軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 王子の責務

捜索は、三日に及んだ。

初日はひどい有様だった。

泣き叫ぶ兵もいれば、仲間の名前を呼び続ける兵もいた。

錯乱して暴れる者は、縛って治療するしかなく、俺も何人か押さえるのを手伝ったが、殴られた。

久しぶりの痛みだった。

まじで、痛い。

二日目の朝、オルト・ハーゲンが見つかった。

黒松坂の曲がり道から外れた林の中で、猟師と宿駅番が見つけたらしい。

部下数人も一緒だった。

倒れた馬車の陰で、オルトは若い兵に自分の外套をかけていたそうだ。

そのせいで、本人が一番冷えていた。

第三宿駅へ運び込まれた時、顔色はひどく悪く、髭には凍った雪がこびりついていた。

しばらく、意識は戻らなかった。

目を開けたのは、その日の夜遅くだった。

「……ここは」

かすれた声が聞こえて、俺は寝台のそばへ寄った。

「宿駅だ。生きてるぞ、爺さん」

「……あの世じゃないのか……」

「残念ながらな」

「……若い兵を、連れてきた」

「ああ」

「俺が、死なせた……」

「違うだろ」

俺は、寝台の脇に置かれていた毛布を引き上げた。

「命じたのは、あんたじゃない」

オルトは答えず、ただ、深く息を吐いた。

手当てと収容は、その後も四日、五日と続いた。

宿駅だけでは足りず、重傷者は屋敷にも運び込まれた。

リエネとレオノーラは、領民たちと一緒に兵の手当てに回り、レオン殿下も、王都兵のそばを離れなかった。

殿下の顔色は悪かった。

それでも本人は、大丈夫だと言っていたらしい。

何度か、レオノーラがそのそばに寄り添っている姿を見かけた。

戻ってきたレオノーラは、何か言いたげに眉を下げていたが、俺にも何と言えばいいのか分からなかった。

さらに言えば、俺自身にも余裕はなかった。

そんな臨機応変なタイプじゃないんだ。

だからまずは、助けた兵たちから話を聞き、証言をつき合わせていった。

最初は、雪が降り始めただけだったらしい。

オルトは、天候が悪いと見て、隊列を止めるよう命じた。

だが、後ろについていた王都の監察役が、第二王子殿下の保護が先だと急かした。

しばらく進むうち雪は濃くなり、オルトが引き返せと伝令を出した。

だが、その伝令が戻らなかった。

そして伝令を待つうちに、吹雪になった。

後方は後方で、前が進んでいると思い込んだ。

隊列は伸び、馬車は雪に取られ、横風で列が崩れた。

兵たちは、まっすぐ進んでいるつもりだったらしいが、吹雪の中では、まっすぐなど分からない。

しかも、宿駅は閉じていたため、明かりも、鐘もなく、前の背中も、道の端も、何も見えない。

気づいた時には隊列は小隊ごとに散り、本道を外れ、誰がどこにいるのかも分からなくなっていたらしい。

撤退の判断が遅すぎた、とまでは言わない。

だが、この人数で動くには遅すぎた。

完全な人数照合には、一週間以上かかった。

救助できた者、四百二十六名。

死亡確認、四十七名。

行方不明、二十六名。

その数字を聞いた時、レオン殿下は表情を変えずに、ただ一言だけ言った。

「……そうですか」

しかし、ある夜。

俺は、殿下が亡くなった兵の前で立ち尽くしているのを見た。

布をかけられた若い兵のそばで、殿下は小さく呟いた。

「……すまない」

顔は見えなかった。

けれどその背中は、いつものように真っ直ぐではなかった。

翌朝、オルトの容体が少し落ち着いたと聞いて、俺は屋敷の一室へ向かった。

各宿駅では、まだ負傷者の出入りが続いている。

オルトだけは屋敷へ運ばせていた。

王都軍の指揮官だ。

それに、俺にとっては昔の上官でもある。

部屋に入ると、オルトは寝台の上で上半身を起こしていた。

顔色はまだ悪く、指先には布が巻かれているし、声もかすれている。

それでも、目つきだけは昔のままだった。

しかし年を取ったな。

俺もだが。

「まさか、こんな形で再会するとはなぁ」

俺が言うと、オルトは眉間に皺を寄せた。

「お前が王都に全然来ないからだろう」

「めんどいからなぁ」

「貴族だろうが」

