軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

627.またな、月和〜影虎side

「あんな綺麗なお姉さんに介抱されてたのは、正直羨ましいけど」

「顔なんか、全然記憶にねえわ。

そもそも見てなかった気がする。

だけど連絡先も聞けてないとか、俺の弟は薄情だな」

「仕方ないじゃんか。

聞こうとしたら、断られたんだよ」

「まあ、ゲロまみれの男のツレに、今時言わねえか」

めちゃくちゃ吐いたもんな、俺。

「まみれてないよ」

「あ?

なわけないだろ。

間違いなく吐いたぞ?」

「まったく、吐いてた記憶はあるんだね。

保冷バッグだよ。

弁当入れるやつじゃなかったのかな」

「保冷、バッグ……」

ふと何かのキャラクターが脳裏を過ぎる。

『保冷バッグだから、すぐに液漏れなんてしないわ。

ここで床に吐き散らかすよりいいでしょう。

いいから、さっさと吐きなさい』

言葉は強めだったけど、綺麗な声で……そうだった……何かのご当地キャラクターみたいな、奇怪な柄刺繍入り保冷バッグを差し出して……。

『ぅおえっ』

『そうそう、それでいいの。

ほら、全部吐いて。

我慢して、後から目も当てられない大惨事になるよりマシでしょう』

背中をポンポンしてた、柔らかそうな手の平の感触を思い出して、めまいがしそうになった。

「そういや……あ〜、やらかしたな!

つうか普通、そんなん差し出すか?」

「お陰でトラ兄はタクシーに乗って帰れたんだよ。

まみれてたら、乗車拒否されたよ」

「マジか……我慢出来なかったんだよなぁ」

「ああいう時は、吐いてアルコール出しとかないと、病院行きにだってなるんだから、吐いて良かったんだよ」

「あれ?

で、それどうしたんだ?」

せめて洗って……いや、新しいやつ買い換えてもらって……。

「そのまま持って帰ってたよ」

「マジかよ?!

あの駅の近くに住んでたのか?」

持って帰ってたって事は、どっちに向かって歩いてたかくらいは見て……。

「違うと思うよ。

ささっと携帯でタクシー2台呼んでくれて、その時ついでにビニール袋も貰えないかって頼んでた。

多分、保冷バッグを入れるつもりだったと思うよ。

俺達乗せた後、すぐに自分ももう一台に乗ってたから。

トラ兄介抱してて、終電逃したみたいだね」

そういやあの時、急いで改札の方に向かってる奴らもいたな。

彼女も……外から中に入って来てた気が……。

「連絡……先は、知らねえから、何か手がかり……」

「はぁ……だから無いよ。

でもハイ、これ」

味噌汁を置いた弟が、スケッチブックを持って来て、見せてくれた。

趣味で絵を描いてんだが、なかなか上手い。

「……美人だな」

年は20代真ん中から後半くらい?

切れ長の、奥二重で、左の目元にホクロがあって、色っぽい。

モデルでも通用しそうな綺麗系の顔だ。

肩のあたりまでしか描かれてないが、シャツにスーツっぽいな。

「いかにもデキるOLって感じの人だったよ。

見た目より年上かもしれないね。

テキパキ動いてたし、タクシーも呼び慣れてる感じだった。

あとこれ。

多分、昨日の人のハンカチでしょ?

握りしめてたよ。

一応洗って、アイロンもかけといた。

次付き合うなら、ああいう人にしてよね。

トラ兄は今日非番でしょ?

ゆっくりね。

それじゃあ、大学行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」

微かに記憶にあった白いハンカチを受け取って弟を座ったまま、見送る。

ズズッと味噌汁をすする。

「はぁ……うちの弟、良いお嫁さんになりそうだな。

うめえわ」

独り言ちて、白い花の刺繍がされたハンカチと、もう1回スケッチを見て……。

「はぁ……せめて連絡先……まあ、無理か」

ブルッと携帯が震える。

元カノからだ。

言い訳がましい冒頭に、またため息を1つ。

携帯を伏せた。

「確か結婚相談所で働いてた友達が、婚活アプリとかってのの、テストモデルをお試しでやらねえかって言ってたな。

まあ、結婚相談所よりはお手軽……か?

ある程度身バレしてるテストモデルなら、安心っちゃ安心……か?」

誰にともなく、そう呟いた。

その日の午後。

気晴らしに外で飯食ってたら、後ろの席から昨日聞いたばかりの声がして。

意を決して振り返ったら、弟の絵で見た通りの女性だった時には驚いた。

声を掛けようかと思ったものの、昨日の今日だし、ストーカー事件とかも出てきてる昨今だ。

弟が連絡先を聞いても拒否られたって事だったし……と悩んでる間に、いなくなってた。

運を天に任せて、結婚相談所で働く友達に速攻で連絡入れた。

※※※※

「結局あの時のハンカチは、月和にハンカチ返してカミングアウトしてからプロポーズしようと思ってた日に、元カノに襲われて捨てられたんだったな。

でも友達に連絡取ってみて正解だった。

約半世紀も夫婦やって、死んでからも惚れ抜いた奥さんと出会うんだから」

しかも俺の次の転生は、俺が元いた世界からすれば、異世界だ。

アヴォイドは俺と月和の繋がりが切れたら、俺は元の世界に還るって思ってる。

けど、月和はラビアンジェとして、この世界に俺の名前を無意識に広めた。

デザイナーの月 影(・) 。

作家の ト(・) ワ。

俺と自分の名前を繋げて、ラビアンジェが広めた名前は、俺をこっちの世界に縫い止めるくらいには、俺の魂に影響力を与えている。

ただし1度こっちの世界で転生したら、もう2度と俺と月和の子供達がいる世界に戻る事はできないだろう。

そんな気がしてる。

子供や孫と巡り会えなくなると思うと、寂しくはある。

けど俺の1番は、月和なんだから仕方ねえ。

次がいつ、どんな形で月和の魂に会うのかも、その時 影虎(俺) の記憶があるのかもわかんねえ。

でも、 絶対(ぜってえ) 俺達の魂は惹かれ合うって信じてる。

「またな、月和」

そう言ってから、輪廻の輪へと入って行った。