作品タイトル不明
702.5年ぶりの再会
「ラルフ君」
「公女、いや、子爵。
来てくれたんだな」
案内された部屋に入ると、ラルフ君が迎えてくれた。
私の記憶より、随分と大人になったラルフ君は、背も伸びている。
体つきも一回り大きい。
私が王立学園の早期卒業を果たしてから、5年の歳月が流れているから、当然の変化かもしれない。
「ええ。
ラルフ君がチケットを贈ってくれたから、 あ(・) の(・) 日(・) の約束を見届けに。
初舞台監督の成功、おめでとう。
ラルフ君の描いた小説も、監修した漫画も、ちゃんと読んでいたのよ」
「そうか。
ミランダにアドバイスしてもらった甲斐がある」
5年前、私がリンダ嬢をラルフ君に紹介した。
もちろん何年か休学していたリンダ嬢が復学して、年下の同級生との学園生活に躓かないように、という意図もある。
けれど1番の理由は、ラルフ君がノートに向かって思い悩んだように固まっている場面に遭遇したからだ。
どうしたのかを聞くと、何かの物語を書きたいけれど、どう書くべきかわからないとの事だった。
確かに前世の日本と違い、下級貴族であるラルフ君は、幼少期から国語の授業を嗜む環境ではなかった。
小説を読む事があっても、書くとなるとハードルは高いのだろう。
とはいえ私がトワとして作家をしているのは、秘密にしてある。
そこで伯爵令嬢であり、BとLなる小説を自分で書き、腐なる沼を自己生成していたリンダ嬢を紹介した。
リンダ嬢に手ほどきを受け、小説を書き始めたラルフ君は、小説の出版を経て、今では舞台監督まで手がけるようになっている。
ちなみにリンダ嬢は今、主にBとLなるお話で、腐なる沼を 湧かせる(沸かせる) 小説家として活躍している。
リンダ嬢は時折、後書きに4コマ漫画を描いているのだけれど、それが面白いと密かな人気。
リンダ嬢の4コマ漫画の師は、 ヘインズの血縁上の兄(アッシェ家公子) だったりする。
元アッシェ家公子であるヘインズとも交流があるリンダ嬢。
血縁上の兄弟の間を取り持ったと聞く。
少し前、小説関係の お(・) 仕(・) 事(・) で、私はこの兄弟が揃っている場に居合わせた。
その際、随分と兄弟仲が良さげに見えた。
「これ、新種なのだけれど……」
ラルフ君に、両手で抱えていたリコリスの花束を手渡す。
「リコリスか。
綺麗だな」
ラルフ君は、相変わらず草花愛好家らしい。
頬を弛める。
花束は、白色と桃色のリコリスで作ってある。
リコリスの桃色は、月和の生きた世界には存在している。
けれど、この世界には存在していなかった。
ラルフ君の初めて出版した小説を読んだ時、 あ(・) の(・) 日(・) のラルフ君が、何を諦めないと言ったのかを察した。
だから隊長と一緒に、今日の日を見据えて、白と赤のリコリスを交配させて桃色のリコリスを作った。
もし花束の白いリコリスが1本だけだったなら、花言葉は「想うはあなた1人」の意味合いが強くなる。
けれど桃色も含めて、たくさんの本数を用意したから、きっともう1つの意味に捉えてくれるはず。
白いリコリスのもう1つの花言葉は、「また会う日を楽しみに」。
5年前、諦めないと言ったラルフ君が何を諦めないのか、何をしようとしているのかは、わからなかった。
ただラルフ君は、何かを成したいと強く思っている。
それだけはわかった。
だから 今日という日(その日) が来て、ラルフ君と会う日を楽しみにしていたの。
白いリコリスの花言葉のように。
「この舞台にピッタリな花だ。
桃色のリコリスは、子爵の髪色にも似ているな。
花言葉は、何だろうか?」
花言葉を気にするなんて。
さすが草花愛好家ね。
「1つは【楽しむ】よ」
前世の桃色リコリスにも、幾つかの花言葉がある。
私はラルフ君も含め、私と関わる人達には、人生を楽しんで欲しいと思っている。
「そして【深い思いやり】。
ラルフ君にピッタリでしょう。
だって……今回の上演まで、大変だったのではないかしら。
タブー視されていた稀代悪女ベルジャンヌの、定説を覆す小説を発刊するところから。
それもタイトルが【稀代の悪女~リコリスの真実】ですもの」
そう、ラルフ君が書こうとしていた小説は、前々世の私、ベルジャンヌを題材にしていた。
それもラルフ君が過去へと遡り、直接見た通りのベルジャンヌが主役の小説だったのだ。