める前に、簡単な言葉を聞くのです」
私は答えた。
会議は午後、温室の隣の広間で行うことになった。参加する子どもは、自分で来たいと言った子だけ。具合の悪い子は無理をしない。保護者か職員がそばにいてよい。発言したくない子は絵で示してもいい。
リュシーは小さな司会者になった。
首に保温布を巻き、手には木の札を持っている。
「えっと、こどものかいぎです」
子どもたちは、ぱちぱちと拍手した。ニコは少し咳をしながらも嬉しそうだった。北境から来たユーリは壁際に座り、妹のミーシャを膝に乗せている。
リュシーは私を見た。
「おかあさま、かく」
「はい。書記をします」
私は大きな紙を壁に貼った。
一つ目の題は、『いやなこと』。
最初に手を挙げたのはニコだった。
「札、とられるの、いや」
私は書いた。
次にミーナが言った。
「毛布、重いの、いや」
エマは冬鈴館にはいないが、王立療養院から送られた聞き取りを読み、リュシーが代わりに言った。
「にんぎょう、とられるの、いや」
ユーリはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。
「兄だから大丈夫と言われるのが、嫌です」
私はペンを止めそうになった。
彼は九歳だ。
それでも、誰かの兄である前に、一人の子どもだ。
「書いていい?」
「はい」
大きな紙に、その言葉を書いた。
二つ目の題は、『安心すること』。
「焼きりんご」
「木札」
「おかあさんの声」
「足がぬれない靴」
「寝る前に、明日のことを言ってもらう」
「泣いても咳が出ないように、背中をさすってもらう」
言葉が増えるにつれ、部屋の空気が少しずつ変わった。
子どもたちは、自分の小さな不安が紙に書かれるのを見ている。紙に書かれると、消えにくくなる。大人だけの会議室で、なかったことにされにくくなる。
三つ目の題を、リュシーが自分で書いた。
『へや』
「へやは、なに?」
彼女が尋ねると、子どもたちは考え込んだ。
ミーシャが言った。
「ねるとこ」
ニコが言った。
「なまえあるとこ」
ユーリが言った。
「靴を脱げるところ」
ミーナが言った。
「泣いても怒られないところ」
リュシーは最後に、自分の言葉を言った。
「かえってくるところ」
私は書いた。
書きながら、視界が少し滲んだ。
会議の最後に、リュシーは子どもたちへ小さな木片を配った。大工のトマスが用意してくれたものだ。それぞれが自分の印を描く。星、兎、靴、花、人形、丸パン。
これを、冬鈴館の新しい会議札にする。
発言したい時は札を上げる。話したくない時は札を伏せる。
「これなら、声が出ない日も参加できますね」
ミレーヌが言った。
「子どもに教わることばかりです」
私は頷いた。
夕方、アルノルトが会議の記録を読んだ。
彼は『兄だから大丈夫と言われるのが嫌』のところで長く止まった。
「北境でも、年上の子に我慢させることが多い」
「王都も同じです」
「制度に入れましょう。年齢や役割を理由に、痛みの申告を軽視してはならない」
私は少し笑った。
「あなたは会議の記録を読むと、すぐ制度にしたがる」
「あなたは台帳にしたがる」
「似ていますね」
「はい」
その夜、リュシーは疲れて早く眠った。
枕元には、自分の会議札が置かれている。
冬鈴草の印。
娘は眠る前に言った。
「おかあさま」
「なあに」
「こどものかいぎ、また、する?」
「しましょう」
「おとな、きく?」
「聞かせるわ」
リュシーは安心したように目を閉じた。
大人の制度は、子どもの会議から始めてもいい。
むしろ、そこから始めなければ、また誰かの部屋から名前が消える。
会議の記録は、翌日の大人の会議で読み上げた。
最初、貴族の一人は苦笑した。
「焼きりんごまで制度に入れるおつもりですか」
私は答えた。
「焼きりんごそのものではありません。温かい匂いで食欲が戻る子がいるという記録です」
医師会の老医師が頷いた。
「食事前の安心刺激、という言い方なら医学的にも扱える」
「では、その言い方と、子どもの言葉を両方残してください」
ミレーヌがすぐに二列の表を作った。
左に子どもの言葉。
右に大人の制度用語。
片方だけでは足りない。子どもの言葉だけでは公文書に乗りにくく、大人の言葉だけでは本人から遠ざかる。
両方並べて初めて、部屋の温度が紙の上に残る。
会議の紙は、その日のうちに写しを三部作った。
一部は冬鈴館。一部は王立医務局へ提出する資料。一部は子どもたちが見られる低い棚に置く。
リュシーは低い棚を指して言った。
「こどものかみ、こどもも、みる」
当然のことなのに、大人は忘れやすい。子どもの言葉を集めた紙を、大人の会議室だけに置けば、また子どもから遠ざかる。
私は棚に小さな札を付けた。
『自分の言葉を見たい時は、見ていい』
それもまた、冬鈴令の小さな原型になった。