軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の話 2

マクシミリアンは、イスマイア家のタウンハウスの応接間でアルルと向き合っていた。アルルは、血色が良かった。やはり、ベルクレアの屋敷で無理をしていたのだと改めて思う。

酷く緊張した表情で、紅茶を見つめているアルルを見て、マクシミリアンも緊張していた。

「マクシミリアン、長い間家を空けてごめんなさい」

頭を下げるアルルに、マクシミリアンは言う。

「いや、私の配慮が足りなかったせいだ」

「そんなことは……」

「ある。待つのは辛かったけれど、いきなり未来に放り出されることも辛い。それを分かっていなかった」

「それを言うなら、私もよ。あなたたちの感じる十年の重みが分からなかった。……だから、ケイトリンにただ同情をして赦してしまったの」

アルルは続ける。

「人相が変っていたわ。それに……反省しているのに誰からも赦してもらえなくて苦しいって思っているのが、分かってしまったの。赤ちゃんがお腹にいなくても、赦していたわ。苦労したのだから、もういいかなって思っていたの。でも、今は間違っていたと思っている」

「それは……時間の重みを感じたから?」

「それもあるけれど、あのときの赦しは意味がなかったんだって分かったの」

マクシミリアンは目を丸くする。

「どうして、そう思ったんだい?」

アルルは真っ直ぐにマクシミリアンを見た。

「ケイトリンは、やってしまったことを清算できないわ。それこそ命をかけたとしてもね。それはあなたも……分かっているのでしょう?」

マクシミリアンは、思わず息を呑む。

(知っているのか……)

そして観念したように聞いた。

「……リシャールだね」

「ええ、ケイトリンが思い詰めていて、体調を崩しているそうよ。リシャールは本当にケイトリンを愛しているのね」

マクシミリアンは苦い表情で俯く。

「あなたを責めるつもりはないの」

マクシミリアンは顔を上げる。スンとした表情でアルルは続ける。

「だって、あなたも私と同じ被害者だもの。やったことは間違っていない。ただの同情で赦した私がいけなかったのよ。もっと考えるべきだった」

マクシミリアンは複雑な表情でアルルを見つめる。

「そうだね。君が屋敷から去った後、私は本気でケイトリンを憎んだんだ。それこそ……手にかけてもいいと思うほどにね」

アルルは目を瞠った後、紅茶を一口飲むと言った。

「だから、あの赦しは意味がなかったと言ったの。意味がないどころか、酷いことになったわ」

「君の言い分はよく分かった」

「それでね、これから言うことはあなたを困らせると分かっているけれど、どうしても聞いて欲しいの」

アルルは緊張した面持ちで言った。

「あの薬を調べたいの」

マクシミリアンは唖然としてアルルを見た後、立ち上がって言った。

「だめだ!」

部屋にマクシミリアンの魔力が充満している。もしこのまま暴走すればアルルは無事では済まないだろう。分かっていても抑えきれないほどに、マクシミリアンはあの薬を忌み嫌っている。

