作品タイトル不明
第64話 破門
セドリックが自分のことを棚上げして暴徒たちへ「破門」を口にした時、エイブラムは何かを覚悟したように唇を噛みしめていた。
それは弟が破門されること、ハトルストーン一族から破門された人間が出ることへの覚悟だったのだろう。
聖地を勝手に私物化していた時点で、教会にはセドリックの破門を求める者たちがいたことを、グロリアは把握している。
さらにセドリックの愚かな行為が原因で聖地襲撃事件が起こったのだと発覚してからは、その主張は教会内部で大多数を占めたようだ。
セドリックが名門ハトルストーン伯爵家の子息でなければとうに破門状を突きつけられていてもおかしくはなかったが、息子を庇いたい伯爵が自ら現地に飛んで事態を解決するべく奮闘することでどうにか表に出すことを抑えていた。
その間にエイブラムがグロリアから何らかの寛恕を勝ち取ることができれば、ハトルストーンの名に傷はつけど、セドリックの破門だけは回避できただろう。
ハトルストーンはグロリアから言質を取ることは簡単だと思っていたはずだ。
これまでの言動で甘く見られていたことをグロリアは自覚している。そう見られるように調節していたのだから当然だ。
そうやってハトルストーンに侮られているその裏で、グロリアはセドリックの生殺与奪を自分が持つことができるように計算して動いていた。
本来ならば、そのうちハトルストーン以外の教会関係者から打診されるだろうセドリックの破門に、涙ながらにうなずく予定でいたのだが、なんとも良いタイミングでジェフが死んでくれた。
彼に特別な思い入れなどない。
手紙もポールが自ら持ってきたから、導き手としてパフォーマンスのつもりでその場で読んでいたので記憶にあっただけだ。
あの時のエイブラムはただ現場の情報として、ジェフという平民の死亡を伝えただけだっただろう。だがグロリアはこれを使えると思った。
根は善良でも想像力と思考力の足りないセドリックのような人間を追いつめるのに、善人で平凡な男の悲劇ほど役に立つものはない。
同じように根が素直なA子と話をしていると、それをつくづく感じる。
そして教会や教義とともに貴族として力をつけてきたハトルストーン家が、殉教した信者をないがしろにできるはずもない。
教会内の話し合いで慈悲を見せながらセドリックの破門にうなずくのもよかったが、ハトルストーン自らがセドリックを切り捨てるように動かせるのなら、そちらのほうがより彼らにとって大きな傷となるだろう。
本当はセドリックの未来を守りたかっただろうが、死んだ平民への思いやりを見せねばハトルストーン家は一族ごと教会からそっぽを向かれることになる。
破門とまではいかないが、それに近しい扱いになるだろう。
エイブラムはやらかしてしまった弟の未来を無理して守ることをあきらめた。
ハトルストーン伯爵家を代表した彼は、唇を噛みしめながら弟よりも一族の安寧を選んだのだ。
そしてジェフの件がなくとも国内の貴族派対教会派の派閥争いが激化することを匂わせれば、きっとそう大した抵抗もなく派閥の急所を無くすためにハトルストーン家はセドリックの破門に同意しただろう。
ここで国内の派閥政治で敵対派閥にいいように隙を突かれると、彼らは教会内での立場を無くすだけでなく貴族としても生き残るのは難しくなる。
もしも教会内や教会派の貴族たちからセドリックを擁護するような意見が出れば、グロリアはこちらをついて破門を誘導するつもりだった。
セドリックという罪人を自ら粛清した。と、そういう清廉潔白なところを見せることが、ハトルストーン家にとってなんとか各所への影響を残し踏みとどまることができる唯一の方法だったのだ。
崖に小指一本でぶら下がっているようなものだが、落ちていくセドリックにしがみつかれ、諸共落ちるよりはましだろう。
セドリックは兄から「破門」の一言を聞いた瞬間、凍りつき、グロリアにすがりつき、震え、兄を殴りつけようとして暴れた。
そして当然ながらその全ては黙殺された。
グロリアとエイブラムの話し合いからほどなくして、セドリックの破門は正式に決定したのだった。