「……その貴族の習慣に憧れたときもあったのにな、どうも馴染めんくて」

平民上がりの俺が、爵位をもらって、立派な服を着て、きらきらした王都の夜会に出る。

前世で庶民だった人間としては、わりと憧れた。

だが、リエネと出会ってから、どうでもよくなった。

夜会に出るより、家でリエネと茶を飲んでいる方がいい。

王都の貴族相手に腹の探り合いをするより、リエネと領地について語り合う時間が好きだ。

だから王都の付き合いは、だいたいリエネとレオノーラに任せていた。

……今となっては、それがまずかったのだろう。

もっと王都に顔を出していれば、レオン殿下とレオノーラのことだって、もっと前から気づけたのかもしれないのに。

気づいたところで、俺がまともに動けたかは別だが。

「で」

オルトが、こちらをじろりと見た。

「ところで、お前。ヴァルグレイヴとは何だ」

俺は固まった。

「助けられた時、兵がそう叫んでいたぞ。ヴァルグレイヴ軍だの何だの」

「……」

「お前の領は、たしか――」

「言わないでくれぇーー」

「……おい」

「違う。いや、違わないけど違う」

俺は耳を塞いで首を横に振った。

「まさかとは思うが……領名が気に入らんというだけで、兵に別名を名乗らせているのか」

「言わないでって言ってるだろ!」

オルトは、心底呆れた顔をした。

「お前な……しかも、領兵を勝手に軍名で呼ばせるな。外に出たら話が変わるぞ」

「まずい?」

「かなりな」

「勢いでつい……」

「なお悪いだろ」

俺は顔を覆った。

「だって……ダサいんだもん……」

「理由が軽すぎるぞ」

俺も、こんなに名字にこだわるとは思わなかった。

与えられた名は、北方の古い地名そのままで、由緒だけはあるのだが、とにかくダサかった。

兵をまとめるにも、領地開拓にも、やる気の上がる響きというものが必要だった。

俺が。

「でもいいんだ……」

「何がだ」

「レオン殿下に即位してもらって、正式に変えてもらうから」

オルトが、不快そうに息を吐いた。

「……お前は、やはりレオン殿下の即位を望んでいるのか」

「……まぁ、成り行きで……」

「成り行きで担ぐな、馬鹿者」

「……いや、でも。レオン殿下、いい奴だぞ! それに、第一王子はやらかしたし、勝ち筋あるだろ?」

オルトは、深く息を吐いた。

「……お前は、王都の空気を知らんだろう」

「へ?」

ちょうどその時、扉が叩かれた。

俺が返事をする前に、バーデンの声がした。

「失礼します」

扉が開き、バーデンが入ってくる。

その後ろに、レオン殿下もいた。

オルトはレオン殿下を見るなり、寝台から立ち上がろうとしたが、レオン殿下がすぐに手を上げて制した。

「そのままで。今は、あなたが病人です」

「……王都兵を助けていただきました。礼を申し上げます」

「私が助けたのではありません。北方の方々が助けたのです」

「殿下も雪の中に出られたと聞いております」

レオン殿下は、答えなかった。

その様子を見て、オルトは少しだけ目元を緩めた。

そこへ、バーデンがひらひらと手を振った。

「オルト爺、お久しぶりね〜」

オルトの表情が止まった。

「……お前、そんな話し方だったか?」

「もー、いいのよ。細かいことは」

「……」

「それより確認したいことがあるの。監察役は行方不明だからねぇ。結局、オルト爺に聞くしかないのよ」

俺は頭をかいた。

監察役は、結局見つからなかった。

死体もない。

足跡も、持ち物も、これといった痕跡もなかった。

ただ、助けた兵たちの話をつなぎ合わせると、吹雪がひどくなる前に隊列から離れたらしい、ということだけは分かった。

つまり、逃げた可能性が高い。

自分だけ。

最低だ。

「監察役は、誰だったのですか?」

レオン殿下が尋ねた。

「ダミアン・クロフトです」

その名を聞いた瞬間、レオン殿下の表情がわずかに変わった。

「知ってるのか?」

「第一王子殿下の周辺に出入りしていた男です」

「じゃあ、第一王子の命令ってこと?」

オルトは目を閉じたまま、しばらく黙っていた。

「第一王子殿下の名だ。名目は、第二王子殿下の保護」

