軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話

『月待ち食堂』のカウンターには、一風変わった緊張感が漂っていた。

ずらりと並んだ、屈強な騎士たち。

彼らの目の前には、湯気を立てる丼が一つずつ置かれている。

――カツ丼。

揚げたての豚カツを、出汁と卵でとじた、庶民の贅沢。

「……美しい」

ライオネル団長が、うっとりと呟いた。

丼の中は、まさに黄金の輝きに満ちていた。

半熟の卵がとろりとカツを覆い、その隙間から、飴色のタレを吸った衣が顔を覗かせている。彩りに添えられた三つ葉の緑が、鮮やかなアクセントになっていた。

「よし、総員! 労働の対価を回収する! いただきます!」

「「「いただきます!!」」」

号令と共に、騎士たちは一斉に箸を動かした。

ライオネル団長は、まず一番大きなカツの一切れを持ち上げた。

卵をたっぷりと纏い、ずっしりと重い。

ハフッ……ザクッ、ジュワァ……。

口に入れた瞬間、複雑な食感のシンフォニーが奏でられた。

煮込まれてしっとりとした衣。しかし、芯の部分には揚げたてのサクサク感が残っている。

噛み締めれば、分厚い豚ロースから肉汁が溢れ出し、甘辛い割り下と混じり合う。

「ぬぉっ……!? なんだこのコクは!」

団長が目を見開いた。

「ただの塩味ではない。醤油の香ばしさと、砂糖の甘み。それらを『出汁』が強力に結びつけている! 卵のまろやかさが全体を包み込み、豚肉の脂っこさを完全に中和しているぞ!」

彼は興奮気味に咀嚼し、そして飲み込んだ。

食道を熱い塊が通り過ぎていく快感。

だが、カツ丼の真髄はここからだ。

カツの下に隠れている、タレの染みたご飯。

ライオネル団長は、丼を持ち上げ、その白米をかっこんだ。

――ハフハフ、モグモグ。

その瞬間、彼の動きがピタリと止まった。

「…………」

彼は箸を止め、丼の中の米粒をまじまじと見つめた。

そして、信じられないものを見る目で私を見た。

「店主。……これは、本当に『米』なのか?」

「はい、お米ですよ」

「馬鹿な。我が国の常識では、米といえば『鳥の餌』だ。ボソボソとして臭みがあり、硬くて喉を通らない。貧民ですら、好んでは食べない代物だぞ」

他の騎士たちも頷く。

彼らが最初に私の店で米を食べた時は、「揚げ物の味が濃いから、中和剤としてなんとなく合う」程度の認識だった。

だが、今日のカツ丼は違う。米そのものが、主役級に美味いのだ。

「なぜ、これほどふっくらとしている? なぜ、噛むほどに甘みが出る? あの臭みはどこへ消えた? タレがかかっているとはいえ、米自体のポテンシャルが違いすぎる!」

ライオネル団長の問いに、私はエプロン姿で胸を張った。

ここだ。ここで種明かしをしておかないと、変な魔法薬を使っていると疑われかねない。

「それはですね、お米への『愛』と『手間』が違うからです」

「愛と、手間……?」

「団長さんたちが知っているお米は、 籾殻(もみがら) を取っただけの『玄米』に近い状態でしょう? しかも、古くなって酸化していることが多い」

私は厨房の奥から、精米前の米と、精米後の白米を見せた。

「私はまず、玄米の表面を削って『精米』しています。あの 糠(ぬか) 臭さの原因を取り除くんです」

「なんと……わざわざ削っているのか」

「それだけじゃありません。一番大事なのは『研ぎ』と『吸水』です」

私は人差し指を立てて解説した。

「冷たい水で丁寧に研いで、汚れとぬめりを落とす。そして、夏場なら三十分、冬場なら一時間。たっぷりと水を吸わせてあげるんです。そうすることで、お米は芯までふっくらと炊き上がるんですよ」

騎士たちはポカンと口を開けた。

「水を吸わせる……? ただ煮るだけではないのか」

「ええ。そして極め付けは、この土鍋! 強い火力で一気に炊き上げ、蒸らすことでお米が立つんです。……つまり、皆様が食べているのは、鳥の餌ではなく、手塩にかけた『銀シャリ』なんです!」

「銀シャリ……!」

ライオネル団長は、改めて丼の中のご飯を見た。

タレを吸って茶色く染まっているが、一粒一粒がキラキラと輝き、独立している。

「なるほど……。俺たちは今まで、米の真の姿を知らなかっただけなのか」

彼は厳粛な顔つきで、再び箸を動かした。

「美味い。確かに美味いぞ! この甘辛いタレと、肉の脂を受け止めるには、パンでは弱すぎる! この粘り気と弾力のある『銀シャリ』でなければ、このカツ丼という料理は成立しない!」

「うおおおっ! 米最高! 銀シャリ万歳!」

「タレの染みたご飯だけで三杯はいけます!」

騎士たちは猛然と食べ進めた。

カツをかじり、ご飯をかきこみ、時折三つ葉の香りでリセットする。

丼の底が見えてくるのが惜しいとでも言うように、最後の一粒まで丁寧にすくい取る。

全員が完食するまで、十分とかからなかった。

「ふぅぅ……食った……」

「生き返った……」

カウンターには、空っぽの丼が積み上げられている。

騎士たちは満足げに腹をさすり、至福の表情を浮かべていた。

先ほどまでの皿洗いの疲れなど、微塵も感じさせない。

「店主殿」

ライオネル団長が立ち上がり、財布を取り出そうとした。

私は慌てて手で制する。

「お代は結構ですよ。今日はお手伝いいただいたお礼ですから」

「いや、それは困る」

彼は真剣な顔で首を振った。

「これほどの料理、タダで食うわけにはいかん。……それに」

彼はニヤリと笑った。

「タダで食ったら、また手伝いに来る口実がなくなるだろう?」

「え?」

「おい、野郎ども! 明日の非番の者はいるか!」

「自分、空いてます!」「俺も行けます!」

「よし! 明日は第三班と第四班で『皿洗いシフト』を組む! 店主の負担を減らし、かつ我々の胃袋を満たす! これは騎士団の重要任務である!」

「「「イエッサー!!」」」

なんと。

どうやら私は、カツ丼一杯と引き換えに、国最強の騎士団を「アルバイト」として雇い入れることに成功してしまったらしい。

「あはは……お手柔らかにお願いしますね」

こうして、『月待ち食堂』の人手不足と衛生問題は、筋肉と食欲によって解決を見たのだった。

だが、問題はまだ残っている。

お米も、醤油も、味噌も。

これらの食材は一体どこから来ているのか?

その夜、閉店後の店に、一人の怪しげな男が訪ねてくることになる。