作品タイトル不明
第6話 父、迷走する
どんどんきな臭いことに巻き込まれてる俺達。くすん。
……と言ってる場合ではない。
さすがに、俺も固まってしまった。
最初に声を発したのは、リエネだった。
「あなた、落ち着いてください。王命ではございません」
リエネの声に、俺ははっとする。
「第一王子府の印です」
「……また、第一王子の独断ってことか。これは正式な命令じゃないんだな?」
「少なくとも、男爵家を罪人として扱える書状ではありません」
リエネの声は揺れなかった。
「ただし、放置すれば噂にはなります」
リシュアンも、書状を覗き込んだ。
「父上、この書状には搬入日がありません」
「あ……本当だ。書いてない」
適当じゃねーか!
こんな不備だらけの書類。前世の上司が見たらボコボコに殴ってくるぞ。
俺が唸ると、レオン殿下が言った。
「これは、確認のための書状ではありません」
「では、なぁに?」
バーデンが尋ねる。
「……男爵家に、疑いをかけたという事実を作るための書状です」
使者が、慌てて身を乗り出した。
「そ、そのような意図ではございません。第一王子府はただ、故王陛下の崩御に関わる重大な疑いについて、男爵家に確認を――」
「ん?」
俺は書状へ目を戻した。
「リエネ! お前の両親が拘束されたと書いてあるぞ!」
「……そうですか」
「そうですかじゃないだろ!」
「……騒いだところで、解決はしません」
「お前……分かってたのか? こうなることを」
「まったく予想していなかったと言えば……嘘になります」
リエネは、茶器に添えていた指を、少しだけ握った。
「王都と北方をつなぐ家です。狙われるなら、実家だろうとは思っておりました」
「……なんであの時、否定しなかった?」
リエネは、すぐには答えなかった。
「……あなたを、止めたくなかったからです」
「俺を?」
「あなたは、まずわたくしの両親を案じる方です。だから……言えませんでした」
「……お前な」
「父も母も、それを望みません」
表情は変わらない。
けれど、その瞳が揺れているのは分かった。
「……ふざけるな。お前の親だぞ」
「……」
「俺の義父母でもある」
リエネの指が、ぴくりと動いた。
「……そうでしたね」
「勝手に覚悟した顔して、お前の実家を、俺の判断材料から外すな」
リエネは、初めて目を伏せた。
「……申し訳ありません」
「謝るな。……気づかなくて、すまん」
「……あなた」
俺はリシュアンを呼んだ。
「リシュアン。陛下が倒れた日を中心に、前後一月分の王都行きの控えを洗え」
「王都搬入の記録ですね」
「リエネの実家が疑われているなら、王都へ入った記録をいじってるはずだ」
俺は書状を握り直した。
「なら、うちの街道側の印と、王都側の印を突き合わせる。殿下、あんたの兄は慎重派だったよな?」
「はい……そのはずです」
「なら、なんでこんな雑なんだ。記録を出されたら、困るのは向こうだろ」
レオン殿下は、すぐには答えなかった。
代わりに、バーデンが言った。
「それって……前に話していた王弟? それとも、エスメラルダって子が関係してたりするの?」
「……あり得ます」
「というか……エスメラルダって誰だよ」
俺が言うと、リエネが小さく息を吐いた。
「王弟ヴィクトル殿下のご息女ですわ。レオン殿下の従妹にあたる方です」
「……だから従妹だろ? なんでそこまで関われる?」
「ただの従妹ではない」
そう答えたのは、オルトだった。
「エスメラルダ嬢は、第三王子殿下の妃候補として名が挙がっている」
「……ゴリゴリの政略結婚じゃないか」
「そうすれば、王弟が王家に入り込めるわけね」
「入り込むどころではない」
オルトは低く言った。
「第三王子殿下はまだ若い。王宮内の基盤も薄い。王弟殿下が後見に立てば、臣下は王ではなく、後見の顔色を見る」
「子供を使うなんて、嫌ねぇ」
バーデンが吐き捨てるように言う。
レオン殿下は、目を伏せていた。
「エスメラルダは、昔から兄上の派閥にも、王弟殿下の派閥にも顔を出していました」
「どっちにも?」
「はい。王族の令嬢として、誰にでも柔らかく声をかける。優しく、控えめで、親族思いだと評判でした。ですが……」
レオン殿下の声が、少しだけ硬くなった。
「人の弱いところを見るのが上手い」
「……どういうことだ?」
「兄上に何を言えば動くか、王妃陛下が何を恐れているか、彼女は分かっている」
「つまり、今回も第一王子殿下を煽った可能性があるってことね」
「はい」
悪女かよ。
いや、悪役令嬢か。
そこで、オルトが続けた。
「ダミアン・クロフトは、第一王子府の人間とされていたが、王弟家にも顔を出していた」
「あの監察役が?」
「ああ。第一王子殿下の名で動いていたが、あの男が誰の顔色を見ていたかは、正直分からん」
「……それ絶対無関係じゃないだろ」
俺が言うと、オルトは苦い顔で頷いた。
「断言はできん。だが、その疑いはある」
俺は、天井を見上げた。
……これ、何?