「やっぱり王命ではないのね」

バーデンが言うと、オルトは薄く目を開けた。

「……故王陛下の御遺志に基づき、王宮秩序回復のため、第二王子殿下を保護せよ。書面にはそうあった」

「便利な遺志ねぇ」

「そもそも、陛下はもう亡くなっているだろ。王命なんて出せるのか?」

俺が聞くと、オルトは答えなかった。

代わりに、レオン殿下が口を開いた。

「本来なら、王印と王宮会議の承認が要ります。兄上の名だけで動かせるものではありません」

「王命でもないのに、軍を動かしていいのか?」

「よくありません」

レオン殿下は、膝の上で指を組み直した。

「ですが、今の王宮で兄上の名の書面が出れば、現場は逆らえません。王命ではないと分かっていてもです」

「……それ、かなりやばいんじゃないのか?」

一王子の名で、軍を動かしたということだろう。

「はい。危険です。これが許されれば、兄上の名で、次も兵が動きます」

俺は唸った。

そんなものがまかり通るなら、どのみち北方は安全ではない。

「……だが、今回の件で、北方が敵じゃないことは分からせられるだろ。助けられた兵が、これだけいるんだからな」

オルトは首を横に振った。

「ならんな」

「何?」

「兵の証言など、王都ではいくらでも潰せる」

オルトの声は、苦かった。

「助けられた兵は、北方に懐柔されたと言われる。俺は敗軍の指揮官。監察役は行方不明。都合の悪い話を押し込める穴なら、いくらでもある」

「……監察役が戻れば?」

「戻れば、なお悪い。奴が王都で『北方男爵家が第二王子殿下を囲い、軍を妨害した』と言えば、それが先に広まるだろう」

俺は顎をかき、にやりと笑った。

「じゃあ、請求するまでだ」

「……請求?」

「ああ。救助費用だ」

バーデンが、にこりと笑った。

「宿駅の開放、毛布、薪、食料、馬糧、動員人足。ぜーんぶ記録してあるわよ」

俺は椅子の背にもたれた。

「北方で遭難した王都軍を、北方男爵家が救助した。その費用を、第一王子殿下の名で請求するまでだ」

「……なるほどな」

「確かに、請求書を出せば王宮は無視できません」

「無視したら?」

俺が聞くと、バーデンが楽しそうに答えた。

「第一王子殿下の名で動いた兵を、第一王子殿下が見捨てたことになるわねぇ」

「……どちらにせよ、責任は取らせる」

レオン殿下が言った。

「そういうことだ」

俺がそう言うと、バーデンは満足そうに頷いた。

オルトも、息を吐く。

少しだけ、部屋の空気が緩んだ気がした。

だが、レオン殿下だけは違った。

殿下は、膝の上に置いた自分の手を見つめていた。

「……兵たちは、私を連れ戻すために動かされたのですね」

誰も、すぐには答えなかった。

「そして、死んだ」

殿下は、膝の上で手を握りしめる。

俺は、少しだけ言葉を選んだ。

「……兵士だって、何も知らずに剣を持つわけじゃない」

レオン殿下が、ゆっくりと俺を見る。

「俺も、金のために兵士になった。畑を耕す道もあったし、どこかの商家に雇われる道もあった。けど、俺は金が欲しかったから兵士を選んだ」

俺は、自分の手を見下ろした。

「王家に忠誠を立てている奴もいる。家のために兵になった奴もいる。食うために兵になった奴もいる。理由はそれぞれだ」

俺は、レオン殿下を見た。

「でも、多くは自分で選んだ道だ」

レオン殿下は、しばらく黙っていた。

「……それでも、私の責です」

殿下の膝の上で握った手が、白くなるほど強張っていた。

「私が自由を望んだ……その結果です」

俺は口を開こうとして、止めた。

……確かに、殿下のせいでもある。

けれど、全部をこの若い王子に背負わせるのは違うんじゃないか。

俺は、わりと勝手に生きてきた。

嫌な場所からは距離を取れた。

だが、殿下は違う。

好きで王子に生まれたわけではない。

好きで王位継承の渦中に立っているわけでもない。

こいつが望んだものは、ただ、好きな女の隣で生きることだった。

身分も捨てて、だ。

巻き込まれて死んだ兵士は、気の毒でしかない。

それでも俺は、この若い王子だけを責める気にはなれなかった。

「旦那様……」

