軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話 セドリックの寄付箱が空になる

北境からの子どもたちを受け入れて三日目、冬鈴館の寄付箱が初めて空に近くなった。

いつもなら、パン屋の売上の端数、薬草商の小銭、近所の大工が削った木片、貴族夫人の封筒が入っている。額は大きくなくても、箱には人の気配があった。

その朝、箱の中には銅貨が二枚だけだった。

マーサが不安そうに言った。

「昨日、パン屋の奥さんが謝りに来ました。医務局の方から、冬鈴館へ過度な支援をすると王立助成の審査で不利になるかもしれないと聞いたそうで」

ハンナも報告を重ねた。

「薬草商にも同じ話が回っています。正式な通達ではなく、噂として」

「噂の形をした圧力ですね」

セドリック兄様は寄付箱を覗き込み、顔をしかめた。

「陰湿だな」

「露骨に禁止すれば反発されます。だから、支援者に不安を配る」

「資金ならヴァイス家が」

「兄様」

私は少し強く遮った。

「冬鈴館はヴァイス家だけの箱にしたくありません」

兄は口を閉じた。

もちろん、実家の支援はありがたい。なければここまで続かなかった。だが、すべてを一つの貴族家の資金で賄えば、冬鈴館はまた誰かの所有物に見える。

子どもの部屋は、母の持参金だけでも、貴族の寄付だけでも守れない。

パン屋の一斤、洗濯屋の布、薬草商の苗、大工の手。そういう小さなものが重なって、ここは公共の場所になった。

それを怖がらせて空にするのは、移管より先に冬鈴館の心臓を冷やす方法だ。

昼前、パン屋の妻が訪ねてきた。

彼女は籠を抱えていたが、中は空だった。

「ごめんなさい、ノエリア様。うちは小さい店で、王立の給食契約を切られたら冬を越せないんです」

「謝らないでください。お店を守るのも大事です」

「でも、子どもたちのパンが」

彼女は泣きそうだった。

私は温かい茶を出した。

「パンを寄付できないなら、別の形で助けてください」

「別の?」

「王立医務局から何を言われたか、日時と相手の特徴を書いてください。噂でも構いません。記録が必要です」

パン屋の妻は瞬いた。

「それでいいんですか」

「それがいいのです」

彼女は籠の底から、小さな紙包みを出した。

「本当は、これだけでも置いていきたくて」

中には、焼きすぎて少し形の崩れた丸パンが三つ入っていた。

「売り物にはできないから」

「ありがとうございます」

私はそのパンを受け取った。

形は崩れている。だが、まだ温かい。

午後には、薬草商も来た。彼は寄付金ではなく、王立審査官に言われた文句を書いた紙を持っていた。

『冬鈴館との取引は、王立施設の標準納入契約に影響する可能性がある』

洗濯屋は、古い布を寄付する代わりに、子ども用保温布の洗い方を近所の母親たちに教えると申し出た。

大工のトマスは、木材の寄付を止める代わりに、夜にこっそり木札の角を削りに来た。

寄付箱は空に近い。

でも、別の箱がいっぱいになっていった。

証言箱。

ミレーヌが作った小さな箱だ。誰が、いつ、どんな圧力を受けたかを書いた紙を入れる。署名できる人は署名し、怖い人は無記名でもよい。

セドリック兄様はそれを見て、腕を組んだ。

「なるほど。金を止められたら、証言で返すわけか」

「返すというより、見えるようにします」

「お前は昔から、腹を立てると台帳を増やすな」

「便利ですから」

兄は笑い、それから真顔になった。

「だが、薪代は現実に必要だ」

「分かっています」

「ヴァイス家から貸付にしろ。寄付ではなく、後で冬鈴館が返せばいい。契約書を作る」

私は少し考えた。

「利子はなしで」

「当然だ」

「返済猶予は長く」

「当然だ」

「運営への口出しはなし」

「お前は兄を何だと思っている」

「貴族の資金提供者です」

兄は額を押さえたが、契約書には署名した。

夕方、リュシーが空の寄付箱を見つけた。

「からっぽ?」

「今日は少ないわね」

「みんな、もう、くれない?」

「お金は少ない。でも、紙をくれた人がたくさんいる」

「かみ?」

「困ったことを書いた紙。これも助けになるの」

リュシーはしばらく考え、自分の小さな帳面から一枚破った。

そこにたどたどしく書く。

『リュシーは、へやをとられるの、いやです』

「これも?」

私は受け取った。

「ええ。これも助けになる」

証言箱に入れる前に、私は聞いた。

「これはみんなに見せてもいい紙?」

リュシーは少し迷った。

「おかあさま、いっしょなら」

「分かった。勝手には見せない」

娘は頷いた。

その夜、証言箱は寄付箱より重くなった。

銅貨の音は少ない。

けれど、紙の重さもまた、制度を動かす。

翌朝、証言箱の横に新しい札を置いた。

『お金でなくても、助けです』

リュシーがその字を読み、少し首を傾げた。

「おかねじゃない、たすけ?」

「そう。紙を書くこと。木札を削ること。スープの野菜を切ること。怖かったと教えてくれること」

「リュシーの紙も?」

「もちろん」

娘は考え込んだ後、寄付箱の中に冬鈴草の絵を一枚入れた。

「これ、おかねじゃない」

「助けね」

空だった箱に、紙が一枚増えた。

銅貨ではない。薪も買えない。けれど、その絵を見たパン屋の妻は、翌日、契約を恐れながらも焼き損じのパンを持ってきた。

人は、お金だけで動くわけではない。

怖い時に、怖いままで渡せるものがあると知れば、少しだけ足が前に出る。