軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【番外編】ローゼマリーの恋11ー伝えたいこと

大会の主審は、騎士団長ハルツェン・バーレだった。

使うのは先を鈍らせた剣と盾だ。

先に一本先取した方が勝ち、という単純なルールだが、実力が拮抗していると時間がかかる。

しかし、クリストフはここまで短時間で勝負を決めてきた。

「礼!」

クリストフとアヒムは互いに礼をし、剣を構える。

「負けねえよ」

騎士団長に聞こえないくらいの声で、アヒムが言った。クリストフは何も答えなかった。

「始め!」

ザッと足元の土が鳴り、お互い間合いを取った。

アヒムの長所は、柔軟な戦い方だ。得意の突きは、バリエーションが豊かだった。対するクリストフは、一見融通が利かない防御を得意とした。守りながら斬る。それだけだ。

「行けー! アヒム! 弱虫の頑固者をやっちまえ!」

戦い方に華があるせいか、どちらかといえばアヒムへの声援の方が大きかった。あるいは、トゥルク王国で失態を犯したクリストフにはやはり冷めた声が多いのかもしれない。

それでも構わない、と剣を構えたクリストフは、自分が緊張しながらもリラックスしているという、ベストな状態であることを感じていた。

わざわざ宣言するまでもない。

——勝つ。

アヒムの細かい突きを俊敏に避けるクリストフに、観客が野次を飛ばす。

「いけいけ! アヒム!」

ルードルフに命じられ、アヒムとハンスを調べたクリストフは、彼らがそれぞれシーラッハ伯爵と繋がっていることを知った。

馬丁のハンスは、そもそもシーラッハ伯爵が娘デボラを皇太子妃にするために送り込まれた駒だった。思惑が叶わず、エルヴィラが皇太子妃になった後も、そのまま留まっていた。

いかがわしい賭博場にかなりの借金があったアヒムは、最近になってそれを清算したらしい。金の出所はわからない。だが、何度かシーラッハ伯爵家の者といるのを目撃されている。

「負けないんじゃないのか」

なかなか攻撃が届かないことに苛立つアヒムを見ながら、クリストフは相手の間合いに入っていった。

「くっ……」

アヒムが顔を歪める。

「へばるには早いぞ」

「……るせー!」

ガッとアヒムの剣がクリストフを突きかけて、クリストフが盾で防御した。

アヒムは得意そうな顔をしたが、クリストフは冷静だった。

「それだけか」

「え」

アヒムとは何度か手合わせしている。その技のバリエーションの多さは確かに素晴らしいが、それゆえ欠点があった。

選択肢の多さが、迷いに繋がるのだ。

ーーガツッ!

クリストフは、盾を翻してアヒムの剣を弾いた。すぐに体勢を立て直したのはさすがだったが、自信のある突きを難なく防がれたアヒムに揺らぎが出た。これがダメなら、次はどれにしよう、という表情だ。