「なんだ?」

「私は、王都に戻ろうと思います」

「お前、今戻ったら――」

「ですから」

レオン殿下は、俺の言葉を遮った。

「私に力を貸してください」

「……どういうことだ?」

レオン殿下は、膝の上で握りしめていた手を、ゆっくりとほどいた。

「一人で戻れば、私は王都に着く前に消されます。王都に着いたとしても、何も話せない場所へ押し込められるでしょう」

「……分かってるなら、なぜ戻る」

「この命令を、このままにはしません。兄上の名で兵を動かし、死なせた者に、責任を取らせます」

俺は息を詰めた。

「そして……」

殿下の声が、わずかに震えた。

「……私も、王家の者としての責務を果たします」

「えっ……それって――」

バーデンの声が、そこで止まった。

レオン殿下は、顔を上げた。

「私が、王座につきます」

部屋の空気が、ぴたりと止まった。

俺は殿下の横顔を眺めた。

……ああ。

戦でもいたな。

こういう顔をした若者が。

覚悟を決めた顔だ。

恐怖がないわけじゃない。

迷いが消えたわけでもない。

それでも、進むと決めた奴らと同じ顔だった。

ただ、あいつらと違うのは――

俺は、喉の奥が詰まるような気がした。

「……お前。それを言ったら、もう戻れないぞ」

いざ目の前で決められると、怯む俺がいた。

玉座に就かせるとか抜かしてたくせに。

「はい」

レオン殿下と目が合った。

目が、さっきまでと全然違う。

というか、空気が違う。

余計に怯むんだけど。

レオン殿下は、次にオルトを見た。

「オルト殿。兵を捨てる命令を許せないなら、私と共に王都へ来てください」

「……殿下」

オルトの声はかすれた。

「私は、王を選べる身分ではありません」

レオン殿下は、何も言わずに待っていた。

「ですが……兵を捨てる命令に、これ以上従う気もありません。私が知ることは、すべて話します」

「オルト殿――」

「ただし、私の兵を、これ以上巻き込むことだけはお許しください。生き残った者たちは、もう十分に血を払いました」

「もちろんです」

レオン殿下は、すぐに頷いた。

「……ならば、私も行きましょう」

「無理だろ」

思わず俺が口を挟んだ。

「その身体で王都まで行けるわけないだろ。寝てろ、爺さん」

「誰が爺さんだ」

声は弱いが、反論する元気はあるらしい。

でもジジイには変わりないだろ。

「それにしても……」

俺は深く息を吐いた。

「なんで、陛下は王太子を決めなかったんだ?」

第三王子は知らんが、第一王子は駄目だ。

ならレオン殿下しかいないだろ。

「だからお前は、王都を甘く見ている」

「どういう意味だよ」

「陛下が急に崩御された件を、どう聞いている」

「……商人どもは、毒だの暗殺だの好き勝手言っていたがな」

「もしかして、王位継承に関して陛下のご意向が気に食わなかったから?」

バーデンが、ぽつりと言った。

オルトはそれには答えず、俺へ視線を向ける。

「王都では、第一王子殿下を立てる者と、第三王子殿下を担ぐ者が、今も睨み合っている」

「第三王子殿下を担ぐ者ってのは、王弟殿下だろ」

「王弟殿下と、その姫君だ」

「姫君?」

その言葉に、レオン殿下の目元が動いた。

「殿下、お気をつけください。今回の出陣は、第一王子殿下の独断とは、私は思えません」

「いや、でも第一王子殿下の名だろ」

俺が言うと、レオン殿下が首を振った。

「私も、そう思います」

「殿下?」

「兄上は、王位を譲る方ではありません。ですが、即座に軍を動かす方でもない」

レオン殿下は、目を伏せた。

「兄上は、勝てる形を作るまで動きません。少なくとも、こんな急ぎ方はしない」

バーデンが目を細めた。

「つまり、誰かが急がせたってこと?」

レオン殿下が頷いた。

「兄上の名で動いた以上、兄上は逃げられません。ですが……急がせた者がいるはずです」

「それ言ったらもう、王弟殿下しかいないだろ」

俺が聞くと、オルトはすぐには答えなかった。

代わりに、レオン殿下が小さく呟いた。

「……エスメラルダ」

その名を口にした時、殿下の声はわずかに硬かった。