ついこの間まで、俺は酒を飲みながら、バーデンとくだらない話をしていた。
毎年この時期には、秋の収穫祭の準備で、リシュアンと夜遅くまでペンを走らせていた。
家製ベーコンをつまみながら、今年はどの宿駅前の広場を市に使うかだの、焼き栗と干し林檎の屋台を増やすかだの、南の布商人は呼べそうかだの、そんなことを話していたはずだ。
それが今は、王太子府の印だの、国王暗殺の毒だの、悪役令嬢だの。
……安易すぎたのか、俺。
俺はただ、娘の悲しむ顔が見たくなかっただけなのに。
「旦那様〜」
バーデンの声に、俺ははっとした。
「どうするの?」
どうする。
手に持っていた書状を見つめた。
正直、今すぐ全部は分からない。
だが、俺がやるべきことは決まっている。
「……王族のいざこざは、今は知らん」
俺は書状を卓の上へ置いた。
「殿下を王都へ送る」
レオン殿下が、こちらを見る。
「記録が揃えば、少なくとも第一王子殿下の即位は難しくなるだろ?」
「はい。兄上の即位を急ぐ者たちは、かなり動きにくくなるはずです」
「よし。これでリエネの実家も助ける」
俺はオルトに視線を向けた。
「オルト爺、王都の連中は北方の兵をどの程度知っている?」
「街道警備に退役兵を雇っている。商隊護衛に傭兵を使っている。その程度だろうな」
「その護衛の中身までは?」
「……詳しくは知られていないはずだ」
「だよな。それでいい」
俺がギデオンを見ると、ギデオンは無表情のまま頷いた。
俺は卓の上に広げられた地図を見下ろした。
「王都行きの荷があるだろ」
「ございます」
「殿下に、その荷馬車に乗ってもらう」
レオンが目を瞬かせる。
「私を……そこに隠すのですか?」
「王都行きの商隊なら、傭兵が護衛についても不自然じゃない。王都から見ても、北方が軍を出したようには見えにくいだろ」
ギデオンが頷く。
「荷馬車ごとに分ければ、目立ちません」
「宿駅ごとに入れ替えもできるわねぇ」
オルトは、俺たちのやり取りを聞きながら、低く唸った。
「……悪くはない」
「だろ?」
「だが、見つかれば終わりだ」
「見つからないようにする」
「簡単に言うな」
「王都行きの便を増やす」
俺がそう言うと、ギデオンがすぐに顔を上げた。
「ですが、急に増やせば目立ちます」
「運ぶのを、救助した兵士にすればいい」
オルトが、眉間に皺を寄せた。
「……姑息な奴だ」
「策士と言ってくれ。 殿下も、それでいいか?」
「……救助した兵を、利用することになります」
「違う」
俺は即答した。
「利用するんじゃない。帰すんだ」
レオン殿下が顔を上げる。
「どのみち王都の兵は、王都へ返す予定だった。そのために馬車を出し、護衛をつける。何もおかしくない」
「……」
バーデンが、くすりと笑った。
「悪くないわ。王都も止めにくいもの。救助兵を帰すだけだものね」
レオン殿下は、しばらく黙っていたが頷いた。
「分かりました。それでお願いします」
「決まりだな」
◆
王都からの使者には、リエネが返書を書かせた。
返書だけは、早馬で王都へ送り、使者本人には宿駅へ移ってもらうことにした。
王宮の使者なら、弱っている兵士たちの状態を見届ける役目があるだろう。
そう告げると、使者は明らかに不満そうな顔をしたが、王都兵を見もせず帰るのか、と聞けば、黙るしかなかった。
使者をギデオンに任せた後、俺はレオン殿下を連れて第三宿駅へ向かった。
「お前の兄上、だいぶ俺たちを殺しに来てないか?」
レオン殿下は、すぐには答えなかった。
「……兄上だけの意思とは、まだ断じられません」
「お前、さすがに甘すぎないか?」
「断じるには、まだ証拠が足りないだけです」
俺は息を吐いた。
俺にも前世で兄弟はいたが、そんなにぎすぎすしていなかった。
喧嘩なんて、せいぜい飯の取り合いぐらいだ。
「兄弟仲、そんなによくなかったのか?」
「よくない、というより……自然と距離がありました」
「どっちも?」
「はい。私が第三王子に近づけば、取り込もうとしていると見られます。兄上に近づけば、王妃陛下に、第一王子派へ入り込もうとしていると疑われるでしょう」
