軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第63話 ジェフ

「つ、次は……きちんとします」と、セドリックは反省を口にした。

「集めた信仰と信頼を民に還元するというグロリア嬢の言葉を、次はちゃんと考えて行動しますから……」

グロリアは首を横に振った。

「次などない」

なぜならグロリアが欲しいのは反省ではなく、後悔だからだ。

セドリックへ次に訪れるのはやり直すチャンスなどではなく、絶望でなくてはならない。

「死人が出ているのだ。次などない」

もう一度言って、グロリアはこじ開けるようにして見開いたセドリックの目を見返した。

「ジェフという男がいた。家畜の餌を先祖代々作っていた農家の男だ」

突然の話題転換と自分の知らない平民の名前に、セドリックは困惑した顔をした。

はっとした顔をしたのはエイブラムだ。

セドリックがこの部屋へ乱入する前に、自分がグロリアに報告したことを思い出したのだろう。

「彼は神の涙が平民たちの冠婚葬祭に振る舞われるようになったことにとても驚いた。自分の作った米が神のために使われるのだ。驚き、感激し、感謝した」

神父に習ったばかりの文字で、感謝の手紙を書いて送ってきたこともある。

「ようやく安定した収入を得ることができたから、今年生まれた娘も十分に食べさせていくことができると書いてあった。聖地のための教会を建てると聞き、恩返しがしたいと言って建設現場に積極的に手伝いに来ていたという」

首を傾げて困惑したままのセドリックに対して、エイブラムの生気はどんどん削られていく。この話の結末が自分たちにとっていいものではないことに気がついているからだろう。

「彼は暴徒の襲撃で、建設中の教会の鐘を守って殺されたそうだ」

その教会はとっくに完成していたはずだった。そして本来ならば十分な人数の聖騎士が詰めていて、たとえ暴徒が襲ってきても余裕で撃退できただろう。

誰かのせいで工期が延びて、教会は未完成のまま守りは薄く、だからジェフは死んだ。

平民からの手紙などゴミも同然だと思っていたが、目を見開いて震え始めたセドリックの様子を見るに、なかなかどうしてこの世に無駄なものは何もないのだと、グロリアをして道徳的な気分を抱かせるではないか。

「ジェフに 次(・) はない。次に米を作ることも、自分が作った米で出来た神の涙を飲むこともない。完成した教会を見ることも、自分が守った鐘の音を聞くこともない。生まれたばかりの娘を抱く機会も永遠にこない」

死んだ者に〝次〟はないのだ。

自分もそうだった。グロリアが死んだ世界線上にはグロリアの〝次〟など存在しなかった。

死んだジェフにも〝次〟はない。

彼はグロリアの復讐のために巻き添えを食って死んだ。

ジェフはグロリアのために死んだのだ。

それならば彼のこれまでの人生も、人の縁も、死も、彼の全てを余すことなく、グロリアが有効活用してやろう。

「残された者たちにも次はない。友人たちは彼と神の涙を酌み交わすことはない。ジェフの妻は二度と夫には会えないし、娘は父を知らずに育つ。――なぜか? 彼女たちのジェフは死んだ、殺されたからだ」

自分が言った〝次〟という言葉の軽さと、グロリアの言った〝次〟の重さに、セドリックはめまいを起こしたようにくらりと頭を振った。

「彼はこれからのコードウェル公爵領を支える優秀な領民だった。敬虔で、熱心なホワイトホープ教の信者でもあった。良き友人で、良き夫、良き父だった。きっと自慢の息子でもあっただろう」

グロリアは言葉を切ってハトルストーン兄弟に向き直った。

「彼が不幸にも殺されてしまった原因は、お前を信じて任せた私にある。私は紫の導き手として、領地を治める公爵家の人間として、ジェフの遺族へ法に則った賠償金を出さねばならない。だが、」

ソファに座ったまま、自分の服の袖をそっと触った。

「公爵家と教会が渡す賠償金、葬儀の費用……それらを全部合わせてようやく、お前の袖についている金ボタン一個分の金額にしかならない」

賠償金は被害者がもしも生きていたらどれだけ収入を得ていたかと、葬儀や治療にかかった金額を計算して出す。

これは我が国の法律で決まっているからセドリックも知っているはずだ。そして教会の賠償金の算出方法がその国の法律に従うということも。

「生涯をかけてもお前の袖で輝く金ボタン程度しか稼げない男は、神の涙の原料である米を誠実に作り続けていた。神への奉仕活動も熱心だった。暴徒たちから教会の鐘を守った。――信仰に、命を懸けた。では、お前は?」

グロリアは言葉を切ってセドリックを見下ろした。

「ジェフの命と同程度か、それ以上の金額の装飾品を数多身に着ける 価値(信仰心) が、本当にお前にあるのか?」

セドリックは虚ろな目で自分の袖口を見つめている。

「エイブラム、お前たちはそれがハトルストーン家の信仰の在り方なのだと、神の御前で胸を張って言えるのか」

エイブラムが頭を下げ「言えません」と、額を床にこすりつけるようにして言った。

「愚弟のしたことは……破門もやむを得ないことと……思って、おります……」

血を吐くように言った兄の言葉に、セドリックは凍りついた。

エイブラムのセドリックへの言葉は、グロリアが前世で首をはねられた瞬間から待ち望んでいた言葉であった。