軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の話 3

マクシミリアンはアルルと話し合い、ベルクレア家の準備が整ったら迎えに来ることにした。

マクシミリアンは帰宅すると、使用人たちを集めて、アルルが魔法学者として既に大成しており、それは十年消えていても変わらないことを伝えた。

「彼女は私の妻ではあるが、侯爵夫人としてのこの家で過ごす必要はない」

「では、どのようにお仕えすればいいのでしょうか」

侍女頭が質問をすると、マクシミリアンは静かに告げる。

「彼女の思うままに。彼女は……使用人に委ねられた幼子ではない」

侍女頭だけでなく、アルルに仕えていた侍女たちが一斉に驚いた顔をする。

「アルルは、貴族としてのマナーは身についている。それ以上は、私も彼女も望んでいない。……人への気遣いは、相手の意思も確認してからにすることだ」

侍女頭も侍女たちも、酷く動揺していた。

『お肌が荒れているご様子だったので、早めにお休み頂きました』

『午後のドレスに慣れて頂くために、毎日着替えを日課にさせて頂きたく存じます』

それらは侍女たちの善意ではあったが、アルルの意思を確認していなかったのだ。

「も、申し訳ございません!」

侍女頭は深く頭を下げ、侍女たちもそれに続いた。

「アルルは優しいから親しみやすかっただろう。……それが彼女の良さであり危うさだ。学者家系のイスマイア家が、生涯面倒をみようと考えるほどの天才だ。我が家は彼女を保護する立場にある。……今回は不問とするが、以後気を付けるように」

アルルが実家に戻った理由を、詳しく知っているのは執事と侍女頭だけだ。彼らは十年前に同じ説明を受けていたのに、それを忘れていたことを後悔した。

「奥様が戻ってこられたら、ここを我が家だと思って頂かねばなりませんね」

侍女頭がそう言うと、執事も頷いた。

「ああ、それこそが旦那様のお望みだ」

この後、執事が手紙をだし、イスマイア家から侍女頭が招かれた。イスマイア家がどのように主家族に仕えているのかを聞き、彼らはアルルが戻る日に備えた。

そしてリシャールを呼んだ。……リシャールは酷く憔悴していた。

「……ケイトリンの様子は?」

「産後の回復が遅れ、食も細く……殆どの時間を床で過ごしております」

リシャールは保養地と王都を行き来している。

弱った妻と離れて仕事をするリシャールのことを思い、マクシミリアンは苦い気持ちになった。

「大事な時期に……配慮が足りなかった。せめて出産して落ち着くまで話すべきではなかった」

「いいえ、アルル様が無事に戻られたときに……教会に押しかけたケイトリンがいけなかったのです。それは本人もよく分かっています」

沈黙がしばし流れた後、マクシミリアンは切り出した。

「実は、頼みがあるんだ。……ケイトリンを助けることにもなると思う」

リシャールは真剣な表情でマクシミリアンを見る。

「魔法の痕跡を鑑定する魔法の術式を、アルルに教えてはもらえまいか」

この魔法は、調査官であるリシャールの家の伝承魔法だ。一般的な魔法と違い、使用には制限がある。

マクシミリアンは、アルルが何をしようとしているのかを話した。リシャールの顔がだんだん驚きに代わり、考え込むようになっていく。

「どうだろうか」

マクシミリアンの言葉に、リシャールは考えながら言った。

「王家は、偽りを感知するために我が家の魔法を使います。そのときには、魔法式ではなく、魔法をかけた花を渡すのです」

リシャールは続ける。

「調査官独自の魔法は、王にすら術式の開示を拒めるものが幾つもあります」

「魔法の痕跡を見る魔法も、それにあたるということか」

「はい。私としては……アルル様が悪用するとは思っていませんので術式をお渡ししたいのですが、他に知られてしまえば厄介です」

アルルに術式を渡したとなると、王家や他の貴族に術式の開示を迫られることになる。

マクシミリアンもリシャールも、腕を組んで考え込む。……暫くして、リシャールがはっとして顔を上げた。

「私が、魔法を使えばいいのではないでしょうか?」

マクシミリアンは顔を上げる。

「アルル様に魔法式を渡しますが、改良したものは私だけが使用するのです」

「つまり、アルルは関わっていないということにするのだな?」

「そうです。そして結果を解析する部分を、アルル様にお任せしたということにすれば、問題はないかと。未解決事件にも関わることなので、私が調べると言い出しても、誰も問題視しないでしょう」

「確かに。アルルが調べ始めるとなると、どうしても注目を集めてしまう。リシャール、頼んでもいいだろうか?」

「勿論です」

二人は、そのままイスマイア家に移動して、この計画をアルルに話すことにした。アルルも賛成したので、この方向で動き出すことになった。

リシャールから話を聞かされたケイトリンは、泣き笑いの表情で言った。

「私のお兄様とお義姉様は、本当に凄いのね……」

「そうだよ。その二人から伝言だ。……夫と子供たちを残して逝くのは許さない。最後まで見届けるようにと」

ケイトリンは、泣きながら何度も頷いた。

その後、ケイトリンは床から起き上がれる時間が増えて、子供たちと共に食事がとれるようになっていった。

マクシミリアンが迎えに来て、アルルは屋敷に戻った。

侍女たちは、マクシミリアンの言う通りにはするが、心の何処かでアルルは以前の全てを否定しないのではないかという希望を持っていた。

イスマイア家の侍女頭の語る、研究者の日常というのは、侯爵家の常識とかけ離れていた。そんな暮らしが貴族令嬢にできるのかと、疑いの気持ちを持っていたのだ。

しかし数日で、イスマイア家の侍女頭の話が本当だったと理解した。

研究を始めたアルルは、今までと別人のようだった。集中し始めれば食事も忘れるし、夜中でも突然起き出して何かを紙に書き始める。おっとりと笑い、侍女の主張に大人しく応じていたころの彼女が、どれほど抑圧されていたのか思い知ったのだ。