「……兄弟くらい、仲良くさせてやれよ」
俺が呟くと、レオン殿下は何も言わず、ただ、目を伏せた。
第三宿駅に入ると、粥と薬草の匂いがした。
寝台に横になっていた兵たちや、壁際に座っていた兵たちが、こちらへ反応する。
兵士の傍らで膝をついていたレオノーラも、俺たちに気づいた。
「お父様……殿下も」
レオン殿下が部屋に入った瞬間、広間の空気が変わった。
上体を起こそうとしたり、慌てて姿勢を正そうとしたりする兵を、隣の兵が止める。
俺は、手をひらひら振った。
「無理するな。寝てろ寝てろ」
何人かの兵が、困ったようにこちらを見る。
「お前たち、王都に帰るぞぉ」
広間が、しんとした。
何人かの兵が、信じられないものを見るようにこちらを見た。
「動ける者から順番にな。怪我が重い者は無理に動かさん。亡くなった者は、身元を確認して棺に納めて、できる限り、家族のもとへ返す」
若い兵の一人が、毛布を握りしめた。
「……本当に、帰れるんですか」
「ああ。帰す」
俺は頷いた。
「ちなみに、お前らと一緒に殿下も帰るからな」
今度こそ、広間の空気が止まった。
兵たちの視線が、一斉にレオン殿下へ向く。
その中を、レオン殿下は広間の中央へ進んだ。
俺は少しだけ後ろに下がる。
殿下は、兵たちを見回した。
「私は、王都に戻らなければならない」
誰も答えなかった。
「あなた方は、私を王都へ戻すために北方へ来た。その命令が、どのような形で出されたものか、私はこれから確かめる」
こういう時の殿下の声は、妙によく通る。
「だが、少なくとも、あなた方が雪の中へ送られ、命を落とした者がいることを、私は忘れない」
若い兵が、唇を噛んだ。
「命令ひとつで兵が雪の中へ送られ、置き去りにされる。そのままにはできない」
広間の端で、誰かが息を呑んだ。
「また、こちらの都合で動かすことになる。それでも、私と共に王都へ戻ってほしい」
殿下は、深く頭を下げた。
俺はぎょっとした。
おい。
お前、これから王様になるんだぞ。
兵に頭を下げて頼むな。
実際、広間の兵たちは固まっていた。
兵士たちは、殿下の考えを全部分かったわけではないだろう。
それでも、ただ王都へ帰るだけではないことは、伝わったはずだ。
最初に応じたのは、腕に包帯を巻いた古参兵だった。
「殿下……我々は、殿下を連れ戻すために参りました。なのに、殿下は我々を見捨てませんでした」
古参兵は、かすかに息を吐いた。
「雪の中で倒れた我々を、北方の方々は助けてくださった。今も、我々のそばにいてくださった」
レオン殿下は、何も言わなかった。
「ならば、私は戻ります。見たことは、話します」
その言葉に、何人かの兵が顔を上げた。
「俺も……行きます」
そう言ったのは、俺が最初に街道脇で見つけた兵の一人だった。
「ロイを……棺に入れて、帰してくれるんですよね」
「ああ。返せる者は、全員返す」
若い兵は、両手で毛布を握りしめた。
「なら、俺も一緒に帰ります……。ロイが北方に殺されたなんて言われたら、許せない」
別の兵が続いた。
「俺も話します。道から外れたのは、吹雪のせいです。北方の兵に襲われたわけじゃない」
「オルト隊長は、止まれと命じていました」
「監察役が、進めと命じたんです」
「宿駅に火が戻ったから、助かった」
「女衆が湯を飲ませてくれた」
「死んだ奴らを、雪の中に置いてこなかった」
ぽつり、ぽつりと声が増えていく。
レオン殿下は、しばらく黙っていたあと、もう一度深く頭を下げた。
「ありがとう」
その声は、少し震えていた。
「あなた方の言葉を、無駄にはしない」
広間の奥で、寝台に横になっていた兵が、布団を握りしめて泣いていた。
俺はそれを見て、ぞわりとなった。
なんなんだ、こいつ。
これが、いわゆる王の器というやつなのか?
……いや、それだけではないよな。
こいつは、ちゃんと行動で示した。
兵士に対する思いを。
まあ、それがあり得ないのだが。
ふと、レオノーラが目に入った。
レオノーラは、レオン殿下を見ながら微笑んでいた。
けれど、その笑みはどこか寂しげだった。
……レオノーラ?