軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

405.後日談【悪魔のサバト】

「先生〜、そろそろ名前を公開して下さいよ〜」

情けない声を出したのは、小説の発刊でお世話になっている出版社の編集長様。

「あらあら、私は無名作家で十分よ?」

「だったらほら、作家名!

実名じゃなくて、以前先生が仰った作家名っていう名の偽名を作って出すのでかまいませんから!」

彼が作家名や偽名と口にしたのには理由がある。

この世界にはそもそも10年ほど前、つまり私が小説を書き始めるまでは堅苦しい論文に、あっても薄くまとめた自叙伝の類しかなかったの。

何かしらの物語は、もちろん存在していたのよ?

【稀代の悪女と光の王子】なんていう物語もそう。

でもそれは吟遊詩人なんかが歌う、口伝だったの。

仕方ないわ。

識字率が上がって、平民でも本を手にする機会が増えたのは、ベルジャンヌが亡くなる少し前からだもの。

平民が通える学校ができたのも、ベルジャンヌ時代。

前世で私もお世話になった、職業訓練学校みたいな施設だけれど、そこでは文字を教わる事ができるの。

識字率が上がって定着していたからこそ、楽しむ為の創作小説というジャンルを広く普及させる事ができたわ。

ふふふ、前々世に色々と頑張ってみた集大成が、今世の創作活動に繋がるなんて。

やった甲斐があったわ。

けれどそんな背景からか、当初は本名でと言って作家名(偽名)を認めてくれなかったのよね、この編集長さん。

あの頃はまだ従業員は彼と奥様の2人だけの、とっても小さな出版社だったから、余計に冒険できなかったのもあったと思うけれど。

「でも今さらではない?」

「最近は先生の作品にインスパイアされた創作小説も出てきて、群生した球根、のたうつミミズ、蠢くイカ、適さない 箒(ほうき) 、雑なタワシ、最近だとイカが消えて怒れるタコ、しくじりメロンパンが追加した奇怪……んんっ、悪魔のサバト……んんっ、そうでした、独創性。

独創性をひた走る、新種の生物大集合のイラストでも、区別するのに限界が出てきたんですよ〜」

「まあまあ?」

おかしいわ?

渾身の聖獣大集合イラストよ?

それにどれも酷い前置きが付属しているのは、解せない。

でも現在の聖獣がどんな外見か知らない人も多いから、仕方ないのかしら?

それにしても全て見当違いなのは、どうして?

思わず首を傾げる。

「と、とにかくですね!

この通りです!

過去の私が悪かったので、作家名を考えて下さい!

これからは作家名という言葉も普及させますから!

実名公表を避けたいがばかりに作家活動を諦める、次代の作家候補達の為にも!」

ガバッと机に両手をついて額を擦りつける。

……困ったわ。

当初、好みの小説や漫画が流通するまでの、期間限定のつもりで創作活動を公表していたのもあったの。

駄目なら駄目で、作家名も必要ないかと思っていたのだけれど……。

確かにあの教会での一件が一段落した後、リンダ嬢と彼女の作品を出版社に紹介しに行ってみたり、教会の神官達の間では薔薇・百合ジャンル沼が湧き出つつある。

場所が場所だけに、布教活動はお手の物だし、将来性のある沼よね。

そろそろ他人が書いた物語も読みたいし、前世では作家名こそが当たり前の世界だったし。

そう考えて作家名を思案してみる。

「うーん、カズコ……」

「先生ぇ……」

あらあら?

涙目で哀願するかのようなお顔で、首をフルフル振っちゃうの?

「うーん、そうだわ!

トワ!

トワでいきましょう!」

閃いた名前を口にしてみれば、トワ以外は考えられないと勘が告げる。

「トワ……ま、まだマシ……んんっ!

そうですね、トワでいきましょう!」

「ふふふ、それじゃあ作家名はこれからトワね。

イラストの下にトワって……」

「イラストはもう廃止しましょう!

ほら、次代の作家達が奇怪……んんっ、個性的なイラストで悩むと可哀想ですから!」

「……そ、そう、かしら?」

「そうです!

素敵なトワ一択です!」

目をクワッと見開いてイラスト廃止を推してくる。

「わ、わかったわ?」

「ありがとうございます!」

クッ……血走った目の顔圧に、屈してしまったわ。

せっかくキャスちゃん達の反対意見を押し切って、サイン風に描きあげたイラストだったのに。

封印だなんて……クスン、泣いちゃいそう。

けれどそれから暫くして発刊した小説は、それまでより1.5倍の売り上げに伸びたらしいの。

たまたま……よね?