ーーそこを斬り込む。

クリストフは、大股に一歩踏み込んだ。

「くっ!」

直前まで余計なことを考えていたアヒムは、体がぐらついた。

ガキッ、と金属と金属がぶつかる音がした。

かろうじて剣でクリストフの攻撃を受けたアヒムだが、額にじっとりと汗をかいている。

クリストフは容赦なく剣でアヒムを突いた。

「そこまで!」

騎士団長が制止した。

「勝者、クリストフ・バーデン!」

あまりの素早い勝負に、観客は一度静まり、それから、

「すげー!」

「クリストフ! 万歳!」

わあっと沸いた。

「礼!」

終わるときには、礼だけでなく握手をする習わしだ。仏頂面したアヒムは渋々手を出したが、クリストフはそれをぐっと掴んだ。

「痛っ!」

思わず叫んだアヒムに、低い声で囁いた。

「今度ローゼマリーに余計なことしてみろ……潰すぞ」

どこを、とは言わなかったが、クリストフの殺気は充分通じたようだ。ヒッ、と情けない声をアヒムは出した。

すべて見ていたはずの騎士団長は、なにも言わなかった。

「素晴らしかったわね! エルヴィラさん!」

「ええ! お義母様!」

貴賓室では、クラウディアとエルヴィラが手を合わせてはしゃいでいた。

ルードルフも満足そうに目を細めた。視線の先には、誰かを探して走る今回の優勝者、クリストフがいる。

ルードルフは微笑みを浮かべて、友を見守った。

と、いつの間にか隣にいたエルヴィラが心配そうに口を開いた。

「大丈夫でしょうか」

ルードルフは軽く答えた。

「フラレたらいいのさ」

「まあ、なんてことを」

優勝したクリストフは、手のひらを返してあれこれ賛辞の言葉をかけてくる群衆をかき分けて、ただ一人の姿を探した。

探しながら、考えた。

エリックを大神官にさせたくない「誰か」は、シーラッハ伯爵と協力して、ローゼマリーとエリックが恋仲である噂をハンスに流させた。

直接的な噂話はハンスが流したが、クリストフとローゼマリーを遠ざける細工はアヒムがした。

アヒムがクリストフの気持ちに気がついていたのだ。おそらくは、クリストフ自身もまだ無自覚だった気持ちを。

なぜなら、アヒムもローゼマリーを見ていたからではないか。

確かめるつもりはないが、クリストフはそんなことを感じた。

「ゴルドベルグ令嬢!」

勝利の興奮に包まれたクリストフは、どうしても今、その人に会いたかった。会って、伝えたいことがあった。

しかし、人が多くてなかなか見つからない。

クリストフは諦めず、叫びながら歩いた。

「ゴルドベルグ令嬢!」

人混みは途切れない。クリストフはもどかしさを抱えて、ローゼマリーを探した。エリックの説教が始まるとさらに人が増える。その前に見つけたい。と、そのとき。

ーーいた!

見間違えようのない後ろ姿を見つけて、駆け出した。

クリストフの試合を影で見守っていたのだろう。役目に戻らねばと、向こうも急いで広場を出ていこうとしている様子だ。

クリストフは焦った。

引き留めなくては。

また失う前に。

「ロ……」

クリストフは初めてその名を呼んだ。

「ローゼマリー!!」

かなり離れたとこにいたはずのローゼマリーは、目を丸くして振り返った。

「すまない、引き止めて」

広場から少し離れた木陰でようやく、クリストフはローゼマリーと二人きりになった。

「すぐ済むので……少し話をしていいだろうか」

「は、はい」

ローゼマリーは落ち着かない様子だった。よく考えたら、話すこと自体久しぶりだった。クリストフが避けてたからだ。

そうか、その詫びを先に言わなくてはいけないだろうか。クリストフは言葉を探し、少し黙った。するとローゼマリーが困ったように先に言った。

「あの、私、ずいぶんと失礼なことをーー」

「結婚してほしい」

クリストフは思わず遮った。

また取り繕おうとしていた。

かっこつけようとしていた。

違う、今伝えるのはかっこ悪い自分の、素直な気持ちだ。

「結婚してほしい」

唖然として何も言えないローゼマリーに、もう一度言った。言い出すと、止まらなくなった。

「ずっと見てきた。真面目に働くところを。一生懸命なところを」

ああ、こんなんじゃ伝わらない。

どう言えばわかってもらえるだろう。

クリストフはため息混じりに訴える。

「あなたの大切な人を守れなかった私だが、それでも諦めきれないんだ。図々しくも夢を見てしまう」

「夢……?」

クリストフはローゼマリーの目を見て言った。

「あなたの隣を歩きたい」

「……」

「あなたと一緒に、生きたい」

ローゼマリーは驚いたように、顔を手でおおった。

「あなたのことが、好きだ。ずっと、好きだった」

そうだ、これだ。

伝えたかったのは、これだけだ。