それでも……アルルはマクシミリアンを見上げたまま言った。

「まず、解析する方法から作るわ」

マクシミリアンは眉間に皺を寄せる。

「そんなこと、できるのか?」

「魔法の痕跡からどんな魔法かを見る方法があるでしょう?リシャールに会って思い出したの。あれを改良したら、できると思う」

マクシミリアンの魔力が薄らいでいく。

「落ち着いて」

アルルはそう促してマクシミリアンを座らせた。

「……私は反対だ。そんなもの、何重にも重なっていて読めないだろうに」

薬の成分ごとに重なっている薬の魔法式なんて、普通は読めないのだ。

「それこそ、私の得意分野よ。本当はその場で直接見たいけれど、あなたが嫌ならやらないわ」

マクシミリアンはじっとアルルを見た後、困った様に聞く。

「なぜ、あの薬にこだわるんだ?」

「まず……私の前に被害者がいる」

マクシミリアンは、はっとした。アルルは戻ってきたが、その同僚は特定されたが行方不明のままだ。どうにもならないと、皆が諦めたのだ。

「同じ被害者として、できれば解析結果から解除魔法を作って助けてあげたいの。今なら、家族に生きて会えるわ」

アルルの言葉にマクシミリアンは言葉を失った。

「それに……不可逆だったこの魔法が可逆になれば、利用価値が出て来る」

「どんな?」

「人の命が救えるわ」

「!」

マクシミリアンは目を見開く。

確かに、毒や呪いで瀕死の状態であれば、この魔法で延命しつつ対策することができる。それは、医療分野における革命だ。

「君は、とんでもないことを考えるね」

その表情は、感心しているとはとても言い難いものだった。

「……やっぱり嫌よね」

「当たり前だ」

「あなたを傷つけ続ける決断だとは、分かってはいるの。でもね、私はこれをしなければ、前に進めないのよ」

アルルはマクシミリアンから視線を逸らし、窓の方を見た。

「白状するとね……一番の目的は、あなたが死にそうになったら、この魔法を使うことなの」

マクシミリアンが、まじまじとアルルの顔を見る。アルルは窓の方を向いたままだ。

「私が死にそうになったら、あなたを戻して一緒に死ねるようにしたかった」

アルルは視線を逸らしたまま、目を伏せて言った。

「これ以上、不幸は受け入れられない」

マクシミリアンはアルルにかける言葉を持っていなかった。何も出て来ない。

アルルは場違いなほど明るい表情でマクシミリアンの方を向いた。

「酷いでしょ?あなたが大嫌いな魔法を、あなたに使おうと思っているの」

「どうして……そんなことを思いついたんだ?」

アルルは自嘲するように言う。

「リシャールに会ったときよ。彼、話しながら泣いていたわ。私、そのときにケイトリンの心配よりも、自分が将来リシャールみたいになるって、そればかり考えていたわ」

「アルル……」

マクシミリアンはアルルの気持ちは痛いほど分かった。しかしあの薬のことは、考えるのも嫌だった。

「君の言いたいことはとても良く分かる。けれど、私の本音を言えば、反対だ」

「……そうよね」

暫くの沈黙の後、マクシミリアンは苦しそうに言った。

「でも、私の気持ちを優先したら……君はまたここに逃げ帰ってしまう。それも嫌だ」

アルルは、そうなることを予想したのだろう。黙ったまま目を伏せた。

「研究を生業とし、最優先とするイスマイア家は、君にとって居心地がいい場所だ。今回のことも、君が望むなら義父上も義母上も、ライオットも……薬の解析に反対しかったんだろう?」

「嫌そうな顔はされたけれど、そうね」

アルルは苦笑して続ける。

「うちは変わっているのよ。文献を読みながらご飯を食べても、紙を汚さない限り誰も咎めない。午後の着替えも強制されないし、寝る時間が遅くても夜食が出てくるだけで、美容のために眠れとは言われないわ」

マクシミリアンは、書類仕事を食事をしながらすることがある。しかし咎められたことはない。体を壊さないように、就寝時間を伝えられるが、それで眠らされたこともない。その代わり、起こされる時間が遅くなるだけだった。

「着替えの強制って?」

「習慣よね。……言い方が悪かったわね。ごめんなさい」

アルルはそれ以上言おうとしない。違和感がじわじわと湧き上がる。

(確かに母上も姉上たちも、食後に着替えていたが……客が来ないときには着替えない日もあった。アルルは毎日強制されたということか?)

アルルが何気なく言った”うち”という言葉に、ベルクレアの屋敷を自分の居場所だと思っていないことを感じ、マクシミリアンの心が波打った。

半年しか住んでいないからだ。

そう思いたかったが、アルルの話すような気楽な姿は、ベルクレア家では一度も見たことがなかった。

「イスマイア家と同じようにしてよかったんだよ?」

アルルの望むままにと、使用人たちには命じていた。しかし、そうなっていなかったのだ。

「できないわ。王家と繋がりの強い侯爵家としての家格を守るなら、そうすべきだって……思ったの」

一瞬の違和感。マクシミリアンは何があったのかを理解して目を見開いた。

侍女たちが、そういうものだと圧をかけた。……言わせなかったのだ。

アルルはマクシミリアンにとって、ベルクレア家の格を守るための夫人ではない。それは王家も了承していることだった。国を挙げて守るべき頭脳であり、マクシミリアンの最愛。それだけで十分だったのだ。

その意志が、使用人たちに伝わっていなかった。

魔法学者として迎えるはずだった花嫁は……十年かけて戻って来た花嫁に上書きされてしまったのだ。

若い夫人は今のことが何も分からない。親身に世話をして夫人として困らないようにせねばならない。……侍女たちは、そう思い込んで接したのだ。

(ケイトリンとのことがなくても、アルルは逃げ出していた)

「……私は、だめな夫だな」

「マクシミリアン、違うの。魔法の研究で成果の出せない私は、夫人として学ぶしかないって思って……。だから何も言えなかっただけなの。できない私に、皆優しかったわ」

「それは優しさではない!哀れみだ!私は君を侯爵夫人として指導して欲しいなどと、頼んでいない」

マクシミリアンは怒鳴っていた。

アルルは女主人だというのに、いつの間にか『できない夫人』という扱いで、侍女たちに『面倒をみてもらう』側になっていた。侍女たちに悪意などないのだろう。しかしアルルからしてみれば……。

マクシミリアンは怒りと後悔で胃がねじ切れそうだった。

「侍女は入れ替える。だから戻ってきてほしい」

「……そこまでしなくても」

「我が家にそのような使用人はふさわしくない!」

アルルは一瞬何かを言おうとしたが、庇っても無駄だと思ったのか、目を伏せた。

彼女のためを思って言った言葉が彼女を傷つけている。マクシミリアンはそれを目の当たりにして、息を呑んだ。

「違うんだ!……厳しい言い方をして悪かった」

アルルは小さく首を横に振るが、視線は合わない。

(私が嫌だからと薬から遠ざけるだけでは……いけないのか)

アルルと一緒にいたいのであれば、マクシミリアンが変らなくてはならないのだろう。

二人の間に長い沈黙が訪れる。

やがて、マクシミリアンが口を開いた。

「私は、君を抱きしめようとした瞬間に失ったあの日を、未だに夢に見る。可愛がっていた妹に裏切られ、私は人を信じるのを止めてしまっていたのだと思う」

アルルはようやく目線をマクシミリアンに向けた。

「あんな酷い目に遭ったのだからと、周囲は私の身勝手な判断を受け入れてくれていた。だから……君の気持ちを蔑ろにするような状況になってしまった。すまなかった」

アルルは、じっとマクシミリアンを見つめている。

「薬のことは……まだ受け入れられない。けれど、解析魔法を作るのは、構わない」

アルルの表情が、希望に輝く喜びに変わって行く。

(ああ、この顔が見たかったのだ)

「本当に?」

マクシミリアンはアルルの言葉に頷く。

「あくまでも、解析魔法だけだ」

「ええ!必ずあなたを納得させてみせるわ」