軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 『月待ち食堂』は永遠に

「いらっしゃいませー! 空いてるお席へどうぞー!」

元気な子供の声が、ランチタイムの『月待ち食堂』に響き渡った。

声の主は、金色の髪に深い青の瞳を持つ5歳の男の子。

私の最愛の息子、レオンだ。

彼は小さな身体にぴったりサイズのエプロン(ライオネル様の手作り)をつけ、お冷の入ったコップを一生懸命運んでいる。

「はい、お水です! こぼさないように気をつけてね!」

「おお、ありがとうレオン君! 偉いなぁ」

「店主! レオン君の給料として、チップ(駄菓子)を置いていくぞ!」

お客さんたちはメロメロだ。

かつて「悪役令嬢」と呼ばれた私の店が、今や王都一の「癒しスポット」になっているなんて、誰が想像しただろう。

厨房の中では、頼もしい相棒たちが鍋を振るっている。

「師匠! ハンバーグの焼き上がり、完璧です!」

ギュスターヴ料理長は、白髪が増えたものの、その腕前は衰えるどころか円熟味を増している。

「よし、次はオムライスだ。……卵のフワトロ加減、一秒たりとも狂わせんぞ」

そして、私の隣に立つ大柄な男。

元・騎士団長にして、現在は私の夫であり副店長のライオネル・バーンズ。

彼は騎士団長を引退し(「家族との時間が足りない」と王に直談判したらしい)、今は剣術指導の傍ら、こうして厨房に立っている。

その真剣な眼差しは、魔獣を狩る時と同じくらい鋭いけれど、作る料理はどこまでも優しい。

「ライオネル様、3番テーブルのナポリタン、お願いします」

「了解だ。……愛を込めて炒める」

彼はウインクをして、中華鍋を豪快に振った。

ケチャップの焦げる甘酸っぱい香りが立ち上る。

私は幸せなため息をつきながら、サラダの盛り付けを仕上げた。

◇ ◇ ◇

ホールの特等席では、いつもの「二人」が熱い戦いを繰り広げていた。

「レオン! じいじだぞ! ほら、この『最高級ドラゴンジャーキー』をお食べ!」

「なりません! そんな塩分の高いものを! レオン様、こちらの手作り蒸しパン(野菜入り)になさいませ!」

父・ガラルド公爵と、教育係のマダム・ロッテンマイだ。

二人はレオンの教育方針(という名の甘やかし方)を巡って、毎日飽きもせず喧嘩している。

レオンはそんな二人を見て、困ったように眉を下げ、そしてニカっと笑った。

「どっちも食べる! ……でも、ママのご飯が一番!」

その一言で、老人二人は「うっ……!」と胸を押さえて撃沈した。

さすが我が子。世渡り上手なところは誰に似たのかしら。

カウンターの端では、聖獣シロが昼寝から目覚め、大きくあくびをした。

『みゃう(騒がしい奴らだ。……おい小僧、仕事が終わったら裏庭へ来い。魔力制御の特訓だ)』

「うん! わかった、シロ師匠!」

レオンには、どうやらシロの声が聞こえているらしい。

将来は魔術師か、それとも魔法剣士か。

どちらにせよ、食べることに困らない人生を送ってくれるなら、それでいい。

◇ ◇ ◇

夜。

最後の客を見送り、私たちは「お疲れ様会」を開くことにした。

今日のメニューは、レオンのリクエスト。

そして、大人たちも大好きな、夢の一皿。

『特製・大人様ランチ』だ。

大きなお皿の中央に、黄色い山脈――『オムライス』が鎮座する。

その隣には、肉汁溢れる『煮込みハンバーグ』。

赤い『ナポリタン』。

サクサクの『エビフライ』に、自家製タルタルソース。

そして彩りの『ポテトサラダ』と、タコさんウインナー。

子供が好きなものを全部詰め込んだ、大人のための宝石箱。

「わぁぁぁっ! すごい! 旗が立ってる!」

レオンがオムライスの頂上に立った旗を見て歓声を上げる。

ライオネル様も、ジョッキのエールを片手に喉を鳴らした。

「……壮観だな。これぞ『ロマン』の塊だ」

「ふふ。カロリーの塊でもありますけどね」

私が笑うと、彼は「明日、倍のトレーニングをするさ」と豪快に笑った。

「いただきます!」

みんなで手を合わせる。

レオンは大きな口でハンバーグを頬張り、ライオネル様はエビフライの尻尾まで噛み砕く。

父とマダムも、今日ばかりは礼儀作法を少しだけ忘れて、ナポリタンを口の周りにつけながら食べている。

「……美味しい」

私はオムライスを一口食べた。

卵の甘みと、ケチャップライスの酸味。

懐かしくて、温かくて、涙が出そうになる味。

かつて、私は王宮で一人、冷たい料理を食べていた。

「悪役令嬢」として断罪され、全てを失ったと思っていたあの日。

「断罪されたい」

そう願ったのは、あの窮屈な場所から逃げ出して、自由になりたかったから。

美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、自分らしく生きたかったから。

その願いは、予想もしない形で叶えられた。

断罪の先に待っていたのは、罰ではなく、最高のご褒美(人生)だったのだ。

「……シェリル?」

ライオネル様が、フォークを止めて私を見た。

心配そうな、優しい瞳。

「どうした? 食が進まないか? ……まさか、体調が?」

彼の勘の良さには驚かされる。

私はフォークを置き、少しだけ背筋を伸ばした。

今が、その時だ。

「ライオネル様。……それに、レオン、お父様、みんな」

私が改まって呼びかけると、全員の視線が集まった。

シロまでもが、食べる手を止めてこちらを見ている。

「実は……新しい家族が増えることになりました」

一瞬の静寂。

時計の秒針の音だけが聞こえる。

「……え?」

ライオネル様が、呆けたような声を出す。

私は自分のお腹に手を当てて、微笑んだ。

「二人目です。……レオンに、弟か妹ができるの」

ガタンッ!

ライオネル様が椅子を蹴倒して立ち上がった。

父が持っていたワイングラスを取り落とした。

マダムが「まあ!」と口元を押さえる。

「ほ、本当に、か……?」

ライオネル様が、恐る恐る私に近づいてくる。

まるで壊れ物に触れるように、震える手で私のお腹に触れた。

「ああ……。シェリル……!」

彼は言葉にならない声を上げて、私を抱きしめた。

強い力。でも、苦しくない。

彼の喜びが、体温を通して伝わってくる。

「やったー! ボク、お兄ちゃんになるの!?」

レオンが飛び跳ねて、私の足元に抱きついた。

父とマダムは「また忙しくなるぞ!」「教育係の再契約ですわ!」と騒ぎ出し、ギュスターヴたちは「赤飯だ! 鯛を用意しろ!」と厨房へ走る。

店内は、あの日と同じように、爆発的な喜びに包まれた。

『みゃう(やれやれ。また賑やかになるな)』

シロが呆れたように、でも嬉しそうに尻尾を振った。

その瞳が「次は姫だぞ」と告げている気がした。

私はライオネル様の腕の中で、幸せを噛み締めた。

悪役令嬢は断罪されたかった。

でも、今の私は断罪なんてされたくない。

だって、こんなに幸せな毎日を手放すなんて、できないもの。

明日もまた、店を開けよう。

美味しい匂いを漂わせて。

お腹を空かせた誰かを、笑顔にするために。

「……ありがとう、みんな。……いただきます」

私の声に合わせて、家族みんなの笑顔が弾けた。

『月待ち食堂』の灯りは、今夜も優しく、路地裏を照らし続けている。

いつまでも、いつまでも。

-完-