軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.魔性の悪女と地味令息 前編

ネリガン公爵邸で催された晩餐会は、賑やかな盛況を見せていた。

あふれるほどの光を放つシャンデリアや、緻密な文様に織りあげた緋絨毯。

贅を凝らした広間には、他国との交易の証である様々な美術品が飾られ、招待客たちの目を楽しませる。

けれど、広間の扉が開くと、招待客の視線は一人の令嬢にそそがれた。

「見ろよ、あれがフレデリカ・ヴェルチェ……」

「なんて美しい、それになんて……」

「いやだわ、あんなに胸を強調するようなドレスを着て」

「化粧も品がないわよ、恥ずかしい人ね」

ひそやかな囁き声に徹しようとするものの、紳士も淑女も誰もが彼女を前にして興奮を抑えきれない。

それは、彼女の美貌のせいだった。

きめ細かな肌に通った鼻すじ。切れ長の目をアイラインで縁どり、紅色のシャドウを差す。瞳の色は蠱惑的な蜂蜜色、口元には艶ぼくろ。

鋭く描いた眉と真っ赤な口紅はやりすぎなくらいで、並の令嬢なら化粧負けしてしまうだろうに、彼女にはよく似合っていた。

艶やかな黒髪をアップにまとめ、ほんのひと房サイドにたらす。つけている髪飾りは銀細工と紫水晶で花を象ったシンプルなものだけ。

けれど濡れたような黒髪は否が応でも視線をなめらかな肌へ滑らせ、大きく開いた胸元を意識させる。

ドレスの色は、本来は慎みを表す漆黒。しかしちりばめられたメレダイヤの輝きと、太もものあたりまでぴったりと沿い、体のラインを強調するデザインが、正反対の印象を与える。

フレデリカ・ヴェルチェ。

ヴェルチェ子爵家の長女である彼女は、この数年、ここメルクス王国の社交界で噂の的だ。

「なあ、あの噂は本当かな」

一人の令息が、隣の令息に熱っぽく囁く。話しかけられた令息もフレデリカから目を逸らさないまま、〝噂〟の内容を口に出した。

「彼女は婚約者をほったらかして、男漁りに精を出す。ついたあだ名が、〝魔性の悪女〟」

その声に気づいたフレデリカが彼を振り向いた。

――にこり。

小首をかしげてほほえむフレデリカ。サイドの黒髪がさらりと揺れる。

それだけで、二人の令息は顔を真っ赤にした。

「フ、フレデリカ嬢……」

ふらふらとフレデリカに歩みよる二人に触発されたのか、見ていた周囲の令息たちも次々にフレデリカへ近づくと、手をとり口づけを落とした。

浮かれた彼らには、近くの夫人や令嬢たちが眉をひそめているのも目に入らないらしい。

完璧に整った顔立ちに抜群のスタイルで、社交界デビューしたその日から、フレデリカの美貌に魅せられる令息は後を絶たない。話題をさらわれて怒りに表情を歪める令嬢も。

群がる男たちの輪の中で揺蕩う花のような笑顔を見せながら、フレデリカは思っていた――。

(ああああ久しぶりの晩餐会、嫌すぎるうううう……!!)

ほほえみを顔に貼りつけたまま、フレデリカはちらりちらりと周囲に視線をめぐらせる。

ネリガン公爵の晩餐会というだけあって、テーブルには様々な珍味がとりそろえられているのに、次から次へと令息たちに手をとられてお世辞を贈られるフレデリカにはそれらを味わう暇がない。

(一度でいいからおいしいご飯がゆっくり食べたい……)

内心でシクシク泣くフレデリカの視線が、ふと一人の令嬢を認めて止まる。

令嬢の隣にはフレデリカと同じ年頃の令息。

ギクッと硬直した表情をすぐに笑顔に戻して、フレデリカは「わかっているわ」と言うように目配せをしてみせた。

フレデリカの目配せに応えて頷く令嬢は、明るいベージュの髪をふわふわと遊ばせながら編み込み、フリルのたくさんついたドレスを着ている。

ぱっちりとした目にピンクの頬や唇は愛らしい。

フレデリカが(・・・・・・) いなければ(・・・・・) 、彼女が今夜の晩餐会の中心となっていただろう。

エイベル・ヴェルチェ。

彼女はフレデリカの、血のつながらない 義妹(いもうと) だ。

『――お義姉様、今夜の晩餐会ではリーランド様をさがしてよね』

エイベルの声がフレデリカの脳裏によみがえる。

『リーランド様?』

尋ねるフレデリカに、エイベルはそんなことも知らないのかといった表情で肩をすくめた。

『ホレスベル王国の、アッシュベリ公爵家の三男よ。セルシオ様がおっしゃっていたの。今夜のネリガン公爵の晩餐会にいらっしゃるのですって』

魔法や、数々の魔道具が存在するというホレスベル王国は、フレデリカたちの住むメルクス王国とは海を隔てた別の大陸にある。

そのアッシュベリ家の三男といえば、フレデリカも聞いたことがあった。

金髪碧眼の人目を引く容姿にすらりとした長身で、頭の回転も速い。加えて大国随一の貴族の家の生まれ。すべてに恵まれた彼は、国王の庇護を受け、定職にもつかずに遊び歩いているという。

彼についた二つ名は、そのものずばりの〝放蕩令息〟。そのリーランド・アッシュベリが、この国を訪れているとは。

『リーランド様に乞われるなら、海を渡ったっていいわ』

うっとりと呟くエイベルにフレデリカは内心でため息をついた。

夢見がちなエイベルは、自分の結婚相手を思い描いては、ああでもないこうでもないと妄想をたくましくする。

そして、

『だからお義姉様、リーランド様とお近づきになってちょうだい! それであたしを紹介してよ!』

そんな無理難題を、フレデリカに押しつけるのだった。