軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.魔性の悪女と地味令息 後編

フレデリカが悪女を演じる理由。それは、社交界で話題になり、エイベルの結婚相手を見つけるためだ。

(無理でしょ……)

冷静にそう思うものの、フレデリカはエイベルに逆らえない。

せめてエイベルが納得してくれるようにせいいっぱいやっている姿を見せるしかない。

(でも、今夜の晩餐会にリーランド様らしき方はいらっしゃらないわね)

有名な〝放蕩令息〟がいるならもう一つ人だかりができていてもよさそうだが、人が集中しているのはフレデリカのまわりだけだ。

フレデリカはあいまいな笑みを浮かべて令息たちから遠ざかると、広間を見渡した。

(あら?)

広間の隅まできてフレデリカの視線が止まる。

一人の青年が、柱に背をあずけ、腕組みをして広間を眺めていた。フレデリカの見たことのない人物だ。

ただしリーランドではないだろうとフレデリカは思った。

(くすんだ髪色に、大きな眼鏡……)

青年は、もっさりとした黄泥色の前髪を目の上までたらし、その前髪を押し潰すように大枠の丸眼鏡をかけていた。

ジャケットも飾り気のない地味なもの。ひょろりとした体を小さくして柱の陰に身を丸めている様子は、雨に打たれてうなだれる痩せぎすの大型犬……といった風情だ。

誰も彼に興味を持たず、令嬢たちは一瞥することもなく素通りしていく。

ただ、彼のほうでもそれを悲しんでいるわけではなさそうだった。見えにくいが、口元に浮かぶのは笑みのようだ。

ふと、フレデリカの視線に気づいた青年が顔を向けた。

「!」

ぼんやりと見つめてしまっていたフレデリカは反射的に口角をあげる。

妖艶と褒めそやされる、小首をかしげて流し目を送るようなほほえみは、この数年で身についてしまったもの。

青年は一瞬驚いたような表情になった。口元の笑みが消える。

けれどもすぐに、ふたたび青年は表情をゆるめ、フレデリカにほほえみ返した。

「――……」

今度はフレデリカが驚きに軽く目を見開いた。

真っ赤になって目を逸らすか、忌まわしそうに眉をひそめるか。

彼のような控えめな……正直に言えば、地味な男性のフレデリカへの反応は、多くがそうしたものだ。

なのに彼はほほえみ返した。

(変わった人……)

「――フレデリカ嬢」

もっと青年をよく見ようとしたフレデリカの肩に、手が置かれた。

「ロングス伯爵。ごきげんよう」

振り向き、フレデリカは相手の名を呼ぶ。

甘い顔立ちに好色そうな笑みを浮かべる男は、ジェリク・ロングス伯爵。歳は四十手前、すでに子も成人しておりそろそろ楽隠居にでもなろうかというところで、近頃は女遊びにも精を出しているとか。

フレデリカが挨拶をしても、ロングスは肩から手を離さなかった。

むきだしの肩に手を置かれて寒気がするが、フレデリカは振り払わずに耐える。

(リーランド様には会えなかったし、伯爵ならエイベルも満足するはず)

自分が相手をしなくていいと思えば、我慢は今だけのものだ。

「ずっと君に興味があったんだ。どうかな、今夜――」

「お急ぎにならないで」

フレデリカは目を細め、寄り添うようにしてロングスを覗き込む。蜂蜜色の瞳に見つめられて、ロングスがごくりと喉を鳴らした。

「夜はいけません。悪い噂が立ってしまいます。まずはお友達からですわ。日中にお出かけでもいたしましょう」

台詞自体にふしだらな意味はいっさいない、むしろ健全な交際を望むものだ。

にもかかわらず、フレデリカの唇から紡がれればそれは密会の約束のように聞こえる。

「あ、ああ……」

かすれた声で答えたロングスから身を離し、「では」とフレデリカは広間をあとにした。

エイベルの相手は見つかった。これ以上長居する必要はない。

黒髪を揺らして去っていくフレデリカの後ろ姿を、いくつもの熱っぽい視線と囁き声が追いかける。

なかには嫌なものを見る令嬢たちのしかめ面もまじっているけれども、残念ながらフレデリカはとうに傷つかない。それより晩餐会を抜けだせるほうが嬉しい。

(はーやれやれ、今夜もがんばったわ!)

そういえばあの眼鏡の青年はどうしただろうかと先ほど彼のいた柱を振り返るが、そこにはすでに誰もいない。

(まあ、いたからって、こんな私が話しかけるわけにはいかないものね)

大きく開いたドレスの胸元をちらりと見やり、フレデリカは苦笑する。

そして廊下を歩いていった。

***

フレデリカが玄関へ向かっていた頃、眼鏡の青年もまた廊下を歩いていた。

ただし彼が歩くのは、フレデリカとは真逆に、屋敷の奥――貴賓室へとつながる廊下だ。

「あれが、フレデリカ・ヴェルチェ嬢か」

ぽつりと落ちた声は楽しげな響きを含んでいる。

「噂どおりでもあり、噂とは違うところもあったな」

驚いた顔のフレデリカを思いだしながら、青年は眼鏡をとった。

この場にフレデリカがいれば、その瞬間に起きた変化を見て、不思議そうに目を瞬かせただろう。

もっさりとして黄泥色にくすんでいた髪は、透き通るような金髪に変わっていた。