作品タイトル不明
第二十八話 温かい部屋を壊した人
火事の調査は早かった。
アルノルトが現場にいたこと、法院の監察対象だったこと、そして犯人が指示書を持っていたことが大きかった。
下働きの男は、最初は黙っていた。だが、侯爵家が自分を守らないと分かると、すぐに話し始めた。
指示を出したのは家令ボルク。
目的は、冬鈴館の運営記録とリリアの証言関係書類を焼くこと。
火事に見せかければ、温室館の安全性にも疑いが出る。母親が危険な場所で娘を暮らさせていると主張できる。さらに冬鈴館が止まれば、ノエリアの収入と社会的信用も傷つく。
あまりに分かりやすい悪意だった。
ボルクは取り調べで、当初はすべて独断だと主張した。だが、彼の帳簿からオルセーヌ男爵家への送金と、エルミーネ夫人との書簡が見つかった。
南翼療養室の管理権を移し、ヴァイス家の持参金設備を侯爵家の資産として扱う。
ノエリアを嫉妬深い妻として追い詰め、リュシーの療養記録を無効化する。
リリアを利用し、ギルベルトの判断を誘導する。
それは小さな悪意の積み重ねだった。
ギルベルトは、調査結果を聞いた時、しばらく言葉を失ったという。
彼は直接火をつけていない。
だが、ノエリアを軽んじ、リリアを優先し、家令の言葉を疑わなかった。その隙間に、悪意が入り込んだ。
後日、ギルベルトは法院を通じて私に書状を送ってきた。
『ボルクを解任し、刑事告発する。エルミーネ夫人との親族関係も断つ。私の不徳が、あなたとリュシーを危険にさらした。申し訳ない』
私はその書状を読んだ。
怒りはあった。
しかし同時に、少しだけ疲れた。
悪人を見つければすべて解決するわけではない。
ボルクがいたから壊れたのではなく、壊れやすい場所にボルクがいたのだ。
侯爵家の中で、私の声が軽く扱われていた。
リュシーの苦しさが大げさだと見做されていた。
リリアの涙が、子どもの安全より優先されていた。
その土台があったから、部屋は奪われかけた。
火事の後、リュシーは数日、夜中に目を覚ました。
「おかあさま、ひ、ない?」
「ないわ」
「さむくない?」
「さむくない」
「あつくない?」
「あつくない」
何度も確認して、ようやく眠る。
私はそのたびに答えた。
子どもは、一度怖い思いをすると、何度も確かめる。
大人は面倒がってはいけない。
何度でも、大丈夫だと言う。
そして、大丈夫にする。
冬鈴館は一週間休館したが、修繕後に再開した。
再開の日、ミシェルが玄関で言った。
「ここ、また来ていいの?」
「もちろん」
「火、こわかったけど、ここ、好き」
その言葉に、私は深く頭を下げた。
「ありがとう」
温かい部屋を壊そうとした人がいる。
けれど、温かい部屋を必要としている子どもたちもいる。
私は後者のために、ここを続ける。