服はできるだけ簡単に脱ぎ着できるドレスに変えられた。料理長は片手でつまめて、栄養の偏らない料理に苦心することになった。

侍女たちは、アルルが無理をしているときにはマクシミリアンに相談するようになり、ベルクレア家の秩序は整えられていった。……そうなると、アルルは用事がない限り、イスマイア家に戻らなくなった。

アルルがリシャールの魔法式から、薬剤の解析魔法を作りあげたのは三ヵ月後のことだった。

解析の魔法をかけると、魔法式が重なって黒く見える。アルルは、魔法式を紙に写し取る魔法を持っている。それをリシャールに教えて写し取るように頼む。

アルルは真っ黒で読めない紙に、更に魔法をかける。すると……上から順番に魔法式が空中に浮かび上がり、層となって目の前に現れた。回復薬の解析はあっさりとできてしまった。

マクシミリアンとリシャールは、驚いてアルルを見る。

「もしかして、これは前から完成していたのか?」

「ええ。……あなたが反対しそうだったから言えなかったの。ごめんなさい」

そこでマクシミリアンがはっとして言う。

「古代魔法陣の構造解析……あの魔法か」

アルルは頷き、リシャールの方を向いた。

「リシャール、紙に写してきて。後は私がやるわ」

「任せて下さい。ただし……条件があります」

「何かしら?」

「解除魔法ができるまでは、使用しないで下さい」

「それは勿論よ」

「それと、最初の試しは僕がやります」

「リシャール!」

マクシミリアンの声に、リシャールは首を左右に振る。

「あなたたちは、あの薬の被害者だ。これ以上、リスクを負う必要はない。……調査官として行方不明者を救うなら僕です。この魔法は、良い使い道もできますが、悪用されれば質が悪い。改良されるまでは私が預かるべきでしょう。それこそ、他の者の目に触れないように」

アルルは暫く考えてから、リシャールに言った。

「危ない真似はさせない。私を信じて」

マクシミリアンは、黙ってリシャールの肩を叩いた。

リシャールの申請が通り、無事に解析の終わった紙は、アルルの元に届けられた。

マクシミリアンは解析だけだというのに、アルルの側を離れようとしない。アルルは固い表情のマクシミリアンを見てにっこり笑うと解析を始めた。

回復薬の倍の高さまでの層になった構造。アルルはそれらを一つ一つ丁寧に書き写していく。

マクシミリアンは並べられた術式を見て、ギリリと奥歯を噛みしめる。

「これを作った男は、なぜ他者を羨んだのだ。十分に天才ではないか」

「……私もそう思うわ。偶然で作れるものではないもの。私が十年で戻って来られたのも、この男の理論と調合が正確だったからだわ」

アルルはマクシミリアンに言う。

「一体、何があったのかしら……」

「知りたかったら、城の何処かにいる妬まれた魔法使いを助け出さないとな」

「ここからは時間がかかるわ」

「慎重にならなくてはいけないから、仕方ないさ」

そこからは、本当に年単位の研究になった。

可逆にする方法はすぐにできて、リシャールが物に使っても問題は無かった。しかし、閉じ込めた物の場所がわからないことが問題だった。悪用されて最も危険なのは、都合の悪い人間を消すと言う、あの魔法使いの考えた方法だ。

アルルは、行方不明になっている魔法使いの場所を特定する魔法を作るのと同時に、発表する魔法には可視化の魔法式を組み込むことにした。この魔法を外すと魔法が発動しないように複雑に、罠を仕掛けながら丁寧に魔法式を編んでいく。

アルルは、一度出産をした。

被害者やこの魔法で救われる人を思えば、一刻も早くと心は急いたが、マクシミリアンとアルルの時間だって等しく大事なものだ。彼らは、これ以上自分たちの時間を犠牲にする気はなかった。

アルルは大きくなったお腹を撫でながら言った。

「私ね、助けた人に聞いても……薬を作った人の気持ちは分からないって、今は思っているの。だって、私も妬んで狙われたのでしょう?私、分からないもの」

「そう言えば、そうだったな」

アルルは静かに言った。

「ただ、ケイトリンに薬を瓶ごと渡した上に、成り立ちを遺言に書いたのは……誰かに何とかして欲しかったからなんじゃないかって思っているの」

マクシミリアンは、無認可魔法使いが、学園の生徒たちには優しかったという話を聞いている。素行が怪しい生徒には薬を売らなかったとも。

「私は、消された魔法使いの方が気になる。助け出された後、信じていたのにどうしてなのかという、苦しみがあるだろう」

ケイトリンのことを考えてそう言うマクシミリアンの肩に、アルルはそっと手をおく。

「死んでしまった魔法使いは身勝手でしかないし、私も、まだケイトリンに会いたいとは思えない。ただ、この嫌な気持ちをできるだけ忘れていきたいの。……この子のためにもね」

マクシミリアンはアルルの腹をそっと撫でる。

「そうだな」

行方不明だった魔法使いが無事に戻り、アルルがあの魔法薬から生み出した『コフィン』と呼ばれる魔法を発表したときには、アルルの帰還から十年の歳月が流れていた。

助け出された魔法使いは、彼ではなく……大変美しい女魔法使いだった。事情を知らなかった者たちは、何故死んだ男がまわりくどい方法を取ったのか、何となく察した。

彼女はアルルと意気投合し、仲良くなった。後に、研究の邪魔だと結婚から逃げ回っていたライオットの妻となった。

アルルがあえて付けた コフィン(ひつぎ) という不吉な名前の魔法は、大勢の命を救うことになったのだった。